デススト | ナノ
 Distortion _ 04 /

 セオの最近の「やりたい事」は国道復旧だった。しょっちゅうトラックの運転を任されるから、この広い土地に一番必要なものが道であるといつも思っていた。でこぼこでがたがたの岩場も、草の背が高くて足元に何があるかわからない草原も、全て国道が通ればミュールに遭遇しても逃げ切れる可能性は高くなるし、時雨がやってきても平坦な道でやりきることができる。
 サム・ポーターが国道復旧装置を試し、レイク・ノットシティの目の前の国道を復旧させた。カイラルと金属とセラミックを混ぜた道路。とても立派で横から見ると分厚く、しかも中央を走れば充電が減らないという「文明の利器」だ。セオは正直なところ、自動配送システムよりこっちにテンションが上がった。だから彼女は時間を見つけては愛車に資源を積み、国道を先へ先へと伸ばす日々を始めた。
 ミュールはセオの持つ資源に興味を持たなかった。配達の荷物でないから、タグが付いていないので反応するものがない。それでも彼らは「ブリッジズの車両」に悪い意味で興味津々で、そっちを見て電撃槍の先を見せることがあった。BTは天気予報を見ているから遭遇することがない。時々雨雲地帯の端っこを通ってトラックが錆びることがあるが、それはいつも綺麗に修理してもらっている。
 サム・ポーターや他のポーターも国道復旧装置に資源を入れているようだった。いつの間にか国道が伸びていたり、復旧装置に資源が入れられていたり。それを見るたびセオは手を合わせて神に感謝を伝えた。

 こんな世の中だが、セオはキリスト教者だ。母親が敬虔な教徒で、セオは絵本の代わりに旧約聖書で育った。こんな今を生きているからか母親のように信心深い者にはならなかったが、それでも考え方の根底はそれにある。
 神はいない。というのが今の人々の一般的な考えだ。神がいればこんな状況にはならなかった。ビーチを体験したことがある者たちは神のような存在は見たことないという。まあ、そのへんは、人それぞれだ、と、セオは割り切っているので問題はない。信教の自由は大切だ。

 セオが国道復旧に手をつけ始めて1ヶ月。国道はエンジニアとクラフトマンのシェルターの近くを通るように蛇行し、現在はレイク・ノットシティ南配送センターまで届いている。サム・ポーターは南配送センターの南西あたりを中心に歩き回っているらしい。あの辺にはプレッパーが多い。あちこちで様々お願いをされて苦労しているようだとレイク代表に聞いた。そのレイク代表はダイハードマン長官に聞いたそうだ。

 早朝、今日も元気に国道復旧。公休日のセオは、愛車に大量の金属とセラミックを積んで配送センターの車庫を上がり地上に出た。カイラル物質はほとんどの復旧装置にサムが充填してくれていた。あちこちでBTを退治して、その時カイラル物質を回収しているのだろう。
 レイク・ノットシティの敷地を出て、黒くて新しい国道に出る。道がまっすぐ平らなので走ってもタイヤが嫌な音を立てない。車内で音楽をかけると、音量が低くてもちゃんと聴ける。曲に合わせて歌い、左右のミュールを警戒しながら川の上を楽々渡る。クラフトマンのシェルターの向こうにカイラル雲と逆さ虹を見ながら直進、また川を渡って、南配送センターへ。ついでにと任された荷物を配送センターに置いて、その先の国道復旧装置へ。早朝に出発し、到着したのは日が落ちる頃。当たり前のことだが、国道の先へ先へと行くたびに時間がかかる。
 国道の端っこにトラックを止め、フローターに資源を乗せて歩く。フローターは浮いてる割に重さを感じる。固定用のベルトが腹部に少し食い込む。事務作業ばかりの身体を動かすのに丁度良い。ここの復旧装置はカイラル物質だけ満タンになっていた。金属とセラミックを投入し、装置から少し離れる。今まで何度も見てきた復旧の様子を、今回もまた胸を躍らせて眺めた。
 再びトラックに乗って今出来上がった国道をゆっくり進む。また先端で停車し、フローターに資源を乗せて歩く。今回はここを含めてあと2箇所行けそうだ。投入が終わったら、南配送センターのプライベート・ルームに泊まり、明日の朝早くに出発して、夜が来る前にレイク・ノットシティへ帰る。

「……あ。」

 今日2つ目の国道復旧を終えたところで、肩にポツンと当たる物を感じた。セオは反射的に上着のフードをかぶり、襟を持ち上げてしっかり首を隠した。上から落ちてくるものがあったら直ぐにフードをかぶる、これは訓練された反射行動だ。ポツンと当たる物が増え、直ぐに雨になった。今夜は雨の予報が無かったのに。遠くの空を見ているうちに辺りが暗くなった。夜が来そうだからとは違う陰鬱な暗さを持ち始め、地面の植物たちが生き急ぎ始める。セオは急いでトラックに乗り込み、この後の作業を諦めて配送センターに行くことにした。

 のだが。
 目の奥が熱くなり、両目からツツと涙が溢れた。カイラル・アレルギーだ。心臓がドキドキして、身体中の血が騒いでいるのに身体が寒くなった。この悪寒は間違いなく、近くにBTが降り始めた証拠だ。想像以上で今までに体験したことのない速さの座礁だった。トラックは一度全機能が落ち、そしてまた復旧した。しかしセオはトラックからキーを抜き取った。音を出してはいけないので、トラックを走らせることも、外に出て歩くのも危険だと本能が叫んでいる。いきなりきたから通り雨だと思う。しばらくここでじっとしていれば何事もなく終われるはず。セオはここで息を潜めて時雨が止むのを待つことにした。ぞわぞわと背中の毛が逆立つ。姿は見えないのに「居る」というのははっきり分かるから嫌になる。
 ここで対消滅を起こすわけにはいかない。そうなったら南配送センターは全部飲み込まれるし、せっかく作った国道はおじゃんだ。セオは太ももとふくらはぎをピッタリくっつけ、かかとを揃えてシートに乗せて体育座りになる。つま先が冷たかった。冬でもこんなに寒い思いをしたことがない。
 座礁地帯のど真ん中で動けなくなるのは初めてだ。あっても端っこを仕方なく通過したことがあるくらい。――とにかく黙って、危機がきたら息を止めてやり過ごすこと。――そんなBT対策マニュアルの言葉を思い出した。
 死にたくないな、対消滅で迷惑かけたくないな、サムさんにお礼が言い足りてないな、アングレールさんはどうしてるかな。いろんな「な」が浮かんで消える。
 黒色の雨がフロントウインドウやサイドミラーに当たって跳ねるのを眺める。ゆっくりと、本当にゆっくりと、車体の表面に錆が浮かんでいるのが見えた。この車は「テセウスの車」だ。何度も何度も部品を変え、コーティングをし直したので、外側に納車した時の部品は残っていない。この3年いつも運転を頼んでいるからお礼に新しいトラックを送ろう、と、上司が言ってくれたことがあった。ありがたかったがセオは断った。まだまだ使えるトラックには愛着があるから、使えるうちはずっとこれでいたい。

 ダン!
 突然車内に音が響いた。BTの手が降りたかと思い、セオは両手で口を押さえて窓ガラスを見た。直ぐ左側、助手席がある右側、前、後――見えるところに手形は無い。

「ヒェッ!!」

 思わず大声が出てしまった。前を向き直したら左側に何かの影が見え、そっちを見たらそこに人の姿があったのだ。人の姿は口の前で人差し指を1本立てて「シーッ」のポーズ。セオは再び両手で口を塞いだ。人の影はトラックの前をゆったり歩き、そして助手席側に立ち、遠慮なくドアを開けて入ってきた。

「やあぁ、セオ。」

 声でやっと分かった。ピーター・アングレールだ。濡れた雨具は最初に会った時に着ていたもので、内側が黒と金の横縞模様が特徴的だった。アングレールは黒いマスクを外して顔を晒す。マスクはフロントに雑に置かれた。

「アングレールさん、お久しぶりです。」

 ここ1ヶ月連絡が無かった。再会がまた時雨の中とは、嬉しいようでなんとも楽しくない。

「突然の時雨になす術もなく。ってところか?なんだってこんな所にいた?」
「国道を復旧させていたんです。」
「国道を!それはまた結構。」
「うう、なんか馬鹿にしてませんか。道がないせいでミュールに襲われたんです、怖くて怖くて仕方なかったから道を作ってるんです。」

 アングレールがセオの行動を笑うものだから、セオはムキになってアングレールに言い返した。多分3回会ったうちで1番強く言った言葉になったと思う。アングレールはキョトンとしていた。

「ミュールに襲われたって……お前が?怪我はしなかったか、なにかされなかったか?」

 そして目の色を変えた彼は、セオの両頬は片手で掴んで顔を寄せた。頬を掴んで持ち上げて顎を確認したり、逆に下げて目の中を覗き込んだり。

「荷物を取られただけです。取られたものは取り返してもらったので問題なしです。」
「あぁ……あの、サム・"ポーター"・ブリッジズに、だな?」
「はい、ご存知でしたか。」

 アングレールはグローブを外すと、親指でセオの片方の涙腺辺りを撫でた。BTに反応して流れた涙が拭い取られる。間近に来たアングレールの目尻はつり上がっていて、この人は怒っているのだというのがよく伝わってきた。アイメイクは涙で流れている。彼もまたカイラル・アレルギーを発症していた。

「なぁ。」

 呼び掛けられ、返事をする前に、アングレールの顔がより近づいた。血色のいい赤い舌が伸びてきて、セオの頬をでろと舐める。涙が舐めとられたらしい。舐められた部分が濡れ、ひやりと冷えた。

「うあぁ!」
「大声を出すと見つかる。」

 抵抗しようにも頬を押さえられているから顔が逸らせない。もう片方の頬もべろんと舐められた。弧を描いた嬉しそうな口元が間近に見えた。

「なんで、なんで舐めるんですか……!」
「確認だ、ただの。」
「かくにん……。」

 セオは涙目になっていた。人間は突拍子もない行動をとられると、ひたすら怯えることしか出来ないのだと学んだ。

「ふん。」

 アングレールは満足そうに鼻を鳴らすが、なにに満足したのかはわからない。訊くのは怖いので訊かない。

「なんて顔してるんだ?それは『もっとお願いします』の顔だろ。」
「違います、違います!!離してください!」
「残念。」

 セオが頑張って顔を後ろに引くと、アングレールは素直に手を離してくれた。パッと離された勢いでガラスに頭をぶつけるかと思った。アングレールはフロントに肘をついてセオを見ている。セオは正面を向き直して座り、横目でチラッとアングレールを見た。ガン見されているのが恥ずかしくてまた正面を向く。

「アングレールさんはどうしてこんな所に?」

 正面を向いたまま問う。何か言わないではいられなかった。景色は変わらず暗く、むしろ夜がやってきて薄気味悪さを増している。

「座礁地帯の真ん中で立ち往生している車を見つけてなあ。」
「そうじゃなくて、どうしてこの辺にいたのかというか、どうしてまた座礁地帯に足を踏み込んでいるのかというか。」

 アングレールはグローブを嵌めたままの右手を持ち上げ、唇の前に人差し指を立てて、シー、というジェスチャーをする。それをセオの前に突き出し、彼女の下唇に柔らかく触れさせる。彼はいつものニヤッとした口元を見せ、首を横に振った。
 やはり秘密の多い――いや、怪しい人だ。ピーター・アングレールはセオの要注意人物ナンバーワンになった。

「そういうわけで、俺はただ通りがかっただけなので、退散することにしよう。」

 彼はそう言って斜め下に向かって頭を下げ、トラックのドアに手をかけた。

「ま、待って。」

 しかしセオは身を乗り出して、トラックのドアにかかったアングレールの手を掴んだ。無意識だった。

「ん?」

 アングレールは自分の膝の上にあるセオの顔を覗き込む。セオはゆっくりと身を引いて元の場所に戻った。

「あの……雨止むまでここにいてくれませんか……。」

 手が出たのは無意識だが、なぜ自分がそうしたのかはきちんとわかっている。独りでいるのが怖くて、怪しい人であっても傍にいてほしかったのだ。彼女のお願いを聞いたアングレールは大層嬉しそうに笑みを深め、そうかそうかとウンウン頷いている。

「ああ、セオちゃん、そうか、俺と居たかったんだな。いいぜ、付き合ってやる。雨が止むまででいいのか?」
「うぅ……。」

 機嫌をよくしたアングレールは、身を乗り出してセオの片腕に自分の腕を絡ませる。彼はグローブを外してセオの手を取ると、指をしっかり絡めて握った。セオは緊張で腕が動かなかったし、指先もどう返せばよいのか分からなかったためにしっかり開かれている。アングレールはそんなセオの指をもう片方の手で丁寧にたたみ、自分の手の甲を握るようやんわり指示した。
 まるで恋人同士だな、と、セオは思い、顔を赤くする。こんなに人と接近するのは何年ぶりだろう。抱きしめ合うのも手をつなぎ合うのも母親としかしたことがないから、多分5年以上になるだろう。父親の記憶はないし、まして恋人なんていたことがないから、異性となんてしたことない。

「指先が冷たいな。BTたちの所為か?」
「はい……アングレールさんは普通ですね。」

 アングレールは外したグローブを見て眉毛をちょっとだけ上げる。彼はセオの頭に頬を乗せて、フフンと楽しそうに笑った。彼の頬の暖かさが頭皮に伝わる。抵抗したくてもできない何かがセオにあって、彼女は動かずアングレールの行動を仕方なく受けている。嫌、とは言い切れない自分がいる。脅されているわけではないし、こうしろという圧力があるのでもない。ただ、彼の行動が理解し難いだけで嫌ではない。この心細い状況は、人と触れ合うことで怖さを軽減されている気がする。

「セオ、家族は?」
「いません。母が数年前に亡くなりました。アングレールさんは?」
「俺も独りだ。」
「あのシェルターに?」
「一緒に住むか?」
「や……えっと、レイク・ノットに家があるので……。」
「少し悩んだな?」
「な、悩んでません。」

 なんだか絆されているようで面白くない。セオは気分を悪くしてそっぽを向いた。頭の上にアングレールの頬があるので髪の毛と頭皮がざりっと擦れる。アングレールが空いている手でセオの頬を摘んで、無理やり前を向かせたので振り出しに戻った。

「俺みたいな人間でもどうしようもなく凹む時がある。あの時みたいにな。独りでいるのが辛い時があるだろ?」

 気持ちは分かる。休みの日に絶滅夢を見た日なんかがそうだ。その日は夕方になって朝見た夢を思い出して辛くなる。独りで抱え込むのが辛い時は、同じくDOOMSである誰かに胸の内を明かして、そして半分だけ気が済んだ気がして、それで終わり。――完璧に癒されたことはなかった、と思う。

「いつもそんなことばかり……話を聞いてくれるお母さんはもういないし。」

 セオはまた踵をシートに乗せて膝を抱えた。アングレールの頭の重さに任せて俯き、両膝に両目を当てる。時雨のど真ん中という状況に心を潰されて、心細い。「私たちはつながっている」と言われても、セオは自分の孤独を飼い慣らせない。後輩、同僚、上司、周りに人は沢山いるけれど、それで精神的安定が保たれてはいない。

「そういうとき、心中してくれる人が欲しくなるんだ。」
「わたしと死のうとでもいうんですか?」
「そして、もっと大勢と。」

 顔は見えないが、アングレールは笑っているようだった。

「あなたは『ディメンス』だと思っていました。」
「そう思っていながらなぜ俺といる?」
「あなたが恐いからです。」
「……ははっ。」

 彼を「ディメンス」だと思ったのは、単に「ミュールではないけど恐い人だから」という理由だけである。野盗ならセオは初日に殺されていただろうし。いや、ディメンスでも殺されていたか。それと、肩に書いてあるVOID OUTの文字が動かぬ証拠なのではないかと思う。

「アングレールさんは自殺希望者でしたか。」
「人類全て、まとめてビーチにの向こうに連れて行く。」
「わたしも?」
「もちろん。」
「それは……いやです。」
「免れられないことだ、お前も夢に見るだろう。前にも話したな。」

 前にも言った。そして議論はしたくないとも。セオは夢に見る絶滅を起こしたくない、アングレールはその絶滅を望んでいる。言い合っても相容れないのは明確だ。これも信教の自由みたいなもので、何を望もうと個人の自由。それが衝突し合った時は、その時々に合わせて対処しなければいけないけれど。――例えば、武力であるとかで。

「黙ってないで、何か言ってみればいい。」
「わたしは死にたくない。わたしはあの絶滅がやってくる前に自分の天寿を全うして、天の国に行きたい。」
「素直で良い子だ。」

 アングレールはセオの頭から頬を上げた。無理な体勢をしていたからか、彼の首がぱきっと音を立てた。

「しかしお前が死んだ後も人類は続く。そう遠くない未来か、ずっと先かはわからないが、我々の先の代で絶滅する。」
「誰かのために主に向かって両手をあげられる程わたしは他人を思えない。」
「なら、俺たちで終わらせようじゃないか。」
「話のつながりがありません、わたしはわたしが生きるためにも、『終わらせる』ことはできない。」
「平行線だな。」

 セオが返事をしなかったので静寂が訪れた。ただ、静かだったのは一瞬だけで、そのあと思い出したように雨音が耳に入ってきた。通り雨かと思ったけれど止みそうにない。そう思うと無性に泣けてきた。時雨に大切なトラックを潰されて、BTに気づかれてそのまま死ぬような気がしてきた。隣の恐い男と心中だ、それは嫌だ。ちょっとだけ撤回する、隣の恐い男が嫌なわけではない、彼は恐いけれど、悪い人ではな――いや、悪い人だ――。じゃあなんでこんなに「慈悲」を向けたくなるのか。考えながら混乱してきた。セオにはわからない。

「明日の朝出発しなきゃ、レイク・ノットに帰れない……帰れなかったら明後日の仕事ができない……ミュールに荷物を奪われて、仕事に遅刻して……うあぁ……いやだよう……。」
「子ども返りか?」
「頭の中はいつもこんなかんじです……。」

 アングレールが片手を上げた。彼の手はフロントウインドウに触れ、カイラル雲に向かって広げられている。セオはその様子を黙って見ている。ガラスが溶けて消えて、アングレールの手を溶かしてしまうのではないかと、ぼんやりとそんなことを考えた。

「雨がやんだら配送センターか?出発は明日の朝……そう言ったな。」
「はい。今晩は配送センターのプライベートルームに泊まって、早朝に出発です。そうすれば夜が来る前に戻れるはず。」
「そうか。」

 少しだけ雲が薄くなった気がした。灰色のカイラル雲にその向こうの濃紺の空が透けている。セオはその空を凝視した。雲が少しずつ消えていく。セオもフロントウインドウに片手を添えた。晴れ間が丸く大きくなって、そのうち雲が全て消えた。自然現象ではないように思えた。誰かが――ならば確実にこの男の力だ。彼は高い能力を持つDOOMSなのだろう。

「望み通りだ。」

 アングレールは自分の力で雨を止ませたのだと言いたそうだ。だとしたらセオの想像通り、彼にはとてつもない力があることになる。

「ありがとうございます。晴れにしてくれたんですね。」
「そう思うかな?」
「とっても。」
「そうかそうか。ならそうだ。」

 馬鹿にされて腹が立ったが、それは一瞬でおさまった。今はアングレールに感謝するターンだと決まっている。

「よかった。」
「俺は残念だけどな。『雨が止むまで一緒にいてほしい』このお願いはここまでだ。」
「ウッ……。」
「セオちゃん、君は残念に思ってくれているかな?」
「その、ええと……残念だと、思っているのは事実です。アングレールさんは恐いけど、問答するのはためになるから。」

 アングレールはまた満面の笑みになった。

「なら、またちょっかいをかけに現れても良いんだな?」
「ほどほどにお願いします。」

 彼はグローブを嵌め直し、その手をパペットで遊ぶかのようにパクパクする手振りをした。その後、彼が消えた。
 え!?と、セオは驚いて腰を浮かせる。バッという音と共に消えたアングレール。彼は瞬間移動も出来たのか。DOOMSとして能力が高いとそれも可能と聞くが、まさか目の当たりにするとは思わなかった。
 セオは消えたアングレールに感謝して手を合わせる。今度会ったらお礼を言わなければいけない。彼女はやっとの思いで南配送センターへ戻った。






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