デススト | ナノ
 Distortion _ 09 /

 目を開けるとそこは浜辺だった。夕焼けみたいな赤い空はいつもの光景で、今更怖いなどとは感じない。

 セオが絶滅夢を見るのは毎日ではない。DOOMSとしての力が弱いからだと思う。
 今日の夢はいつもと様子が違った。いつもは死んだ人ばかりなのに、今日は生きている人がたくさんいて、皆海に向かっている。彼らは死んでいて、あの世に向かうところなのだろう。皆意思無くノロノロと動いている。セオには自分の意思があって、目が覚めた場所から動かないでいる。自分の夢だからそうできているのだと思う。だとしたらここは本物のビーチではない、よかった。
 歩いているのは皆、見える範囲では知らない人。ただ、セオと同じ制服や配達部の作業着を着ている人も居て、その人たちがブリッジズの職員であるのは確かだ。彼らは実在する人物なのだろうか。それとも、過去に死んでいった誰かなのか、遠い未来で絶滅を目の当たりにする予定の誰かなのか。誰だって良い。知らない人なら、自分でないなら。
 沖から大波がやってくる。これもいつもの光景だから今更怖いなどとは感じない。壁のような波が近づいて、海を歩く人をのみ込んでいく。不透明な海水の中には人の影が見え隠れする。大波はセオのすぐ目の前まで迫ってくる。セオは避けない。どうせ海水に触れる前に目が醒めるから。




 セオはいつものアラームで目が醒めた。体が重い。昨日はたくさん運転したし、苦労も気疲れもした。疲れが取れていなくても仕方ない。出来ることなら二度寝がしたいが、絶滅を前にして呑気なことは言ってられない。――そういえばまだ肉体も意識もあるし、ここはプライベートルームだ。まだ絶滅は訪れていなかった。
 起きて外の様子を見に行こう。空を見たい。いつも通りの曇り空に戻っていてくれたら嬉しい。

「……ウッ。」

 上体を起こそうとしてセオは気付いた。ヒッグスの腕がセオの身体に巻きついている。だから重かったのだ。巻きついている腕をどかそうとすると、ヒッグスはヴーンと不満そうに唸った。目を醒まされても特に問題ないのでそのまま腕をどかす。ヒッグスは寝返りを打って背中を見せた。まだ起きる様子はなく、背中は呼吸に合わせてゆっくりと動いている。
 セオは手錠端末を起動させた。相変わらず天気予報は機能していないし、新しいメールの受信はない。リフトで配送センターに上がり、坂道を歩く。「いってらっしゃい、お気をつけて、セオ・フェレ」と、いつもの音声が見送りをしてくれた。
 空は緑色で、辺りは霧がかかっていて視界が悪い。不穏な雰囲気とカイラル物質の所為で、肌が、触覚がヒリヒリする。何をしても上手くいかないようなテンション。気分が沈んでどうしようもない。
 この様子ならレイク・ノットシティ方面も変わらず悪天候だろう。スーパーセルもまだあるかもしれない。空が完全に元通りの――曇天になるまでは危険だから帰れない。それなら今日は何をしようか。1日プライベートルームに篭る気にはならないし、仕事をしようにもここでできる仕事はない。ぼんやり空を眺めているのもなんだか違う、絶滅を待っているだけなのは嫌だ。
 持ってきた資源を無駄にしたくない。カイラル通信が繋がっていなくても、国道復旧装置に資源を入れることはできるはず。ちょっと機械をいじればポストと同じように使えると思う。それならヒッグスを連れて、国道ができる予定の場所を走ろうか。できれば国道復旧装置の位置を確認しながらサウス・ノットシティまで移動したい。あっちのプライベートルームも全室埋まることは無いと聞いたことがあるから、連絡なしでも平気だろう。
 そうと決まったら早速行動だ。配送センターへ入る坂道を下ると、さっき通ったばかりなのに「お帰りなさい、セオ・フェレ」と律儀な出迎え音声が聞こえた。リフトでプライベートルームのフロアに降り、自分の部屋に飛び込む。
 ヒッグスは横になったままだったが目を覚ましていて、誰かが部屋に入ってきたのを察知すると、目だけ扉の方に向けた。

「おはようございます。」

 ヒッグスは恨めしそうに目を細めてセオを睨んだ。おはようの挨拶はしてくれない。セオは睨まれる理由など自分にないと思う。どうせヒッグスがご機嫌斜めなだけなのだろうと踏んで、セオは気にせずヒッグスの寝転がる隣に座る。

「どこに行ってた?」
「外に。空は真緑であんまり良くないです。」
「勝手にいなくなるな、不安になる。」
「はい。」

 なるほど、許可なく目の届かないところに行くな、と睨んでいたのか。ここはブリッジズの施設なのだから、どこに行こうとセオの勝手だ。だからセオはわざと謝らなかった。それに、睨まれても今のヒッグスなら恐くない。

「サウス・ノットまで行きましょう。国道復旧装置に持ってきた資源を入れてまわります。道が出来なくても、とりあえず持ってきた資源を使い切りたいので。」
「また無意味なことをしようとしている。」
「またって、他にいつわたしが無意味なことをしようとしました!?」
「俺を助けた。」
「……それなら、ここで捨てていきますよ。」
「だめだ。」

 人の善意を無意味なことなどと。セオは一瞬ムッとしたが、ヒッグスの性格について再考し怒りを沈める。皮肉屋で意地悪な言い方は彼の元来の性格だと思う、今更怒っても仕方ない。
 ヒッグスはゆっくり起き上がる。彼はまだ恨めしげにセオを睨んでいた。
 セオはヒッグスに、冷蔵庫に朝食代わりになるものが入っていることを伝えつつ、部屋に置いてあった男性用のブリッジズユニフォームを渡した。Tシャツ、ボトムス、作業着、全て支給品だ。プリッジズ職員が服をボロボロにしてここにたどり着いても大丈夫なように置いてある。外部のポーター用にも無地のTシャツとボトムスはあるが、ちょうどいい上着がないので、ヒッグスには全身プリッジズ装備で揃えてもらおう。ヒッグスはブリッジズのユニフォームなど――と複雑そうな表情。当然の反応だ。セオはついでに顔を隠すためのサングラスとキャップを渡して、自分は着替えを持って隣の部屋に移動する。ここは自分の部屋なのにどうして移動しなければならないのか、セオもセオで不満だった。





 緑色のオーロラが美しい空の下をトラックが走る。いつも通りの国道に、いつもどおりのトラックが走る。

「あの時。」

 配送センターを出て無言で走り、もうすぐ開通済みの国道の先端に着く頃、ヒッグスが口を開いた。彼は窓に肘をついて手のひらを頬に当て、体重を手のひらに預けている。ブリッジズ職員の作業着を着ているが、セオが渡したサングラスと帽子は車内に入ってすぐ外していた。

「お前は自分の手が汚れていると言った。何があった?人を殺したことがあるのか?」

 ヒッグスが挙げたのは、昨日の往路での会話の内容だ。あの時は深く追求されなかったから、セオは話したことすら忘れていたのだが、ヒッグスは覚えていたらしい。 

「楽しい話じゃないですよ。」
「殺人に楽しいも何もあるか?」
「や、ミュールを全滅させたヒッグスは楽しそうに話していましたよね。」
「あれはお前のためにやったんだ、当然だろう。」

 自分が犯罪の口実に使われて面白くないセオは口をつぐんだ。彼女はムッと口をへの字にしている。ヒッグスはそれを見て「悪かった」とだけ言った。

「お前のことが知りたい。」
「それならわたしの趣味の話でもしますから。……機械いじり、本を読むこと、映画を観ること、最近はこういうドライブも好きです。苦手なのは部屋に入ってきた虫とBT、時雨、座礁地帯、あとはカイラル・アレルギーの涙で化粧が落ちることと、温かい料理が冷めていること。」
「人を殺したことはあるか?」
「……。」
「否定しないってことは、あるんだな。」
「……あります。」

 ヒッグスの尋問には敵わない。この後強い口調で問い詰められたくなくて、セオは簡単に口を割ってしまう。隠していたかったが、隠さなければいけないことでもない。殺人とは言え秘密ではないし、レイク・ノットシティにいるブリッジズ職員のうち、第一次遠征部隊に居たメンバーは皆知っている。ヒッグス相手にだって、黙ってる必要などない。

「遠征中にディメンスを殺しました。ポーラガンで頭を殴ったら、打ちどころが悪くてそのまま。」
「正当防衛だろ?」
「……そうだと思っています。ただ、頭を殴れば脳震盪で死ぬ可能性があると分かっていました。あの時は必死だったからそんなこと考えなかったけど、分かっていたなら別の場所を狙うべきだった。本能が『殺せ』と言ったんです。防衛ではなく攻撃です。」

 ちら、と、ヒッグスはセオを一瞥して、また正面を向く。

「こじつけだ。自分のやったことをわざわざ犯罪にしている。」
「そうした方が気が楽だから。正当防衛の上に胡座をかいて殺人を正当化するより、自分を犯罪者として戒めている方が人間らしく思えるんです。」
「面倒くさい人間だな。」
「縁を切るなら今のうちですよ。」
「お前に捨てられたら生きる意味がない。」
「重い……。」
「セオ、お前は俺と出会うことで俺の命を救った。あの時殺したディメンスの奴とプラマイゼロになったんだ。だからここで縁を切って俺が死ねば、お前はマイナス2になる。」
「……謎理論を振り回さないでください。」
「だから俺をその時のディメンスだと思って大切にしろ。」
「ディメンスなら大切になんてしません。」

 中々の暴論をぶつけられた気がする。ヒッグスなりにセオを元気付けようとしたのか、それとも本気で言っているのか、どちらなのか分からないからたちが悪いし、どちらだとしてもよくわからない。

「大切にされたい。」
「ヒッグスのことなら大切にしますよ。」
「それならいい。」

 いいのか?セオは心の中でヒッグスに訊いた、声には出さなかった。

 国道の先端にトラックを停め、フローターに資源を載せる。ヒッグスが全部持つと申し出てくれたので、セオは彼にフローターを任せた。セオは復旧装置を起動させ、資源の受付だけしてもらえるように装置をいじる。カイラル通信が復活した後もう一度来て手動で国道を作る必要があるが、また来るときに重い荷物を持つ必要がないのは良い。その時はバイクで走ってこようかななんて、楽しみがひとつ増えた。資源は満タンなのに何もしない復旧装置が間抜けに思えて何だか可愛い。
 道は無いが進もうと思う。空を見た感じ、サウス・ノットシティ方面の雲は明るい色を――色は変だが、曇り空ではない――しているから進んでも良いだろう。

「道が悪いな。」
「乗り物酔いってしますか?この先振動が凄くなりそうです。」
「酔いはしないが危険じゃないか?」
「雨の様子はないし、この天気でミュールは姿を見せないし、気後れして何もしないと絶滅した時後悔しそうで。」
「そうか。」

 トラックに戻り、岩に乗り上げないよう注意しながら進む。少し山を登って廃墟が鎮座する盆地へ降りる。この辺はほとんどいつも時雨が降っているらしいが、今日は曇りで済んでいる。
 世界の終わりが近いのにこんなことをしているのはどうかと思う、と、セオは自分でも気付いていた。しかし他にやりたいことがないのも事実で。なにか別のことをやろうにしても、レイク・ノットシティはスーパーセルがあったから近付けないからどうにもならない。ただセオはレイク・ノットシティに帰れない現状で良かったと思っている。この終末を忙しく過ごして、結局何も為せないまま終えるよりはずっと良い。

「サウス・ノットは初めて行くんです。というか、南配送センター以南は未踏です。」
「サウス・ノットか。」
「ヒッグスが破壊しようとした場所ですね。」

 セオはわざと刺々しい言い方をした。ヒッグスはグッと喉の奥を閉めて黙る。彼の喉仏が少し上に動いた。

「どうしてレイク・ノットは狙わなかったんですか?」
「人口だ。多い順に潰すつもりだった。」
「人口が少ないお蔭でわたしは死なずに済んだということですね。」
「そうなる。レイク・ノットを狙わなくて本当に良かったと思っている。お前を殺したくないからな。」
「ふふ。」

 廃墟近くの復旧装置前でトラックを停めた。フローターは使わずに、荷台から直接資源を供給させる。
 ヒッグスは装置に座って廃墟を眺めてた。ナーバスな雰囲気を纏っていて、無気力な目をしている。彼にも今後生きる意味が必要だろう。前科が多すぎるからまともなことは出来ないかもしれないが、生きる意志を持ってもらわないと。
 彼を「拾って」しまったから、セオにはヒッグスに生きてもらう責任がある。捨てておけばいいのをそれが出来ない自分のお人好しさが今は憎い。

「あと2箇所。」
「今日はサウス・ノットに泊まるのか?」
「はい。一緒に泊まりますよね。」
「もちろんだ。」

 もしこのままヒッグスに生きてもらうとして。今後彼とはどう接すれば良いのだろう。セオは頭を抱えてしまう。好かれるのも執着されるのも「必要とされてる」と思て嬉しくはある。が、恋人になれるかどうかは告白の一つでもされないと分からない。ヒッグスが好きだと言ってくる姿は容易に想像できるのだが、それに対するセオ自身の返事がどうなるか、イメージがつきにくい。
 セオはヒッグスの背中を見た。細身に見えてしっかりと広い背中は、哀愁を纏いつつも頼りになりそうに見える。
 結婚とか、恋愛とか、そういうものをセオはあまり考えたことがなかった。母親にはパートナーがいなかったから、それもあって。つまりセオには父親がいない。厳密に言うと、母親に精子を提供してくれた男性は居たが、それは父親と呼べるほど密な関係にはなっていない。セオは「試験管ベビー」だ。だから「お父さん」はいない。そんな自分には恋愛も結婚も難しい。

「見ろよ、空が赤くなってる。」

 ヒッグスが西の空を指さした。山の端が赤く染まっていて、昨日の朝見たゾワゾワする夕焼け色が再び現れていた。まだ昼を過ぎた時間だから夕焼けには早い。

「終末が来る。アメリはやったようだな。」
「……。」
「さっさと終わらせてサウス・ノットに行こう。」

 絶滅の訪れを察したヒッグスは急に元気になった。対してセオはまた絶望の淵に立たされる。
 終わりがやってくると知ってやる気が出るのはいかがなものかとセオは説教でもしてやりたくなったが、その怒りは一瞬だけですぐ萎れたので実行しなかった。

 この辺りは旧世界の形跡が至るところに残っている。中の鉄筋が丸見えになった四角いビル、コンクリート製だが発泡スチロールのように易々と折れ曲がってしまったハイウェイ。旧世界の地名が書かれた看板、今では旧式と言われる車両。記憶の墓場のようだ。セオの母親が幼少期を過ごした旧世界。今では覚えている人も少ないだろう。

「この辺はいつも雨が降っていた。」
「今日も降ってくれていた方がよかったです。こうして夕焼けを見せつけられるくらいなら。」

 いつの間にかオーロラは消えていた。空も全体が赤色で、緑色を反射する霧も解消されている。

「遅かれ早かれやってくる運命だ!さあ続きだ!」

 元気に立ち上がるヒッグスは、勢いのまま助手席に飛び込んだ。彼は運転席のシートを叩いてセオを急かす。先がないと分かったのに資源運びにやる気が出るあたり、彼も行動に対する意味の有る無しにこだわりは無いのかもしれない。
 




 太陽が沈むまで、ずっと夕焼けが続いていた。日が沈んだ今、曇り空にはまたオーロラが輝いている。
 復旧装置の残りに資源を全投入し終え、すぐ目の前にサウス・ノットシティを見据える。レイク・ノットシティ周辺とは違う赤土の大地は、まるで別の星にまで来たような印象を受ける。国道以外、まともな道などほとんど無い。セオの遠征の旅はグラウンド・ゼロを超えたところで早々に終えたが、ここまで来る人たちにとっては厳しい旅だっただろう。
 ヒッグスは自分が壊そうとしたサウス・ノットシティを今はどう見るだろうか。セオはそれが気になったが、ヒッグス自身は特に感慨もないのか、はたまた絶滅が楽しみなのか、サウス・ノットシティ自体には興味がなさそうである。

 比較的平らな赤土の上を走り、サウス・ノットシティの敷地へ突入する。セオとアングレールのIDがスキャンされて無事にゲートをくぐり、そのまま配送センターへ。トラックをリフトの上で停めて、配送端末へアクセスする。さすがにこの異常事態だ、配送端末にアクセスしても人の気配はない。車庫とプライベートルームの利用を自動手続きで済ませて、トラックとセオ、そしてヒッグスは地下に降りた。
 部屋は2つ押さえたが、どうせ今日も一緒に寝ることになるのだろう。セオはそう分かっていたが、シャワールームの利用や着替えなどは絶対に別の部屋でやりたいので部屋は2つ必要だ。

「今日も一緒に寝るからな。」

 ヒッグスに宣言される。

「言われなくても分かってますよ。」

 セオが言うと、ヒッグスはニコニコ笑ってさっそく折りたたみ式ベッドに横たわった。彼は傍に置いてある毛布をぐちゃっと掴んで自分の腹部に乗せ、ぐちゃぐちゃの毛布を握って目を閉じる。セオは「ちゃんと毛布をかけてください」か「先にシャワー室行ってください」か、どちらを言うか迷った結果何も言わなかった。ここまで荷物運びに付き合って疲れたヒッグスのしたいようにさせてあげようと思う。
 その隙に着替えを掴んだセオは隣のプライベートルームに飛び込み、セオ以外のIDで扉が開かないようにし、シャワールームへ乗り込む。今日は運転だけで力仕事はほとんどしていないから、あまり疲れた感覚はない。汗をかいていないから自分が汚れた感じはしない。温かいお湯が無意味に流されていく気がして、セオは適当に髪と身体を洗ってシャワールームを出た。バスタオルで髪の水気を切って、そのバスタオルは肩にかける。
 ヒッグスが不機嫌になっていると後々面倒なので、すぐに隣の部屋に戻った。しかしヒッグスは健やかな寝息を立てていて、セオは拍子抜けしてしまった。なんだか自分が、自分を待ってくれているヒッグスを期待していたようで――。

「い、いやいやいや。」

 セオは寂しいと少しでも思ってしまった自分が恥ずかしくて首を横に振った。そんなことない、と頭の中では思うのだが、心の方はシュンとしぼんでいる。セオはヒッグスが掴んでいる毛布を引っ張って取り上げ、それをヒッグスに優しくかけた。
 ヒッグスが寝ている間に腹ごしらえをしてしまおう。セオは荷物に入れていたエネルギーバーを3本並べ、そのうち1本の袋を開ける。ウェットで甘い味のエネルギーバーとスポーツドリンクを交互に口にしながら、手錠端末を覗く。天気予報は更新されていない。さっき通った道はどこも晴れていたが、端末が示す現在の天気は雨のマークがついているままだ。
 エネルギーバー3本を食べ切り、また3本取り出してテーブルの上に置いておく。ヒッグスが目を覚ましたら食べてもらおう。

 地球最後の日かもしれないが、やりたい事はもうない。
 できれば夜の、寝ている時に絶滅がやってきて、知らないうちにビーチからあの世へ行きたい。痛いのも苦しいのも嫌だ。
 セオはベッドに上がり、ヒッグスの背中側に寝転がる。彼女はヒッグスにかかった毛布を持ち上げてその中に滑り込み、背中に触るか触らないかくらいの距離に寝転がった。寝具が揺れてもヒッグスの鼻からは落ち着いた寝息が聞こえている。
 パーソナルスペースもなにもかも無視した距離感。人の気配に安心するのは、DNAに刻まれた感覚なのだろうか。セオは時間を確認することなく目を瞑り、心の中でおやすみなさいと言って、そのまま眠りに落ちていった。






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