trance | ナノ



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「・・・わたし、吸血鬼になった?」
「なったぞ。」

 自分としては嘘であってほしかったのだが、おそるおそる訊いた割にディオがハッキリと返事をしたのでセオはへこんだ。いくら自分を救うためだからといって、本当に吸血鬼にしてしまうとは思わなかった。救う方法はこれしかない訳であるし、そう思えば吸血鬼になることは不可避だというのも分かるが。まず、何故救う必要があったのか。死んだものは死んだとして放っておけばいいものを。

「うーん。」

 セオは自分が死んだことは自覚している。ディオに氷漬けにされ、その中で段々と意識が薄れていき、最終的に自分の魂が肉体と乖離するのを感じていた。しかしその後の事は覚えていない。夜寝て朝起きたらいつの間にか時間が経っていたのと同じ感覚で今さっき目を醒ました。今ディオによって起こされるまでの、死んだあとの事は何も覚えていない。

「嬉しいか?」
「よく分からない、生き返ることなんてないと思っていたから。いや・・・死んだ後は何を考えることもなかったと言うか、天国も地獄も意識すらなかったのだけれど。今、生き返ることなんてないと思っていて・・・でもこうやって生き返って・・・悪くないとも思っている、というか、なんというか。」
「・・・嫌がられるよりはマシだが、はっきりしない返事だな。」
「どちらかと言うと吸血鬼にはなりたくなかったなあ。」

 ふと後ろを振り返ると、立派に建てられた自分の墓標が目に入った。黒色の石に金文字、なんとも立派な墓石だった。自分のために掘られた言葉はFAITHFUL、誠実な、だなんて、わたしにはもったいない言葉だ、とセオは思った。しかしこんなものを見せられると、改めて自分は死んでいたのだなぁともしみじみ感じる。

「生き返って吸血鬼になりました、なんて言ったらお父さん吃驚するよね・・・どうしよう。ジョナサンならまだディオくんを見ているから良いわけだけど。」
「説明しなければならないことが多々あるが、まずはおれについて来い。吸血鬼が道端を歩いているわけにはいかないだろう。」
「・・・堂々と歩いているディオくんに言われたくないの。」
「『ディオ』だ。次はそう呼ぶとそう約束しただろう。」
「約束はしていないけど・・・そうだね、うん、ディオ。」

 ひく、と、ディオの口角が動いた。にやけているらしい、そしてそれを隠そうとしているらしい。そんなに嬉しいのだろうか、面白い顔をしているディオを見てセオは笑った。呼び捨てで呼ぶのも割と悪くない。
 ディオに腕をひかれて棺から出る。ぼろぼろの黒い死装束のスカートはちょっと引っ張っただけで破れてしまいそうだ。自分から古臭い匂いが発せられているのは考え物だが、服や靴が着せてもらえていることには感謝しなければいけない。寝起きのように手を組んでグーンと伸びをしてみると、身体中のいたるところがバキバキと音を立てた。人間で居た時よりも、なにかパワーが自分の体に溢れているのが分かる。いつもよりも重い物が持てそうだ。

「それでは港に向かうぞ。」
「港?船にでも乗るの?」
「ああ。」
「ということはここは大陸?イギリスにお墓を作ってもらえなかったっていうのはどういうこと?」
「いいや、ここはイギリスで間違いない。が、今のおれの根城に行くぞ。エジプトのカイロだ。」
「えっ?エジプトなんて行った事がない、ちょっと待って、」
「待たぬ。」

 ディオは躊躇うセオを脇に抱え、さっさと墓地を後にした。真っ直ぐの一本道から街に出る。夜中の街はしんと静まり返っていて、灯りもほとんど着いていない。申し訳程度の街頭がぽつんぽつんとあるばかりだ。セオは懐かしい街を見ているはずなのに、どこかそうではない、なんていう、不思議な気持ちになった。街を抜けて港に出る。ディオが向かったのは小型船舶。セオの見たことのないようなフォルムをしている。

「おかえりなさいませ、DIO様。」

 クルーザーの前に立つ男が頭を下げる。鼻から額にかけてと顎に横線の模様が入った男。彼はディオの前に立ち、もう一度恭しく頭を下げた。ヘアバンドからはみ出た前髪とイヤリングが揺れる。ふ、と、セオはその男と目があった。彼はセオににこと微笑んだ。ふるまいからすると、あの東洋人の男・・・ワンチェンと同じような、ディオの召使なのだろう。

「テレンス、今すぐ船を出してくれ。カイロに戻るぞ。」
「お食事の方はよろしいのですか?」
「ああ、まずはこれが先だ。」

 これ、といってディオが目で指すのはセオ。テレンスと呼ばれた男は再び彼女に視線を下ろす。セオは抱えられたまま頭をさげ、こんばんは、とだけ言った。

「テレンス・T・ダービーです。どうぞお見知りおきください。」
「あ・・・はい、セオ・フロレアールです。よろしくお願いします。」

 丁寧に挨拶をされたので改めてセオも名乗る。抱えられたままは恥ずかしかったのでディオに下ろしてもらうように頼んだ。地面に立ってスカートの裾を少し持ち上げて頭を下げる。ワンチェンの様なゲスっぽさの無い、紳士的なテレンスは好感が持てる。目の色を見た限りでは吸血鬼ではないただの人間らしい。

「船に乗るぞ。セオ、君の訊きたいことには中で答えよう。」
「うーん、お願いします。」






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