■ 14

 ボーダー内のラウンジ、である。
 稽古をお願いしてきたC級隊員と別れた後、瑠良は独り、ラウンジ隅のベンチソファでため息をついていた。なんだかんだ強気に言っても、先程馬鹿にされた件で少々参っているのだ。
 ――そうだよ、どうせ自分は成り上がりだよ、自分の強さに自信なんてないんだ。――瑠良は心の中で言い訳をしながら、小さいスチール缶のメロンソーダをぐいと飲んだ。なんだか暴れ足りない。誰か模擬戦の相手をしてくれる人はいないだろうか。

「よぉー線引。荒んでんな。」
「諏訪さん……。」

 と、辺りを見回そうとしたのと同時に、めちゃくちゃ適任な人がやってきた。火のついていないくわえ煙草の諏訪だ。彼はなんだかニヤニヤしている。

「なんだそのしかめっ面。」

 諏訪は瑠良の横を通り過ぎると、近くにあった自動販売機で缶コーヒーを買い、Uターンで戻ってきて瑠良の隣に腰を下ろす。

「なんでもないです……。」
「大方、B級隊員に喧嘩ふっかけられて、図星突きつけられて凹んでんだろ。」
「見てたんじゃないですか!」
「5本目あたりからな。」

 意気がって生意気なところ見られたなぁ、と瑠良は照れてこめかみをおさえる。あの時は考えが及ばなかったが、曲がりなりにもS級の自分が戦っていたのだ、結構な人に見られていただろう。

「お前気にしすぎだろ。元々B級下位だった、つっても今じゃA級レベルだろ。この間模擬戦で二宮ブチのめしたんだって?」
「ぶち……言い方よくないですよ諏訪さん!しかもぶちのめし……勝ったんじゃなくてほとんど差し違えただけというか……あれ以来二宮さんすっごい睨んでくるんですけど!」
「そりゃ歳下の女に負けたってなりゃ面目丸つぶれだろ、そのうち仕返しされるぞ。」
「こわ……。」

 瑠良はメロンソーダの残りを飲み干し、震えるフリをしながら立ち上がる。そのまま自販機の隣にある空き缶入れに缶を捨てた。
 あの試合は瑠良の運だけが勝敗を決したと思うのだが、二宮にとって負けは負け。あれ以来彼は、反撃の機会を窺っているようである。

「諏訪さん模擬戦しましょうよ!」
「今の話の流れでそうなるか?二宮の話が俺の負けフラグになってるじゃねーか。」
「なってませんて、諏訪さんにはこわくて勝てませんって。」
「なんだよ接待模擬戦か?」
「なんですか接待模擬戦って、初めて聞きましたよその単語。さっきのあれでむしゃくしゃしてるんです、お願いします。」
「珍しく好戦的だな。いいぜ、やってやろうじゃねえの。」




 5本勝負の1本目、ランダムで選ばれた地形は雨降りの市街地A、である。
 諏訪はすぐにバッグワームを起動させて姿を消した。なるほど正面突破ではないのか。瑠良もバッグワームを羽織って、近くの家の庭に滑り込んだ。しかし、あまりコソコソと隠れていたくない。できれば肉弾戦がしたい気分だ。最初に諏訪の反応がレーダーに映った時、距離はそんなに離れていなかった、今ならそう遠くに行っていないだろう。諏訪は中距離戦を仕掛けてくるだろうし。

「"ハウンド"」

 追尾弾を上空めがけて放つ。綺麗に弧を描いて枝垂花火のように落ちてくる弾は、瑠良の周囲半径10メートルの範囲を破壊していく。瑠良は範囲外の家の屋根の上に登り、再びハウンドを発動させる。見つけた、諏訪の脚が見えた。弾を諏訪めがけて放つ。彼は隠れるのをやめて、シールドを張って飛び出してきた。シールドはすぐに消え、そして彼の散弾銃が唸る。瑠良もシールドを張って身を翻し、道路に降りた。弾をしまう代わりにシールドを出し、メインの弧月を発動させる。

「らあああッ!!」

 諏訪を斬る。彼の腹に横一線の切り傷がついた。

「チッ!」

 散弾銃の銃口が瑠良の額に向く、瑠良はシールドを上半身サイズに縮めて強度を上げた、なんとか被弾は免れた。しかし直ぐに銃口が下を向く、太ももを両脚とも貫かれ、トリオンが漏れる。瑠良はグラスホッパーを発動させ、不自由な脚で飛び上がった。諏訪の頭上を越えて、前転をしながら背中を斬る。背後からトリオン供給器官にとどめをさせたようで、諏訪はベイルアウトしていった。
 まずは一勝。

「ぜってー泣かす!!」

 隣のブースから不穏な叫び声が聞こえてきた。あはは、と瑠良は大きめの声で苦笑いをして返した。
 さてもう一戦。転送と同時に諏訪が襲いかかってきた、瑠良は慌ててシールドを固めに発動させて弾を防ぐ。シールドの横から弧月で諏訪の腹を狙ったが、彼もシールドで防いでいた。素早くハウンドで諏訪の背後を狙ったが、彼は地面から出現させたエスクードで背中を守った。
 彼の意識が背後に持っていかれた一瞬、瑠良は旋空弧月で諏訪の周囲を刃で囲った。見事に切り刻まれる諏訪は再びベイルアウト。
 今日は調子がいい、ガンナーやシューター相手は距離感が掴めなくて得意ではないのだが、今日の諏訪は猪突猛進タイプになっているので対処しやすい。

「テメェ、全然凹んでないじゃねえか!」

 3戦目、これを押さえれば瑠良の勝ちだ。

「なんか調子いいです!」
「フラグ回収とかダセェな……チッ!」

 バッグワームをまとって家と家の間に消える諏訪。瑠良は追うが、彼は直ぐに見えなくなってしまった。するとそこに、背後から攻撃の気配。瑠良は急いで自分を覆うシールドを発動する。後方左斜め上から散弾銃の弾が降り注ぐ。薄いシールドがミシミシと音を立てて崩れる。グラスホッパーでその場を飛び出し、空中で体をひねって後ろを確認する。民家の屋根の上に諏訪がしゃがんでいた。瑠良はハウンドを放つ、弾は屋根から飛び降りた諏訪を追い、ぶつかる直前で諏訪に避けられて地面で爆発した。爆風に紛れて、諏訪はガードレールの上を走って旋回、散弾銃を乱射させながら瑠良に近づいた。瑠良は再び旋空弧月で彼の進行を防ぎ近づかせないようにする。その隙にハウンドを放つが、ことごとくシールドで弾かれた。
 と、その時。

「うえっ!?」

 瑠良の足元がぐらついた、足元にアスファルト製の塀が崩れた瓦礫が落ちており、それにつまずいたのだ。諏訪の弾で崩れ落ちていたようだ。瑠良は無防備になり、そこを諏訪に蜂の巣にされてしまった。
 トリオン器官破損でベイルアウト、ブースのベッドにボスンと落ちた。

「ウーッ!くやしい!」

 今度の1本で決めたい。サドンデスに持ち込みたくない。
 瑠良は転送されて直ぐに、目の先50mほどに諏訪を確認した。一度姿をくらまされる前に、瑠良はグラスホッパーで距離を詰める。散弾銃の銃口がこちらを向いているのでシールドを貼る。銃が2本とも見えるので、今はシールドの心配はない。
 瑠良はシールドの後ろで弧月を構える、一度シールドを仕舞ってグラスホッパーを再び踏んで、一気に近づいた。銃弾が肩や脇を掠るのは気にしない。

「はああっ!」

 胸部横一文字に諏訪を切る……が、シールドに弾かれた。胸部と腹部に横長の、小さく分厚いシールドだ。完全に読まれていた。

「ココ狙ってくるだろ!分かりやすいな!」

 諏訪はにやっと笑う。瑠良は悔しくて口をへの字に曲げた。

「っと、わっ!!」

 しかし諏訪は油断していた。瑠良のハウンドが彼の背中を蜂の巣にした。諏訪はそのままベイルアウト。彼にしては珍しい失態である。

「あーっ!くそがー!!」

 また隣のブースから叫び声が聞こえてきた、瑠良は苦笑いになりながらも、清々しい気分で諏訪のブースを窺った。

「お疲れさまです。」
「あ、笹森君。」

 諏訪のブースに、諏訪隊の笹森日佐人もいた。瑠良と諏訪の模擬戦を見かけてやって来たようだ。諏訪はベッドに仰向けに寝転がっており、瑠良を見るとチッと舌打ちを投げつけてきた。

「絶好調だなオイ。」
「ありがとうございます、スッとしました。」
「俺がスッとしてねェ。てめェの憂鬱が移った。日佐人、やるぞ。」
「今はちょっと……。」
「チッ!……おい、飯行くぞ、勝者は奢れ!」
「えーっ負けた人が奢るのが普通じゃないですか。」
「負けたとか言うな!」

 ベッドから起き上がった諏訪は、瑠良の首根っこを掴んで歩き始め、無理やり彼女を引っ張った。ついでにもう片方の手で笹森の袖を掴んでいる。

「僕もですか?」
「カゲん所でお好み焼きだ。」

 でろでろと諏訪に引っ張られながら、瑠良はしかたないなぁとため息。付き合わせてしまったし、ちょっとくらいわがままに乗ってあげよう。

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