■ 09

 大晦日。瑠良はギプスの取れた手でテレビのリモコンをいじる。CMで1月以降の番組の宣伝がされるのを観ていると、年の瀬なんだなぁ、と思う。
 大学は一週間前に冬季休暇が始まり、瑠良は正月に向けて家の掃除をする毎日である。それと時々ボーダーの任務と。大晦日も正月も、ネイバーには関係ない。ボーダーが休める日はまだ来ない。2人きりの家族である良太も、大晦日なんてものは関係なくボーダー本部にいた。

 父親と母親の溝は思ったより深いようだ、と感じたのは、今年の年始。両親が離婚して初めて新しい年が来ようとしている時だった。大晦日も正月も、母親は家にやってこなかった、それに、瑠良宛に年賀状をよこさなかった。
 それが瑠良にはひどく悲しかった。きっとあの人は、娘という存在も完全にシャットアウトしているのだ。高校生の時分にそれは傷つく出来事で、それ以来瑠良からも母親へは連絡を取っていない。自分から傷つくかもしれない行動は取りたくないのだ。
 一年あって吹っ切れた。この大晦日は父親と一緒に本部で過ごす。7時過ぎには家に帰って、年越しそばをいただく予定だ。

 メディア対策室の、応接スペース、である。
 こんな日に広報関係の客は来ない。ということで、瑠良は応接用の立派なテーブルと椅子を陣取って、溜まっていた報告書を黙々と書いていた。視界の端には、家に帰れず悶々としている根付と、我が父親がいる。他にも、今年中に終わらせたい仕事があるらしい職員の姿がちらほらあった。

「こんばんはー。」

 部屋の空気に反して明るい声が響いた。ふらっと現れたのは実力派エリートだ。

「迅さん!」

 入り口近くにいた瑠良はひゃっと立ち上がり、迅に駆け寄った。こんな日に師匠に会えるとは、と、瑠良は一気にテンションが上がる。

「瑠良!居そうな気がしたけどやっぱり居たか。」
「はいっ!」
「これ、瑠良と良太さんにお土産な。」

 差し出されたのは、白いビニル袋にいっぱいのぼんち揚げ。多分、迅は部屋に大量にあるぼんち揚げの箱の中から、ビニル袋に入るだけいっぱいに詰めてくれたのだろう。

「わたしたちに?」
「そ!そろそろなくなった頃だろ?」
「はい!」

 2ヶ月ほど前にも同じようにしてぼんち揚げを貰っていたが、それはもう父親と2人で食べきっていた。正月にだらだらしながら食べるのにちょうど良い、瑠良は美味しいおやつを目の前に、えへへと笑った。
 遠目に根付が二人をあたたかく見守っている。良太に関しては思考が読めない表情をしている。

「今日は誰かにご用事だったんですか?」
「うーん。しいて言えば瑠良かな。昨日良太さんを見たときに、今日2人でここにいるのを視たから、挨拶しておこうと思って。」
「わたしに。」

 瑠良は改まって背筋をぴしっと伸ばすと、腰から綺麗に身体を折って頭をさげた。

「今年もお世話になりました。また来年も、よろしくお願いします。」
「なんだ改まって。」
「挨拶しておこうって。」

 迅は慌てて瑠良の頭をあげさせる。彼は母親ライオンが子供ライオンの首を掴んで運ぶように、瑠良の服の襟首を掴んで上に引っ張った。瑠良はそれにつられて頭をあげた。

「俺の方こそ、来年はもっと頼りそうだ、よろしくな。」
「……なにか視えているんですか?」
「いろいろ。大丈夫、これ以上の大怪我はしないよ、瑠良は。」

 「瑠良は」という言葉に、瑠良はぴくりと反応する。今の迅の言葉からは、なにかが起こる、そうわかっているような雰囲気が伝わってきた。
 瑠良はしないということは、他の誰かが。迅がわざわざ言うのだから、瑠良の知っている人なのだろうか。それにもう一つ引っかかる。「これ以上の大怪我はしない」という言い方――もしかして、また怪我をする羽目になるのだろうか。含みのある言い方が気になって、これでは楽しく新年を迎えられそうにない。

「わたしは?」

 だから瑠良は片方について追求してみる。近くにいて聞こえているはずの根付は、耳と目をこちらに向けている。瑠良の目の端で根付が動いたのが見えた。しかし彼は話に入ってこない。もしかして"上の人たち"はそれを知っているのだろうか。

「そのためにも、たくさん助けてくれよ。」

 ここ最近で一番アンニュイな表情を見せる迅。瑠良はそれ以上なにも問うことができなかった。複雑な気持ちで年を越したくないし、迅にも不安な顔だけを見せたくはない。瑠良はがんばって口角をあげて見せた。

「……任せてください。」
「よし、いい返事だ。それじゃあ、また来年な。」
「は、はい、よいお年を!」

 迅は瑠良の頭をぽんと叩いた後、対策室にいるメンバーに頭を下げてから去っていった。年末年始も関係なく不思議な人である。
 しかし一体なにがあると言うのだろう、不安を胸に募らせながら、瑠良の一年は終わっていく。


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