Fate | ナノ



assistencia / 03


 日本に来て数日目の夜、である。
 セオが父親に調査を依頼していたとある事柄について、結果の手紙が届いた。依頼した日から今日までの日数を考えると、調査を依頼した当日に結果を出して、その日のうちにエアメールを送ったと考えられる。さすが我が父である。セオはコンシェルジュから届けられた手紙を見つめ、へへへと笑った。
 本人以外が開けると、開けた人物の顔に『私は罪人です』と文字が浮かび上がる呪いがかかり、手紙の中身が消失するエアメール。セオはフェレ家の家紋が押印された封蝋に触れ、術式を解く。難なく開けられた手紙は全て特殊なインクの手書きだ。父親の筆跡である。

「……ウェイバー・ベルベット……19歳……5つ下だったんだ……。時計塔の学生で……へぇ、まだ3代目の家系で……あの自信と行動力はすごいなぁ……。…………。…………。追伸……時計塔の人間によると……元々ライダーは……ケイネス・エルメロイが呼ぶはずだったらしい……。へぇ…………へぇとしか感想が出ない……。」

 セオが調査を依頼したのは、他でもないウェイバーの素性についてだった。何度も言うが、セオから見ればウェイバーの魔術師としての才はあまりにも凡庸すぎる。数日一緒にいてみてもその評価だけは変わらなかったが、なるほど、そう言うことだったか。特に名家の生まれというわけではなく、本人の力も普通。ただこれは、そういう家系の魔術師達の希望になりえるなとも思う。
 熱心で自信家で、負けず嫌い。空回りする部分はあっても、向上心があって素晴らしい。そんなセオの評価は、ウェイバーの素性を知っても変わらなかった。




ドッ!ドドドドド!!

 手紙を眺めていると突然遠くから大きな爆発音がした。セオは手紙を手放し、急いで窓のカーテンを開けた。遠くにあるビルが明るく眩く光っている……否、爆発している。高いビルは中程から上が崩れ落ち、どんどん背を低くしていく。まるで廃ビルを崩す工事のように綺麗に落ちていった。まさかこんな時間にビル崩しではないだろうし、冬木市を見て回ったかぎり、あんな高さの廃ビルは無かった。テロか、はたまた魔術師同士のいさかいか……後者なら確認しないわけにはいかない。

「お父様、ありがとうございます。」

 セオは一度手放した手紙を再び握り、グッと力を込めた。手のひらから発電。電気が紙に反応して発火した。手紙は薄っぺらい灰になり、カサカサと粉になって消え去った。
上着を羽織って部屋を出る、今夜もまたフロントの女性に『女性の夜歩きはお控えください。』と言われそうだ。

 自転車で走って到着した事故現場。ホテルはグランドフロアも残さず崩れ去っていた。既に救急車や消防車、パトカーが到着していて、事故に巻き込まれた人を避難させている。テレビカメラも居た、野次馬の人だかりもできている。警察は野次馬にさっさと帰るよう促していた。
 セオは足に電気を走らせて筋肉を活性化させ、ピョンと地面を蹴った。難なく3階建のアパートの屋上に飛び乗り、そこに身を潜める。堂々とジャンプはしたが、近くに術者がいるかもしれないし、近くの住民に見られるのも良くない。
 ホテルから確かに魔術の気配がした。魔術師の……多分ほかの聖杯戦争の参加者たちの抗争だろう。ウェイバーの気配はなかった。にしてもやっていることが大きすぎる。一般人まで巻き込んで、なんて性格が悪いんだ。
 未だにセオはウェイバー以外のマスターに会っていなかった。夜民家を後にしてホテルに帰り、次の日のお昼頃民家を訪ねると、いつもウェイバーは昨日の夜こんなことがあったんだなんて話をしてくれる。つまるところ、事は夜に起きているのだ。だからセオは夜も民家に居たいのだが、さすがにそれはダメだとウェイバーが拒否をする。イスカンダルは良いではないかと言っているが、多分、あんまりよろしくない他意が彼にはありそうだ。それこそ身を捧げる系の。
 ならば昼間に他のマスターに接触してくるからどんな誰だか教えて欲しいとウェイバーに頼んでも、彼は絶対に教えてくれない。下手に接触してセオがウェイバーの手先とでも捉えられると、セオを命の危険に晒すことになるし、ウェイバーも根回しをするタイプのマスターだと認定され、積極的な攻撃対象にされてしまうかもしれないから、らしい。前者についてセオは、大丈夫だから気にしないでほしいと思う。ただ後者については、自分のせいでウェイバーをより危険なステージに立たせるわけにはいかないから、と、行動を諦めるしかなかった。
 事件現場に魔術師の姿も気配もない。加害者はもう去っていて、被害者ももう逃げたか、それとも死んだか。どっちにしろ、手がかりを漁りたくても近づけない状況なので何もできない。徒労だった、とは思いたくないが、ちょっと無駄骨を折った気はしないでもなかった。

 戻ってきたホテルの一室、ここはもうセオの城だった。何度か夜を経て馴染んだベッド。トランクの中身は全て便利なところに収まっている。魔術で鍵をした引き出しの中の小さな工房。ボタンの位置を完璧に記憶したから、ブラインドタッチで操作できるテレビのリモコン。あと3週間ちょっとはお世話になれる部屋、セオの城。この比較的安めなホテルは、聖杯戦争に参加する程の有力魔術師が泊まるような高級ホテルではないし、一般魔術師もこのホテルには居ないようである。それをいいことに、セオはこのホテルに軽い魔術師よけの結界を張ってしまった。今のところ来る予定は全くないウェイバーとイスカンダル以外の魔術師は、無意識にこのホテルを知らないことにされる。同フロアの家族連れが時々うるさいのを除けば、最高の城だった。






 翌々日。民家に行く途中の橋の上から河原を見下ろすと、そこで見るはずのないと思っていた人を見かけた。間違うはずない、大きい図体のイスカンダルだ。

「イスカンダル…………じゃなくて……えーと…………こ、こんにちは!!」

 名前を言い切ってから言ってはいけないと気付いたセオ。なんとも間抜けなことをしてしまった。マスターのウェイバーなら黙っていなかったろうが、イスカンダルは特段気に留めず、声のした方を見上げてニカッと笑った。

「おお、セオか。我が城に来る途中であったか?」
「はい。」

 セオの手にはビニル袋。中身はパン屋のカトルカールだ。イスカンダルは河原に降りてきたセオの手を見て、今日も献上物を下げてきたか、と、ちょっとヨダレを垂らした。
 イスカンダルの手には小さな……いや、彼が持つと小さく見えるボストンバッグ。ファスナーが開いていて、中に十数本の試験官が入っているのが見えた。そのうち半分には透明な水が、多分この状況だと川の水と考えられるものが入っている。

「イスカンダルさんは何をしていたんですか?」
「坊主の小間使いだ。この地図に記された地点で川の水を取って来いとな。」
「なるほど。」

 見せられた地図には、川辺に沿って等間隔にいくつかのバツ印とアルファベットが付いている。試験官にもアルファベット。なるほど、川の水の調査か。まさか魔術師が川の水質調査では無いだろう、当然魔術の痕跡探しだ。
 そんなの、川に手を突っ込めばすぐにわかるだろうに…………と、思って、セオは直ぐに自分の考えの失礼さを恥じた。思った後にウェイバーの実力を思い出した。多分、この方法が彼が出来る、1番成功しうる、安心の方法なのだと思う。きっと、まだ手の先の感覚で魔術の気配をさらうまでには至っていないのだ。自分の普通を押し付けそうになってセオは自分が情けない。

「どうした。百面相をして。」
「いえ、なんでもありません……。」

 しかしそこの大きな排水溝から漂う負の気配には、イスカンダルも気付いていないのか。魔術よりは肉体言語派らしイスカンダルだ、気付かなくても、まあ、悪くない、というか……。
もしも、万が一、何かのミスで、仕方なく、実験が失敗してこの排水溝のことに気付かれなかった時は、自分がどうにか画策してウェイバーに気付かせよう。セオはそう決心して、イスカンダルの手伝いを始めた。
 大きなイスカンダルが小さな試験管を持つと、まるでそれがタバコくらいの小ささであるかのように錯覚した。彼は身をかがめて川に顔を近づけている。
 イスカンダル、一国の王、征服王、サーヴァント……。大変名誉ある彼が川の水を集めている姿はとてもギャップが大きくて、なんだか可愛い。なんてことは言ったら怒られそうなので胸に留めておこう。そしてそんな彼にこんな小間使いを頼めるウェイバーは、やはり大物だ。
2人が水を汲んでいる光景は、河原を歩く人や橋を渡る人が何人か見ただろう。目立つ行為ではあるが、それこそ水質調査だとでも思っていてもらいたい。

「さて……セオ、お蔭で早く済んだ。これであの坊主が何をするか楽しみだ!帰るとするか!」
「はい!……の、前に、わたし自分の道具取りに一度ホテルに戻ります。すぐ民家に行きますから先に帰っていてください!」
「そうか。なら先に行くが、なんなら余の戦車で送っていくか?」
「え!いいんですか…………あ、いえ、多分今出したら後でウェイバーさんが怒ると思うのでいいです……。」

 イスカンダルの戦車に乗れるなんてラッキーなのだが、まだ明るくて人のいる今の時間帯にそれで走ったら、確実にウェイバーが怒る。白昼堂々何をしているんだ、とか、他のサーヴァントに見つかったらどうするんだ、とか。
 セオは後ろ髪引かれる思いでホテルに走った。実験の様子を見たい、急いで自分の道具を取って戻らなければ。

 ホテルに戻って、鍵付きの引き出し工房に手を突っ込む。あの排水溝に突っ込むことになるとしたら、光源と痕跡消し、汚れ落とし辺りが必要だ。粒状と粉状の薬品を取り出して懐に仕舞う。
 いちいちフロントに鍵を預けるのは面倒だが、もし窓から飛び出て飛んで行ったとして、留守の隙に先日のような爆破事故が起きたら、「鍵は預けられていないのにどこにもいないセオ」はホテル側にかなり迷惑をかける。だから毎回きちんと、迷惑をかけているなあと思いながらもフロントに鍵を預ける。今ではもう、セオの頻繁な出入りも慣れたものらしく、フロントは接客用以上の笑顔でお気をつけてと言ってくれるのだが。

 民家ではおばあさん……マーサが、こんな夕暮れ時だというのに快く迎えてくれた。さっきのカトルカールはマーサに渡しておく。
 セオは階段を上がり、ウェイバーの基地にやってきた。

「こんばんは、お邪魔します。」
「やっと来たか、小娘。」
「こむ……。」
「ああ……あんたか。さっき、ライダーの手伝いしてくれたんだって?悪かったな。」
「お手伝いならいくらでもしますって。」

 ウェイバーの机の上には試験管立てとそこに立てられた試験管、何種類かの薬品。試験管の中身に濁った色のものがある。良かった、ちゃんと反応したようだ。

「なら付いて来てくれるか?ここ……地図のここだ、大きい排水溝があるらしい。そこに行く。」
「なにか探してるんですか?」
「『キャスター』の工房だよ。」
「キャスター!」
「最近ニュースでやってるだろ、誘拐事件。あれはキャスターとそのマスターの仕業らしい。で、聖堂協会の奴らはそれに手こずってるらしくて……キャスターを止めたマスターには令呪が追加してもらえるんだ。」
「令呪を追加?」
「ああ。そうすれば、サーヴァントに対して命令できる権利が増える。それはどうしたって取っておかないといけない。」
「なるほど、令呪……。わかりました。」

 セオは自分の拳同士を胸の前でぶつけ合い、ピリリと微弱な電気を流した。彼女はやる気満々だ。

「や、やる気になってるところ悪いけど、やるのはライダーだからな?」
「…………そうでした。」

 そして意気消沈。それもそうだ、サーヴァント同士の争いだった。

「そうと決まれば!余の『神威の車輪』はいつでも行けるぞ!小娘、乗るな?」
「乗ります!!!」
「よしきた!」

 イスカンダルは部屋の窓を開けると、そこから堂々と飛び降りた。ズシン!と、彼が庭に着地する音がする。実際には揺れていないが、まるで地鳴りが起こせそうな音だった。彼は剣を振る。すると雲が避け、大きな雷撃が1つ庭に落ちた。その雷撃は、セオが思い切り力を降り絞った時の一撃にも勝る。流石天下の征服王、あんなもの見せられてしまっては惚れそうだ。

「か、か、か、かっこいい……かっこいいいいい……!」
「であろう?惚れたか?」
「惚れますよぉ!これは!!」
「無理もない!よし乗れ!」

 首根っこを掴まれて戦車の上に落とされる。続いてウェイバーも落ちてきた。最後にイスカンダルがドカッと飛び乗る。戦車が地面に埋まった気がした。
 戦車は車輪をスパークさせながら浮かび上がった。セオは振り落とされるのが怖くて手すりにしがみつきながら、それでもワクワクが止まらなくて下を見た。地上が遠くなる。そしてスピードが増し、目標の排水溝まで一直線に飛び始めた。

「すごい!すごい!すごい!!すごいいい!!」
「口を開けていると下を噛むぞ!」
「むっ!黙っておきます!」
「感想は後で聞くからのう!」
「むっ!!」

 排水溝へも速度を落とさずに突っ込んだ。

「……ん?」
「どうした?我が戦車に気になる点でも?」
「外になにか微弱な魔力の気配を感じました。もしかしたらサーヴァントかマスターか……誰か関係者が同じタイミングでここに着いたかもしれません。」
「他にもここを突き止めた奴がいるのか……まあ、ボクが未熟な実験をやっている間に、もっと手っ取り早い方法でここを見つけた奴がいてもおかしくない。でもライダーのスピードがあれば、先にたどり着くのはボク達だ!」
「ああそうとも!」

 排水溝には使い魔がウジャウジャと詰まっていた。気持ち悪いうねりが、戦車が放つ明かりでわずかに見える。しかし蹂躙には勝てない。使い魔達は次々と『神威の車輪』に潰される。

「なぁおい坊主、魔術師の工房攻めってのはこんなに他愛ないもんか?」
「いや変だ!今回のキャスターは正しい意味での魔術師じゃないのかもしれない。」
「あぁん?そりゃどういう意味だ?」
「逸話が語り継がれているだけで、本人が魔術師として知れ渡っていたわけじゃない英霊だとしたら……。たとえキャスターとして現界しても、その能力は限定的なものになるんじゃないかな。」
「つまり……魔術の知識が十分でないのにキャスターとして現界してしまったかもしれないと言うことですか?」
「そうだ。大体これが本格的な工房だとしたら、ああも無防備に廃棄物を垂れ流してたのは変だ。そうだろ?」
「はい。普通は気配も痕跡も隠しますからね。」
「そろそろ終点のようだ。」

 排水溝の奥に広い空間があった。最近は雨が降っていないからか、中はすっからかんで、天井はとても高い。
 戦車は広い空間に着いたところで止まる。乗っていた3人で暗い空間をじっと見てみるが、セオはそれどころでなくこの匂いに神経をやられそうだった。

「……う"。」
「セオ?」
「……ちょっと、しゃがみます。」
「何か感じたのか?……暗くてなにも見えないな。」
「あー坊主。こりゃ見ないでおいた方がいいと思うぞ。」

 イスカンダルはセオが今まで見た中で1番真面目な顔をしていた。彼もここに何があるか解っているらしい。
 まあ、誘拐された子供に、この血の匂いと言ったら、まずスプラッタしか思いつかない。それでも自分で確認しないと気が済まないウェイバーは透視で全てを見てしまう。それはセオの想像以上のものだったと思う。ウェイバーは血溜まりに膝を付き、せり上がってきた胃液のままに嘔吐した。セオも覚悟を決めて前を見たが、そこは地獄だった。子供達の亡骸が蹂躙されている。まずここの持ち主に人の心は無いとして間違いない。

 嫌なものを見た、嫌なものを見せてしまった。セオは昼間の自分に後悔した。

「いいんだよそれで。こんなモノ見せられて眉ひとつ動かさぬ奴がいたら、余がブン殴っておるわい。」
「何が『ブン殴る』だよ!馬鹿ッ!オマエだって今……全然平気な顔して突っ立ってるじゃないか!セオは見る前からこうなってるって気づいてたんだろ!ブザマなのはボクだけじゃないか!」
「今は気を張っててそれどころじゃないわい。なんせ余のマスターが殺されかかってるんだからな。」
「へ?」

 イスカンダルが剣を抜く。横振りされた剣に、ガキンと何かがぶつかって弾き飛ばされた。ナイフだ。イスカンダルはそれを掴み取り、手早く投げる。ナイフは暗闇で何かに刺さった。ドサリと倒れたのは、顔色の悪い人……いや、これは高位の使い魔だろうか。

「アサシン……そんな馬鹿な!」

 ウェイバーがそれをアサシンと呼んだ。そうか、これがやっと2人目に見ることができたサーヴァントか。
 アサシンと呼ばれた黒い肌の人物があと2人、暗闇から顔を出した。どちらもナイフを持ってこちらを見ている。これは分身だろうか、にしては姿形が違いすぎる。

「トネール!」

 セオは強く両手を叩き合わせた。バシン!という大きな音と共に、両手のひらの間から雷が発生する。それは男の姿をしたアサシンの腹に突き刺さった。雷撃が全身を貫き、アサシンは血を吐く。そのアサシンは膝をつくも、もう1人の女のアサシンと共に霧消してしまった。

「逃げた……のか?」

 静かになった空間にウェイバーの声がわずかに響いた。

「気配はないですね。」
「2人死んでもなおまだ2人。この調子じゃ一体何人のアサシンが出てくるか知れたもんじゃない。ここは拙い、ヤツら好みの環境だ。余の戦車に戻れ、いざ走り出せば連中とて手出しはできん。」
「ここは……このまま放っとくのか?」
「調べりゃ何か判るかもしれんが……諦めろ。とりあえずブチ壊せるだけは壊していくさ。それはそれでキャスターの足を引っ張る戦果にはなる。」

 戦車を引く馬2頭が火を吹いた。炎はたちまち空間を呑み込み、そこにあったものを包みあげる。炎の明かりで様々な物が浮かび上がった。血だまり、切られた死体、開かれた死体、飾られた死体……。直に見るとまた具合が悪くなる。セオは自分の胃と口を押さえた。
 3人を乗せた戦車は排水溝をの道を戻って外に出た。中の空気の悪さと比べたら、外はずっとマシだ。都会なのに星が綺麗に見える夜、空気は冷たく澄んでいた。

「小娘、寝ぐらまで送ろう。どこに拠点を置いている?」
「南の……あっちの、あのホテルです。」
「そこまで飛ぼう。」
「ホテル裏の工事現場なら、この時間誰もいないと思います。」
「よし、そこだな。」

 馬はいななく。イスカンダルが喝を入れると、馬2頭は目的のホテル目指して走り出した。
冷たい風に当てられて気分が良くなる。あの光景は当分忘れられそうにないが。

 ホテル裏の工事現場に戦車が降りた。セオはそれを降りて、お疲れ様でした、と、頭を下げた。ウェイバーも戦車を降りていて、まだ何か言いたそうに口をムズムズさせていた。

「その……悪かった、ボクが誘ったばっかりに、あんなもの見せて。」
「大丈夫です。ああいうのにも慣れて……はい、慣れて……ますから。わたしだって、あんなものを見せてしまってすみません。あんな薄汚い気配、昼間のうちに片付けておけばよかった。」
「……やっぱり、気付いてたんだ。」

 ウェイバーの顔色が一段と曇った。セオは自分の発言を振り返り、しまった、と、冷や汗をかいた。「昼間のうちに片付けておけばよかった」なんて、ウェイバーの実験を待たずしてもセオには分かっていたとバラしてしまったのと同じだ。そしてウェイバーはそれにすぐに気づいた。

「い、いえ!そんなことは……!」
「……セオ・ブリクスト・フェレ……雷使い。齢24歳で、雷を使わせたら10代続くフェレ家で1番の腕前と言われる。家が魔術協会と疎遠であるため、本人も協会との関係は希薄……。家の近くにあるエレメンタリースクール、ジュニアハイスクール、ハイスクールを経て、カレッジでは気象学を専攻……3歳の頃から父親に直接魔術を習う。12歳で刻印を継承した。」
「……わたしのこと、調べてたんですね。」
「お互い様じゃないのか?」
「……。」

 ウェイバーはハッパをかけたのだと思う。しかしセオは図星だと言うように黙ってしまったので、ウェイバーの方はやっぱりな、と、馬鹿にするように笑った。

「腕も勘も使い所も才能もあるが、魔力の器は普通の魔術師並みよりちょっと大きいくらい……苦労するだろうな。」
「苦労してますよ。」
「ボクが川の水を使って工房の場所を探ってると知った時、どう思った?幼稚な方法だと思っただろ。しかもその時オマエはもう工房の位置に気付いていた。」
「こっ……工房だとは思いませんでした。何か嫌なものがあるなと、ただそれだけで……。」
「でも気付いていた!それでいて何も言わずにいた!ボクが上手くやれるか、協力するに値するかどうか見定めてたんだろ?それか、未熟な子どもには経験を積ませないととでも考えたんだろ?」
「そんなこと思ってません!」

 ウェイバーはヒートアップする。彼はイライラを全てセオに向けているようだった。排水溝の奥での一件が、彼のプライドに深く傷をつけたのだと思う。

「結果的にはそうだ!昼のうちにお前がどうにかしてれば良かったんだ。あの子どもには荷が重い、そう思ったなら!貧弱だと思ってたんだろ?だからトールの加護なんて魔力をとんでもなく消費する守りを与えたんだ!」
「でもわたしは貴方を尊敬しています!」
「尊敬!?こんな、何もできない、サーヴァントの影に隠れた小さいヤツのどこに!能力も家柄も持ってる奴が!自分にも月並みな魔力しかないからって同情したのか!?」
「わたしは貴方を尊敬している……!だって貴方は全てを自分で得ようとしている!力、名誉も!……だけどわたしは与えられたものだけでしか賞賛されていない……刻印も、家柄も……わたしには家の歴史に準ずることしかできない。外から褒められる人に保てるよう、取り繕うことで精一杯だ……進歩なんてしていない……。でも貴方には才能もある。まだ開花の途中というだけで……わたしには花開くものものも磨くものもない……。貴方の向上心が羨ましい……。」
「……。」

 セオは、今の自分にはこれ以上の進歩は無理だと思っている。だから余計にウェイバーの向上心が羨ましかった。
 ウェイバーはセオの嘆きを聞いて何も言えなくなっていた。イスカンダルも静観していた。

「……。……ごめんなさい、言い過ぎました。ちょっと……熱が入ったんだと思います。また隙を見てお手伝いしに行きますから…………おやすみなさい。」
「あ、待て!」

 ウェイバーの制止を聞かず、セオはホテルに入った。
 フロントから鍵を受け取ってエレベーターに乗ると、心が急に崩れてしまって、とめどなく涙が溢れてきた。







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