■ 京都土産を個別に持ってくる19歳組

●AM 7:30 柿崎 国治

「線引、これ。」

 柿崎隊隊長の柿崎が瑠良を呼び止めた。
 ボーダー本部の自動販売機コーナー、である。

「なになに?」

 瑠良は夜中の防衛任務を終えたところで、元線引隊の隊室で昼寝をしようと思っていたところだった。――この不規則な生活には慣れているし、トリオン体で動くお蔭で強い眠気などないのだが、気持ち的に寝ておきたい。
 そんな時やってきて声をかけたのは、瑠良と同い年の柿崎だった。彼は今日全休で、昼から任務が入っていると聞いた覚えがある。朝から本部に来ているなんて偉すぎる。ちなみに瑠良は、生憎5限だけ入っているというなんとも微妙なスケジュール。柿崎が羨ましい。学科が違うので大学ではあまりすれ違わない柿崎は、ボーダーでも「会おう」と決めなければあまり会えない、瑠良的にはどちらかと言うとレアキャラだ。
 ――話が脱線した。そんな柿崎は、半透明の緑色をしたビニル袋を瑠良に差し出した。中には膨らみのある紙袋が1つと、薄い紙袋が1つ。

「京都土産。」
「え!いいの!?」
「良いに決まってるだろ。旅行するって言った時、あんなにお土産ねだったのどこの誰だよ。」
「わたしだあ。」

 柿崎からビニル袋を受け取り、瑠良は嬉々としてその中を覗いた。ビニル袋はお土産屋さんのもので、中の紙袋は製造元のだ。膨らみのある紙袋には、金平糖、と、筆で書かれたプリントがされている。薄い方にはお寺の名前。

「金平糖?と……お寺?」
「ああ。金平糖は包みとか見た目が良かったから。しかも老舗のいいやつらしい。」
「いいとこの金平糖!嬉しいなー甘いもの好き!」
「喜んでもらえて良かったよ。あと寺のやつはしおりとポストカードセットな、俺らが撮った写真見るよりプロのやつ見て癒されてくれ。」

 薄い方の紙袋からポストカードセットを取り出す、厚紙のケースに入った5枚セットだ。ケースには中にどんなポストカードが入っているかが印刷されている。――新緑と寺、夕陽に照らされた寺、紅葉の中の寺、雪のつもる寺、あと1枚はこの寺に置かれている仏像だろうか。

「わー綺麗!ポストカードいいね、部屋に飾ろっかな!」
「綺麗だろ、実際すごく良い景色だったよ。」
「いいなー見てみたい。そうだ、みんなが撮った写真も見たいから後で見せてよ。」
「おう、月見たち集めて自慢話する。」
「わたしも蓮さんたち連れてお出かけしたいなー。」
「すりゃいいだろ。」
「すりゃいいんだよ、するよ!」
「気合入ってんな。」

 京都か――京都も良いが北海道なんて行ってみたい。瑠良は頭の中に乏しい北海道のイメージを浮かべてみた。時計台、ラベンダー畑、海、牛、監獄――。
 柿崎は瑠良が自分の世界に浸っていることを察し、ひっそりと鼻で笑った。そういう単純なところあるよな、と、彼が言うと、全く聞いていなかった瑠良はエ?と首を傾げた。

「いや、なんでもない。隊員にも渡してくるから、また今度ゆっくりな。」
「ほんとありがとう!今度お礼するねえ!」
「喜多方ラーメンがいい。」
「福岡もいいなあ。」
「行くならどこがいい?」
「今頭の中が北海道になってた。」
「北海道か、北もいいな。冬はやめておけよ、下手したら遭難する。」
「さすがに遭難の危険がある場所には行かないよ。」
「札幌は大学構内で遭難するらしい。」
「……え、やばいね。」

 あとで北海道の大学のこと調べなきゃ、と、どこがズレた場所で真剣になる瑠良が面白くて、柿崎はこっそりと笑いを堪えていた。





●AM 11:00 生駒 達人

 元線引隊の隊室で朝寝をして、携帯端末のアラームで目を覚ましたのは11時だった。元々眠かったわけではないので寝足りないような気分はしなかった。しかしお腹は空いている。寝ていても体力を使うだなんて不思議だ。
 腹が空腹を訴えるなら、その腹を抱えた自分は何か食べざるをえない。食堂か大学の学食か、街のどこかで昼食にしないと。

「瑠良ちゃーん。」

 隊室を出たところで、生駒隊隊長の生駒が瑠良を呼び止めた。彼は瑠良とすぐそこにある部屋の扉を何度か交互に見る。

「本部に来とるって聞いたからどこや思ったら、線引隊の部屋におったんか。そら見つからんわ。」
「わたしに用事だったの?」
「もー用事も用事、ここまで緊急の用事1年に1度もないわ。」
「え、そんなに!ごめん……。」
「すまんそこまででもない。」

 生駒は相変わらずの無表情で一通り瑠良をからかう。瑠良が「そのうち生駒君の言うことなんにも信用しなくするからね」と言うと、生駒はさすがに真面目な声色で謝った。それも冗談っぽく聞こえるから生駒は面白い。

「……で、何かしたの?」

 彼は大きなメッセンジャーバッグを腹側に回し、その中をゴソゴソと漁った。これか?ちゃうわ、こっちか?あかんどこいった、と、独りであれこれ言いながら出したのは、見覚えのある緑の半透明のビニル袋だった。朝寝の前に柿崎から同じものをもらって、今瑠良の鞄の中に入っている。

「これな、京都旅行のお土産な。瑠良ちゃんに一刻もはやく渡さんと気がすまんかったんや。」
「わあー!生駒君も買ってきてくれたの!嬉しー!」

 生駒が瑠良に手渡したビニル袋の中には、包装紙で包まれた筒状のものがある。包装紙には「本家 抹茶」と深い緑色で印字されている。

「やったー!抹茶好き!粉末?すごい、早く帰って飲みたい!」
「『生駒君も』って、なんや俺の前に誰が持ってきとったんか。」
「柿崎君だよ、ポストカードとか金平糖とか。」
「かぁーっ俺が一番乗りやと思うたんに!」
「朝一番に会えたの。生駒君ありがとう、大事に飲むね!」

 柿崎に一番乗りされたことが大層悔しいらしい。生駒は珍しく眉を下げていて、ゆるく立てた髪をがしがしと引っ掻き回している。勝負が好きな生駒のことだ、こういうささやかな事でも他の19歳に負けたくなかったのだろう。

「俺が一番に来てな、あれ見てこれ食べたって話する予定やったのに。」
「柿崎君はお土産くれただけだよ。」
「じゃあ土産話なんも聞いとらんの?」
「うん、なんも。聞かせてよ。」
「よっしゃ俺が全部聞かせたるからな。今から任務行かなならんからまた今度。それまで他の奴らからの話はシャットアウトしとき。」
「楽しみにしてるね。」

 生駒は瑠良と分かれたあと、何度も振り向いて「絶対な」と念押しをした。角を曲がって見えなくなる時には最後の一押しをしていった。よほどお土産話がしたいらしく、瑠良はそれをみて笑って生駒を見送った。





●PM 0:30 嵐山 准

「おーい線引ー。」

 昼間の混み合った大学の学食、である。

「准君!」

 タイミング悪く大学の昼休みの時間に到着してしまった瑠良は、学食の混み具合を見てここで昼食を取るのは諦めようと思っていた。売店でお弁当でも買って食べようか、と思っていた矢先、いつも聞きたくて仕方ない人の声がした。
 確認しなくてもわかる、嵐山隊隊長の嵐山だ。彼は手を振って瑠良を呼び、人差し指で自分の足下を指差す。こっちが空いている、と言いたいのだろう。彼がいるのは壁際のテーブルで、向かい合って座る場所だ。そこにいると言うことは1人で昼食を取ろうとしていたのか。

「ご飯買ったら行くね。」
「待ってる。」

 席がほとんど埋まっているから皆食堂で昼食を買うのは諦めたのだろう、給仕コーナーの方はガラガラだった。瑠良は券売機でオムライスにサラダとコーンスープがついたセットの券を購入して食堂のおばさんに渡した。料理はすぐにいただいた。瑠良は周りの人に注意しながらトレイに載せたオムライスたちを運び、嵐山の元へ急ぐ。嵐山は瑠良のことをずっと見守っていたようで、瑠良が嵐山の方を向くとすぐに目があった。照れて爆発して倒れそうだった。

「席、ありがとう。」
「どういたしまして。線引は今日、5限だけだったよな。」
「そうだよ。防衛任務終わって隊室で朝寝して来たところ。」
「お疲れ。」
「准君も。」
「俺は今日非番だし、講義もないんだ。」
「そうなの?」
「レポートの提出だけ。」

 嵐山の手元には醤油ラーメンと半チャーハンのセットがある。あと、せめてもの足掻きなのか、野菜ジュースが2パック。
 周りからの視線が痛い。理由はわかっている、一緒に食べている嵐山の知名度だ。ボーダーの顔がこの大学に通っていることなど、多分、全学生が知っている。よほどのモグリでなければ一度は嵐山の噂を耳にするはずだ。学食で嵐山と会うのは今回が初めてで、瑠良は今まさに嵐山の知名度をひしひしと感じている。しかし瑠良は落ち着かないわけではない。こういう珍しいものを見る目はボーダー内でいつも浴びている。ボーダー外部ならこうならないが、内部だとS級は注目の的なのだ。

「5限だけなのもつらいな。」
「できれば避けたかったんだけど、必修だから……。」
「なにの?」
「歴史学専攻の選択、日本史概論。」
「……眠くならないか?」
「正直……眠くなる……。」

 5限目の気怠い時間に漢字ばかりの講義は正直つらい。嵐山が「想像しただけでしんどい」という顔をしている。しっかり者の彼でもそう思うのか、と、瑠良はひっそりと、共感できたことに感謝した。

 瑠良はオムライスを、嵐山はラーメンを、それぞれ食べ終えると、手を合わせてごちそうさまでしたの挨拶。瑠良がコップの水を一口飲んでいると、嵐山が瑠良を見てニコと笑い自分の鞄を漁り始めた。

「線引に渡したいものがあるんだ。」

 既視感、2度体験したからわかる。これは間違いなく、京都のお土産をもらえるパターンだ。瑠良は姿勢を正して嵐山の出方を待った。

「これ!京都のお土産。」
「京都!」

 嵐山が取り出したのは、抹茶色をした小さな紙袋だった。プリントされている店の名前は瑠良も知っているところだ。自動販売機でこの店の抹茶飲料が売っているのを見たことがあるし、飲んだこともある。瑠良は紙袋を受け取り、中を覗いた。手のひらサイズの正方形の箱が2つ入っていた。面面には「抹茶バウム」の文字。

「抹茶のバウムクーヘン、試食したら美味かったんだ。」
「抹茶でバウムクーヘンって絶対美味しい組み合わせだ!」

 瑠良は箱を1つ取り出し、キラキラとした目で見る。そして嵐山を向き、思い切ってじっと目を見た。

「半分こしない?」
「俺はもう食べたから。」
「美味しかったなら、一緒に、食べたい。」

 まるで一世一代の大告白でもするかのように瑠良は意を決して、しかし、それを出来るだけ平静を装って言う。瑠良は早速箱を開け、中に入っている綺麗な抹茶色のバウムクーヘンを、透明な包装ビニルに入ったまま半分に折り曲げた。断面の裂け方がフワフワで美しい。嵐山はいいよいいよと遠慮していたが、バウムクーヘンが2つに分かれるのを見て厚意に甘えることに決めたようだ。包装ビニルを裂くと、ふわりと抹茶の香りが漂った。それだけで美味しいのがわかる。瑠良はビニルごとバウムクーヘンを嵐山に差し出し、半分受け取ってもらった。彼女は改めていただきますと挨拶をして、早速一口食べる。

「……美味しい!!」

 甘い抹茶の味が、柔らかい生地と相性抜群だ。これは美味しい、もし売り場にいたら、試食した瞬間買い物カゴに5つほど詰めてしまいそうだ。
 瑠良が食べたのを確認して嵐山も食べ、やっぱり美味しい、と、口元を緩ませている。

「いいなあ、こういうの本場で味わうのも最高だろうな。」
「楽しかったから行ってみたほうがいい。」
「『嵐山』にも行ったの?」

 瑠良は冗談ぽく笑って訊く。

「生駒が『あの場所だけは絶対行く』って言って、一番に行ったよ。」

 嵐山も笑って答えた。

「嵐電っていう電車に乗って……生駒と迅が、『嵐山』の地名がついた看板を見つけるたびに俺に並ばせて写真を撮るんだ。」
「想像できる。」

 すごく想像できる。冷静な表情ではしゃぐ生駒と一緒に笑ってる迅、自分も楽しい嵐山、みんなが楽しそうで楽しい柿崎に、屈託のない笑顔をいつも見せない分発揮する弓場。

「他のメンバーが写真撮ってるから、あとで見せてもらって。」
「うん、見たい。ていうかみんなが撮った写真見たい。」
「今度集まろう。弓場がインスタントカメラで撮った写真を現像に出してるから、それが出来上がったらとか。」
「わー楽しみ!」
「迅と生駒も線引にお土産話買っていたから、そのうち渡されると思う……って、ネタばらししない方が良かったかな、ごめん。」
「ううん、嬉しいー。」

 そのうち生駒にはさっきもらったし、なんなら柿崎にも。このまま来たら弓場もなにか――。

 嵐山は午後になったら部屋にいるはずの教授を訪ねてレポートを提出して、そのまま家に帰るそうだ。あわよくば5限に行くまで一緒に自習など、と、瑠良は思ったがそれは叶わなかった。言い出す勇気はなかったし、もし叶ったとしても緊張で勉強どころではなかっただろう。こうして一緒にご飯が食べられて、しかも次に集まる約束もできたから重畳だ。




●PM 15:40 弓場 拓磨

 5限の講義は選択必修科目なので、瑠良の友達も多くこれを受講している。瑠良は講義開始30分前に階段講義室に入って、後ろから3列目の真ん中を陣取った。とりあえず10人分は席を取れば良いので、長机の端と端にルーズリーフとノートを置く。
 4限に講義がないメンバーが続々とやってきて、瑠良の横に座っていく。この講義は他学科や他学年の学生もとるので教室は混み合う。講義開始の15分前には教室の半分が埋まっていた。

「ね、あれって弓場君じゃない?」

 隣の隣の隣に座った友達が、隣の隣に話しかける。瑠良は弓場の名前に反応して顔を上げた。弓場はそのいでたちから、同じ学年の人たちから一目置かれているようなところがある。だから友達はわざわざ名前をあげたのだろう。
 弓場隊隊長の弓場は、教室の入り口で、どこか手頃な席が無いかと室内を見回していた。瑠良は、自分のいる列は多分余裕が出来るから、こっちに呼んでしまおうかと思いついた。
 瑠良が手を挙げてひらひらと振ると、弓場は直ぐそれに気付いた。しかし彼はこちらに来る事なく、人差し指をくいくいと曲げて見せ、「こっちに来いや」とジェスチャーをしてみせた。瑠良は隣に座った友達にごめんと言って席を立つ。一通りの流れを見ていた1人は「大丈夫?」と訊いてくれた。

 廊下に出ていた弓場は、腕をこまねいて壁に寄っ掛かっていた。いかつい、ひたすらいかつい。もしこれで換装体だったら誰も恐くて近づけなかっただろう。

「よォ。」

 彼は瑠良が来たのを見るときちんと立って背筋を伸ばした。

「よお。」

 瑠良も弓場に習って腕をこまねき、足を肩幅に開いて挨拶。弓場はフッと吹き出して笑った。

「似合わねェな。」
「自分でも思う。」

 講義室に入っていく人たちが弓場をチラチラと見ていく。弓場は嵐山とはまた違った意味で目立つ。

「何か用事?ボーダーのこと?」

 嵐山はボーダーの顔として目立つが、弓場はそのいかつさから目立つ。特に1年生の間では、春のレクリエーションで「恐い人がいる」と周りをざわつかせていた。勿論その中にはボーダーファンがいて、弓場の強さから注目している人もいるけれど。

「いいや、渡しときたいモンがある。」
「渡しときたいモン?」

 分からない、という風に言ったが、瑠良は分かってしまっていた。弓場からもきっと京都のお土産だ。弓場は上着のポケットから、白い薄紙の封筒を出して瑠良に渡した。封筒には朱色の判子が押してある――瑠良も名前を知っている、京都にある神社のものだ。封筒は少し厚みがある。

「京都のお土産だ!」
「あァ。これいつも持ち歩いとけ。」
「持ち歩くの?見ていい?」

 弓場はうなずく。瑠良はお言葉に甘えて封筒の中を見た――お守りが2つ入っている。片方は神社の名前が刺繍されていて、もう片方には「健康第一」の刺繍。

「もう生身で大怪我すんな。」
「う……そういう意味でですか……。」

 健康第一、瑠良が腕を折ったあの事故が関係しているらしい。いや、らしいなんて誤魔化さなくても、それ以外にない。

「他に何がある。おめぇどうせまた無茶するだろうからな、気休めだが無いよりはマシだろ。」
「ありがとう……。毎日持ち歩いて気をつけるね。」
「そうしろや。」

 弓場は両手をチノパンのポケットに突っ込んで教室に入っていった。瑠良はお守りを袋に入れ直して後を追う。

「わたしのところ、席余ってるから一緒に講義受けよ。」
「ありがてェ。」

 瑠良が弓場を連れて戻ると、友達陣は一様に驚いて固まった。瑠良は長机の真ん中にある自分の荷物を取ってもらうようお願いして、端の方に座る。弓場は1番端。友達の隣に座らせるのは双方に悪い気がした。
 友達に「弓場君はボーダー仲間なんだ」とさりげなく紹介すると、「安心した」という類の返事が返って来た。何に安心しているのかはよくわからなかった。




●PM 7:00 迅 悠一

 なんだか忙しかった一日が終わる。
 今日の夕飯当番は父の良太。瑠良は夕飯の準備がなくてラッキーだった。

「ただいまぁ!」

 リビングに向かって声をかけながら靴を脱ぐ。そこで、おや、と、瑠良は一瞬だけ動きを止めた。知らない靴が端っこに置かれている。知らないとは思ったが、なんとなく見覚えがある。一体誰のものだったか。

「おかえり、瑠良。」

 靴の持ち主がリビングから顔を出した。暗躍する元S級の迅だ。ああ、そうだこの靴は師匠のものだった。

「迅さん!ただいまです!」
「良かった、予知通りだ。」
「何か視て来たんですか?」
「そう。今日はみんなに会った?」
「みんな……ああ、お土産ですね。」

 瑠良はリビングに入ってコートを脱ぎ、ソファにかける。迅はダイニングテーブルのお客さん用サイドに座って、良太お手製のグラタンを食べに戻った。どうやら食事の途中だったようだ。

「おかえり。」
「ただいま。」

 良太も食事中だったが、瑠良がリビングに入る前に瑠良用のグラタンを用意し終えてくれていた。

「迅君がお前に渡すものがあるって来てくれたんだ。」
「夕飯時にすみません。」
「視えていて来たんだろう?」
「そうです。」

 迅はいたずらがバレた子どものように笑い、良太もからかって悪かったと言って笑った。

「昼間、良太さんを見かけた時にいろいろ視えて。」
「グラタンは瑠良がおかわりする用に、いつも多めに作っているからちょうどよかったよ。」
「これは瑠良の……。」
「だ、大丈夫ですよ、お父さんのグラタン美味しいからたくさん食べてください。」

 そう言ってくれるのも折り込み済みだったらしく、迅は特別申し訳なくすることはなかった。彼は白い紙袋をテーブルの上にのせて、瑠良の方にずいと差し出した。瑠良は紙袋の中を覗き込む。中くらいの箱が3つ入っていた。

「定番の生八ツ橋だよ。普通のと、チョコレート味と、あとはなにかいろんな味が入っているやつ。」
「八ツ橋!京都と言ったらこれですよね!」
「瑠良は八ツ橋いけたよね?」
「はい!」
「良かった良かった。」

 はやく封を開けたいが、まずは温かいうちにグラタンを食べなければ。瑠良は手を合わせていただきますと挨拶をし、すぐに食べ始めた。良太は同じタイミングで夕飯を終え、自分の食器を下げて台所へ洗い物をしに行った。迅はグラタンの味を大層気に入ったようで、台所にいる良太に何度も美味しいと伝えている。その度良太は本気の照れ笑いを見せて、食べたくなったらいつでも言いなさい、なんて言っている。

「嵐山からは貰った?」
「はい、貰いました!あと柿崎君と生駒君と弓場君にも。」
「……え、みんな瑠良に買ってたんだ。」

 迅は驚いた、知らなかった、と言うように目を丸くした。誰が誰にお土産を買っていく、なんて相談や分担はしなかったのだろうか。瑠良のように共通の知り合いがいる隊員や、幹部の人たちへのお土産なら分担したほうが良かったろうに。まあ、相談をしなかったお蔭で、瑠良はこうして色々なものを頂けたので、文句は無いと言えば無いのだが。

「そうかー、生駒っちと嵐山は分かるけど柿崎と弓場ちゃんは意外だったな。」
「わたしもびっくりしました。朝から別々でみんなに会うもので。」
「モテ期?」
「同い年だからでしょう。」
「いーや。みんなお前のこと大好きだからな。」
「か、からかわないでくださいよ!」
「ほんとほんと。」

 どこまで本気か分からない。冗談と思っても、人から好かれて嫌な気はしないので瑠良は照れた。

 遠慮がちにゆっくり食べた迅と、好物なのでいそいそと食べた瑠良が食べ終えたタイミングは同じだった。瑠良は2人分の食器を持って台所に行き、良太は入れ違いでリビングに戻る。迅と良太はなにかボーダー関係の話を始めたようだった。
 瑠良は先ほど迅に貰った八ツ橋のうち1番スタンダードなものと、生駒に貰った抹茶を台所に持ち込む。食器洗いを終えて、新しいお皿と湯呑みを3セット出して、八ツ橋と抹茶を用意する。リビングに持っていくと、迅は予想通り「俺の分はいいのに」と遠慮を見せたが、用意したもの勝ちなのだ。彼はすでに皿に乗せられた料理をお断りなんてしないだろう。

「迅さんの八ツ橋と、抹茶は生駒君からのお土産です。」
「生駒っちは抹茶を選んだかー、なかなかシブくていいね。」
「ね!」

 3人は揃って湯呑みに口をつけ、ズズッとすすり、揃って「あ〜」と嘆息した。とてもいい、濃くて深くて落ちつく味だ。続いて口にした八ツ橋も逸品だ。丁寧に皮を食み、餡を食べる。美味しい。

「京都行きたいなぁ。ののちゃんたち誘って女子旅行しよ。」
「俺は?」
「迅さんを連れて行こうとしたら、他の4人も自動的についてきそうで。」
「だめかー。」
「北海道行きませんか?」
「なに、熊相手に武者修行する?」
「それもいいですね。」
「本気にしないで。」
「修行なら師匠も連れて行かないと。」
「巻き込まないでね。」

 巻き込むだなんて失礼な、と瑠良が頬を膨らませて反抗すると、迅と良太は顔を見合わせて笑った。瑠良は自分が笑われているのが面白くなくて一瞬不機嫌になったが、気持ちを隠すために飲んだ抹茶が美味しかったので、直ぐに上機嫌に戻った。

 泊っていきなと良太は誘ったが、迅は玉狛でみんなが待っているので、と、丁寧に断った。お土産を持ってきただけなのに、かえって沢山もてなしてもらってしまってすみません、と彼は言うが、一緒に食卓を囲めて楽しかった線引親子としては申し訳なく思われる必要などない。もっと気を楽にして、と言っても迅はまだこの家に慣れることはないだろう。ならば毎週のように夕飯へ招待して、否が応でも慣れてもらうしかない。線引親子は別々の脳で、同じようなことを考えていた。

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