デススト | ナノ
 Distortion _ 03 / (ヒッグス出ません)

 月曜日。
 今日はエンジニアのシェルターから『自動配送システム』の完成に必要なシステム・サーバーを受け取ってくる日だ。セオは朝一番に、配送センターの車庫からよく使わせてもらっているトラックを出し、一緒に行くメンバーを待った。紺色の車体に、橙色のアクセントが入ったトラックは、ブリッジズの所謂「社用車」だ。セオが頻繁に使うため、一度ボロボロになったとき彼女の希望でこの色になった。ルームミラーについているクリプトビオシスのキーホルダーは、前にハートマンにもらったセオの私物である。

「お待たせしました。」

 時間ぴったりにやってきたのは、ここレイク・ノットシティ代表のウィリアム・レイクと、一緒に行くシステム・エンジニアの男性だった。

「レイクさん!ここまで来てくださるなんて!」
「大切な依頼ですからね。」

 生身の人間、特に上級職の人がここに来るのはめずらしい。地上の様子はドローンなどロボットのカメラを通して確認し、人とのやり取りはホログラムを使って行うのが基本だ。セオもシステム・エンジニアも内部の人なので、長官は問題ないと判断したのだろう。

「今日はよろしくお願いします。」
「よろしくねえ。」

 システム・エンジニアはぺこっと頭を下げた。彼はブリッジズに入職して半年ほどの新人だ。父親もブリッジズでエンジニアをしていて、ここで一緒に働くのが2人の夢だったという。彼は下っ端なので、今日の荷物受け取りを頼まれたらしい。彼が荷物を抱えて助手席に乗ったので、セオも運転席に乗り込んだ。

「よろしく頼みましたよ。」

 レイク代表が手を振ってくれる。セオとシステム・エンジニアも手を振り返し、出発した。

 レイク・ノットシティは過去のデータを見ると、とても交通の便が良い場所だったことがわかる。ノットシティを出ると、コンクリートがぼろぼろに割れた国道の跡地が所々に見え、その名残が伝わってくる。あれが今も残っていればなぁ、と思いながら、セオはいつもこの道を通っていた。
 エンジニアのシェルターまで片道2時間。途中にミュールの基地があって、通る道は彼らの縄張りだ。危険じゃないかといつも心配されるが、荷物を運んでいるわけではないセオにとっては危機にならない。彼らが目を光らせるのはあくまでも荷物だから、ミュールのスキャンに引っ掛かっても、セオ自身は見向きもされないのだ。

「ミュールいますよ!!」

 システム・エンジニアはびびっている。彼はノットシティの外に出るのは初めてだから無理もない。最初からずっと緊張しっぱなしだ。

「大丈夫、彼らは荷物にしか興味がないから。」
「で、ですけど……。」
「通り抜けられるから見てて。」

 50メートルほど横を武装したミュールが歩いている。彼(彼女?)はセオのトラックに気づき、オドラデクを起動させる。セオもシステム・エンジニアもトラックごとスキャンされたが、あのミュールは特に襲ってくる様子を見せない。

「ほらね。」
「こっちに来ない……?」
「荷物持ってないから、襲い掛かる必要がないんだよ。帰りはサーバーを持って帰るからこの辺は避けるけど。」
「ほんとだ……。」

 ミュールが脅威でないことを知ると、システム・エンジニアは窓に額を張り付けて外を見始めた。彼は外の世界を見るのが初めてだという。レイク・ノットシティができる前からあの地域に住んでいた、シェルター生まれの「2世」で、地上というものはほとんど知らないそうだ。時々地上に出て周囲を探索する事はあったが、ここまでがっつりと外を体験したことはない。
 ノットシティ周辺の岩場を抜け、草地に入る。ここまで来ればエンジニアのシェルターはすぐそこだ。途中で川の浅瀬を通って丘を越えると、目の前に電波塔が見えた。シェルターの前エンジニアのホログラムが手を振ってくれている。

「やあ、フェレさん。」

 エンジニアのホログラムがセオを呼んだ。セオはトラックの中から手を振り、シェルターの横に駐車する。システム・エンジニアが先に降りて、シェルターの配送端末を起動させてくれた。

「こんにちは、いつもありがとうございます。」

 セオは、配送端末横に出たエンジニアのホログラムに頭を下げる。

「こちらこそ。数日前にサム・"ポーター"・ブリッジズが来てカイラル通信を繋げてくれてね、お蔭で出来ることが増えたよ。」

 エンジニアは本当にうれしそうだった。彼の探求心は、カイラル通信で広がった世界でますます強まったようである。

「わたしたちもサムさんには頭が上がりません。」

 カイラル通信は本当に世界を広げてくれた。物も情報も人との交流も、全てが今までにないくらい。 

「でも同じくらい、わたしたちはエンジニアさんに感謝しています。お蔭で自動配送ロボットの完成が目の前です。」
「ありがとうございます。」
「いやいや、お互い様だよ。これからも持ちつ持たれつ頑張ろう。」

 セオは生まれた時からアメリカがこの状態だったから、「本来のアメリカの姿」にはとても興味がある。今よりずっと暮らしやすくて、地上というものを謳歌できるのだろう。良いことばかりでないのも承知している。だからプレッパーの中にはブリッジズをよく思わない人もいるのだ。

「何か不具合があったらいつでも言ってほしい。私たちはいつでもつながっているから。」
「はい!」

 リフトが上がって、頼んでいたシステム・サーバーが現れた。システム・エンジニアはそれを受け取り、エンジニアに「いいね!」をする。セオも続いて「いいね!」。エンジニアからもお返しがもらえた。
 サーバーは壊れ物なので、システム・エンジニアが抱えることになった。彼とセオは再びトラックに乗り込み、レイク・ノットシティへ戻る。エンジニアのホログラムが手を振って見送ってくれた。

 帰りは「荷物」があるため、ミュールの縄張りを避けて通らなくてはならない。しかし困ったことに、手錠端末で天気予報を見ると、迂回路が30分後から雨の予報になっている。飛ばして通過しようとしても、トラックの速度では間に合わない。オドラデクはあるがBBを連れてきていないから、座礁地帯を通りたくない。
 ミュールに襲われるか、ヴォイド・アウトを起こしてしまうか――天秤にかける必要はなかった。セオだけでなくブリッジズにとってヴォイド・アウトは絶対に避けなければいけない現象なのだ。

「迂回しようと思っていた道がさ……この後雨になるんだよね。」

 一応意思確認として、セオはシステム・エンジニアに問う。システム・エンジニアの顔から血の気が引いた。彼は白い肌をより白くさせている。

「ざ、座礁地帯だけは……。」
「もしかして通ったことある?」

 彼はセオが思った以上にビビっている。すでにBTでの嫌な思い出があるのだろうか。と思ったが、システム・エンジニアはセオの問いに対して首を横に振ってこたえる。単に怖いだけか。

「ミュールは頑張ってよければ荷物は奪われないし命はまず落とさない、座礁地帯は下手すれば荷物どころかわたしたちもブッ飛ぶ。どうしよ。」
「ブッ飛ぶのだけは絶対に嫌です!」
「だよねえ。じゃあミュールの縄張りの端っこを通ろう。できるだけセンサーポールに近づかないように頑張る。」
「お願いします……。」

 帰りに通ろうとしていた道の方角は、確かに空が曇っていた。逆さの虹と、天から降りる黒い紐が、BTの訪れを宣言している。デス・ストランディング以前、虹は美しいものと言われていたが、セオたちに言わせてみればあれは「恐ろしいもの」でしかない。よくよく考えてみればあの色の組み合わせは美しいものだと思えるけれど、美しいと思う前に恐怖が先立つのだ。

 帰り道はできるだけ北を通って、ミュールの縄張の外周を沿うように走る。ゴロゴロと遠雷の音がするたびにシステム・エンジニアは小さくなった。セオも肝が冷える。オドラデクのセンサーで地形とミュールのセンサーポールを確認しながら道を行く。
 万全を期していたはずだが、しかし、セオは失態を犯してしまった。センサーポールがヴン嫌な音を立てて反応した。すかさずどこかにいるミュールがオドラデクを起動させたはずだ。目には見えないが、きっとシステム・エンジニアの手の中にある荷物がスキャンされてしまっていると思う。

「まずいなー……。」
「なにがですか……。」
「ミュールに気づかれちゃった……。」
「え……。」

 システム・エンジニアは泣きそうだし、セオも嘆きたい。バックミラーとサイドミラーを覗くと、遠くにミュールの姿があった。電撃槍を持っていて、一目散にこちらに向かってきている。しかもそのミュールはトラックの進行方向、これから向かいたい先からやってくる。雨雲はまだ遠くにあるからBTの問題は大丈夫なはず――セオは思い切りハンドルを切り、目の前のミュールを避ける。シートベルトに首を絞められたシステム・エンジニアが内臓の出そうな
うめき声をあげた。
 ミュールは電撃槍を投げた。高速で飛んできた槍は低く大きな弧を描き、ザクッと音を立ててトラック近くの地面に刺さった。ギリギリ行けるかと思ってセオはアクセルを踏み込んだ。タイヤが高い音を立てながら回転数を上げた。しかし間に合わなかった。槍が放った電撃がトラックまで届き、中が感電する。

「逃げて!!!」

 セオはシステム・エンジニアが座っている側の扉を開け、彼に体当たりしながら2人で車を降りた。転がり落ちてもシステム・エンジニアはサーバーを離していない。身体をぎゅっと丸めて、ケースを守っている。
 トラックはびりびりと電気をまとってしまった。トラックについているアースから放電し切るまで動けない。システム・エンジニアはケースを持って逃げる。セオも別方向に逃げた。ミュールは荷物を持っているシステム・エンジニアしか目に入っておらず、しかも増援を連れてきている。システム・エンジニアは他のミュールが投げた電撃槍に当たって倒れてしまった。彼は体中を痺れさせ、荷物を奪われても動けない。セオも別のミュールに牽制され、荷物を奪い返しに行けなかった。ミュールたちは荷物を奪うと直ぐに去っていった。人間のほうには本当に興味がないらしい。

「……すみません……!!」

 システム・エンジニアは痺れが取れ始めた身体を起こし、地面に手をついて頭を下げた。

「身体は!おかしいところはない!?」
「ありません!でもシステム・サーバーが!」
「まずはレイク・ノットシティに戻ろう。こうなってしまった以上、わたしたちでは解決できない。」

 トラックは元の機能を取り戻していた。セオはシステム・エンジニアを無理やり引っ張って再び乗り込み、まずは配送センターに戻ることにした。今は荷物がないから襲われる心配がない、一直線に帰ろう。




 レイク・ノットシティの配送センターの傾斜をくだり、配送端末の前まで戻る。レイク代表のホログラムが出迎えてくれたが、セオもシステム・エンジニアも笑顔を見せることが出来なかった。レイク代表はセオたちの表情を見て、様々察してくれたようで、ただ「お疲れ様、はやく入っておいで」とだけ声をかけてくれた。2人はリフトで地下に戻り、そこで待ってくれていた生身のレイク代表を見て泣いてしまった。

「ミュールに荷物を奪われました。縄張りに入ってしまい……彼が電撃槍を浴びてしまったので、直ぐに医務室に向かわせたいです。」
「なんと!ああ、はやく医務室に行ってください。まずは身体に害がないか確かめて。」

 システム・エンジニアはレイク代表に言われ、医務室に向かった。肩を落とした背中が見ていて切なかった。

「……すみません。」
「セオ、あなたたちが無事でよかった。何が起きたんですか?」
「ミュールを避ける迂回路に雨予報が出て、ミュールの縄張りのギリギリを走りました。センサーポールにトラックが引っ掛かって……それで……。」
「わかりました……大変な思いをさせてしまいました。奪われたシステム・サーバーの件は対策を考えます。奴らは荷物を奪うだけで、破壊はしないはずですから。」
「すみません……本当に……!」

 こんなにも重大なミス、犯してしまったのは初めてだ。エンジニアたちが一生懸命作り上げたものを、こうも簡単に奪われてしまうなんて。セオはどんどん後悔の沼の底に落ちて、目の前が暗くなっていく。レイク代表の声が遠くに感じた。

「セオ?」
「……あ……。」
「自分を責めないでください。対消滅を避けようとしたあなたの判断は正しかった。ラボに戻って、今日は早めに仕事を終えてください。」
「はい……。」

 失ったものではなく、守り切ったもののことを考えなさい。レイク代表はそう言ってセオを送り出した。セオは廊下を歩く足が重い。途中ですれ違った職員たちにきちんと挨拶をした記憶がない。

 ラボにたどり着くと、同室のエンジニアたちがワッとセオに駆け寄った。

「セオ!レイクさんからセオがミュールに襲われたと聞いた!」
「フェレ!怪我はないか!体調は?」
「セオ、今日は早く上がりなさい。まずは休息をとるのよ!」

 セオがここに辿り着く前に、レイク代表がラボに連絡を入れたのだ。エンジニアや事務員たちは、戻ってきたセオに心配や労りの言葉をかけ、優しく肩や頭を撫でた。その優しさでセオ心の堰が壊れ、我慢していた涙が一気にあふれてしまった。

「やってしまいました、みなさんの、研究の、成果が。」

 途切れ途切れに謝罪の言葉をつぶやき、壊れたようにごめんなさいと繰り返す。セオは地面に膝をついたまま、立ち上がれなかった。人の優しさが身に染みて、皆大丈夫だと言ってくれるのに、むしろ自分の失敗が余計に重く感じる。

「レイクさんがダイハードマン長官に相談して、こっちに向かっているサム・ポーターにサーバーを奪い返してもらうことになったんだ。」
「……サムさんに?」
「ああ。彼がちょうど、クラフトマンから『ポーラガン』をもらったらしくて。それがあればミュールに対抗できる。」
「サムさん……。」

 サム・"ポーター"・ブリッジズがサーバーを取り返してくれる。セオの心に希望の光が差し込み、そしてまた、自分の尻ぬぐいをさせてしまう申し訳なさで気持ちが沈んだ。

「ああっへこまないで。こういうのはお互い様だよ。ほら、セオもやっていることは巡り巡ってサム・ポーターの旅の力になっているんだから。」

 多分今日は、もう何を言われても立ち直れそうにない。そう自覚したセオは、最後にもう一度深く頭を下げ、その日はここで仕事を切り上げた。





 翌日未明、である。
 レイク・ノットシティの配送センターにサム・"ポーター”・ブリッジズが到着した。彼の持つ荷物の中に、セオとシステム・エンジニアが盗られたシステム・サーバーがあることが判ると、セオは仕事を投げ出して配送センターの地下荷物受取場に走った。誰が配送端末にアクセスしたかは、セオの居るラボでもわかるようになっている。誰かが「サム・ポーターが来た」と言ったのを聞いて、セオは光のごとく速くスキャンされた荷物の中身を確認したのだった。

「レイクさん!」
「セオ!」

 荷物受け取りばにはレイク代表が居て、ちょうど降りてきた荷物の中身をチェックしているところだった。それは間違いなく、セオが失くしたシステム・サーバーの入ったケースだった。ケースの角に黒く擦れた跡がある。システム・エンジニアが抱えて倒れた時に着いたのだろう。それ以外は綺麗な状態で、エンジニアから受け取った時とほとんど変わりがない。

「サムさん!」

 セオはモニターに向かって叫んだ。内臓のマイクがセオの声を拾い、配送センターにいるサムに届く。サムが第三者の登場に驚き顔を挙げているのが、モニターに映って見えた。

「ありがとうございます!わたしが盗られた荷物なんです、本当に、本当にありがとうございます!」

 サムは片手を上げて手のひらを見せた。「気にするな」と言ってくれているのだと思う。
「サーバーの状態は完璧です、これで我々のシステムは万全です。ありがとうございました。」
「ありがとうございました!」

 セオとレイク代表は揃って頭を下げる。サムは端末から離れて、プライベートルームへ降りるためにリフトの上に立った。直接会ってお礼をしたいが、サムは人との接触をあまりしたくないタイプだと聞いている、恩人にこれ以上迷惑をかけてはいけない。

「これがあれば、自動配送システムはすぐに完成する。ありがとうございます、セオ。」
「すべてサムさんのお蔭です。また仕事頑張ります。」
「ああ。彼に恩返しをしなければな。」
「はいっ。」

 もうグズグズしはいけない。やらなければいけない事とやりたい事、頑張らなければ。






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