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21.赤くにじむ


 この館で元々一番偉い人が使っていたと思われる部屋は、ディオのための部屋になっていた。赤いバラの花が大きな花瓶に沢山入っていて、部屋中が花の香りでいっぱいだ。

「・・・ディオくん、あの、これ何。」

 そんな部屋でまずセオが目に留めたのは、なんというか、とても気味の悪い物だった。

「実験をしたのだ。」
「実験。」

 そこらを歩きまわっている人面犬。もとい、人の頭をした犬。人に似ているのではない、人の顔そのものが犬の胴体にくっついたようないでたちだった。胴と頭をくっつけたような縫い目まである。ディオに言わせると、吸血鬼の力で何が出来るのかを様々実験していたところ、こんなものが出来上がった、だそうだ。
 セオはあまりにも気持ち悪く感じたため後ろを向くと、ディオは彼女に気を使ったのか、その犬達を窓の外に放ってくれた。曰く、あんなのがいても何にもならないので要らない、とのこと。窓の外、すぐ下は崖だ。断崖絶壁、海。人頭犬は波に消えてしまっただろう。
 窓から入ってくる夜風が冷たい。吸血鬼は陽の光によって消滅してしまうらしく、こうやって外を見ていられるのは夜だけだ。館に軟禁されているセオも、もう何日も太陽を見ていない。もうすぐ真ん丸になりそうな、どこか物足りない月がぽっかりと浮かんでいるのを見るだけでは、心が参ってしまいそうだった。

「ディオくんはずっとここに居るつもり?」
「いいや、ジョジョの息の根を止めさえすれば、あとはどこにでも行ける。」
「・・・う。」

 セオはあからさまに嫌だという顔をした。ジョナサンを殺そうなんてことを、まさか許せるわけがない。彼女がそう思っていると知ってディオはこんなことを言うのだろうか、だとしたら、とても、意地が悪い。セオの表情にもちろん気付いたディオは、鼻をふんと鳴らし、馬鹿にしたように笑った。

「奴はただの人間だ。このディオに勝てるはずがなかろう。」
「ジョナサンは勝ちはせずとも、この無茶苦茶な状況はどうにかしてくれると思う。」

 ディオはその言葉に言いかえすことはせず、静かにセオを見た。

「君は、いつまで立っても他人行儀な呼び方をするんだな。」
「他人行儀?」
「ディオくん、とな。ジョジョの奴は呼び捨てだ。君が何を差別して敬称をつけているのかは知らないが、気持ちの良いものではないな。」
「呼び方か・・・。」
「君がジョジョと出会ってから7年前までと、おれが君と出会ってからの7年間と、同じように時が過ぎたんじゃあないのか。」

 セオ自身気にしていなかったことを指摘された。呼び方、確かに、ジョナサンはジョナサンで、ディオくんはディオくんだった。同い年で『くん』をつける相手はディオくらいだが、同時に、呼び捨てをできるのもジョナサン相手ただ1人である。他の人は大体苗字に『さん』付けだ。どうしてだったか、と、セオは考える。呼び方の違いは、理由は出会った時の年齢なのではないかと思う。ジョナサンとは小さい頃からの友達で、男女の差も、弁えなければいけない礼儀も気にする必要のない年齢に出会った。対してディオは、理想的な淑女像に見合った人間にならなければいけない年齢に出会った、呼び捨てだなんてするわけに行かなかった。

「・・・年齢と、慣習かな。」

 このサバサバした性格に、淑女と言う言葉が当てはまる人間になれたかは別である。

「年齢も慣習もこのディオには関係のない話だな。ディオと呼ぶのだ。」
「・・・気が向いたら。」

 今更呼び方を変えろと言われても。長年『くん』で呼び慣れていたものを変えるのには、何と無く気恥ずかしい気持ちがあったので、セオは命令を軽くかわしてみせた。

――すると突然、ドスン、と、首にくる重圧。

「ぐッ!」

 喉を潰されそうだった。素早い身のこなしでセオと間合いを詰めたディオが、彼女の首を、急所を捉えたのである。ディオの鋭く尖った爪がセオの皮膚に突き刺さる。爪はまるで針のように、ぷつんと皮膚に穴を開けて食い込む。そこからゆっくりと血が漏れた。
 血を吸われる、と、セオは瞬時に悟った。ディオの唇が近づいてくる。首筋、鎖骨の上の柔らかいところに、ディオは唇をくっつけた。シュークリームの中に詰まった生クリームを、小さな穴から吸い出すような、そっと優しい吸血。
 男の人に接近された羞恥や、血を吸われているという事実や、そして首から広がっていく快感や、同時にいろんな感覚がセオの中を駆け巡る。涙が身体の奥からせり上がってきて、臆することなくだらだらと流れてきた。段々と心の中はえも言われぬ快感でいっぱいになってきて、そして、セオは危ないと察した。力一杯にディオの身体を押すと、彼はセオが抵抗しないと踏んでいたらしく、突然の抵抗に押されるまま口を離した。ディオの口から血が垂れている、さっきまで吸っていた自分の血だとセオは理解した。

「美味い血だな。」
「・・・な、・・・ッ・・・。」

 吸われていた首を押さえる。まだ流れていた血がセオの手を汚した。その手をスカートの裾でごしごしと擦る。もちろんスカートに血がにじんだが、セオはそんな事を気にしている暇がなかった。
 ぐらぐらと、脳内が、強く殴られたように震える。痛みではない、快感が尾を引いているのだ。血を吸われるというのは気持ちのいいことなのだろうか、まだふわふわと夢見心地のようである。阿片なんかを吸ったらこんな気持ちになれるのかもしれない。しかしそんな恍惚とした表情を外に出すわけにいかず、セオはじろりとディオを睨み続けていた。

「変態・・・!」
「吸血鬼なんだ、仕方がないだろう。」
「もう、絶対に、血、吸わせない!!」
「ではこのディオが他の女から血を吸ってもよいというのか?」
「わたしは構わないけど!?その方が身の安全が保障されるッ!」

 どうせ効果ないんだろうと判りつつも、セオは一発、ディオの頬をぶんなぐった。7年ぶりの暴力だった、カッとなったその衝動を抑えられなかったことを後悔する余裕も無かった。彼女はぐつぐつと煮えくりかえるような怒りを抱えながら、もうこれ以上ここに居たくないと吐き捨て、部屋を出て行った。
 独り残ったディオは殴られた頬を撫でる。今の自分には何の問題もない衝撃。それでも彼は何故だが満足そうに、味わうように撫で、部屋を出ていくセオの後を追った。






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