■ のぞきからくり

子どものいる家庭は夜明け前に喧騒が始まる。
上のふたりが今年から私塾へ通いはじめたので、母親である雪鳶の朝は一層忙しくなった。
家族のなかで一番先に寝床を出て、軽く塵を掃き出してから竈に火を入れ、それから子どもたちを起こしにいく。家じゅうの鎧戸を開けて空気を入れ替えたら炊事場に戻り、朝食の粥の下拵えをする。支度をして出てきた使用人にその場を任せ、もう一度子どもたちを起こしにいく。帰りがけに泣いている赤子を抱き上げ、夫婦の寝室に立ち寄って俯せの夫の尻を叩いてから炊事場へ戻る。二番目の子が近頃野菜を嫌うようになったので、俎板の上を覗いて「もっと細かく切って混ぜて」と指示を出し、炊事場の隅で赤子に乳を与える。子どもたちが起き出して顔を洗う気配を聞いて安堵し、まだ眠りこけている夫のもとへ戻るとその背に赤子をのせて食卓を拭きにいく。子どもたちが朝食をとっている間に寝具の乱れを整え、洗濯物を回収する。夫に怒鳴る。食事を済ませ身支度を終えた子どもたちの襟を正してやった頃、ようやく着替えた夫が赤子を抱え、大あくびをしながら食堂に姿を現す。

「先生のおっしゃることをよく聞くのよ」

最後に髪を撫でつけてやると、子どもたちは素直に「はい」と返事をして玄関へ向かった。
その背に向かって満寵が声をかける。

「気をつけて。道草食ったらだめだよ」
「食いません、父上じゃあるまいし。母上、行って参ります」
「行って参ります。父上、留具掛け違えてる」

元気に飛び出していった子どもたちを見送ってから、まだ髪も結っていない満寵が物臭そうに頬を掻いた。

「……なんか舐められてる気がする」

子どもたちの食器を片付けている雪鳶は顔を上げずに「そんなことありませんわ」と言った。
顔を伏せていたのは表情を隠すためだ。
満寵の言葉はおそらく正しかった。

雪鳶は神経質ではないが、それなりに礼儀作法を気にするごく普通の母親だ。
子どもたちにも当然の心得として、父母や年長者を敬うように言い聞かせてきた。実際子どもたちはよく「悧発で礼儀正しい」と褒められるし、親の贔屓目を差し引いても折り目正しく育っている。身支度の最後に雪鳶が襟を正してやるといっても、それは殆ど彼女の母としての愛情が形だけそうさせているのであって、別段手を加えなくとも子どもたちはきちんと身なりを整えていた。
つまり子どもたちは満寵の血を引くにしては良く出来ているし、満寵以外に対してはほぼ完璧に礼儀を弁えている。

手を動かしながら雪鳶は満寵の様子を盗み見た。
食卓についた満寵は、食事が運ばれてくるのを待つ間膝の上の赤子をあやしている。その顔は柔和で、寛容さに満ちていた。

満寵が怒ったところを雪鳶はおよそ目にしたことがない。
厳密にいえば、ほんの小さな「不本意」のかけらのようなものをその目元に発見したことはある。隣人が両家を隔てる塀のそばの植木を剪定した際、細切れになった枝をみんな塀のこちら側に落としていった時だ。そのせいで塀のそばに植えてあった満寵の薬草がだめになってしまった。
満寵は僅かに顔を顰め「苦情を言いに行く」と言ったが、それは雪鳶にとっては都合の悪い展開だった。数日前、雪鳶が門前の落ち葉を掃き集めて一箇所にまとめておいたつもりが、直後に降った雨によってすべて押し流され、隣家の門前に溜まって景観をめちゃくちゃにしてしまったからだ。今回の一件はその意趣返しに違いない。それを聞いた満寵は怒るのをやめにした。

新婚の頃、家事が不得手だった雪鳶は様々な失敗をしたが、満寵は一度たりとも彼女を頭ごなしに叱りつけたり、声を荒げたことがない。その点について、雪鳶は自分の幸運を十二分に理解している。
重要なのは、完璧な夫すなわち完璧な父親とは必ずしもならないということだ。

「何故かな」

赤子の目を覗き込んだ満寵が難しい顔をしている。
向かいに座って茶を淹れている雪鳶は「何がです」とわからないふりをした。

「子どもたちに尊敬されていない気がする」
「すごく懐いてると思いますけど。あの子たちの態度が馴れ馴れしいとしたら、私が父子の礼をきちんと弁えさせなかったせいです、すみません」
「ああ、いやいや。打ち解けて接してくれるのは私も嬉しいんだけどね。私が頼りなさそうに見えるからかなぁ……なんてね」
「……その辺のことは、紙一重ね」

ほかに言いようがない。
雪鳶とて子の教育を蔑ろにしているわけではない。子どもたちのことは大層可愛がってきたが、その分だけ道理についても説き聞かせてきたはずだ。しかしどれだけ厳しく躾けても、肝心の満寵が現れると子どもたちはすぐに引き戻されてしまう。
もしかしたら愛されていたのかもしれないが子どもの目にはひどく冷淡に映る父親に育てられた雪鳶にしてみれば、この状況のまずさを十分に把握するいっぽうで、些事にこだわらず穏やかな抱擁で以って庇護してくれる父親を持つ我が子のことが羨ましくもあった。

「おおらかな子に育ってくれてるのは私も満足しているんだが……尊敬されていないのではと思うと父親としては少々焦る、かな」

そこへ使用人が満寵の朝食を運んできたので雪鳶は赤子を受け取り、そして内心では驚いていた。
満寵が気落ちしていたのは子どもの出来具合ではなく、父親としての自分の出来具合に対してだったのだ。子どもに尊敬されない理由を満寵は自分自身のなかに探している。なまじ子どもたちが母親に対しては礼儀正しいために、そのような結論に至るのも理解できないではなかった。

「そんな。あんなに父親のことが大好きな子どもはそうはいません」
「そうなんだろうか……君はもう食べたの?」
「旦那さまが召し上がったあとに頂こうかと」
「持っておいで。一緒に食べよう」

満寵は奥へひと声かけて雪鳶の朝食をここへ運ぶよう言いつけた。
間もなく雪鳶の前にも食器が並び、かわりに赤子が連れ出された。

「しかし妙だな、そうやって私を尊重してくれる君の姿を見ていたら子どもたちも感化されそうなものなのに……ひょっとして威厳がないのかな」
「この韮の和え物、少し薄味じゃありません?」
「そういえばうちの子たちが于禁殿に会った時、見たことがないくらい行儀正しくて、君がよそ行き用にどこかの子と取り替えたのかと思った……ほんとに取り替えてないよね」
「馬鹿言わないで」
「あれってやっぱり于禁殿が強面だから? ということは私の前であの子らが自由奔放に飛び散ってるのは、やはり私のことを全然畏れていないということか」
「もうちょっとお塩入れます?」
「雪鳶」
「何です」
「話を誤魔化そうとしているね」

雪鳶は観念して箸を置いた。
めりはりのない表情のせいでわかりづらいが、どうやら満寵はそれなりに本気で悩んでいるらしい。

「具体的にはどうなさるおつもり? 急に態度が変わったら子どもたちだって混乱しますよ」
「そんな。別人になるわけじゃないよ。ただビシッと言う時は言って……」
「危ない!」

ビシッ、と伸ばした指のせいで茶碗が倒れかけ、雪鳶は思わず声を上げた。

「……それで、父親の威厳を見せつけるんだ」

僅かに溢れた茶を台拭きで拭いながら、雪鳶は夫の顔を見た。
子どもが四人いるようだ。
そんな寝癖のついた頭でどうやって「ビシッ」とやるの……口にしたところで満寵は怒らないだろうが、さすがに妻としてそこまで手厳しいことは言えない。

「君も協力してくれるね」
「勿論何でもするつもりですけど……そううまくいくかしら。子どもたちもどんどん知恵をつけてきているし、もう以前ほど簡単には騙されてくれませんよ、きっと」
「これでも曹操殿の軍師だよ? 舐めてもらっちゃ困る」

軍師といっても政治的な策謀を巡らせる種類のそれではないくせに、と雪鳶は先行きを考えて不安になった。
ゆえについ「上の子たちは現状維持ということにして、おちびさんから仕切り直したら」と提案したが、妙に自信有りげな満寵は笑い飛ばした。

「大丈夫さ、きっとうまくいく。それにまだアーウー言ってるだけの赤ん坊に道理を説いたって仕方ない」
「あら、もうつかまり立ちができるようになったんですよ。まだ膝から下は……ぐらんぐらんしてますけど」
「えっ、もうたっちできるようになったのかい? いま行ったら見せてくれるかな」
「あー……いまはお腹いっぱいで熟睡かと」

何人目の子どもであっても小さな成長のひとつひとつをこうも喜ぶ父親が、今更「威厳ある偉大な父」になどなれるのかしら。雪鳶は怪しんでいる。
とはいえ、そのような人柄をこそ雪鳶は愛したのだ。どう転ぶかはわからないが、満寵が満足するまで付き合うつもりだった。
それに結果はどうあれ、子どもたちは母の言うことならばきちんと聞いているので彼女に損はない。

とはいうものの、元々出来の良い子どもたちだけに父親が権威を見せつける機会はそうそう訪れなかった。
朝の挨拶の時に満寵が訂正させたりなどはあったが、飲み込みの早い子どもたちはすぐに適応した。父親が何らかの心変わりをしたことを察し、しかも藪蛇にならぬようわざわざそれについて尋ねたりはしない賢明さも持っている。
我が子ながら目端が利く、と雪鳶は良い気分になったが、出番のない満寵は納得のいかない顔をしていた。

溝というほどでもないが、父子の間に距離があるのも良くない。
雪鳶は洗濯した服を箪笥に戻しにいくふりをして子どもたちの様子を観察してみた。
昼過ぎに先生の屋敷から帰った子どもたちは、いまはふたりでひとつの机に向かって宿題をしている。

「……最近勉強の内容も随分難しくなったみたいね」

振り返った子どもたちに、雪鳶は作り笑いを浮かべて首を傾げた。
子どもたちは顔を見合わせてから肩を竦めた。

「はい。でもちゃんと予習すれば理解できます」
「それはいいことね。私も嬉しい。でも、そのー……わからないところがあるなら父上に聞いてみるというのはどう?」
「父上に? まあ、どうしてもわからなかったら聞きますけど、まだそこまで……」
「そうなの? すごい。でも基礎が大事なのよ、そう、基礎。勉強はね。いまのうちに頭のなかをきちんと整理しておくとあとからずっと楽になるの。だから父上に聞いたらいいのよ」
「えっ、でも特に疑問は」
「疑問は探せばいくらでも見つかるはずよ。父上にお尋ねしてお勉強を頑張ったらおやつに山査子餅を買ってきてあげる。だから聞いていらっしゃい」

賢い子どもたちは数拍の沈黙のあいだに理解した。
これは母親からの提案ではなく、命令だ。
教本を持って書斎へ向かった子どもたちを見送り、雪鳶は満足そうな顔で炊事場へ向かった。
子どもに学問の手助けを請われて自尊心が満たされぬ父親はいないはずだ。

しばらくして雪鳶がおやつに備えて卓を拭いていると、不意に廊下の奥のほうが賑やかになった。満寵と子どもたちが楽しそうに話しながら居間のほうへやってくる。
雪鳶の企みは上手く運んだらしい。

「なんだか楽しそうね。もうすぐおやつですよ」

卓を拭く雪鳶が何も知らぬ風を装いつつ声をかけると、満寵は目を細めて子どもの頭を撫で回した。

「私に聞くまでもなくよく理解しているようだったがね。よく勉強しているよ」
「父上の教え方がお上手なので理解が深まったのです」

ああ、さすが私の子。
あまりに卒のない受け答えに雪鳶は内心感動している。
満寵も少しは父親の自信を取り戻したようだ。
雪鳶は台拭きの裏表を逆にして再び拭きはじめた。

「ああ、お腹空いた。僕、山査子餅大好きなんだ」

雪鳶の手がとまる。
これ以上余計なことを言われる前に誤魔化さなくては、と口を開きかけた矢先、満寵が言った。

「おやつは山査子餅なのかい」
「はい。父上に勉強を教わったら山査子餅を出してくださるって、母上が」

ほ、という声にならない吐息が雪鳶の口から漏れる。
おそるおそる顔を上げると、「へえ、そうなのかい?」と笑みを浮かべながらゆっくりと腕を組む満寵と目が合った。その横で子どもたちが「やっべ」という顔をしている。

(そう、とてもやばい)

雪鳶は台拭きを畳みながら「あー……」と唸り、言い訳を探している。その間に満寵は子どもたちの頭を撫で、「準備ができるまで庭で遊んでおいで」と外へ送り出してしまった。
子どもたちがそそくさと逃げ出すと、あとには気まずい沈黙が流れた。

見つめ合ったあと誤魔化し笑いを浮かべた雪鳶に、満寵が一層笑みを深める。
怒っている。
雪鳶は頭を抱えたくなった。

「で、どういうことなんだい」
「ごめんなさい。買収しました」

天井を見上げた満寵の顔にもう笑みは残っていない。

「そんな目で見ないでください。私はあなたが悩んでいるのを見ていられなくて、何か自信を取り戻して頂く方法がないかと……」
「こんなやり方で勇気づけられたって嬉しくないだろう。子どもにヨイショされたんだよ、私は。子どもに頼られたと勘違いして喜んで、みっともない父親だ」

やはり喜んだらしい。
雪鳶は「まずいことになった」と両手で鼻筋を押さえた。
ぬか喜びであっただけに、かえって満寵を傷つけることになってしまった。

「がっかりしたな。君がそんな姑息な手を使うとはね。あと……山査子餅ごときで買収された子どもたちにも」
「私はそんなつもりじゃ」
「いや、いい……やはり私が至らないからこういうことになるんだな。あー……今日は書斎に籠もるのであとでお茶を持ってきておくれ」
「あー!」
「そんな、気を引くにしたってただ大声出すってのはあんまり……」

書斎へ向かいかけていた満寵はつい苦笑して振り返ったが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている妻と目が合うと動きを止めた。
いまの悲鳴は雪鳶ではなかったらしい。そういえば距離も方角もおかしい。
天井を見上げる雪鳶の視線を満寵の目が追った。確かにそうだ。上から聞こえた。問題は、この屋敷に二階はないということである。

夫婦喧嘩は一旦休戦にして雪鳶が庭へ飛び出し、振り返って顔を上へ向けた。

「あなたたち、何をやっているのです!」

雪鳶の剣幕に驚いた満寵は自室に籠もるのをやめ、足早に庭へ下りた。
困惑顔で妻と子の傍らに立ち、それから屋根を見上げて眉を持ち上げた。
何故ならば、そこにもうひとりの子がいたので。

「こらこら、そんなところで何してるんだい」
「遊んでたら下りられなくなったんです。上ったあとに梯子が壊れて」
「おや、ほんとうだ」

二、三本横木が折れた梯子が軒の下に転がっている。
蔵に仕舞いっぱなしにしている間に木が腐ったらしい。大人であれば足を掛けた途端に壊れただろうが、身の軽い子どもであっただけにかえって上りきるまで保ってしまったのだろう。

満寵は落ち着いている。
下りられなくなったといっても、別に楼閣に上ったわけではない。下は土と花壇、しかもたかが平屋建ての屋根なのだから、身体の向きさえ誤らなければ落ちたところでせいぜい捻挫程度だろう。
だが雪鳶は血相を変えて屋根の上の子どもに向かって腕を差し伸べた。

「私が受け止めてあげるから飛び降りてらっしゃい!」
「いやそりゃ無理だって」

無茶な提案に父子三人の声が重なる。
地面にいる子どもと満寵も、屋根の上で立ち往生しているほうの子でさえも、この事態にさほど慌ててはいない。地面に木箱や土嚢を積み上げるでも、隣家から梯子を借りてくるでも、方法はいくらでもあるからだ。
ただひとり雪鳶だけが青褪め、卒倒しかけている。

今しばらく様子を見守っていようと考えていた満寵だったが、今にも気を失いそうなほど動揺している妻を落ち着かせるために解決策を考えることにした。それで壁の様子を見ながら少し歩いてみて、家屋のそばに生えている木を指差した。

「屋根の端までゆっくり動いて、あの木に移りなさい。あまり太い枝ではないから慎重にね。私が上ったら折れてしまうだろうから手を貸してはあげられないが、できるね」

雪鳶は両手を胸の前で組んで心配そうに子どもの様子を窺っている。
台でも持ってきて、それに乗って子供を抱き降ろしてやればよいのに、と内心彼女は不服に思った。
しかし子どものほうは「手は貸せない」と明言されたことによってかえって肝が座ったらしい。座ったままずりずりと瓦の上を移動して、端まで来ると脚を伸ばし、太い枝が分かれた根本に足を置くと慎重に体重を移した。

「次はその大きめのコブに足を掛けてごらん」

万が一落下した場合に備え満寵が木の下で待機していたが、結局子どもは誰の手も借りずに地面までするすると下りてきた。

「よし、慌てずによく頑張ったね。しかし多少腕白なのは良いが、危険なことをして母上を驚かせるのは感心しないな」
「はい、申し訳ありませんでした」
「ちゃんと母上にも……あれ、雪鳶は?」

子どもたちを謝らせようと振り返った満寵だったが、先程までそこにいたはずの雪鳶の姿がない。
不思議に思って見回していると、子どもがその袖を引っ張った。

「母上なら家のなかに入ってしまわれましたよ」
「もう? 余程肝を冷やしたのかな。なかで倒れてなきゃいいけど」

地面に足をつけて遊んでなさい、と子どもたちに言い聞かせ、満寵は雪鳶を探して家のなかに入った。
何となく居場所の予想はついている。子どもたちが縦横無尽に走り回る家のなかで、母親がひとりになれる場所はそれほど多くない。
案の定雪鳶は普段出入りのない薄暗い物置部屋の隅に立っていた。

「雪鳶」

声をかけると雪鳶は手を顔のあたりにやってから振り返った。涙を拭ったばかりの頬が、小窓から差し込んだ明かりを受けて光っている。

「ああ、雪鳶。おいで」

雪鳶は一瞬躊躇するそぶりを見せたが、すぐに堪えきれなくなって満寵の胸に飛び込んできた。肩を震わせ夫の襟を濡らす様子から、相当気が滅入っていることがわかる。
雪鳶の背を撫でてやりながら満寵は苦笑した。

「無事だったのだから。これでしばらくはあの子らもおとなしくしているだろう」
「いいえ。泣いていたのは、子どもが危険な目に遭ったからというだけではないのです。私、愚かでした。子どもたちには信頼されていると思っていましたが、あの子は私の腕には飛び込んできませんでしたもの。私の支えより、あなたの助言を信頼したんだわ。普段どんなに生意気な態度をとっていても、あの子たちが信用しているのは旦那さまのほうだった」
「私より君のことを信頼してると思ってた?」
「……正直なところ」

ふふ、と満寵は笑い、妻の髪に頬を預けた。

「君の言うことには普段から従っているじゃないか。君の腕に飛び込まなかったのは、単に君が怪我をするに決まってたからだよ」
「私は怪我なんか厭いませんのに。子どもが無事なら自分の腕なんか折れたっていいわ」
「それもわかった上であの子は飛ばなかったんだよ。母親を怪我させなくても、探せば他に方法はあると瞬時に察したんだな。適切な状況判断ができるように育ってる。雪鳶の教育がいいからだよ」

しばらく見つめ合ったあと、再び胸に顔を埋めて咽び泣きを始めた雪鳶の髪を撫でてやりながら、満寵は密かに溜息を吐いて天井を見上げた。
まったく、子どもが四人いるようだ。


【終】
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