デススト | ナノ
 Distortion _ 13 / END

 セオは配送センターの職員に手伝ってもらって部屋に鎮座している段ボールを運び出し、愛車の荷台にそれらを積んでヒッグスのシェルターへと旅立った。
 惜別の情もお別れ会も特にない。引っ越してもここで働くのには変わらないし、3年ちょっと過ごしたあの部屋の掃除と片づけはもう少し続くだろうし。荷物が大量にあるわけではないから、引っ越しという感覚も薄い。なら何をしに行くのか?と、自分に問うてもよく分からなかった。

 レイク・ノットシティからピーター・アングレールのシェルターまでの間は、いつのまにかカイラル・プリンターで造られた便利な建造物だらけになっていた。オーソドックスなアーチ状の橋だけでなく、誰かが試しに作ったのか平らで走りやすい橋や道まである。誰も通りたがらないこの岩場一帯は、便利な実験場になっているらしい。実験場とはいえ、危険な物は残しておかないよう取り決めてあるから、どれも使って危なくない――はず。セオは時間をかけて自分で開発しようかと思っていたがその必要が無くなった、顔の分からないどこかの誰かに感謝するばかりだ。

 ピーター・アングレールのシェルター敷地内に入ると、セオの侵入を察知したヒッグスが外に飛び出してきた。彼は運転席横の窓ガラスに両手をべったりと張り付け、中にいるセオを覗き見た。セオがヒッグスの張り付いているドアを押し開けて外に得ると、ヒッグスは絡みつくようにしてセオに抱きつく。ぬいぐるみの肌触りを確かめるかのように頬を摺り寄せてくるのでセオは困惑した。

「もう会えないかと思った。」
「大げさです。」

 困惑はすれどもいつも通りの行動だ。特別な応対はしなくて大丈夫。実際、セオが荷台に向かって歩みを進めると、ヒッグスは解放してくれた。彼は段ボールとコンテナを見ると直ぐにその中の一つを持ち上げ、意気揚々とシェルターに戻っていった。セオもコンテナを一つ持ってヒッグスの後を追う。
 ヒッグスの養父が使っていた部屋は少し綺麗になっていた。薄っすらとあった埃は消え、古い匂いもなくなっている。入りたくない、と言っていたヒッグスが、一人で掃除をしてくれたのだろう。その姿を想像すると、なんというか、たまらなく可愛い。
 トラックとシェルターを数回往復して荷物を搬入し終える。トラックは時雨が降っても良いように、カイラルコーティングされた特製のシートを被せておく。そのうち車庫でも作らせてもらおう。

「ありがとうございます、ヒッグス。」
「この荷物、自分でトラックに積んだのか?」
「配送センターの人に手伝ってもらって。」
「男か。」
「……はい。」

 ヒッグスが嫉妬心からものを言っているのは明らかだったので、セオは申し訳ないと思っているふりをする。悪いことはしていないと思っているので謝罪はしない。

「なにも心配することはないです。わたしにはヒッグスだけですよ。」
「俺にはセオだけだが、セオには大勢いるだろ?」
「こうしておおっぴらになって向き合える人はいません。」
「……そうか。」

 機嫌を直したヒッグスは口元を緩ませている。納得してくれるのがはやくて良かった。
 全体的に色のないリビングは静かで、心機一転するには落ち着きすぎた空間だった。生活がガラッと変わるはずなのに、大きな変化があるわけではないような、そんな感じ。ヒッグスが缶に入った炭酸飲料を差し出してくれた。これも「引っ越し祝い」には程遠い一本で、セオはなんだか面白くなって笑った。セオが笑うと自然とヒッグスも笑顔になり、2人は顔を見合わせて笑う。旧世界の恋愛や結婚はフィクションでしか知らないけれど、得られる幸せはこういう何気ないものなのだと知っていた。
 セオとヒッグスは向かい合ってテーブルにつき、蓋を開けた炭酸飲料をぶつけて乾杯をした。微炭酸が疲れた体に染みわたる。

「幸せだ。」

 ヒッグスはしみじみと言う。

「ええ。」

 セオは確かめながら言う。
 同居、同棲、シェアハウス、恋人、結婚、パートナー、様々言葉が浮かんでは、自分たちの関係に見合ったものが見つからないような気がして消えていく。それで問題ない、無理に答えを見つけようとしなくていい。

「助け合って生きていきましょう。」

 相互扶助、というロマンスのかけらもない言葉が浮かんで、それが一番腑に落ちた気がする。

「本当に、ありがとう。」

 ヒッグスはセオの両手をぎゅうと握った。

「ずっと見捨てませんからね。」

 生まれかけているロマンスに期待はせず、セオはその手を握り返す。ヒッグスの泣きそうな笑顔が目に焼き付いて、ずっと消えそうになかった。




おわり










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