Fate | ナノ



assistencia / 06 日本最終日


 セオが冬木市に滞在して1ヶ月が過ぎた。今日はとうとうイギリスに帰る日だ。

 聖杯戦争が終結した、と、ウェイバーから聞いたあと、結局彼とは疎遠になってしまった。民家に遊びに行っても留守にしていることが多く、数回しか会って話せていない。彼はイギリス人が冬木で開いた小さな喫茶店の厨房で働いているらしい。
 時計塔、ひいてはロンドンに帰るのはもっと先になると言っていた。せっかく仲の良い(と、一方的に思っている)魔術師友達ができたのでセオは惜しかったが、傲慢だった彼がひたむきに出来ることを探しているのを見てしまっては、応援する以外の気持ちがわかなかった。


 新都から遠く離れた空港、フライト1時間30分前、である。
 ウェイバーにはフライトの時間を伝えてある。見送りは行ければ行くよ、と、ツンツンした風に言ってくれたが、実際どうなるかは全く分からない。ただ、セオは一縷の望みにかけて、まだ検査場を通らないでいた。空港の放送は、ロンドン行の便に搭乗予定の者はそろそろチェックインを済ませるようにと繰り返し呼び掛けている。

「セオーーー!」

 その放送は自分に向けられたものかもしれない、と、諦めかけていたところに、自分を呼ぶ声がした。聞き間違うはずもない、ウェイバー・ベルベットその人だ。

「お……遅くなってゴメン……店が長引いちゃって……。」
「全然っ!そんな!来てくださっただけで嬉しいです!!諦めて飛行機に乗るところでした!」
「来ないわけないだろ。……これ、選別。」

 息切れ中のウェイバーは、セオに2冊の本を差し出した。タイトルは『イリアス』と『オデュッセイア』……どちらもホメロスの作品だ。

「この本は……?」
「オデュッセイアはライダーが好きで読んでたんだ。ボクも読んで……よかったらセオにも読んでもらいたいと思ったから……。」
「ありがとうございます、大事に読みます!」

 本を大事に受け取って抱える。ウェイバーは息切れをしながらも、喜んでもらえたと内心一安心していた。

「……お会いできて嬉しいですけど、さすがにもう飛行機に乗らなければいけません。」
「ボクを待っててくれたんだろ?ぎりぎりになって悪い。」

 ウェイバーはロビーの時計を見上げた。あと1時間……国際線であればもう遅刻になる時間だ。

「乗れないことはないと思いますし。」

 セオは本を抱えたまま、ピッと姿勢を正した。ウェイバーもつられて背筋が伸びた。

「……ウェイバーさん、1ヶ月間、本当にありがとうございました。お蔭でとても勉強になりました。帰ってから鍛錬は欠かさないようにします、わたしもまだまだ成長したいって思ってますから。」
「ボクも、ありがとう……。世の中もなにも分かってないような子どもに、優しくしてくれて……イギリスに帰ったら連絡する。だから、ボクのこと、忘れないでください……。」

 語尾が小さくなってかすれる。ウェイバーの頬は赤くなっていて、よっぽど頑張って伝えたかったんだなとセオは思った。

「ええ、もちろんです。わたしのことも忘れないでくださいね。ウェイバー。」

 セオは片手を差し出した。親愛の気持ちを込めて、呼び捨てにして。ウェイバーは呼ばれた途端に、毛を逆立たせる猫のように伸び上がった。肩から髪の先から、本当に逆立っているかのように錯覚する。

「な、な、なまえ……呼び捨てで………。」
「それでは、また。」
「ああっ、おい!」

 呼び捨てにしたのが照れくさくなって、セオは逃げるように検査場へ飛び込んだ。
 また遠くない未来に彼に会えるはずだ、そんなに惜しむ別れではないだろう。






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