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 連れてこられたのは本部の訓練室、である。廊下を歩いている時の周囲の視線がまた痛かった。本部長の計らいで、2人で入った仮想訓練室の様子は、会議室以外のモニターには写らないようにしてくれた。
 忍田本部長、最強の男。そんな人を相手にするなんて、いくら試しにとはいえども震えが止まらない。

「無理はしなくていい。」
「頑張ります。」

 トリガー起動。生身にお姉ちゃんのトリガーを持つ形になる。大剣を両手で構え、いつも弧月やっているように本部長に斬りかかる。やはり重くて、うまく振るえない。本部長はすべての太刀筋を丁寧に受け、その能力を見定めている。生身の女の攻撃だが、大剣の重さもあって一撃一撃は重いらしく、本部長の腕は攻撃を受け止めるとぶれる。
 本部長はわざと左腕を見せ、そこを斬るよう誘った。わたしはそのまま本部長の腕を切り落とした。ぼと、と、腕が落ちる。トリオンの煙が噴き出た。と、同時に、本部長が崩れ落ちた。

「なに……!」
「本部長!?」

 床にべたりとうつぶせになる本部長。体が動かないらしく、受身は取っていない。わたしは焦って本部長に駆け寄った。左肩を揺らすが抵抗はない。身体が動かないのだろうか。

「身体が動かない、腕と脚が痺れている……。」
「痺れ?」
「ああ、そのトリガーの能力だろうか。」

 多分30秒くらいだったと思う、本部長は痺れが取れたと言って起き上がった。すると本部長は弧月を持った右腕を差し出してきた。もう一度斬れ、というのか。まあこういうのが目的の訓練なので、と、容赦なく切り落とす。また本部長の動きが止まった。尻餅をつき、そのまま仰向けに倒れている。

「やはりそのトリガーには『麻痺』の効果があるようだ。……剣先で私の腹を触ってみてくれ。」

 また30秒して動けるようになった本部長の腹をつつく。それだけで本部長はまた動けなくなった。

「君の攻撃を受けている時、弧月が……というか、私の手の平はかすかに痺れていた。そのせいでうまく振れなかったのだが……そのトリガーはトリオンに作用して動きを鈍らせる働きがあるようだな。」
「トリオンの動きを鈍らせる?」
「ああ。トリオン体に少しでも触れば、全身を痺れが襲って動けなくなる。」
「なるほど……?」

 どういうことだろう、と思って、自分で刃を触ってみた。そして、触った指先から広がる痺れ。理解した時には仰向けになって倒れていた。

「なるほど……。」
「切れ味には文句なしだな、その麻痺効果はトリオン兵の動きを止めるのに重宝しそうだ。」
「役立ちそうで良かったです。」

 少しして、触った指先から徐々に痺れが解けていった。なるほど、ちゃんと当てることができれば便利そうだ。

『忍田本部長。』

 と、感動しているところに、スピーカーから声がした。林藤支部長、と、本部長は呼びかける。

『迅を連れてきた、一回出てきてくれるか?』
「はい。」

 迅、聞いたことがある。黒トリガー「風刃」を使う玉狛支部所属のS級隊員だ。遠目に見たこともある。それじゃあ行くかと本部長に言われて仮想訓練室を出る。と、そこに林藤支部長らしき方と迅さん。林藤支部長はさっきも会議室にいた人だ。迅さんは若干眠そうな垂れ目をしていて、どもども、と手を振った。

「どうも、玉狛支部の林藤です。」
「線引瑠良です。」
「迅悠一です。」
「早速だけど瑠良君、君には基礎訓練と同時に黒トリガーの使い方をマスターしてもらわないといけない。そこで迅に指導を頼むことにした。」
「よろしくー。」

 ホニャと細い目をして笑う迅さん。つまり、し、し、師匠ということか……まさかこんなわたしにも師匠ができるなんて。強制事項とはいえ、元はA級上位だったあの迅悠一が師匠になってくれるなんて。

「よ、よ、よろしくお願いします。」
「あはは、そんな緊張しなくてもいいのに。はいこれ。」

 はいこれ、と差し出されたのはお菓子の袋。ぼんち揚げだ。なぜぼんち揚げ?とわたしはつぶやく、迅の好物なんだと答えてくれたのは林藤支部長だった。

 とりあえず実力を見ようということで、弧月VSスコーピオンの10本勝負をした。もちろんわたしの惨敗である。教えることはたくさんあるなーと師匠が言う、わたしは苦笑いしかできなかった。
 自分でも驚いたことに、戦っている最中はお姉ちゃんのこともお父さんとお母さんのことも頭に浮かばなかった。勝たなければ、という気持ちでいっぱいだ、そしてあの黒トリガーを使いこなさなければと。ずっと引きこもっていた時の沈んだ気持ちが嘘のように、自分は吹っ切れたようだった。覚えなければいけないことがたくさんある。引きこもっていた間、心の中にあの黒トリガー……お姉ちゃんのことがずっと引っかかってはいたが、あれを自分が使うことになるとは思いもしなかった。わたしは風刃の争奪戦にお姉ちゃんが参加していたことを思い出していた。黒トリガーはふさわしい人が使うものだ、と、思っていたのだが、この黒トリガーはあまりふさわしいとは言い難いわたしの元にやってきた。お姉ちゃんの形見、わたしに残したもの。
 お姉ちゃんが死んでからずっと考えていた、このままボーダーを続けられるかどうか。わたしは続けたいと思っていた、お姉ちゃんのように誰かを助けられる人になりたい。もっと強くなりたいと思っていた。でも、殻に閉じこもってしまった状態から抜け出せる気はしなかった。しかし今日、こうして本部に戻ってきて、お姉ちゃんを手にしてから、わたしにはボーダーを続ける以外に道はないと確信した。
 お姉ちゃんが、これを使って戦い続けて、と、わたしに言っている。幸いなことに、それが圧力には感じられなかった。


 ボーダー本部の食堂、である。師匠なんだし奢らせてよ、と謎理論を発展させた迅さんに、ロイヤルミルクティーを奢っていただいた。S級と悲劇の人の妹という組み合わせは異質で、食堂の隅っこにいるにもかかわらず、多方面から視線を受けた。迅さんは落ち着いているが、わたしには耐え難いものである。というわたしの気持ちを察してか、迅さんは、気にしない気にしないと楽天的に言ってくれた。しかし気にしないでいられるか。

「城戸司令は明日にでも瑠良をS級に上げる気らしいからね、視線なんか気にしてるようじゃ身が持たなくなるよ。」
「……胃が痛いです。」
「胸張ってれば大丈夫だって。由良さんを使いこなせるのは自分しかいないって。」
「頑張ります……。」

 迅さんは嬉しそうにメロンソーダを飲んでいる。
 きっと、もうちょっと頑張れば自信が持てるはず、そう思っておこう。

「急なことで俺も驚いたよ。由良さんが死ぬなんて、もし視えていたら絶対に阻止したのに。」
「みえていたら?」
「俺、サイドエフェクト持ちなんだ。『未来視』って言って、未来がある程度予測できる。」
「サイドエフェクト、未来視!?」
「ああ。だから、もしかしたら、あの日由良さんを視ていたら……。」

 迅さんはふっと肩の力を抜いた、背中が若干丸まっている。迅さんは迅さんでショックを受けているらしい。しかし、未来視があるからと言って、そんなに気に負う必要はないはずだ。ボーダーに身を置く全ての人の生死が、迅さんの采配だけで全て回避できるはずなどないのだから。

「迅さんが気にすることないです。もしそれが視えていて回避しなかったなら一生恨みますけど、でも知りもしなかったことを自分のせいだなんて悩まない方がいいですよ。」
「……そうだね。」
「姉もそういうと思います。」
「うん、言いそうだ。」
「姉と仲が良かったんですか?」
「そんなに絡みはなかったなー。由良さんは本部で俺は玉狛だし。……そうだ、今度玉狛で訓練しよう。泊まる部屋もあるし合宿だ。」
「合宿!楽しそうです。」
「そうだろうそうだろう。うちの連中は気さくで楽しいから、きっと玉狛を気にいると思う。」

 うんうんと頷く迅さん。もしかしてこれは、励ましてくれているのだろうか。お姉ちゃんを失った悲しみからすくい上げるために、新しい楽しみを提供してくれているのかもしれない。のんびりした表情をして、きっとたくさん気を使ってくれているのだろう。

「師匠、これからよろしくお願いします。」
「え、なに急に!いいよそんなに改まらなくて。」
「わたし、ちゃんと黒トリガーを使いこなせるようになりますから!」
「う、うん?頑張ろうな……?」

多少迅さんに引かれているようだが気にしない。さて、頑張らなくては。

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