act4.本能と月夜(ナセル×ビヨン)
アジア予選のため日本へ渡るのを翌日に控えた夜だった。灼熱の太陽に晒される真昼が嘘のように、乾燥した砂漠の夜は冷えている。開け放たれた窓から吹き込む夜風はからりとしていてとても涼しい。
ナセルは寝台に寝そべって、暗闇に瞬く星を眺めていた。砂漠を旅した古代の人々は、星を道しるべとして目的地へ歩を進めたという。見渡す限りの茫漠とした砂の丘の中、決して揺るがない天体が放つ恒久の輝きが、どれだけ彼らの支えとなっただろう。
あの星はこれから向かう日本の空にもあるだろうか。遠い地へ馳せ参じるカタールを導く光になってくれるだろうか。神頼みだなんて笑われそうだが、あながち馬鹿に出来ないとも思う。
デザートライオンは勝てるだろうか。世界の広さをナセルはまだ知らない。カタールは狭い国だ。狭い国の中でサッカーをしてきた自分たちの力は、アジアという広い舞台の中でどこまで通用するだろう。
一度そういうことを考え始めてしまうと本格的に眠れなくなって、ナセルは無意味な寝返りを繰り返しながら、まんじりともできないでいた。カタールの夜が静かに更けていく。壮麗な満月が夜空の頂上に来る頃、ナセルは宿舎の外を歩く誰かの足音を耳に捉えた。
て窓の外を見たナセルは、練習場の方へと向かう深緑の長髪の後姿を捉えた。あれは確かにビヨンだった。こんな夜更けに何処へ行こうというのだろう。夜着のままだったから、練習というわけでもなさそうだが…。気になったナセルはビヨンの後を追うことにした。
――ナセルがビヨンと知り合ったのは、代表入りしてからである。カタールでサッカーをしていれば当然知っている、壮々たる有名選手が集まる中で、デザートライオンのキャプテンとして監督が連れてきたのが、無名の選手ビヨン・カイルだった。ビヨンのことは誰も知らなかった。しかしビヨンが纏うミステリアスで影のある雰囲気に、一目でカタール代表は呑み込まれた。その瞬間にカタール代表はビヨンのチームになった。異論が出ることもなく、ナセルたちはビヨンの下で戦うことを承認していた。
ビヨンは出自も経歴も全く分からないキャプテンだったが、統率力と実力は本物で、実に巧みにチームを纏めていった。チームメイトは皆、ビヨンの不思議なカリスマ性に心酔していた。同い年とは思えぬほど大人びたビヨンは物憂げで美しく、それでいて強くしたたかで、謎の多い底知れない少年だった。ビヨンの心は誰も知らない。そこがまたビヨンの魅力の一つになっていた。
ビヨンを追って宿舎の外へ出たナセルは、夜風に人為的な水音が混ざっているのに気がついた。風はビヨンが向かった方角から吹いている。練習場の裏手は水が湧いて緑が栄え、ちょっとしたオアシスのようになっている。案の定ビヨンはそこにいた。
「ビヨン…」
ビヨンに呼びかけようとして、ナセルは言葉を失った。砂漠に湧き出る泉の中心にビヨンがいる。ビヨンは一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。褐色の肌に清らかな水滴が弾け、月光がそれを神秘的に照らし出している。満月が溶け込む金の水を身体に受ける。神に捧げる神聖な儀式を見ているようだった。
かさりと足元の茂みを鳴らしてしまう。しまったと思った時には既に、物静かな淡緑の隻眼がナセルの方を向いていた。見つかってしまったと、ナセルは狼狽した。宿舎を抜け出すビヨンに着いて来たことに他意はない。しかし現在置かれている状況だけを見ると、ナセルがビヨンの沐浴を覗いていたようではないか。
ビヨンは身体をひと振りして水滴を払うと、ナセルのいる側の岸へ向かってきた。水深が浅くなるにつれて、水で隠れていた下肢が露わになる。当のビヨンに恥じらったり隠したりする様子がないので、ナセルは思わず目を逸らした。心臓が早鐘のように胸を叩いている。
「悪かったビヨン、覗くつもりはなかったんだ…」
あと一歩というところまで詰め寄られたナセルは、裸のビヨンを見ないようにして現状を詫びた。男だろうと入浴の場面を人に覗かれたらいい気はしない。不可抗力だとしても、この場合の非はナセルの方にある。
てっきり軽蔑されるものだと思っていた。しかしビヨンは全く見当違いなことを言い出した。
「喉が渇いた」
「水なら、そこにたくさん…」
「違う」
強い語気で否定されて、ナセルは思わずビヨンを見た。静かな色の中に激情渦巻く瞳に射抜かれる。
「お前が欲しい」
ビヨンに肩を強く掴まれて、ナセルの視界が大きく転じた。青臭い草の匂いを間近で嗅いだことで、ナセルは自分がビヨンに押し倒されたことを知った。ビヨンは体格の割りに筋肉が発達しているから力が強い。目を白黒させているナセルを力で押さえつけると、下肢の着衣を乱暴に、かつ巧みに剥ぎ取ってしまった。
「び、ビヨン…!?」
ナセルの股の間ににビヨンが蹲るのと、ぬるりとした温かい感触に秘部が包まれるのは同時だった。ビヨンが自身の性器を口にしている。ナセルの思考は混乱から興奮へと塗り替えられる。ビヨンの舌が恐ろしい技巧でナセルの性器を責め立てた。射精することだけを目的にした無駄のない動きは、同い年の男が施す手管とはとても思えない。敏感な部分への直接的すぎる刺激に、ナセルの性感はすぐに高まった。
「う…あ…っ、ビヨ、ン…いく…っ」
絶頂の瞬間もビヨンは肉棒を咥えて離さない。ナセルは堪え切れずにビヨンの口内へ欲望を放った。尿道の中にわだかまる熱の残滓すら余さず吸い取るように、射精が終わってもビヨンは性器を吸い続けた。快感に快感を上乗せするような強い刺激が長く続いて、ナセルはかつてない気持ちよさに身悶えた。
「うっ、くあっ!あっ…はぁ、あぁ…っ」
「…ご馳走様」
白濁に汚れた口元をべろりと一嘗めしたビヨンは、近くの木に引っかけていた衣服を無造作に身に着けると、呆然とするナセルに構わず踵を返して行ってしまった。静けさを取り戻した泉の畔に、ナセルは一人取り残される。一方的に高められた熱が一向に冷めない。
「なんだったんだ…一体…」
強引にフェラチオをされて精液を飲まれた。ビヨンにされた行為の意図がわからなくて、ナセルはひとり首を傾げた。ビヨンの奇想天外さには驚くばかりだ。しかし精神的にも肉体的にも疲労しお陰で、宿舎に帰ったらよく眠れそうな気がした。
おわり