■ 02

「おっ、准君。」

 ここは線引家。警戒区域近くにある、庭のない狭い土地に建つ2階建ての家。
 あの後三雲と空閑と別れ、瑠良が帰ってきたタイミングと同じくして、瑠良の父親――線引良太も帰宅した。良太が反応したのは、瑠良と一緒にいる嵐山だった。

「こんばんは、線引さん。」

 メディア対策室にいる良太は嵐山とよく見知った仲である。というか、良太がマネージャーのように嵐山隊についていくことが多々あるので、かなり仲は良い。
 嵐山の家は、ボーダー本部と線引家をつないだ線分上付近にある。普段は別の道を通っているらしいが、近くを通るなら、と、嵐山は瑠良の帰り道に付き合ってくれたのだ。

「瑠良を送ってくれたんだな。」
「心配だったので。帰り道こっちですし。」
「ありがとう。……瑠良、腕はどうだ?」
「骨折はしてるけど、外傷はないよ。固定してるから痛くない。」

 良太の視線が瑠良の腕に向く。

「そうか……怪我には気をつけろよ、十分に。准君、本当にありがとう。」
「いえいえ。瑠良さんに無茶はさせられませんからね。」
「嵐山君、本当にありがとうございます。」

 父親と混ざらないようにするためだとは分かっているのだが、嵐山に『瑠良』と名前で呼ばれるのは慣れなくて照れる。瑠良はペコッとお辞儀をして、下げた顔がニヤつくのを我慢した。

「そうだ、うちで夕飯を食べていかないか?」

 そして、えっ!と、叫びそうになるのを我慢する。瑠良に予想できなかった父親の一言だった。嵐山が家にあがってゆっくりお話できると嬉しい、嬉しいが、心の準備も夕飯の準備も全くできていないのに。――この親父は何てことを言いだすんだ、ありがとう。――瑠良は期待する気持ちを隠しきれず、嵐山にわくわくした笑顔を見せた。

「せっかくのお誘いですけどすみません。母が仕度をして待っていてくれてるはずなので。」
「そうだよな。こちらこそ急にすまない。また今度招待するよ、隊のみんなも一緒に。」
「はい!」

 そりゃそうだよな、瑠良は心の中で落胆する。

「では。じゃあね瑠良さん、また。」
「はいっ!ありがとうございましたっ!!」

 への字になる口元を無理やり引き上げて嵐山を見送った。
 彼が道を曲がって見えなくなってから瑠良と良太は家に入った。瑠良はすぐさま荷物を降ろしてソファに座る。そして片手で鞄の中を漁り、携帯電話や講義ノートを取り出してローテーブルに出した。これだけでも一苦労だ。ファスナーは片手だけでは開けられないし、探すのにも手が片方だけだと、鞄の形が崩れて面倒くさい。何をするにもフラストレーションが溜まる。嵐山と一緒にいられたという幸福感で気分は保たれているけれど。

「腕はどうだ?」

 良太がフライパンにご飯を入れながら問うた。家の前でされたのと同じ質問だ。瑠良はキッチンを見たが、良太はこちらを見ていなかった。

「んー、今は痛くない。折れた時と検査の時はすごく痛かったけど、動かさないから平気だよ。」
「そうか。」

 それだけ相槌を打って良太は口を閉じる。
 テレビの電源が入っていない部屋は静かで、時計の秒針の音だけが妙に響いた。2人暮らしには広い家だ。この家には2人しか住んでいない。2年ちょっと前には今の倍居たのに。

 瑠良には姉が居た。今回の瑠良のように、生身の時に近界民に遭って亡くなった――その身を黒トリガーに替えて。その黒トリガーは現在瑠良が所持して、瑠良だけが使っている。
 良太が何を言いたいのか、瑠良にはわかっていた。姉――線引由良と同じように生身で怪我をした瑠良に、辛いことを思い出していないか、心は平気なのか、そういうことを訊きたいのだろう。実際、病院で良太に電話をしたとき、瑠良が生身で怪我をしたと知った彼はかなりショックを受けたらしく、言葉を失っていた。

「……わたしは大丈夫だよ。あのね……怪我はしても絶対死なないから。」

 上手に言葉にできないが、瑠良はそれだけ言いたかった。

「自分を一番大切にしろ。」

 良太はまだこちらを向かない。瑠良はそんな彼を見つめながら、うん、とだけ返事をした。
 2年ちょっと前まで家にいたもう1人の人――瑠良の母親が、瑠良の怪我を知ったらどう思うだろう。母親・広野幸江は娘たちがボーダーとして活動するのをずっと反対していた。生身で戦っているのではないからと良太がなだめていたのだが、その生身で由良が亡くなってからは、瑠良を絶対に辞めさせると言ってきかなかった。しかし瑠良は、ボーダーとしての自分と姉、そして黒トリガーに誇りを持っていたから、ボーダーを辞める気はなかった。
 それがきっかけで両親は離婚をしたのだが、瑠良は父親とともにこの家に残っている。

2人には広い家だ。

 姉のように死ぬのではないかと恐怖しなかったとは言わない。あの時は腕が折れて痛みが身体中を駆け抜け、恐怖が後を追って瑠良を苦しめた。生きていたから良かったものの、死んでいてもおかしくなかった。


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