稲妻11-Thanks! | ナノ


 ライオコット島で久方ぶりに再会したエドガーは、ますますフィディオ好みの美人になっていた。つんと澄ました怜悧な横顔や手足の長いしなやかな身体付き、さらさらの青い髪などは如何にも手触りが良さそうで、フィディオの関心を引いてならない。
 国は違えど同じヨーロッパという括りの中に生まれて、フィディオとエドガーは知り合い以上友人未満といった関係である。
 世界大会が始まり同じAグループにチームが振られた縁もある。これを機会にエドガーと親しくなれたらいい、いや親しくなるのだと、フィディオは心に決めていた。


 演出の限りを尽くした盛大な開会式が終わった後、フィディオは自分のチームの元を辞して、イギリス代表の一団の元へ向かった。目的は勿論エドガーである。
 良好な人間関係を築き上げるには何よりもまず挨拶だ、とフィディオは心得ている。爽やかな挨拶は人の心を和ませるし、礼儀正しい社交的な人という印象を相手に与える。好感は売っておいて損はない。
 フィディオは飛びっきりの笑顔と底抜けに明るい声色で、青髪の後ろ姿に声を掛けた。
「やぁエドガー!久しぶりだね…」
 手を振りながら勢いよく挨拶をしたフィディオだったが、振り向いたエドガーの影から現れた想定外の人物に、続く言葉をなくしてしまった。
「こんにちはフィディオ」
「…!…やぁ、久しぶりだねマーク」
 アメリカ代表ユニコーンのキャプテン、マークである。金髪碧眼の男前で絶大な人気を誇るプレイヤーだ。さも当然といった顔をしてエドガーの隣に立つマークに、フィディオは対抗心を隠せない。
「エドガーに何か用事かい?」
「用事はないけど、ライバルに挨拶をと思ってね」
 そう答えてマークはにこりと綺麗に微笑んだ。どこから見ても卒のない爽やかな笑顔だが、フィディオの目には悪魔の微笑みのように映った。挨拶は人間関係の基本――マークもそれを理解していて、一足先に実践したといったところか。
「そういうフィディオこそ、エドガーに用事があるのか」
「…いや、同じAグループだし、一言挨拶を…と思っただけだよ」
 二番煎じになってしまった悔しさと恥ずかしさで、フィディオは堪らずほぞを噛んだ。折角のエドガーとの再会なのに出鼻を挫かれた。勝ち負けを付けるなら、この場は明らかにフィディオの負けだった。フィディオを出し抜いて、勝ち誇った様子でいるマークが憎らしい。
「お前たちは何なんだ。チームを放り出して揃いも揃ってわたしに挨拶など…テレスのところにでも行ってこい」
 そんなフィディオの救いといえば肝心のエドガーが天然すぎて、二人の思惑を意にも返していないところだろうか。
 フィディオはマークの碧眼をきっと見据えて、火花を散らした。思わぬ強敵の登場だが、大人しく下手に出ているフィディオではない。
「マーク…君のチームには負けない!」
「それはオレのセリフだな、フィディオ」
「何を言う。勝つのはナイツオブクィーンに決まっている」
「「エドガーはちょっと黙ってて」」
 フィディオとマークの声がぴたりと重なって響き、エドガーは不服そうな顔をした。ここにFFIとはまた別の、男たちの戦いの火蓋が切って落とされた。


 愛しのエドガーとはさっぱりだったが、ライバルのマークとは比較的すぐに再会した。日本エリアのグラウンドという微妙な場所で、円堂守その他諸々を交えて一勝負。イタリアの白い流星として、良いところは見せられたと思う。決着は着かないままだったが、ドレスの少女に連れられて去る円堂を見送って、よく分からない草試合は終わった。
「ミスターエンドウは何であんなに急いでいるんだい?」
「イギリスエリアで行われる夜会に呼ばれているらしい」
「夜会ぃ?もしかしてエドガーの野郎か…?」
「ああ。彼の発案じゃないかな」
 三人の会話を聞いたフィディオは、だから円堂を迎えに来た少女はドレス姿だったのかと納得する。夜会は格式あるパーティーの一種だ。男性はタキシード、女性はドレス。場に相応しい身なりを整えなければ参加もできない。
「…じゃあエドガーも正装か…」
 タキシードを着込んだエドガーを想像してフィディオはどきどきした。元がきちんとしているエドガーは、きっと正装が嫌味なくらい様になる。白いタキシードの胸元に青い薔薇を一輪添えたら、それはハッとするような凛々しさになるだろう。するとマークがフィディオのときめきに水を注すようなことを言う。
「エドガーはスタイルが良いからタキシードも似合う」
「マーク、見たことがあるのか?」
 フィディオは弾かれたようにマークを見た。マークは涼しい表情で当時の光景を思い出しているようだ。
「前にな。バルチナス家のパーティーに呼ばれたことがあるんだ」
「パーティー…」
 父はプロのサッカー選手だったといえど、一般家庭の子であるフィディオには縁のない話だ。しかしエドガーはイギリスの歴史ある名家の生まれで、マークはアメリカの有力な資産家の一人息子である。そういった社交の場を共にしたことがあると言われても、納得できてしまう立場にある。
「オレは父さんのお供だったけど、エドガーはパーティーの主役だった。…そんな男さ、オレたちが惚れているのは」
 エドガーに纏わる確執を指摘してマークが笑った。色恋の話を突然持ち出されたフィディオは唇を尖らせる。
「…惚れてるだなんて、」
「否定するのか?スマートじゃないな」
 マークの言葉にフィディオは言葉を詰まらせた。マークに対してエドガーへの想いを誤魔化すのは、この期に及んで往生際が悪いと気が付いたからだ。
 だからと言って何と答えたら良いのかわからない。機転が利いて耳障りの良い言葉を紡ぐ口も、肝心なときに役に立たない。黙ってしまったフィディオを見て、マークは更に追い討ちを掛けた。
「格好ばかり付けてないで、なりふり構わず欲しがったらどうだ。そう中途半端な態度だと本当にオレがもらうぞ」
 悔しいけれどフィディオはマークに何も言い返せなかった。


 その晩フィディオは最悪な夢を見た。
 星の降る真夜中、天蓋付きの豪勢なベッドの上で男と女が睦み合っている。それだけならフィディオもただの淫夢だと思えたかも知れない。フィディオが驚愕したのはその後だ。月明かりに照らされた金髪の男の顔が、昼間に見たマークそのものだったからだ。マークは女を抱き締めて何言か愛の言葉を囁いたらしい。女もしなやかな腕をマークの肩に回して縋り付く。フィディオはそのとき見てしまった。マークと抱き合う髪の美しい女性は、本当は女性ではなくて――。

 全身に汗をびっしょりとかいた状態で、激しい動悸の中でフィディオは目覚めた。今し方見ていた光景が夢だと分かって胸を撫で下ろす。
 それでもフィディオの焦燥はやまなかった。お伽話に語られる王子と姫の理想の一対のように、容姿も身分も釣り合った美しい二人が、月夜に秘めやかに愛し合う姿が脳裏に焼き付いて離れない。
 ――あれはマークとエドガーだった。夢に見たのは、フィディオが一番恐れている未来の光景に違いなかった。
 フィディオはこの時まで、エドガーに関して自分とマークは、同じ立場に居ると思っていた。高嶺の花であるエドガーを二人で取り合っているのだと。だがそれは自惚れだったのかも知れない。エドガーは既にマークの側に傾いているもので、自分は奪い取る側なのかも知れない。
 ならば一刻も早く、マークの腕に閉じ込められてしまう前に。略奪する側でもいい。エドガーを自分に引き寄せなければならない。一旦走り出した想いはもう止められそうになかった。


 FFIは日本のイナズマジャパンが優勝した。悪夢に急かされてエドガーを奪うと決意したものの、ミスターKのことやガルシルドのことで慌ただしく、エドガー本人には試合以外では殆ど会えず終いになってしまった。
 それでも時折、遠くから見かける凛とした立ち姿に、フィディオは確かな愛おしさを覚えていた。これが恋だろうと思う。実らせるにはあまりに時間が足りない。
 もう他に機会はないと思って、各国代表が一同に揃う閉会式の後、フィディオはエドガーを捕まえた。
「話があるんだ。付き合ってくれないか」
 思っていたよりあっさりと頷いたエドガーを、フィディオは人目のない場所に連れて行く。
「フィディオ、話とは何だ」
 いざ本人を前にすると用意してきた言葉も覚束ない。緊張を押し殺してフィディオは口を開いた。
「…エドガーが好きなんだ…国も違うオレに言われても、困るかも知れないけど、オレと付き合って欲しい」
 告白を受けるエドガーの様子は、フィディオの想像したどの反応とも違った。エドガーは告白の瞬間こそ目を見開いて驚く素振りを見せたが、その後は目を細めてフィディオを見据え、視線が交わると溜め息を吐いてみせた。不審そうなエドガーの眼差しが痛い。
「…エドガー?」
 肯定とも否定とも様子が違う、呆れられたようなエドガーの態度にフィディオは不安を覚えた。
「先ほどマークにも同じことを言われた」
「な、なんだって…!」
「お前たちは揃ってわたしを揶揄っているのか?馬鹿にするのもいい加減にしろ」
 エドガーは二人から告げられた言葉を、二人の告白のタイミングが重なったが故に、性質の悪い冗談と解釈しているようだ。緊張で手が震えるほどフィディオは本気なのに、エドガーはまるで信じてくれない。
「…もう良いだろう。わたしは帰る」
 ここで退いたらエドガーとの関係は最悪なまま終わってしまうと思った。
「エドガー!」
 踵を返したエドガーの背中にフィディオは追いすがった。いつかマークに言われたとおり、なりふりは構ってはいられなかった。絡みつく腕から逃れようとするエドガーを、フィディオは必死で押さえ込む。
「離せフィディオ!」
「嫌だ!離したらエドガーは行っちゃうだろ?だから離さない!」
 自分より上背のあるエドガーを背後から抱き締めて、フィディオは思いの丈をその背中に向かって叫んでぶつけた。
「オレは本気だよ!オレは君が好きだ!エドガーを愛してる…本気なんだ。マークは勿論、誰にも渡したくない、オレのものになって欲しい…好きなんだよ」
 身じろいだエドガーの長い髪の毛がフィディオの顔に掛かった。いつか想像していたとおり、さらさらとしていていい匂いがする。
 高潔な内面を表すような綺麗な見た目に恋をした。知れば知るほど好きになって、エドガーが誰かのものになったらと思うと、胸が苦しくなるくらいになった。
「…好きだよエドガー…君がオレを見ていなくても、オレはずっとエドガーが好きだったんだ」
 エドガーはもう抵抗しなくなっていたから、フィディオは容易く身を寄せることができた。エドガーの匂いも温もりも今知ったばかりなのに、すぐに離れていくものと思うと寂しくて、身体を抱く腕に力が籠もる。
「大会が終わったら別れるなんて嫌だ…叶うならイタリアに攫って帰りたいくらいだよ…国の宝である君に、そんな無粋な真似はできないけどね」
 髪の毛の間から見える背番号にフィディオはキスをした。エドガーが背負う母国の誇りの証。エドガーがどれだけそれを大事にしていて、大事にされているかを知っているから、フィディオは強引な手段に出られない。エドガーの背負う背番号10が愛おしく、同じくらい忌々しかった。
「…フィディオ」
 フィディオの拘束をやんわりと解いて、エドガーが振り向いた。
「確かにわたしはイギリスを離れるわけにはいかない。だが…」
 フィディオの髪にエドガーが顔を埋めた。エドガーに抱き締められるような格好にフィディオの方がどきりとする。
「軟派で有名なイタリア男なら、今ここでわたしを奪ってみせるくらいのことはしろ」
「…!…エドガー、それって…」
「な、何度も言わせるな!」
 真っ赤になってそっぽを向くエドガーをフィディオは抱き寄せて、素直ではない可憐なその唇を奪った。夢のようだった。
「…オレは今夜、イギリスの宿舎に忍んで行くから…もし君が構わないなら、窓の鍵を開けて待っていてくれ」



 夜が十分に更けた頃、木を登って二階の部屋にやってきたフィディオを、エドガーは見慣れたといえば見慣れた格好で出迎えた。
「…夜なのになんでユニフォームなの?」
「…どんな格好でお前を待てばいいかわからなかった…早く入れ。見つかったらただじゃ済まないんだ」
 エドガーが開けてくれた窓からフィディオは室内に上がり込んだ。夜に行動するのに目立たないように、と選んだ地味な服に付いた木の葉を軽く払う。困ったように佇むエドガーに近づいてフィディオは微笑んだ。エドガーの気持ちを知ったフィディオに怖いものはもう何もない。
「今宵はお招き有り難う」
「お前が勝手に押し掛けたんだろう」
「部屋に上げた時点でエドガーも共犯だよ」
 フィディオはエドガーを抱き締めて、無抵抗の身体をベッドに押し倒した。蒼い髪がシーツに広がる非現実的な光景に、フィディオはくらりとした眩暈を覚えた。それはいつか見た夢に出てきた状況によく似ていた。しかし現実では自分がエドガーを見下ろしている。
「フィディオ…」
「…あんまり話さない方がいいんじゃない?」
 フィディオの壁の薄さの心配に、エドガーは首を横に振った。
「大丈夫だ…隣は、家の都合で先に帰国したんだ…だから…」
 少しくらいなら大丈夫だ、とエドガーが恥じらいながら教えるので、フィディオは堪らない気持ちになった。これでは抱かれてもいいとフィディオに言っているようなものだ。
「じゃあ、エドガーの可愛い声も聞けるのか。嬉しいな…」
「…ん…っ…」
 ユニフォームの裾を捲り上げると、薄い体躯が露わになる。ある程度筋肉は付いているが、エドガーの上背に比べるとあまりにも心許ない。エドガーは身体が発達するより先に、背だけがひょろひょろと伸びてしまったものらしい。
「あまり…じろじろと見るな…」
「どうして?」
「どうしてって…痩せていてみっともないだろう…」
「そんなことない。とても魅力的さ」
 エドガーの白い体を抱き留めて、フィディオは気になっていた愛らしい突起に口づけた。小さなそれを口に含んで、優しくちゅっと吸い上げる。
「ん…フィディオ…」
「…今の声、そそるな。もっと鳴かせたくなる」
「ば、ばかものっ」
 そのまま突起を舌先で弄ぶ。もう片方は指で摘んだり、くにくにと揉んだりして感触を楽しむ。
「…あ……なにか変だ…」
 フィディオの腕の中でエドガーが身震いをした。
「わたしは女性ではないのに…」
 エドガーはその先を言い淀んで長い脚を摺り合わせた。足の間がもどかしいらしい。フィディオの愛撫にエドガーの身体が熱を持ってきた証拠だった。
 女のように胸を吸われて、興奮してしまったのが恥ずかしいのだろう。エドガーはフィディオと目を合わせないように、視線を天井にさまよわせている。そんな初心すぎるエドガーの様子に、フィディオは感動すら覚えた。
「変じゃないさ。男も乳首で感じるんだよ」
「ふ…っう…あぁ…」
 吸われて赤くなった乳頭を舌で舐め上げて、しこったそこに軽く歯を立てる。少し痛くされるのも吝かではないらしい。優しいだけではない刺激に、エドガーがまた一層甘い声で鳴く。
 エドガーには乳首で感じる才能があるようだ。そういう男は、後ろでも上手く感じられるというが――フィディオは胸への愛撫を中断して、自分の服のポケットを漁った。
「ローションは用意できなかったから…これで許してね」
 フィディオが取り出したのは炎症を抑えるための軟膏だった。滑ってくれそうな肌に無害なものがこれしか思い浮かばなかったのだ。スムーズな性交のために作られた潤滑剤に比べたら心許ないがやむを得ない。
 フィディオは柔らかいそれを指に取って、エドガーの慎ましい後孔に塗り付けた。繰り返し塗布して量を増やしていき、人差し指を挿入して浅いところをマッサージするように入り口を解す。
「…痛くない?」
 エドガーがひとまず頷いてくれたので、フィディオは中に挿れる指をもう一本増やした。そのまま二本の指を揃えて、浅い抜き差しを始める。体温で緩んだ軟膏が指の動きの手助けとなる。
「やっ…へんな…感じだ…ぁ…」
 戸惑ってはいるが本気で嫌がってはいない声がエドガーの口から上がる。これは本当に素質があるかもしれないと思って、フィディオはエドガーの体内を丹念に慣らしていった。
 三本の指の抜き差しが滑らかににできるようになってから、フィディオは指を引き抜いた。未知の感覚に対して愛らしい反応を見せるエドガーに、フィディオの理性にも我慢の限界が訪れる。
 指で拡げられてぬかるんだそこへ、フィディオは猛る先端を押し付けた。
「エドガー、いい…?」
 濡れた蕾の上を張り詰めた亀頭で撫でる。体内の熱さを知ってしまったフィディオは、いれたくていれたくて仕方なかった。エドガーが小さく頷いてくれたのに甘えて、フィディオはとうとうエドガーに押し入った。

「く……ぁ…ぁあっ…!」
「っ…あ…きつ……」
 エドガーの中は本当に狭かった。指を入れたときとは桁違いのきつさに、挿れているフィディオも思わず慄いた。挿れられる側のエドガーはもっと辛いだろうと思って顔を見ると、小さな額に玉の汗がびっしりと浮いている。本来の用途とは異なる場所に、男性自身を受け入れているのだから、苦しくて当然だろう。
「はっ…あ…ん…はぁっ…!」
 華奢な喉を引きつらせながら、浅く早い息を繰り返すエドガーを見ていると、どうにも可哀想で動こうという気にならない。凶暴な質量にエドガーが慣れてくれるまで、フィディオはじっとしていることにした。
 ――こんなときに不謹慎だが、エドガーの苦悶の表情にフィディオは欲情していた。その顔をさせている原因が自分にあると思うと、嗜虐的な悦びが身体の底から湧き上がる。
 エドガーの矜持の高さをフィディオは痛いほど知っている。由緒正しい昔ながらの騎士のように、生きて恥辱を受けるくらいなら死を選ぶくらいの高潔さと共に、エドガー・バルチナスという人間が在る。
 だから今フィディオが犯しているのは、エドガーの男としての矜持を叩き折る行為で、人間としての尊厳すら踏みにじる行為に違いない。フィディオを受け入れるエドガーは心のどこかで間違いなく傷ついている。傷つきながらもフィディオを求めて許してくれている。
 それは愛と呼べるのではないかとフィディオは思って、例えようのない感情が沸き起こるのを感じた。
「っ…くっ…ぅ…エドガー…!」
 エドガーを抱きながらフィディオはぶるっと身震いした。ほんの一瞬、頭が真っ白になる。
「フィディオ…?」
 何が起きたのか分かっていないエドガーが、怪訝そうにフィディオを呼んだ。自身が仕出かしたことに気づいたフィディオは、羞恥と後悔とで真っ赤になった。
 ――何もしていないのにイってしまった。
 あのエドガーを抱いていると思ったらそれだけで感極まってしまい、少しも動いていないのに中で達してしまった。セックスを覚えたばかりの少年でもここまで酷くはない。一体どれだけ堪え症がないんだとフィディオは閉口する。
 隠しても隠し切れないフィディオの動揺ぶりに、エドガーもようやく何をされたのか理解した。体内をしとどに濡らす残滓の感覚に、エドガーは上気した頬を更に赤く染める。
 フィディオに初めて中出しされてしまった。エドガーは女ではないが、とうとう男に汚されたと思って、顔が熱くなる。しかし嫌ではなかった。フィディオだから嬉しかった。
「エドガー…ごめん…」
「…気にするな…」
 お互いに気恥ずかしくて目を合わせられない。目を逸らしたままエドガーが強請る。
「フィディオ、動いてくれ…」
「う、ん」
 フィディオは浅い抜き差しを繰り返していたが、すぐに物足りなくなってくる。エドガーの脚を抱えこんで、根元までしっかり嵌るように律動を始める。
「はぁっ、フィディオ…あぁ…」
「エドガー…っ、く…」
 先程フィディオが吐き出してしまった精液のお陰で、だいぶ内部での抜き差しがし易くなっている。フィディオは自身の精液を内壁に塗り込めるように、エドガーの体内を丹念に擦った。
 硬い亀頭に身体の奥を抉られる度に、エドガーは悲鳴のような声を上げる。憐憫すら匂わせるか細い吐息が嗜虐心を煽り、フィディオは更に興奮した。仰け反る身体を抱き締めてフィディオは腰を動かした。
「ひ…ぃ…あっ、ン…あ…」
 しなやかな腕が首に回る。いつかの夢と同じ光景だが、エドガーを抱いているのはフィディオだった。エドガーと繋がったところが酷く熱い。夢ではないと教えられているようだ。
「…エドガー…愛してる…」
「っあ、あぁ…ん…っ」
 蜜を零して反り返る肉棒を扱きながら、エドガーの身体を揺さぶり続ける。手の中の性器がびくっと脈打ち、内壁もひくひくと動き始めた。エドガーは潤んだ瞳でフィディオを見上げた。絶頂を視線で訴えかけるエドガーに、フィディオはひとつキスを落とす。
「オレの…エドガー…」
「ん…あ、は…あぁ…っ!」
 フィディオの手の中で白い欲望がぱっと弾けた。キュッと肉を締め付ける内壁に持っていかれたフィディオも、震えるエドガーの体内深くに熱の証を刻み込んだ。



「…そういえばここまでどうやって来たんだ?」
「ん?走って。帰りもそうだから、そろそろ戻らないとだな」
 しきりに「戻らないと」と口にしながら、フィディオはベッドから起き上がる素振りを見せない。肘を付いて寝転がったまま、胸にしなだれるエドガーの髪の毛を惜しむように梳いている
「帰りたくないな」
 フィディオがぽつりと呟いた。
「イタリアに帰りたくない。君をイギリスに帰したくない。このまま時間が止まればいいのに…朝が来なければいいのに」
 こうしている間にも別れのときは刻々と近づいている。離れたら次はいつ会えるのかもわからない。
 フィディオの知らないエドガーの時間がたくさん生まれる。手に入れたエドガーを誰かに奪われるかも知れない。不安ばかりが募っていく。
「君はこんなに近くにいるのに、遠いよエドガー」
 せっかく想いが通じ合ったというのに、いきなりさよならとは辛すぎる。
「女々しいぞフィディオ」
 悲嘆に暮れるフィディオを一喝したのはエドガーだった。
「たかだか海や大陸の一つや二つ、泳いで渡る者もいるくらいだ。距離なんて大したことじゃない」 
「エドガー…」
「どこにいても…私はお前のものだ。お前も私のものだ、それを忘れるな」
 エドガーは約束だと言って、フィディオの唇にキスをした。勝ち気な瞳が誠を誓っていた。不安が夜と共に融けていくようだった。きっと二人なら朝焼けも怖くない。

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