■ 17

 太刀川は東側寄りにラービットを斃しつつ進んでいった。瑠良は村上を連れて、太刀川が視界に入る程度に距離を取り、少し離れたバンダーやモールモッドを狙う。ラービットと鉢合わせた時は2人で協力して潰した。
 

 瑠良は戦いの最中に考える。――こんなことを思うのはおかしいと理解しているが、どうにも感謝せずにはいられないものがこの戦いにはある。ラービット、目の前のこいつは、憎き敵ながらもわたしの救世主になりうるから。――

「村上君、いくよー!」
「ハイ!」

 瑠良と村上は、ラービットに向かって同時に走り出した。ラービットが右腕を振り上げ、瑠良に向かって振り下ろす。もう目に慣れた速度だ、村上がラービットの腕をシールドで止めた。瑠良はアロンダイトを横に構え、目を真っ二つに叩き割った。

「目標沈黙!村上君、いえーい!」
「いえーい。」

 瑠良と村上はハイタッチ。

「この辺は片付きましたね。近くにC級隊員がいるみたいです、行きましょうか?」
「そうだね……って言いたいところなんだけど。」

 今の攻撃に付帯させた麻痺効果で、トリオンの残りがほとんどなくなってしまったようだ。黒トリガーは――というか、アロンダイトは相手に麻痺効果を与えるために、使用者のトリオンをわりとよく使うらしい。

「トリオン切れみたい。ちょっと離脱しないとまずいかも。」
「マジっすか。」
「まじまじ、使い物にならなくなっちゃうよ。」

 瑠良は左耳を押さえ、本部に通信を入れてみた。

『瑠良君か?』

 司令室の忍田本部長が返事をした。

「はい、瑠良です。トリオン残量がほとんどありません、一旦離脱します。」
『わかった。』
「すみません。……じゃあ、村上君ごめん。太刀川さんに合流して。」
「はい、お気をつけて。また後で。」
「また!」

 瑠良はノーマルトリガーに切り替え、そのままベイルアウトした。




 次の瞬間。瑠良が落ちたのは、黒いマットレスの上だった。足元の間接照明が瑠良に反応して灯るだけの、暗い部屋だ。
 この部屋は線引隊の隊室だった。今はもうない隊、である。隊長の線引由良が亡くなった後、残された隊員一人とオペレーターでは、この隊を存続させられなくなり、解散に至った。――瑠良が、いつか入ることを夢見た隊。

「頑張ったよ、お姉ちゃん。」

 だから瑠良は、まだ他の隊のために片付けられていないこの部屋を、帰還地点にしている。よく入り浸っていた部屋には、少しさびれた、なんとなく懐かしい匂いが漂っていた。

 ベッドを飛び降りて、少し痛む生身の腕を気にしながら対策室へ向かう。室内は出動した時よりも落ち着いていて、安心した表情の者、深刻な表情をした者、様々だった。

「線引。」
「……はい。」

 入室して一番に声をかけてきたのは、城戸司令官だった。瑠良の体がこわばる。何を言われるかわからない。彼女の体は急激に冷え始めた。先ほどの村上との共闘が走馬灯のように駆け巡る。城戸司令官から否定の言葉がでたらどうしよう、自分はここにいられなくなるのか。瑠良の思考がどんどんマイナスに向かっていく中、城戸司令官はゆっくりと頷いた。表情は乏しいが、それが何を意味するかは、瑠良には少しわかった。

「よくやった。」

 今の瑠良には、その言葉だけで十分だった。

「……はいっ!」

 彼女は元気良く返事できた。どっと、熱い血が全身を駆け巡ったような気がした。

「その黒トリガーは君のもので間違いないだろう、存分に力を発揮しろ。」
「もちろんです!」

 すべての憂鬱が吹き飛んだ。よかった、本当によかった。司令の向こうに居る忍田本部長が、よかったな、というように頷いてくれていた。

「瑠良君、落ち着いたら太刀川隊と合流して、行方不明になっているC級隊員達の捜索にあたってくれ。」
「了解しましたっ!」

 忍田本部長の指示に、瑠良はまた元気いっぱいで返事をした。心配するものが1つ消えただけで、清々しい気分になれる。彼女は心が軽くなったついでにちょっとトリオンが回復したような気がして、ノーマルトリガーに換装した。

 民間人に被害はなかった。ただ、本部が襲われた時にオペレーターが何人か死んだし、新型トリオン兵によってC級隊員が何十人も連れ去られた。作戦は成功だったはすだが――成功だったと表立って言えるわけではない。ラービットがC級隊員をキューブにして飲み込んだという情報は、通信を通して瑠良にも届いてた。そしてC級隊員が全員そろっていないという情報も。ラービットがそのまま連れて行ってしまったという最悪が想像されているのだが、どこかで置きっぱないしにされているかもしれないとも言える。一握りの希望ではあるが、A級・B級隊員のうち何十人かが、C級隊員の捜索にあたっていた。

「太刀川さん!」
「よー線引、さっきはどうもな。」
「こちらこそどうもです!」
「線引さあん!」
「瑠良さん!」

 太刀川隊の太刀川、そして唯我と出水である。

「出水!なんで君が馴れ馴れしく線引さんの名前を呼んでいるんだ!?」
「いいじゃん、ねー瑠良さん。」
「じゃ、じゃあ僕も。」
「お前はダメだ。」
「え!?何故です隊長!」
「とりあえずC級隊員が襲われた現場行きます?」
「線引、お前って時々冷静だよな。」

 今回の侵攻はやはり、いつもの防衛任務の比ではない規模の災害だったのだな、と改めて感じたのは、危険区域の破壊状況をじっくりと眺めた時だった。トリオン体になっていたとはいえども、よく生き残れたな、と思う。しかし死亡したオペレーターや連れ去られたかもしれないC級隊員のことを思うと胸が痛む。

「線引、顔色良くないぞ。」
「うーん。」
「由良のことか?」
「そうですね……。」

 話半分なので、自分は正しい相槌を打てていないなと思う瑠良。そんな彼女を見て、太刀川は一度口を閉じた。

「……先に上がれ、体は良くても心はダメだろ。」
「いえいえ、来たばっかりなのに。大丈夫ですよ。」
「上がれ。」
「太刀川さんって優しいですね。」
「誤魔化さなくていい。」
「……しんどいって思っているのは、わたしだけじゃないです。前の侵攻で家族を失った人の方がいるし。」

 だから大丈夫です、と、瑠良は、全く大丈夫の理由担っていない返事をする。太刀川は瑠良に無理をさせたくなかった。他人との痛みを比べても欲しくない。本部長とよく行動を一緒にしている太刀川は、瑠良の重荷のこともよくわかっているつもりでいた。しかし瑠良は一貫して大丈夫だと言って譲らなかった。
 つらくても、何かをしている方が心が楽な時がある。今がまさにそうだった。静かにしていると頭の中に色んなことが巡って具合が悪くなる。賑やかなメンバーと何かをしていた方がずっといい。だから瑠良は太刀川の気遣いを交わしながら作業を続けた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -