デススト | ナノ
 Distortion _ 12 / (ヒッグス出ません)

 グラウンド・ゼロ湖を渡り切り、たどり着いた先は、あのころとは違う立派な港町だった。旧世界の映画で見たことがある、マフィアの抗争が行われるような、セオから見ればなんともハードボイルドな港だった。特別かっこいい何かがある港というわけではないけれど、(と言ったら、ここ――ポート・ノットシティに失礼だけれど)時雨で錆の目立つコンテナ群や重いものを持ち上げる重機が格好よくて、雰囲気が好きなのだ。
 ポート・ノットシティのブリッジズ職員は、セオたちが乗ってきた船を見て大騒ぎだったと言う。それこそ、セオたちがサム・ポーターの乗った船がグラウンド・ゼロ湖を越えてきたのを見聞きした時と同じような感じだと思う。もちろん、外に人は出て来なかったから実際の状況は分からないけれど、人間なんて大体同じようなものだ。

 天気予報を確認した限りでは、キャピタル・ノットシティまでの道のりに時雨の心配がある場所はない。風が良いのだろう、ほとんどいつも座礁地帯になっている場所も今日は晴れているようだ。日頃の行いのお蔭だ、なんて思ってセオは笑った。
 ポート・ノットシティで大型車両を借り、セオとケビン、ニヴォーズと護衛たちで乗り込む。運転はもちろんセオだ。セオにとって初めて運転する道になるが、車についていたカーナビゲーションが不安を取り除いてくれる。だからキャピタル・ノットシティへの旅はとてもスムーズで楽しいものになった。
 ――途中、一箇所でフラッシュバックしたことを除いては。それはセオのトラウマ、ディメンスを殺した場所である。避けては通れない場所で、そこから見た景色が3年前のことを強く思い出させた。

「……大丈夫か?」

 セオの背後に座るケビンがセオに声をかけた。ケビンは初老の男性で、短い髪を灰色に染めた、若い頃の精悍さが今でも分かるようなたくましい人である。
 そのケビンこそ、セオがディメンスを殺した時に手当てをしていた人物である。彼は年長者ではあるが体力も筋力も十分にあって、ディメンスとの戦いでは前衛に居た。その彼が撃たれて、セオが手当てしていたときに起きたのが、件の「事件」である。
 ケビンはそのことを覚えているから、彼女に声をかけた。セオが渋い顔をしていたのが、ガラスに映って見えたのかもしれない。

「君は今でも思い出すんだね。」
「……はい。」

 ケビンは確証があっていったのではないと思う。セオの表情から読み取ったのだろう。
 山と山の切れ目に遺体焼却所の煙突が見えた。あのディメンスも、あの煙突から天上へと帰っていったのだろうか。

「でも、問題ありません。後悔はしていますが、あれによって手に入れたものの大きさは日々実感していますから。」

 事件を乗り越えたお蔭で、セオは今もこうして生きている。ブリッジズの職員として、世の中をより良くすることが出来る。一人の命と大勢の命を比べる真似なんて本当はしたくないけれど、実際セオは、社会を動かす小さな部品のほんの小さな一部として、大勢のために生きている。





 3年以上ぶりに訪れるキャピタル・ノットシティに、セオもケビンも大興奮だったし、ニヴォーズや護衛たちはブリッジズの本部に興味津々だった。翌日の式に向けてケビンは実家に帰り、ニヴォーズたちやこちらの家を売り払ったセオは本部のゲストルームで一晩過ごした。聞いたところによると、「実体」がこちらに来ているのはレイク・ノットシティだけだそうだ。

 大統領就任式当日。会場に入ることが出来るのはケビンとニヴォーズだけだったので、セオは式の様子を控室のモニターで見ていた。護衛たちはキャピタル・ノットシティの防衛部隊に合流しており、他のノットシティからの客は居ないので、セオは独りである。ここはレイク・ノットシティから職員が行くと聞いて誂えられた部屋なのだが、実際にはセオ一人しか使わなくてなんだか申し訳ない。セオは座り心地の良い一人用ソファに腰掛け、大きなモニターで新しい大統領――周りの想像通りだったダイハードマンの演説を聴く。明るい未来の予感がして、セオは無表情ながらも心を弾ませている。

 アメリのビーチで起きていた未曽有の事態は、誰にも知らされていないようだった。サムに様々依頼を出していたダイハードマンやごく一部の人は状況を知っているかもしれないが、各ノットシティには何も知らされていないのだろう。
 ダイハードマンの演説の途中で、セオの背後にある控室で入口の扉が開いた。ウイーンと音を立てた自動ドアの方を見ると、そこに居たのはサム・"ポーター"・ブリッジズだった。大統領就任式が始まる前にちらっと姿を見たサム・ポーターが近くにいる。セオは飛び上がって直立した。

「サム・ポーター!あぁ、本物だ……!」

 サムはミュールに奪われたサーバーを取り返してくれた、セオの「命の恩人」だ。まさかここで本人に会うことができるなど思っても見なかった。セオが駆け寄ると、サムは怪訝な顔をセオに向けた。それもそうだ、セオが一方的に知っていると言っても過言ではない、というか、その通りなのだから。

「レイク・ノットシティのセオ・フェレです。ミュールに奪われたサーバーを取り返してもらいました。」
「……あぁ、あの時の。」

 何か思い出したようなサムの返事にセオは肩を揺らして喜ぶ。薄っすらとでも覚えていてくれたのが嬉しかった。

「サーバーの件もそうだが、君は……あれだ、国道を作ってくれているな。」
「え、あ、ご存知なんですか。」
「あれだけ資源を投入していればわかる。」

 あの国道復旧装置は、資源を投入した人のブリッジズIDと投入量が表示されるため、一目で「功労者」が分かるのだ。サムがカイラル結晶を各地につぎ込んでいるとセオが知っているように、サムもセオの行動は把握しているらしい。

「お蔭で助かってる。岩場も幅の広い川もあの道があるから苦じゃない。」
「わあーっ!そうですかあ!」

 伝説の配達人、サーバーの恩人、そんな人に感謝されてしまって、セオはウキウキと小躍りをした。国道を作っていた甲斐がある。共同製作者でもあるが、利用者――サムに感想を言ってもらえてよかった。
 サムはウキウキしているセオに「おかしなやつ」とでも言いたそうな笑みを向け、ソファに座って就任式の様子を映したモニターを見上げた。式は終わったところらしい。新大統領はおらず、モニターに映っているのは式を終えて安心した様子のブリッジズ職員たちだった。ケビンも端に映っている。

「レイク・ノットの連中はここまで来たんだな。」
「ええ。カイラル・プリンターを駆使して設計、建造した船を使って湖を渡って、久しぶりのグラウンド・ゼロ以東です!」
「そうか、それはよかった。」
「これもサム・ポーターのお蔭です。」

 セオは再び満面の笑み。サムは照れたらしく、口元を手で覆ってそっぽを向いてしまった。
 最初は躊躇したものの、やはりキャピタル・ノットシティに来て良かった。そう思えるのは、懐かしい故郷を見ることが出来たからなのはもちろん、こうしてサム・ポーターと話せたから。彼はまさに「時の人」である。彼こそUCA建立の祖といってもよいのでは、と、セオは思っている。彼のこの脚が無かったら、今もこれからも無い。しかし称賛されるべきサム自身はあまりそれを望んでいないのだと思う。セオはサムのことをほとんど知らないが、彼が目立ちたがり屋な性分でないことはなんとなく分かる。

「行くか。」
「これからもレイク・ノットをよろしくお願いします。サム・ポーター指名の依頼は今後増えていくと思いますから。」
「はは、難しくないやつを頼むよ。」
「レイク代表に伝えておきます。」

 疲れた背中をしたサムが出て行った。彼はきっと、ただのポーター――アメリカという重荷の無い、ただのサムに戻るのだろう。中途半端に物を知ってしまったセオは、元のブリッジズ職員に戻っても、当分今回のことを引きずるだろう。ただのブリッジズ職員に戻り切る日は遠いかもしれない。――いや、ヒッグスと暮らす以上忘れられる日は来ないだろう。

 本部の中でも特に警備が厳重なこのフロアを歩き回るのは憚られたので、セオはケビンたちが迎えに来るまで控室で静かに待機した。
 式の後は特別な会食など関連イベントはない。今日も一晩ここに泊まって、明日の朝早く出発する。各々残っている仕事のことを考えると、はやめにここを出た方がいいのはそうなのだが、運転するセオも乗るケビンとニヴォーズも疲れていては危険なので出発は明日と前々から決めてある。今のところ天気に問題はなさそうなので、明日は問題なく出発できるだろう。
 家族と離れ難くなってしまうから、と、ケビンも今日はゲストルームに泊まる。何歳になってもホームシックはやってくる。ましてやこんな分断された世の中だから、いつまた来られるか分からない故郷にずっといると逆に心が参ってしまう。

 そういうわけで、一人一部屋ゲストルームを借りて各々夜を明かして翌日。全員元気に再集合して、配送センターの車庫に格納してもらっていたトラックに乗り込む。リフトで地上階に出てさあ出発というところで、配送センターの職員が珍しく表に数人でて何やら話し合っているのが見えた。ケビンが話を聞きたいというので、セオは彼に連れ立ってトラックを降りた。

「どうしました?」
「ああ、ケビンさん。」

 数人――5人のキャピタル・ノットシティ配送センターの職員が一斉にケビンを見る。彼らはケビンに問われて、なんと答えたものか、と、悩み顔を見合わせている。ケビンは答えにくい内容なら訊かなかったことにすると申し出たが、職員たちは胸の前で手を振って、大丈夫ですと慌てて答えた。

「サム・"ポーター"・ブリッジズが手錠端末を廃棄して行方知れずになっていまして。」
「え!?」

 え、と、ケビンとセオは同時に声を挙げた。あのサム・ポーターが行方不明?しかも手錠端末を棄てて?何があったのだろうと短い時間で想像を広げた中では思いつかなかった事件だ。ケビンとセオは顔を見合わせ、お互いに、どうして彼が?と表情で言い合う。

「デッドマン氏の依頼で死体処理所まで行ったことは確かなんです。端末の記録だと、手錠端末はそこで焼かれたみたいで。」
「死体処理所に……サムは誰の死体を?キャピタル・ノットの死体処理班は復活しているはずでしょう。」
「そこは機密事項で、我々も知らされていません……。」

 聞くところによると、サムは昨日の夕方、デッドマンから依頼を受けて死体焼却所に向かった。彼は焼却所の端末にアクセスした後、床下から上がってきた台にその手錠端末を載せてそのまま焼いたのだという。そしてその後は行方知れずに。
 この職員たちは慌てているようだが、デッドマンやダイハードマンはサムの行方についてあまり興味を示していないらしい。サム・ポーターは以前ブリッジズに属していたとはいえ、今はフリーのポーターで、アメリの為に仕方なくブリッジズに協力していた。アメリがこの世を去り、新しい大統領が決まった今、ブリッジズに身を寄せる理由はないと、デッドマンもダイハードマンも考えているそうだ。
 「伝説の配達人」たるサム・"ポーター"・ブリッジズはどこにいようと噂になる人物だ。どこにいるかはそのうち分かるだろう。ブリッジズ上層部は彼の偉業に敬意をもって、お咎めなしとする方向らしい。

「サム・ポーターはまたレイク・ノットに来てくれるでしょうか。」

 セオはケビンに問う。

「彼は配達人だ、配送センターがあるんだから、レイク・ノットにもまた来るだろう。」
「そうですよね。」
「ブリッジズを去っても、我々はもう繋がっている。」

 昨日親しく話をしたサム・ポーターが遠くへ行った。しかし次会うときは、今よりずっと親密に関われるかもしれない。






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