■ 03

 午前中だけで講義が終わった。瑠良は手を不自由にさせながら鞄に荷物を詰めると、そそくさと大学を出た。
 結局、利き手が使えないとノートが取れなくてつまらない。今日は90分の授業を2本受けた。普段なら興味深い内容なはずなのに、今日はとてもつまらなく感じた。さっさと家に帰って、レコーダーに録音した教授の声を聴き直そう。そして時間をかけながらノートに書いていこう。

 そう思ったのだが。
 なにやら街にボーダーが溢れている。それもきっちりトリオン体で、C級からA級まで大勢。草の根を分けたり路地裏に突っ込んだり、大勢で何か探し物をしているようだ。瑠良はその様子を眺めながら携帯電話を取り出し、アドレス帳を開く。

「……もしもし、忍田本部長ですか。線引瑠良です。……お疲れさまです。あの、ボーダー内で何かありました?街に隊員が溢れているんですけど……はい、腕は大丈夫です。大丈夫ですから、探し物くらいならできますよ。……はい、空いてます、…………はい、では。」

 『簡単な退治作業をしている、手伝えるなら来て欲しい』とだけ忍田本部長に言われた。今は不自由しているが、トリオン体になれば任務に支障はない。瑠良はさっそく本部へ向かうことにした。
 ――と、思ったところで、瑠良は固まる。

「講義もトリオン体で受ければよくない……?」

 そうだった、と、今日1日を深く後悔する。私服のトリオン体に替われば、怪我は無かったことになり利き手が使える。なぜ早くこのことに気づかなかったのか!
 そうと分かれば。瑠良は早速トリガーオン。当たり前だが戦闘体は戦闘服なので服装が変わる。普段着とは言えない格好は町中だと浮いてしまうが、利き手の包帯とギプスは消えた。指をグーパーして、骨の折れた部分を握る。全く痛くない、健康そのものだ。
 よっし!瑠良はガッツポーズをひとつして、本部へと走った。




「本部長っ、参りましたっ。」
「線引か。腕の怪我はどうだ?」

 ボーダー本部、忍田本部長のデスク、である。忍田本部長は瑠良がやってくると立ち上がり、瑠良が怪我をしたと聞いた腕を指差した。

「安静にしていれば痛くありません。それにトリオン体になれば全く問題なしです。」
「そうか、それは良かった……が、無茶はしないでくれ。君が怪我をすれば悲しむ人は大勢いるからな。」
「……気を付けます。ところで、退治作業ってなにのですか?」
「あぁ。」

 忍田本部長は、机の上に置かれたレーダーのようなものを瑠良に差し出した。それは、ぴっ・ぴっ・と音を出していて、それに合わせるように無数の点が光っていた。

「これは?」
「ラッド、という偵察型の小型トリオン兵の居場所を表しているレーダーだ。ラッドはゲート発生装置を備えている、だから一刻も早く全滅させたい。」
「分かりました、レーダーを頼りにラッドを潰していけばいいんですね?」
「ああ。いけるか?」
「もちろんです。」

 全隊員にアナウンスしていたようだが、瑠良は怪我をしたばかりということで免除されていたらしい。





 ボーダー本部を中心に、円状にラッドの反応がある。本部近くはすでに退治が終わっているようだ。瑠良はとりあえず、反応が一番多いところに走った。
 丸1日片腕が使えなかった不自由さから解放されてすがすがしい気分だ。ぐるぐると腕を回しても痛くないし、指をグーパーさせても問題ない。
 瑠良はルンルン気分で商店街に出た。ボーダー隊員があちこちで作業をしていた。ゴミ拾いのボランティア作業のようにも見える。商店街の人々はその様子を不安そうに見ていた。ラッドがどういう物かは伝えられているのだろうか。どっちにしろ、トリオン兵なのだから一般の人々は不安だろう。

「お。」
「あ。」

 そんな中、バッタリ、という言葉が似合う出会い方を知り合いとした。お、と、嬉しそうに声をあげたのは迅悠一、である。

「よ!怪我はどうだ?」
「言われた通りにしっかり折れました。」
「あちゃー、そうか。」
「今はトリオン体なので平気ですけどね。」

 瑠良が怪我をする、というのは、実は前々から迅のサイドエフェクトで予測されていたことだった。具体的に何がどのようにして起こるかは、可能性がいくつもあるからという理由で教えてもらっていなかったが、『自分の身を大切にしていれば避けられる事態である』とは言われていた。今思い返せば全くその通りになった。自分の身を大切にして、換装を優先させていれば、瑠良は怪我をしなかっただろうから。

「あんまり自分のことを大切にしてなかったみたいです。」
「よくないぞー!」

 迅はぷんぷんと頬を膨らませた。可愛いつもりなのだろうか。瑠良はなんと返せばいいか迷った結果、苦笑いだけをした。

「……まあ、命に関わらなくてよかったよ。由良さんも安心してるだろ。」
「はい……。」
「危うくお姉さんと同じ道をたどるところだった。」

 迅は隠すことなく言う。ぐさっと瑠良の胸にその言葉がささるが、真実なので真摯に受け止めるしかなかった。

「……後悔しています。」
「ならよし。」
「はい先生。」
「先生はやめろって〜。」
「トリガーの使い方を教えてくださったんですから、先生ですよ。」
「"悠一さん"って呼んでくれよ、そうじゃないと返事しないぞ。」
「迅先生。」
「あーもー。」

 迅悠一は瑠良の師匠だ。瑠良の姉・由良が亡くなった後突如S級に挙げられた瑠良を、直接指導してくれたり、実地訓練に連れ出してくれたりしたのが彼だった。だから、今は手を離されたとはいえども、先生と呼ばずにはいられない。迅としては、同い年で同じS級なのだからもっと仲良くしてほしい、と思っているらしいが。

「一緒にラッド探しに行っていいですか?先生っ。」
「はいはい、怪我人を放っておけないからね。」

 なんだかんだと文句をいいつつも世話を焼いてくれる迅先生に、瑠良は喜んでついていった。

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