trance | ナノ



24.打ち破られたアトロポス


 ジョナサンがディオを倒し、バルコニーから暖かい陽光を感じたのは、セオが氷漬けになった次の日の朝だった。彼はディオの持ち去った石仮面を探し出し、破壊しようと館を駆け回った。
 そんな時だった。

「・・・セオ?」

 ある1つの部屋のベッドに横たわっている女性を見つけた。窓から差し込む陽の光に照らされているのは、間違いなくセオだった。ディオに連れ去られ、氷漬けにされてしまった彼女が無事でよかった。ジョナサンは寝ているかもしれないセオに近づき、そっと顔を覗き込んだ。目は伏せられていて、動きはない。真白い肌はまるで死人のようだった。
 ジョナサンの心臓がギュッと縮んだ、嫌な予感がした。波紋戦士に一番大切な呼吸が乱れる。短く浅い呼吸を繰り返しながら、ジョナサンは腕を伸ばした。
 ぺた、と、触れる肌は冷たい。この触感をジョナサンは知っている。自分の父親、ジョージが亡くなった時、抱きしめたその冷たさと同じだった。

「まさか、セオ、そんな・・・。」

 凍ったときの冷たさがまだ残っているのかもしれない、なんていう、一本の蜘蛛の糸よりも弱い希望を持って、セオの手首を手に取る。力の入っていない手首はぐったりとしていて、指先まで弛緩して垂れている。脈拍さえ確認できれば良い。
 しかし脈はなかった。どこを探っても、確実に血管はみつかってもそれはどれも動いていない。

 ジョナサンはセオの体をシーツで包んだ。もうここに彼女の魂がなくても、連れて帰って丁寧に眠らせてあげなければいけない。シーツで包み抱き上げたセオの体は小さく、そして力なく丸まった。
 彼女の頬に、ぽたりぽたりとジョナサンの涙が落ちる。


 もうはっきりとは覚えていない幼少の頃、よく遊びに来ていたヴァントーズがある日突然セオを連れてきた。彼女が母親を亡くしたショックから立ち直り、外に出て人に笑いかけることができるようになったから、同年代のジョナサンに会わせたかったのだそうだ。初めましてをしてから直ぐに仲良くなったジョナサンとセオは、性別の差を越えてしょっちゅう一緒に遊んでいた。歳を取るに連れてお互いに同性の友達と遊びに行く機会の方が増えた2人だったが、セオがそうだったように、ジョナサンもセオとの友情が切れたのを感じたことはなかった。
 そんな大切な親友の死を目の前に、ジョナサンは涙が止まらない。思えば、自分を助けようとして手を伸ばしてくれたのが原因だった。あの時、自分がセオにも気を向けていれたなら、そうできていたならば、彼女が気化冷凍法を食らわずに済んだのに。今となっては後悔しても遅いことだが、ジョナサンはただ涙を流していた。

「ジョースターさん・・・この人は・・・!」

 廊下で待っていたスピードワゴンが、シーツからちらと見えたセオの顔をみて絶句する。彼はよく覚えている、セオがジョナサンのためにだらだらと涙を流し、病室の前で抜け殻のように心配と絶望感で胸をいっぱいに苦しんでいた時のことを。
 ジョナサンは首を横に振った。それはただ一つ、彼女がもうこの世にはいないことを示していた。

「セオのお父さん・・・ヴァントーズさんに知らせなくては。そして埋葬して・・・。セオは僕のために命を落とした。ただの、僕の、身一つのために。凍っていたからね・・・とても寒かったと思うよ、だから、日の当たる暖かいところに、眠らせてあげたいな。」
「ジョースターさん・・・。」
「さあ、石仮面を探さないと。」






 結局のところ、セオは吸血鬼にされることなく、冷たい土の下に埋められることとなった。ディオが願った2人で永遠の命を生きるという運命は、他でもない本当の運命に打ち破られたのだろう。そしてそんな彼のその身も・・・。

 セオの棺には沢山の花の他に、彼女が失踪したとされる直前まで書いていた調書や、歴史的な遺物のレプリカなど、生前彼女が好んで研究していた内容に関するものが詰められた。葬儀は静かに、ヴァントーズがジョナサンとスピードワゴン、エリナそして大学の教授だけを招待して、5人だけで行った。大学での友達には一切伝えていない。
 皆でセオの棺に土をかける。金色の文字で刻まれたセオ・フロレアールの名が黒い土でかくれ、その全体は直ぐに埋れた。すこしだけ伸びた芝生に、棺の形に細長く曝け出した土だけの部分が残る。そのうえに白百合の花を巻き、セオの姿を完全に隠す。
 これが最善の最期だとは、ジョナサンはじめスピードワゴンや、嘘のような真相を聞かされたヴァントーズも全く思わない。しかし運命はおかしなもので、こんな終わり方も平気で差し出してくる。大切にしてきた一人娘を失ったヴァントーズは、それでもジョナサン達の前では毅然に振舞った。君の所為ではない、というその言葉は彼の素直な言葉だろう。理不尽な最期を認めてはいられないが、それを受け入れなければならないものなのだと、彼はそう自分に言い聞かせていた。
 ジョナサンは今日初めて青い空を見上げた。ぽつぽつとだけ浮かんだ白い雲、イギリスには珍しい晴れの日。セオはまっすぐ天の国に入ることができただろうか。
 彼女との思い出を胸に、残りの人生を大切に生きよう。そうすればきっと、あの世でセオに会った時、久しぶりだね、と、学校ですれ違った時のような挨拶ができるはずだから。










おわり?





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -