trance | ナノ



... 0 3 ...


 テレンスが運転する小型船舶の中の部屋、である。航海の途中で日が昇って光に当てられてしまってはひとたまりもない、と、ディオが遮光カーテンを引いた部屋の中に、彼とセオはこもっていた。

 これを見ろと差し出されたのは、なんてことは無いただのイギリス新聞だった。これがどうしたのとセオが問うても、ディオはただ読んでくれというだけだった。まず表紙を見る。一番に思ったのは、印刷が細かく綺麗になったということだった。文字のブレが少なく、写真は隅々までよく風景が分かる。死んでいる間に技術が発展したのだろう。一面のトップ記事は政治家の汚職がどうのこうのという、たまに見られる内容。そしてその上、今日は何月何日なのだろうかと思って日付を見て、セオは絶句した。

「・・・・・・きゅうひゃく。」
「1988年、どうだ、どういうことか分かったか?」
「・・・ディオが言いたいことは全部分かった気がするよ。1988年・・・わたしが死んだ年から丁度100年じゃない・・・。」

 丁度100年。ジョースター邸が焼かれ、ジョナサンが大けがをし、セオがディオに連れ去られ、あの時から丁度一世紀。大体の普通の人間は生きていられない年月だ。そんな時を越えて自分は蘇ったのか、そして、ディオはその長い年月を生きていたのか。

「ディオは本当に不老不死なんだ。」
「今さらだろう?」
「吃驚だよ。・・・あれ、ということはお父さんもジョナサンも、知っている人はもう誰もいないということ?」
「このディオがいるだろう。」
「・・・ああ、まあ。」
「不満そうだな。」

 100年の年月が経過して、当時齢50を過ぎていたヴァントーズが生きているはずがない。そして人間であるジョナサンも。もちろん大学の友人やエリナやスピードワゴンも。時間の流れは残酷だった。セオは素直に思う、何故一世紀も経った今自分なんかを復活させたのかと、知り合いがいないなんて悲しみは深すぎる。しかしそんな自分なんかを思って再び命を与えてくれたディオに対して、そんな冷たいことは言えない。結局は、彼も自分のためとは言え『良いこと』をしたと思っているのだろう。それが神の御心に反することであっても。どうしてこんなことを、と、冷たくあたって傷つけるよりは、自分の中に収めておいた方がいい疑問だ。
 新聞の日付を見詰めてじっと黙ったセオにディオは声をかけた。彼は他にも聞いてほしいことがある、と言って一旦セオから新聞を取り、テーブルの上に置いた。

「100年前・・・おれはジョジョに敗北した。波紋の力で身体を焼かれ、胴体を切り離し、かろうじて頭部だけで生き残ることができた。今ではおれをあそこまで再起不能にさせたあいつを尊敬さえできる。」
「ジョナサンに敗北したの?それって、わたしが氷になってからあとの話?」
「ああ、あの後直ぐにジョジョがやってきたのだ。油断をしていたわけではないのだがな。奴は強かった、それは認める。・・・そしてその後・・・あいつとエリナの新婚旅行の時だった。客船でアメリカに向かう2人を追い、おれはワンチェンに命令しそれに忍び込んだ。船は何者かによって爆破テロに巻き込まれた。客船の地下が燃えさかり、ジョジョはエリナを守るためにと消火活動に向かった。そこで炎に巻き込まれて息絶えたのだ。」
「ジョナサンは火事で・・・若くして亡くなっていたのね。」
「無茶な行動だろう、それでも愛ってやつなんだろうなぁ、エリナに対する。今のおれになら分かる気がするよ。」

 ディオは話を真剣に聞くセオの目を覗き込んだ。自分と同じ赤色になった虹彩が堪らなく愛しい。元の色も美しく今となっては見られないのが惜しいが、このヒトを射るような赤は何よりも良い色だと思う。
 ジョナサンがエリナを守りたいと取った行動を見た時は、人間の愛情なんていう脆くて何の役にも立たない物のために、何故自分の命を投げ出すのか、と不思議に思ったが、今ではその理由がかすかに分かった気がする。セオを見ていると彼はそう感じるのだ。

「そしておれは、息絶えたジョジョの身体を乗っ取った。首と胴を切り離し、その残った胴におれの首を差し替えた。」

 黒いタートルネックをめくると、そこには首をぐるりと囲ったつなぎ目の様な傷口があった。その傷はディオの話の通り、ジョナサンの胴体とディオの頭部がくっつけられたことを意味するのか。そしてさらに服を引っ張ると、そこには、星型の痣。間違いなくジョナサンの物だ、セオも変なものがあるんだとジョナサンに見せてもらったことがある。

「ジョナサンの身体・・・?今さら何が起きても吃驚しないけれど、え・・・いや、やっぱり驚く。」
「おれは船の爆発から逃れるため、持ってきていた棺桶型のシェルターに入り海に沈んだ。そしてようやく引き上げられたのが4年ほど前になる。」
「うん、ええ、なるほどね、ええと、全体的によく分かったのだけど、うーん。ジョナサンが事故死をして、その身体をディオが、うーん、分かる、分かるんだけれど、なんだろう、この釈然としない感じ。」

 ジョナサンの身体に何をしてくれるんだと怒りたい気持ちがあるのだが、不慮の事故が原因と思うと、ディオに怒りをぶつけるのは間違いである。だからと言って、代わりにディオが元気で居てくれてよかったと思うのは思うのだが、それも釈然としない。セオはなんとも形容しがたい気持ちをもやもやとうねらせ、難しい顔をした。
 そんな彼女の表情を見て、ディオはセオを上手くだませた事に安心する。彼が語ったあれこれには、ところどころディオ自身に都合のいいように誤魔化した部分がある。それに関してはセオに真実そのままを伝えれば、嫌われ恨まれることは間違いない。何年経とうとセオにとってジョナサンは大きな存在なのだから。

「こう言っては悪いのだが、奴のお蔭でおれはこうして生きていられる。そして君にまた会えたんだ。これでも感謝はしている。」
「・・・永い間、そうやって思い続けてくれて嬉しい。」
「そしてこれからも、永久に、な。」
「ふふ。」

 悩むことは沢山あるが、今はこの状況を受け入れたい。時を越えて人ではない者になって生き返った、こんな吃驚体験も運命だったのだろう。しかしただ一つ気になるのは、自分もディオと同じように人の生き血を啜って生きなければいけないのだろうかということである。血液を目の前にすれば何も問題なく吸えるのかもしれないが、今はまだ人間の道徳心の方が強い。セオは独り身ぶるいをして首を傾げた。






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