稲妻11-Thanks! | ナノ


 練習後のクラブハウスにいるのは、エドガーとフィリップの二人だけだった。他のメンバーは既に宿舎に引き上げている。監督に呼び出されたエドガーを、フィリップが待っていたために生まれた状況だった。
「皆と一緒に先に戻ってくれて構わなかったのに」
「そうはいきません。エドガーを一人にするなんて」
 キャプテンであるエドガーはその分こなすべき責務も多い。代わりにはなれなくても労う存在になりたいとフィリップは思っている。だからエドガーひとりが遅くなるようなときは、フィリップはエドガーが戻るのを待つことにしている。
「いつも待たせて悪いな」
「俺が好きで待ってるんだから、気にしないで下さい」
「……フィリップ…」
 フィリップは既にジャージに着替えていたから、後はエドガーの支度が済むのを待つだけだ。フィリップはエドガーに背を向けてベンチに座っていた。

 しばらくごそごそやっていたエドガーだが、衣擦れの音が不意に止んだ。もう着替え終わったのだろうか。それにしては早すぎやしないだろうか。
「フィリップ」
 訝しむフィリップに声が掛かる。呼ばれたフィリップが振り向いた先には、生身の上半身を晒して佇むエドガーの姿があった。日に当たらない白い肌が眩しくてフィリップは眩暈を覚えた。動揺を努めて表に出さないようにしてエドガーに尋ねる。
「エドガー?どうしました?」
 フィリップを見下ろしていたエドガーは、美しい柳眉を寄せて切なそうな目をした。きゅっと引き結んだ唇が何か言いたげに震えているのが分かった。フィリップは少し逡巡してから、一番無難と思える言葉を選んでエドガーに声を掛けた。
「風邪をひきますよ、早く着替えてください」
 しかしエドガーは突っ立ったまま、一向に着衣しようとしない。見かねたフィリップはジャージを脱いで、エドガーの裸の肩に羽織らせた。
「…っ、フィリップ!」
 傷ついた表情のエドガーがフィリップを責めるように見つめた。蒼い瞳に浮かんだ悲壮の色に、理由もわからず胸が締め付けられる。常にないエドガーの様子にフィリップが戸惑う番だった。
「…お前は、私の裸体を見て何か思わないのか?」
「何かって…」
「私は知ってるんだ。お前が私の身体を、熱の籠もった眼差しで見ていることを」
 思わぬことをエドガーに指摘されて、ポーカーフェイスの裏でフィリップは冷や汗を流した。エドガーの言うとおりだった。
 確かにフィリップは更衣の度に、エドガーのしなやかな裸体を盗み見ていた。ユニフォームから伸びる長い脚に、髪の間から時折覗くうなじの白さに、いつも目を奪われていた。
 エドガーに気づかれないように隠れながら眺めていたのに、まさか本人にバレていたなんて。ショックを受けるフィリップにエドガーが追い討ちの一言を放つ。
「二人きりのときだけ気のない素振りをしていたってわかるんだ」
 下手な誤魔化しまで見透かされていたと知って、フィリップはばつの悪さに唇を噛み締めた。エドガーに軽蔑され兼ねない行為をしたという自覚が湧き起こる。穴があれば入りたい気分になった。
 しかしエドガーはフィリップの不誠実を咎めたいわけではないらしかった。
「本当にお前は私のことを何とも思っていないのか」
 思っていないはずがない、とフィリップは心の内で即答した。エドガーは自慢のキャプテンで大切な幼なじみで、フィリップが守るべき至上の人で、何よりも慕わしい唯一の存在で…それ以上でもそれ以下でもない。
 世界で一番大事なもの。フィリップはエドガーを美しいものとして愛していければ良かった。だから告げない。喩えるならエドガーは高嶺の花である。触れずとも好いていけたら良かったのだ。
 しかしフィリップが己に強いた関係の垣根は、エドガーの放った一言によって崩れ去ってしまった。
「…私はお前が好きだ」
「…!」
「お前に見られていると気づいたのは、私がお前を見ていたからだ…」
 潤んだ蒼の瞳が縋るようにフィリップを見た。思いもよらぬ告白を受けたフィリップは、衝動的にエドガーを抱き締めていた。
 エドガーの肩からジャージが滑り落ちる。剥き出しになった首筋にフィリップは顔を埋めた。少し湿ったそこからエドガーの匂いが立ち上る。あまりにも甘い体臭に頭の中が真っ白になった。
 エドガーの言葉は反則だった。押し込め続けた積年の思いが堰を切って溢れ出す。
「言うつもりは…なかったんですよ…」
 あなたが大切だからと囁いたフィリップは、エドガーの首筋を吸って跡を残した。頸動脈をその下に通す薄い皮膚に軽く歯を立てると、抱き締めた身体が本能的な恐怖に震える。急所を愛撫されるエドガーの華奢な喉仏が喘ぐように上下した。
「言ってくれ…フィリップ…」
 自身のせいで熱を持ち得た声に、強請られて応えないわけにはいかない。ずっと秘め続けていた思いをフィリップは口にした。
「…俺もエドガーが好きです」


 互いの気持ちを確認し合ったら、どうにも止められなくなってしまった。エドガーが欲しくて仕方がない。自身の子供じみた欲望に呆れながら、フィリップはエドガーの身体を性急に求めた。
 舌を吸い合う深いキスを交わしながら、なし崩しに床へと座り込む。剥き出しの素肌を撫でる手付きをエドガーは拒まなかった。フィリップの欲求を健気にも聞き入れるつもりらしい。無言の了承を得たフィリップは、自分のジャージを敷いた上にエドガーを寝かせた。ベッドの代わりにもならないが、固い床に直接横たえるよりかは幾分マシだろう。
 床に散り敷いた長い髪が何とも言えず美しい。フィリップの身体の下で仰向けになり、不安と期待に瞳を潤ませるエドガーはまるで生娘だ。いや、この様子だと本当に生娘なのかも知れない。失礼になるかとも思ったがはっきりさせておきたくて、フィリップはエドガーに尋ねてみた。
「もしかしてエドガーは処女ですか?」
「ば…馬鹿者!私が尻軽に見えるというのか?!」
 性経験を問われたエドガーは顔を真っ赤にして、不躾な質問を叱り飛ばした。エドガーに怒鳴られたフィリップは、湧き上がる喜びを隠せずに笑みを浮かべた。フィリップの大切なエドガーは未通だった。まだ誰の手も付いていないエドガーを初めて抱くのは自分なのだ。経験の有無にこだわるつもりはないが、エドガーの初めての男になれると思うと嬉しかった。
「いえ、少し気になって…そうですか、だったらなおさら優しくしないといけませんね」
 顔の左側を覆い隠す前髪を掻きあげて、露わになった左の目蓋へフィリップは恭しく口づける。エドガーの怒りは目に見えて大人しくなる。細い腕がフィリップの首にぎゅっと絡んだ。
「ああそうだ、優しくしろ」
 抱き寄せられた耳元に囁かれて命じられる。フィリップは肯定の返事の代わりに、エドガーの薔薇色の唇を優しく奪った。


「エドガー、いれますよ」
「ぁあ、フィリップ…っあ!」
 未通の後孔にフィリップの張り詰めた先端が沈む。ぐ、と腰を進めるとエドガーの背中が可哀想なくらい仰け反った。蒼い瞳は痛みを堪えて固く閉じられ、反対に開いた唇からは苦しそうな吐息ばかり漏れる。
 できる限り丁寧に解したとはいえ、初めて男を受け入れるそこはきつく、フィリップの熱を頑なに拒んだ。入り口のところでがちがちに締め付けられて、身動きが取れないフィリップも苦しい。
「ぅ、あ…はっ…はぁっ…」
「力を抜いて…」
「あ…ゃ、うまく…できないっ…」
 異物に対する反射として身体が緊張してしまっている。フィリップはエドガーを落ち着かせるために、軽いキスを顔に繰り返した。苦悶の汗を浮かべる額に、労るように触れていく。唇には長く口づけて舌を弄んだりする。戯れのような行為だが効果は覿面だった。身体の強張りが和らいで、エドガー自身にも余裕が出てくる。
「…もう大丈夫だ、から…いれて…っああ!」
「くっ…エドガー…っ!」
 そんな扇情的な表情で「挿れて」と強請られたら一溜まりもない。フィリップはエドガーの脚を抱え上げると、先端しか埋まっていなかった肉棒を、エドガーの蕾に一気に押し入れた。
「ああっ!んあっ…はぁっ、あ、あぁっ…!」
「…っ、く…」
 しなる身体を抑え込み、フィリップはとうとうエドガーを貫いた。根元まで全てを粘膜に包まれる快感は、到底言葉では言い表し難い。柔らかな内壁に性器を圧迫される直接的な気持ち良さは勿論、あのエドガーを抱いているという精神的な悦びが強かった。「エドガー、わかりますか?あなたの中にオレが全部入ってる…」
 己の存在を分からせるために、フィリップは腰を数回揺らした。体内に打ち込まれた質量を強く感じて、その熱さと硬さにエドガーが震える。
「…はぁ、あ…フィリップ…」
「何ですか?」
 フィリップの優しい笑顔に顔を覗き込まれて、エドガーは不意に胸が苦しくなった。
 尊大な物言いで敵を作りやすいエドガーを誤解することなく、根気よく付き合ってくれたのがフィリップだった。「オレがエドガーを嫌いになるはずがありませんから」と言って、ありのままの自分を受け入れてくれた。虚勢や建前で飾らなくていい分、フィリップと一緒にいるのは楽で、居心地が良かった。ずっと共に居られたらいいと思って思いを告げた。フィリップも同じ気持ちでいてくれたと知って嬉しかった。
 愛しいフィリップと一つになっている。そのことを実感すると涙が出た。
「すみません、まだ痛い…ですか?」
 エドガーの頬を伝う涙を見てフィリップが狼狽する。エドガーは慌てて首を横に振った。フィリップの背中を抱き締める。
「違う…うれしい…フィリップ…」
 お前のものになれた、と顔を綻ばせたエドガーは、フィリップが見てきたエドガーの表情の中で一番美しかった。エドガーの不意打ちの告白にフィリップの身体がかっと熱くなる。
「そうです、あなたはオレのもの…っ」
 フィリップは腰をぎりぎりまで引き抜いて、また一気に中に突き入れた。硬い先端に腸壁を長々と擦られたエドガーが、初めて味わう性交の感覚に鳴く。
「あぁ!はぁ…あ…フィリップ、んっ…」
 挿入に対するエドガーの反応は決して悪くない。フィリップは腰を揺すりながら、蜜を零すエドガーの性器を手のひらで包み込んだ。少し強めに棹を握り、先走りに助けられながら上下に扱く。
「ひ!あっ、あぁ…!」
「…オレもあなたのものだ、好きですエドガー」
「ふ、あっ!はぁっ…ああっ…!」
 フィリップはエドガーの腰を掴んで引き寄せた。激しく、しかし乱暴になりすぎないように性器の抜き差しを繰り返す。
 フィリップが体内を穿つ度に、エドガーの喉からあられもない嬌声が上がった。時折、掠れ声でフィリップの名前を呼ぶ。それだけでフィリップは達してしまいそうになる。
 エドガーは普段の気品と自信でできた表情が嘘のように乱れ切っている。初めての感覚に身体中を高揚させて縋り付くエドガーを、フィリップは心底可愛らしいと思った。エドガーを構成する全ての要素が、フィリップを煽ってやまない。
「初めてだから、一緒にいきましょうね…」
「ん、フィリップ…っあ、あああっ…」
 猛る肉棒をエドガーの体内深くに埋め込んでフィリップは果てた。エドガーもまた全身を快楽に染めながら、フィリップの手の中で絶頂を迎えた。



 エドガーの中から萎えた性器を引き抜くと、フィリップの形に開いた後孔から白濁が溢れ出した。敷物にしていたフィリップのジャージにいやらしい染みができる。もうどうせ洗うのだからと、フィリップは自分のジャージでエドガーの下肢を拭った。きちんとした後始末は宿舎に戻ってからしようと思って、フィリップはひとまずエドガーに着衣させ、力の抜けた身体を横抱きに抱き上げた。
「こら…ひとりで歩ける」
「歩けないですよ、多分腰がたがたですから」
 お姫様抱っこの体勢をエドガーは恥ずかしがった。しかしフィリップはエドガーの不満を受け付けない。
「しかし、重いだろう」
「どこがです?羽根みたいに軽いですよ」
「…しかし…」
「俺はもうエドガーの恋人なんですから、このくらいのことはさせてください」
「恋人」というところでエドガーの顔が赤くなった。エドガーはもう抵抗せず、フィリップに身を預けている。大好きだったひとの心も身体も手に入れたフィリップはご機嫌である。
 フィリップは大人しくなったエドガーを抱えて悠々と宿舎に戻っていった。

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