Fate | ナノ



assistencia / 01


 さて、セオがやってきたのは、日本、冬木市にある鉄道駅、である。
 飛行機と新幹線、電車、と、1日かかった移動を終え、セオはげっそりしている。時刻は18時を回っていた。お腹が空いているような空いていないような、ぐるぐると変な感覚が腹部でうごめいている。最後に食事をとった時間から考えると空腹のはずだが、お腹は空腹だと言っていない。乗り物酔いとまではいかないが、なにかへんなモヤモヤがお腹の中にある。日本について記念すべき1回目の食事にはまだありつけそうにない。それにチェックインに丁度良い時間だったから、セオはまっすぐホテルに向かうことにした。

 駅に一番近いホテル。新都にある高級ホテルに比べてだいぶ安価だが、1ヶ月の滞在でも十分暮らせそうな施設だ。フロントには日本国外出身の従業員が常に居るというのがこのホテルを選んだ理由だった。一応日本語と英語の言語疎通の術は母親に頼んでかけてもらったので、日本語でのコミュニケーションに問題はないはずとしても、英語を母国語としてきた人が常に居てくれる方が安心できる。
 イギリス寄りの英語が安心できる女性スタッフに話を通し、セオは難なく部屋にたどり着いた。地上20階、最上階のシングルルーム。この階は、唯一この部屋だけがシングルで、あとはスイートルームになっている。
 大きな窓にかかるカーテンを大げさにバッと開く。窓の外には美しい夜景が広がっていた。ビルの明かり、大きな道路を走る車の明かり。地元では見られない光景に、セオはしばらく見入っていた。
 しかし……。

「……魔術の気配が強すぎる……。」

 なにが起きているのか、異様なほどに魔術の気配が強いのだ。冬木市のあちらこちらで大きな反応がある。もしかしたら一般人でも、素質がある人になら何かおかしいと思ってしまうかもしれないレベルだ。
 セオは自前の大きなトランクを開けると、中に詰まっている服たちをベッドの上に放り投げた。そして服の下にしまってある魔術道具一式の中から、魔術師の歴史書を取り出す。付箋を貼っていたところを開き、窓の前に置いて、中身を確認する。第三魔法……聖杯戦争の項目、英霊召喚の儀式について。
 大きな魔術の波動が4箇所ほどで感じられる。森の中ではにわかに光が見えた。もしかしたらこのタイミングで、英霊召喚がほぼ同時に行われたのかもしれない。

「はー……わくわくするなぁ……サーヴァント、この目で見られるかなぁ……。」

 あの光はきっと英霊召喚のそれに違いない。気持ちの高まったセオはそう決めてベッドに仰向けに倒れた。さっきベッドの上に投げた洋服たちがセオの背中に凸凹と当たる。色々片付けて滞在の準備を整えないと、と思いながら目を閉じると、セオは程なく夢の世界に落ちてしまった。



 ごおおおおん!!!
 激しい雷鳴で目が覚めた。
 セオは飛び起きて、カーテンを開けっぱなしだった窓にへばりついた。空は寝る前と打って変わって暗雲。そんな空の真ん中には、穴が開いたように雲のない部分があった。

 フェレ家はその血筋のほとんどが風の属性の魔術師であるが、時々風よりも雷を操る方が得意な魔術師が生まれる。セオもまたその時々生まれる雷が得意な人物の1人。だから、雷というものにとても敏感だった。
 今の雷は人為的なものだった。普段から雷によく触れるセオにはよくわかる。まず今の天気で雷が落ちる可能性はほとんどゼロであるし、一瞬だけ来たビリリと肌を突き刺す感覚は、まさに魔術が生み出したそれに違いない。
 誰が雷を落としたのだろう。同じような属性を使う身としては気になって仕方ない。

 フロントに鍵を預け、セオはホテルの自転車を借りて走り出した。
 雷が落ちたのは川の方。多分あの赤い大きな橋の辺りだ。道は分からないが、建物と建物の隙間から見える赤いトラス構造を目指す。
 ホテルから橋まではわりと近く、あっという間に到着した。が、そこに怪しい人影はない。それどころか通行する人もいなかった。ただ、気になるものはある。レンガ張りの道路に、黒ずんだ何かの跡……雷でレンガが焼け焦げた跡だ。そこから漂うのは強い魔力の気配。こんなところで何があったのだろう。雷の跡以外には何もない、争った形跡も他の魔術の形跡も。……と、思ったが、帯状に、なんとなく、魔力のあるものが歩いた跡があった。ほんの僅かに香るくらいだが、確かに誰かが通った跡のようなものが。多分、雷を落とした人物と同じものであろう。
 この跡を辿って行けば、聖杯戦争に参加している人の所に辿り着けそうではあるが……セオは自分の手を胸に当てて考える。心の声が「行ってみようよ」とフランクに言っている。対して足は「今日は疲れてるからもうやめてくれ」と訴えいる。ここで興味を取らなければ魔術師の名が廃る。セオは自転車を押しながら、微かに香る魔力の気配を辿ることにした。



 結果だけ言ってしまえば、セオがたどり着いたのはなんてことのないタダの民家だった。工房があるわけでもなさそうな、普通の民家である。この見解を父親に述べれば、間違いなく「見た目で判断するな」と叱られそうだが、魔力が微量にも漏れていないのだ。道中の魔力の気配は間違いなくこの家の庭にたどり着いたし、何もないわけはないのだが。
 1階の窓から漏れる光は暖かく、カーテンには中の人の影が映っている。人が2人、ちょっと曲がった腰の様子から、歳を召した人なのだと思う。この影がサーヴァントとマスターのものとは思えない。どうしたものか。まさかドアベルを鳴らして「マスターはいますか?」などと訊ける勇気などあるわけもなく。
 ただ、自分の行いがストーカーじみていることに気づき、セオは独りで顔を赤くした。日本についた興奮の勢いのまま飛び出したはいいが、さすがにやりすぎた……かもしれない。それに、もしもこの魔術師がとても攻撃的で、追いかけて来た者を絶対に逃さないような人物だったらどうしようか。きっとこの家に近づいた時点でもう自分は逃げられないだろう。

「あッ!」

 セオがそんな風にいろんなことをグルグル考えていたところ、右耳に男の子の声が飛び込んできた。誰だろうと思って右を向く。そこにいたのは、全体的に緑色の服装をした、華奢な男の子だった。彼の手にはビニル袋。しまった、とでも言うように、彼の目は開いていて眉毛は真ん中によっている。

「……あ。」

 そしてそんな彼からは、辿ってきた道に残っていた魔力の空気に似たものを感じた。もしかしてこの子が、マスター……なのだろうか。
 セオはブワッと冷や汗をかき、背筋が凍るような気がした。

「お、お前……もしかして他のサーヴァントのマスターか!?こんなに早くこの家を見つけるなんて!」

 男の子の方もセオの魔力を察したらしい、すぐに警戒を強めて、殺気を垂れ流した。

「ちょ!ちょっと待ってください!わたしはマスターじゃないです!特に何も召喚してないです!一般魔術師です!ほら!手の甲、何もないですよ!?」

 セオは本で得た知識に沿って、自分の手の甲に令呪がないことを証明してみせる。男の子はセオの手の甲をまじまじと見て、大きくため息をついた。

「まだ召喚されていないクラスのサーヴァントもいることは分かってるんだ!令呪がないからって、一概にマスターでないとは認められないだろ。お前、どこのなんなんだよ!」

 華奢に見える男の子は、大変失礼であることを承知で言うと、その姿に似つかわしくなく大層堂々とした態度だった。彼の右人差し指はビシッとセオの眉間を指し、目はさっさと白状しろとでも言うかのようにジトリと半開きになっている。その手の甲には赤い刻印……令呪がある。
 サーヴァントが全員揃ってないなんて勿論セオは知らない。マスターでないと証明するのは難しい。存在することを証明するのは簡単だが、存在しないことを証明するのは難しいというそれに似ている。

「わ、わたしはセオ・フェレです……ロンドンから観光できました。父に聖杯戦争のことを聞き、冬休みついでに来てみようかと……。」
「フェレ!?フェレってあの、天気操作の魔術研究の!?」
「はい……天気操作のフェレって言うと、うちです……ね。」
「魔術協会から排除されたとはいえ、かなりの名家じゃないか!そんなところの奴が聖杯戦争に参加してないわけないだろ!」
「その魔術協会から聖杯戦争の話は来てないんですよ。なんせ、排除されちゃいましたからね!父がたまたま時計塔に用事があって寄った時にチラッと聞いた程度です。エルメロイ氏が参加するとかなんとか。」

 エルメロイの名が出た時に男の子がギクリと肩を震わせたのはセオの知らないところである。彼はまだジト目のまま、セオの足の先から頭のてっぺんを眺めた。

「ふーーーん……まあそういうことにしておいてやるけどさ。お前、フェレ家の者ってわりに、あんまり強そうじゃないんだな。」
「魔力も気品も月並みですからね、うち。わたしの出自が不審なようでしたら、魔術協会に確認取ってください。事実上排除はされてますけど、名目上はちゃんと登録されたままになってるはずですから。」
「うーーーん……まあそういうことにしておいてやるけどさ!」
「そういう貴方は?」
「……ボクはウェイバー・ベルベット。時計塔の……学生だよ。」
「へえ!学生さんなんですか!?まだ学生さんだというのに聖杯戦争に参加だなんて、令呪を宿してサーヴァントを使役するだなんて……!すごい、優秀なんですね!?」
「……まっ……まあね!」

 セオが素直にその行いを賞賛すると、男の子……ウェイバーは気を良くしたのか、眉間のシワを消し去って得意そうににやけた。セオにはおだてる積もりは無かったのだが、結果として彼の警戒を少しでも解けたようでホッとした。

「橋のたもとで雷を落としたのもウェイバーさんですか?」
「あれはボクのサーヴァント……ライダーがやったんだ。」
「ライダー!へえーっ!すごい、見てみたい……サーヴァント……!」

 この家の前に着いてからウェイバーに会うまでの間に不安に思っていた事柄は、セオの中から消し飛んでいた。一瞬でも悩んでいたという事実すら消えたようだった。ウェイバーは悪い人ではなさそうだ、と、彼女は安堵する。

「わたし、聖杯戦争がどういうものか気になって日本まで来たんです。邪魔はしませんから時々ウェイバーさんのところに顔出しでもいいですか!?」

だからセオは気が大きくなっていた。彼女がグッと力を込めて頼むと、ウェイバーは若干引いて口を引きつらせた。

「いいけど……危ない目に遭ってもボクはどうにもできないからな?自分の身は自分で守れよ。」
「勿論です!それに、もしウェイバーさんが怪我をした時は治癒魔術をかけますし、なにかと便利に使ってください!」
「わっ、わかった!わかったから、あんまり顔を近づけるなっ!」
「すみません!」

 きらきらと目を輝かせるセオ。対してウェイバーは、また変な奴と知り合ってしまった、と、大きくため息をついた。

 この遅い時間にライダーと対面させてくれとはさすがに言えず、セオはウェイバーに自分が根城にしているホテルと部屋番号を伝えて民家前をあとにした。ウェイバーは最後まで面倒くさそうな態度を改めなかったが、セオの気分はもうウェイバーの助っ人になっていた。






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