■ 15

 朝一番、忍田本部長から呼び出しの電話がかかった。緊急会議を開くから10時に本部作戦室に来てくれ、と。悪い予感しかしない。もし良い話題ならば電話口で少し会議の内容を話してくれるだろうから、内容を何も言わないということは、そういうことなのだろう。しかも会議を開くこと自体を内密にしたいとのことだ。

 瑠良は言われた時間丁度に本部作戦室前に着いた。ちょうど迅も来たところで、彼は「おっ」と、嬉しそうに声をあげた。

「迅さんも会議に?」
「ああ、俺が招集をかけてもらったんだ。」
「迅さんが……。」

 いよいよ嫌な予感しかしない瑠良、迅は何かを視たに違いない。そんな不安そうな彼女の様子を見た迅は一言、そういうことだよ、と言った。

「いろいろと助けてもらうことになると思う、よろしく。……どもども遅くなりました、実力派エリートです。」
「遅くなりました、線引です。」
「よし、揃ったな。では本題に入ろう。」

 室内には城戸司令官、忍田本部長、林藤支部長がいた。他にも隊員では風間と三輪が並んでいた。

「今回の議題は、近く起こると予想される近界民の大規模侵攻についてだ。」

 ――忍田本部長の話した内容は、近界民による大規模な侵攻が行われる未来が、迅によって予測された、と言うものだった。風間も林藤支部長も事前にその話を聞いていたのだろう、動揺を見せているのは瑠良だけだった。

「そこで、線引の立ち回りついてだが。」

 忍田本部長による説明が一通り終わると、城戸司令官が瑠良に突き刺すような視線を向けた。

「……はい。」
「この大規模侵攻がその黒トリガーの真価を試す場所になる。取り上げられたくなかったら、成果をあげろ。」
「わ、わかりました。」

 瑠良はベルトにつけてある黒トリガーを手首の内側でおさえた。そうか、待ち受けているのは、この黒トリガーを使う初めての”実戦”なのだ。今まで相手にしてきたトリオン兵は目じゃない「なにか」が来るのだろう。
 姉たるこれを手放すことはできない。他に適合者が居ないというだけでは安心できない、城戸司令官には、瑠良からこれを取り上げることが可能なのだから。
 黒トリガーである由良のこともだが、深く考えているのは父親のこと。このメンバーだけに話しているということは、ボーダー内部でも限られた人にしか言わないのだろう。そうなると多分、瑠良の父親――平隊員の良太は知るのが遅くなると思う。瑠良から直接伝えるのはルール違反、だろうか。
 緊張感が極まってまともで居られない。見つめているはずの床がぼやけて、どこを見ているのか、どこに立っているのか自分でも分からなくなってきた。

 風間がボーダー内の様子を写したモニターをじっと見ている。

「どうした?風間。」
「失礼……C級のブースで、玉狛の空閑が緑川を圧倒しているようです。」

 ふと全員の意識が空閑に向いた。瑠良の意識もさあっと浮上する。やっとここに戻ってこれたような気分だった。
 空閑と戦っているのは緑川――草壁隊のアタッカーの少年だ。なんでまた、彼が空閑とランク戦をしているのだろう。試合は10本勝負中の10本目、空閑が余裕の勝利を収めていた。

「迅、あの近界民を連れてこい。」
「遊真を?」
「ああ、情報を提供させる。大会議室だ。」
「了解しました。」

 城戸司令官の命令で迅が作戦室を出ていく。城戸司令官も直ぐに席を立ち、大会議室に移動だ、と全体に指示した。

「近界の配置図を用意するなら宇佐美を呼びます。」

 林藤支部長は携帯端末を手に会議室を出て行った。瑠良の横では三輪が苦虫を噛み潰したような表情をしていた。姉を近界民に殺された彼は、近界民である空閑に協力をしてもらうことが許せないのだろう。「例の夜」以降また悩みは深くなったらしく、三輪のいつもはまとまっている頭髪はボサボサになっているし、目の下のクマがひどい。声をかけてもイライラさせてしまうだけだろうから、ここはそっとしておくことにする。


 大会議室には鬼怒田開発室長も来ていた。呼び出された宇佐美はいそいそと近界の配置図をセットしている。ホログラムで表示されている小さな惑星が、それぞれゆっくりと円軌道をなぞっていた。瑠良は適当に後ろの方に座り、イライラしている三輪と城戸司令官を見守った。
 こんこん、とノックの音。同時に入ってきたのは、迅と空閑、そして三雲と林藤陽太郎だった。

「遅い!何をモタモタやっとる!」

 イライラしているのは鬼怒田開発室長もだったようだ。

「時間が惜しい、早く始めてもらおうか。」
「……我々の調査で、近々近界民の大きな攻撃があるという予想が出た。先日は爆撃型近界民1体の攻撃で、多数の犠牲者が出ている。我々としては万全の備えで被害を最小限に食い止めたい。……平たく言えば、きみに近界民としての意見を聞きたいということだ。」

 忍田本部長の説明に、空閑はふむふむと相槌を打つ。

「近界にいくつもの国があることはわかっとる。いくつかの国には遠征もしとる。だがまだデータが足らん!知りたいのは攻めてくるのがどこの国で、どんな攻撃をしてくるかということだ!おまえが近界民側の人間だろうがなんだろうが、ボーダーに入隊した以上は協力してもらう!」

 鬼怒田は高圧的に言った。

「なるほど。そういうことなら、おれの相棒に訊いたほうが早いな。よろしく。」

 空閑の指先からニュッと黒い物体が出てきた。のっぺりとした丸い機械は、丁寧な喋り方で自分はレプリカだと名乗った。”彼”もトリオン兵とのこと。トリオン兵イコール戦闘員というイメージが瑠良の中に出来上がっているから、レプリカの存在は意外だった。

『私に中にはユーゴとユーマが旅した近界の国々の記録がある。おそらくそちらの望む情報も提供できるだろう。』

 彼の言葉に鬼怒田は感嘆の声を上げる。望んでいた通りの情報が手に入りそうだ。彼を中心に期待が広がる。

『だがその前に……ボーダーには近界民に対して無差別に敵意を持つ者もいると聞く。私自身まだボーダー本部を信用していない。』

 しかしレプリカはそう続ける。城戸司令官と三輪はその通り、レプリカの目には、玉狛支部のメンバー以外はまだ信用するに値しないと写っているだろう。

『ボーダーの最高責任者殿には、私の持つ情報と引き換えに、ユーマの身の安全を保障すると約束して頂こう。』

 城戸司令官は少し黙る。難しい取引ではない、はずだ。しかし城戸司令官にそれが硬く約束できるだろうか。もちろん口約束、簡単に破ることもできる。

「……よかろう。ボーダーの隊務規定に従う限りは、隊員・空閑遊真の安全と権利を保障しよう。」

 しかしあっさりと約束をした。まあ、なんだかんだとその約束を掻い潜った難癖をつける気ではいるのだろう、と、瑠良は思ったが。

 レプリカは宇佐美のもつタブレットにケーブルを接続して、近界の配置図の更新をした。途端にホログラムが広がり、ぶわっと星の数が増えた。空閑とその父親が旅をして見てきた星の数々、かなりの数だ。増えた星もそれぞれゆっくり動いている。

『この配置図によれば、現在こちらの世界に接近している惑星国家は4つ。――海洋国家リーベリー、騎兵国家レオフォリオ、雪原の大国キオン、神の国アフトクラトル。』
「その4つのうちのどれか……あるいはいくつかが、大規模侵攻に絡んでくるというわけか?」
『断言はできない。未知の国が突然攻めてくる可能性もわずかだがある。』

 レプリカは続ける。先日姿を現したトリオン兵、イルガーとラッドを使う国と考えると確率が高いのはアフトクラトルかキオン、とのこと。

「次に知りたいのは相手の戦力と戦術。特に重要なのは、敵に黒トリガーがいるかどうかだ。」
『我々がその2国に滞在したのは7年以上前なので現在の状況とは異なるかも知れないが、私の記録では、当時キオンには6本、アフトクラトルには13本の黒トリガーが存在した。』

 13本も。会議室内がどよめいた。
 黒トリガーはどの国でも希少で、本国の守りに使われるのが通常だと言う。遠征に使われるのは多くても1人までだと説明されても、敵に黒トリガーがいるとなると、余計警戒をしないわけにはいかない。迎え撃つ我々の方が黒トリガーの方が多くても、その性能を知るまでは油断ができない。

「遊真くんたちには、引き続き我々の知らない情報の補足をお願いする。」
「了解了解。」
「――さあ、近界民を迎え撃つぞ。」






 会議が終わり、瑠良は迅が近づいてくるのに気が付きながらも、知らないフリをしてさっさと会議室を出た。ちょっと独りで考える時間が欲しい。

「瑠良、ちょーっといい?」

 と、思ったが、直ぐに瑠良のあとを追ってきた迅に捕まる。彼に腕を取られ、瑠良はずるずると連れて行かれてしまった。2人は会議室を出た廊下を歩き、角を曲がった人気のない所で止まる。

「……さっきの城戸司令の言葉。」
「取り上げるって話ですよね。」

 迅が怒った顔で瑠良の目を覗き込んでくる。悪いのはわたしではないのに、と、瑠良は少しムッとしてしまった。そして少し罪悪感が生まれる。迅は心配をしてこうして話をしてくれているのに、反抗的になるなんて。

「『取り上げられたくなかったら成果をあげろ』……あれ、主語はなかったけど話の流れ的には黒トリガーだよね。」
「ただの脅し……ですよ。」

 瑠良は自分に言い聞かせるように言う。

「由良姉さんはわたしだけが使えるから……ずっとわたしだけの黒トリガーだと思っています。……でもきっと、城戸司令は簡単にわたしから取り上げるんだろうな……。」
「いくらあの城戸司令だってそこまではしないよ。今度の敵は未知だけど、瑠良はS級として活躍できる。」
「でも、もし大きな失敗をしちゃったら。」
「大丈夫、瑠良は失敗しないよ。」
「……視えているんですか?」
「ああ。」
「それなら、良かったです。」

 先ほどまで迅の未来視が怖いと思っていたが、今はこんなに頼もしいものはない。無理はするなよー、と、迅が茶化すように言った。彼は自分の力は万能ではないとは言うが、その言葉には占いなんかよりもずっと強い力がある。本当にその未来視が成就するかどうかは関係なく、人に安心を与えたり、気を引き締めさせたりと影響力がある。

「今回の瑠良は、前線でどんどん戦ったほうがいい。今まで見たことのない敵が現れるけど、それとは積極的にやりあってくれ。瑠良の黒トリガーは相性がいいはずだ。」
「見たことない敵?新型トリオン兵とかですか?」
「多分ね。」
「頑張ります。」
「おーおー頑張ってくれ!瑠良が黒トリガーで活躍すると、他の所の被害が減るよ。」

 迅は嬉しそうにひらひらと手を振ると、他にも話をしないといけない人がいるから、と言って、去っていった。目に見えて凹んでいたであろう自分を励ましてくれたことに感謝して、瑠良はありがとうございます、とその背中に頭を下げた。まあ、彼としては、最善の未来のために呼び止めた意味合いのほうが大きいのだろうが。

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