■ 18

 まだ慌ただしい雰囲気の残る世の中。瑠良は三門市立病院にやってきていた。マカロンの入った袋を手に下げた彼女が向かったのは、三雲のいる病室だ。
 三雲が侵攻の時に黒トリガーによって生身の体を貫かれていた、と、木虎から聞いたので、お見舞いにやってきたのだ。他にもオペレーターやエンジニアが何人も怪我をして入院しているのだが、三雲だけが個室で、しかも集中治療室の隣。瑠良は前回の自分の怪我や姉の死因について考えを巡らせ、そして三雲の回復を祈った。しかし祈ってばかりでは気が収まらず、今日は直接お見舞いをすると決めた。
 扉を控えめにノックすると、はい、と、若い女の人の声がした。

「失礼します……藍さん、に、准君。」
「瑠良さん!」

 中にいたのは木虎と嵐山だった。2人は壁際のベンチに腰掛けて、眠っている三雲を見ていたようだ。

「線引もお見舞いか?」
「うん。藍さんに聞いて。……寝てる。」
「まだ目を覚ましてないんです。」
「気絶してから?」
「はい。」
「そっか……。」

 丸2日も経っているのに、まだ目を覚ましていないとなると、よっぽどひどい怪我なのだろう。瑠良はマカロンの入った袋を、花や果物などの他のお見舞い品が置かれているテーブルにのせた。ついでに三雲の額を触ってみる。すこし冷たいくらいの体温だ。酸素マスクや身体に繋がれているケーブル、ガーゼが痛々しい。静かな病室には、三雲の心拍を表す、ピッピッという機械音だけが響いていた。

「私、手洗いに。」
「ああ。」

 木虎が席を立つ。室内には瑠良と嵐山の2人になってしまった、寝ている三雲はカウントしない。

「……お家の方って来てないのかな。」
「お母さんがつきっきりなんだけど、今はお昼ご飯の調達に出てるみたいだ。お父さんの方は海外で、急いで帰国している最中らしい。」
「へー、海外。」

 しん、と静寂。瑠良は緊張で動きの鈍くなった手足を奮い立たせて、先ほどまで木虎が座っていた場所に腰を下ろした。自ら選んだ場所なのに、嵐山が近くて離れたくなる。この距離では、胸のどきどきが彼に聞こえてしまうのではないだろうか。

「……修君、死ななくてよかった。」
「本当に心からそう思うよ。でも彼はよくやった。」
「わたしは修君とは何度か会ったことがある程度だけど、もし彼が命を落としていたら……きっと立ち直れていないと思う。」
「……線引。」
「ボーダー隊員でも死ぬことはあるって、頭ではちゃんとわかってるよ。身をもって体験しているからね。でも、こうやって目の当たりにすると……ちょっときつい。」
「そうだな、でも彼が生きていることを喜ぼう。容態はいいみたいなんだ、あとは体力が戻れば目をさますらしい。」
「……ごめんなさい!急にナーバスなこと言って!」
「いやいや、口に出した方が気持ちは楽になるよ。俺に言ってくれて嬉しいし。」

 嵐山がそう言うと、瑠良の心臓がまた一段とうるさくなった。嵐山の言葉に深い意味など無いはずだ。ただ、胸の内を素直に言ってもらえるくらい信用されていて嬉しい、と、そういう気で言ったに違いない。しかしその「嬉しい」という言い回しが瑠良を振り回す。

 返事に迷っていると、斜め後ろからウイーンという音がした。扉が開いたが、木虎が帰ってきたのか。やばい、恥ずかしいところを見られる、と、瑠良は出来る限り平常心を取り戻そうとひた。

「嵐山、瑠良。」
「迅。」
「えっ迅さん!?」

 しかし現れたのは木虎ではなく迅だった。木虎よりもっと来てほしくない人だった。瑠良はなにか視られやしないかと勝手に迅を疑ってしまう。彼女は嵐山の意識が迅に向いている隙にさりげなく足を動かし、彼と少しだけ間を空けた。

「なにしてたんだ?」

 迅はにやにやと口元を緩ませて嵐山をじとっと見た。

「べ、別になにも。」

 珍しく嵐山が言葉に詰まっているのを見て、迅は面白そうに笑っている。瑠良も珍しいなと思って嵐山を見て、そしてまた照れて目をそらす。

「ということで、失礼します。」

 なにがということなのか、瑠良自身も2人も分かってはいないが、顔を冷やさなければ倒れてしまいそうだ。瑠良は適当にぼかして病室を出ようとする。が。

「瑠良、ラーメン食べに行かない?4人で。」

 迅が瑠良を引き止めた。彼は有無を言わせないぞというようにジッと瑠良を見た。

「……何が視えてるんですか。」

 ここにいない木虎を入れて4人、迅に何か視えているのが分かる。

「いいから、行こう。な、嵐山。」
「うん。」




 市街地にある食堂、である。手洗いから戻った木虎も半ば引っ張られるようにして連れてこられた。4人はスタンダードに醤油ラーメンを頼んで、テーブルについた。

「なり行きですけど、どうしてラーメンなんですか?」

 木虎が問う。

「なんとなくだよ。今日で少し落ち着いたし、外食したいなーって。」
「それなら瑠良さんと2人で師弟仲良くでよかったのでは。」
「まー大勢の方が楽しいし?」

 迅はけらけらと笑った。久しぶりに見た清々しい笑顔だな、と、瑠良は思う。重荷が下りたとでもいうのか、安心しきったその表情は見ていて安心する。迅に心配事がない状態こそが平和だと思う。

「藍さん、今度一緒にピザ食べに行こう。商店街にできた新しいところ。」
「行きます!」
「戦功貰えたからおごるね。」
「いいですよそんな!私もちゃんと払いますから。」
「ラーメンの前でピザの話するなよー、俺は今ラーメンが食べたいの!」
「ごめんなさい先生。」

 乗り気ではなかった木虎に気を使ってみたのだが、今度は迅をいじけさせてしまった。迅は運ばれてきたラーメンの香りを堪能し、割り箸をパチンと割った。
 まだ行方不明者を見つけるための解決策が見つかっていないことも、緊急記者会見も残っているが、平和だな、と、談笑しながら食べていられるラーメンを見て瑠良は思う。迅はそういうことを言いたくてここに誘ったのかもしれない。

 ヴー。面に手をつけたとたん、瑠良のボーダーから支給された端末が音を立てた。誰かからのメッセージだ。食事中だが気になったのでメッセージを起動させてみる――別役太一からだ。珍しい、というかむしろ初めてメッセージをもらった。ボーダー支給の端末なので、一通りB級隊員以上の人とは連絡が取れるようにはなっているので連絡が来ても不思議ではないのだが、急に何の用事だろうか。
 メッセージは「この間はありがとうございました!」それだけだった。侵攻のことで間違いないだろうが、極端に端的な文章で可笑しかった。

「どうしたんですか?」

 瑠良が端末を見て笑っているので、木虎が不思議に思って声をかけた。

「太一君からメッセージが来たの。」
「別役から?仲良かったか?」
「特別そうでもないですけど、東さんと太一君が新型に追いかけられているところを助けたので、そのお礼のメッセージです。」

 多分、来馬あたりに礼を言っておけとでも助言されたのだろう。瑠良は鈴鳴第一が今集まって自分のことを話しているのかもしれない、と想像して、くすぐったいような気がした。初めてもらった別役からのメッセージだから、直ぐに返事をしておこう。――どういたしまして、大したことないよ。今度わたしが困ってるときは助けてね。――そんなことを書いて送信。

「瑠良さん、実は中学生とか高1の先輩あたりに人気なんですよ。」

 蓮華ですくったスープを一口すすった木虎が言う。

「え?初耳。」
「優しいし親身になってくれるし、可愛いしって。」

 突然のほめ言葉に瑠良は赤くなる。ラーメンで火照った顔がさらに熱くなった。確かに年下には自分を慕ってくれる人が多いなとは思っているが、こうやって現役中学生から言われると照れるものがある。なにより、嵐山がすぐそばで聞いているものだから余計に。

「俺は?」

 S級の先輩、迅が唇を尖らせている。

「迅さんはかっこよくて強い憧れの的って感じじゃないですか?」
「そっかー!」

 便利な言葉を並べた木虎の返答に大層喜ぶ迅、ちょっと張り合っているところが子どもっぽくて可愛げがある。

「まあ、私としてはうちの隊長の方が人気あると思ってますけど。」

 そして付け足す木虎。腕をこまねいて得意げだ。

「木虎、きゅ、急になんだ。」
「俺のほうがかっこよくない?どう?」

 19歳組2人が、というか迅が張り合っていて面白い。瑠良は顔を赤くした嵐山がレアだったのでいいものを見られて嬉しい気分だ。

「瑠良は俺のほうがかっこいいと思うよな?師匠だし。」
「そう訊かれても……。」

 瑠良は答えに悩む。迅は瑠良から見て申し分ないほど格好いい、強さも優しさも兼ね備えた性格オールウンダーだ。とはいえ嵐山も負けていない、迅の性格オールラウンダーに加えて面倒見の良い長男ポイントが加わるし――何より惚れた弱みがある。

「生駒君に訊いてみたらどうですか?」
「それこそ話がややこしくなるから!」
「そういえば、最近生駒のこと見かけないな。」
「生駒っち達は三門市外に出張中だよ、電話したら侵攻に参戦できなくて残念がってた。」
「じゃあ柿崎君に訊きましょう。」
「あいつは嵐山推しだからなー。」
「それならののちゃん。」
「あの子は弓場っち一択でしょ。瑠良、さては分かって名前挙げてるな?」
「ばれてました?」
「師匠だからねえ。そう言う瑠良はタメだと誰推し?」
「わたしも弓場君ですかねー。」
「そうきたかー。」
「……ラーメン伸びますよ。」

 話が末広がりになり始めているところで木虎が師弟コンビを諫めた。嵐山の手前この話題に早く終止符がついて良かった。


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