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 4月、新年度が始まった。とはいえ高校生のわたしにはあまり関係がなく、お父さんはなんだか忙しそうだなぁ、と思うくらいだ。
 春休みは基本的に暇なので、毎日のように迅さんに稽古をつけてもらっていた。なんと驚いたことに、師匠は同い年で同学年、そして嵐山君と同じ学校だという。びっくりでしかない、こんなに落ち着いた大人っぽさを醸している師匠が同い年だなんて。それを知っても敬語は取れないし、いまだに歳上のような気がしているが。

 今日もお昼過ぎから夜の7時までみっちり稽古をつけてもらった。実戦で使えるシールドの変形方法を頭に突っ込んでもらって、おかげで臨機応変なシールドの使い方ができそうである。

 トリオン体のお蔭で体力は消費していないはずだけど、へとへとで帰宅する。わたしが帰ってきてないことを知ってか、自宅の玄関の鍵は開けたままにされていた。ただいまー、と、リビングに向かって声をかける。返事はなかった。しかしなんだか騒ぐ声がする。

「……絶対に反対よ、引越しだって考えてるわ。」

 リビングに入るガラス戸越しにお母さんの声。

「俺はこの仕事を辞めるつもりはない。瑠良もボーダーを辞めることはないだろう、由良の黒トリガーを使いこなすために毎日一生懸命だ。」
「馬鹿言わないで、瑠良までいなくなってもいいの?絶対に嫌、あの子を連れて実家に帰るわ。」

 ずきり、わたしは胸に弧月が刺さったような気がした。両親が喧嘩をしている、しかもこれは、わたしが原因か。入りにくさもあったが、これは話し合いに参加しなければいけない、と、ガラス戸を開ける。お母さんはたいそう驚いた表情をしている、お父さんは冷静そうであった。

「わたし、ボーダーを辞める気はないよ。」
「瑠良!あなた、どうして……。」

 お母さんは眉をひそめる。

「お姉ちゃんが黒トリガーを残してくれた、わたしはお姉ちゃんに代わってボーダーの隊員として戦う。……でもお姉ちゃんのためだけじゃないから、わたしがそうしたいの。」
「死ぬかもしれないのよ!?」
「お姉ちゃんから学んだよ、わたしは死なない、大丈夫。」
「……瑠良もこう言ってる、続けさせれやらないか?」
「あなたは子供を失うのが怖くないの?」
「怖くないわけない、恐怖している。しかし瑠良から希望を奪いたくない。」

 お父さんは分かっているようだ、わたしはボーダーでの訓練が楽しい。日々強くなっていると実感できることが、今のわたしの心が生きる理由になっているようなものだ。きっとこれを辞めたら、後悔でいっぱいで息を吹き返せなくなりそう。

「希望ですって?あんなに危険なことが?だから私は嫌だったのよ、由良と瑠良をボーダーに入れるなんて!」

 お母さんの顔は真っ赤で、目にいっぱい溜めた涙は、耐え切れずに流れ出ていた。姉を失い、もう一人の娘も同じ危険の中にいる。わたしのお母さんがそれに耐えられる人ではないということは分かっていた。だからきっと、わたしがここで「ボーダーを辞める」と言うのが、一番良い選択なのだろう。お父さんもこう言ってはいるが、辞めると言い出すわたしを止めないはずだ。
 家族のために最善なことは、頭では理解しているつもりだ。

「お姉ちゃんがくれたものを無駄にしたくない。別に残された責任感だけで動いてるわけじゃない。わたしだって、戦いたいって思ってる。」
「瑠良……。」

 だけどわたしは辞めたくない。お母さんはわたしの名前をよんだけど、ひどく傷ついた表情をしてリビングをでていった。わたしもとても傷ついた、あんな顔は見たくなかった。心が重くなる、わたしも何も言えず自室へと引っ込んだ。




 次の日の朝、姿を現さなかったお母さんについて、お父さんは何も言わなかった。お父さんは適当に即席ラーメンを食べて仕事に行ったし、わたしもお母さんと顔を合わせるのが気まずかったので、迅さんに誘われていた玉狛支部に行ってみることにした。


 そして夕方の6時。家に帰ると、明かりのついていないリビングで独り、お父さんはソファに寝転んでいた。明かりをつけるとお父さんは飛び起きて、お前に話しておくことがある、と言った。そして差し出されたのは1枚のA3サイズの紙。

「離婚したよ、お母さんと。」
「……は?」

 離婚届、だ。よく見るとその横には、見覚えのある、金色の指輪があった。

「しようと思う、じゃなくて、したの?」
「ああ、話し合いは出来なかった。」
「……そう。」

 わたしは今日もすぐにリビングを出て行った。
 お母さんに捨てられたんだなぁ、と、わたしは思った。だって一度も顔を合わせてくれなかった。それに心配なら、無理矢理にでも連れて行かれると思っていたから。わたしはとにかくショックだった、なのに涙は出てこなかった。多分もう、お姉ちゃんのときに枯れたんだと思う。

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