稲妻11-Thanks! | ナノ


 ――このところ涼野くんが「アイスを一緒に食べないか」と言って、頻繁に僕の部屋を訪れる。彼の手の中には種類を同じくする二つのアイスがあって、差し出された片方を僕は「ありがとう」と言って受け取る。僕の隣で黙々とアイスを口に運ぶ涼野くんはいつも、激辛のキムチ鍋を食べているときのような顔をしていた。熱があるんじゃないかってくらい真っ赤な顔をしながら冷たいアイスを頬張るなんて、涼野くんは不思議な子だね。


「ということがね、最近よくあるんだよ」
 話を聞かされたバーンは、濃いめの顔をしかめてアフロディを見た。無邪気に首を傾げるその様子は、ありのままの事実をバーンに話したというだけで、その出来事が孕む内実は少しも解していないようだった。不器用で遠回しなガゼルもガゼルだが、ガゼルの気持ちに全く気が付かないアフロディの鈍さもまた罪深い。
 言っていいのか悪いのかバーンはしばし逡巡したが、元より物事はハッキリさせねば気の済まない性格である――次の瞬間にはお節介を焼いていた。
「それはお前、風介に求婚されてんだよ」
「球根?」
「いや、そっちじゃなくて…テメェ今絶対俺の頭を見て言っただろ」
「やだな、君の頭を見てチューリップみたいだなんて思ったことは一度たりともないよ」
「現在進行形で思ってんじゃねぇか」
 逆立った頭頂を撫でようと伸びてきたアフロディの手を振り払い、バーンは一歩後退りした。いかにも繊細そうな見た目に反して、図々しくて失礼な奴である。しかし少女めいた愛らしい顔を見ていると、どうにも本気では憎めない。ガゼルもこの綺麗な容姿に惹かれたのだろうか。バーンの記憶にある限り、ガゼルが他人に自分のアイスを分け与えた場面を目にしたことはない。
「三度の飯よりアイス大好きな風介にとって、アイスをやるってのは最大級の愛情表現なんだぞ」
「そうなのかい?」
「ああ。お前、よっぽどアイツに惚れられてるらしいな」
「ふぅん。嬉しいな」
「嬉しい?」
 可憐な少女ならばともかく、ガゼルは無愛想な同性である。そういう意味で好かれても大凡喜べる相手ではないようにバーンには思える。もしやそういう趣味なのかともバーンは勘繰ったが、微笑みと共に向けられたアフロディの一言で合点がいった。
「人から好意を向けられて嫌なわけないだろう?」
 おそらくアフロディという人間は、他者から愛されるということを、肯定的に受け止めて疑わない気質なのだろう。なまじ聡明で分別が付くために解りづらいが、こいつは根っからのお人好しであるとバーンは確信した。と同時に、あまりの楽観視に苛立ちが生まれた。
 アフロディは純然たる好意という幻想を信じているというのだろうか。性善説などありはしないのに。人は誰しも行為に見返りを求める生き物ではないかとバーンは思うのだ。
 そういった感情の薄暗い部分を解しないアフロディに、少し思い知らせてやりたい気持ちがあったのかも知れない。

「アフロディ」
 無防備に振り向いたアフロディの肩をバーンは掴み、華奢な身体をベッドに呆気なく押し倒した。
「男が誰かを好きになるときは、こういうことをしたいって欲が、当然含まれてるんだぜ?」
 わざと挑発するような口調でバーンは言った。当然抵抗されるものと思っていたのに、深い真紅の瞳でバーンを見詰めたまま、アフロディは微動だにしない。拒絶を機に上から退くつもりだったバーンとしては、解放するタイミングを逃してしまった状態になり、気まずい気持ちに襲われる。
 それにこうしてアフロディを押し倒したままでいると、何やら妙な気持ちが湧き上がってくるから困った。アジアでは珍しい金色の長い髪がシーツに散らばって、非現実的な様相を醸し出している。ベッドに無造作に投げ出された手足も細くて、抵抗を受けたとしても力ずくで抑え込んでしまえる気がした。
 アフロディを好き放題できる立場に自分はいるのだと、バーンは自覚してしまった。今なら触れてもいいだろうか。そんな思考に捕らわれたバーンが生唾を飲み、アフロディのシャツの中に手を差し入れたその時。

「…っうわあああああっ!!!!!」

 空気を切り裂くような悲痛な叫び声が部屋に響いた。バーンは我に返って咄嗟に振り向いた。声だけで誰なのか既に判ってはいたものの、我が目で確認しない分には落ち着かない性質なのだった。
「ふ、風介…」
 招かれざる訪問者は良くないことにガゼルだった。部屋の鍵を掛けてなかったから、扉を開けてしまったのだ。ガゼルはひとしきり絶叫した後、血の気の失せた青い顔で絶句したかと思うと、手に持っていたビニール袋を床に放り出して、般若もかくやの凄まじい形相でバーンに向かってきた。
「き、さま!アフロディに何をしている!!」
「まだ何もしてねぇよ!」
 アフロディの上から反射的に飛び退いたバーンは、ガゼルの繰り出す容赦ない攻撃を避けながら弁解した。何かしようとしていたのは確かだが、まだ何もしていない。未遂だ。しかし頭に血が昇り切っているガゼルは聞く耳を持たず、バーンの言うどんな言葉も激昂へと還元してしまう。
 腕捲りなどしている割に腕力はあまりないガゼルだが、サッカーで鍛えた脚力の方は折り紙付きの強力さなので、手加減なしに蹴られると相当ヤバい。怒り狂ったガゼルの蹴りはまさに凶器だった。
「アフロディ!あいつに何をされたんだ?」
 逃げるバーンに攻撃しながらガゼルはアフロディに尋ねた。返答次第では行為がエスカレートする可能性が大いにある質問だった。ベッドにちょこんと座ったアフロディは、二人の追い掛けっこを観戦しながら、おっとりとした様子で答えた。
「まだ何もされてないよ」
「まだ、だと?…晴矢ァ!貴様、これから何をするつもりだったんだ!死ね!死んで詫びろ!」
「アフロディィィィ!ふざけんなぁぁぁぁ!!!」
 一体何処からガゼルは取り出したのか、氷の塊がバーンに投げ付けられる。切っ先の鋭いそれを間一髪の間合いで避けながらバーンは叫んだ。空気が読めないというよりは、アフロディは素直すぎるのだ。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
 だからこの大惨事を前にして、こんな無頓着なことを平気で口にできる。本気で怒っているガゼルには堪らない一言だったことだろう。我を忘れたガゼルの口からこんな本音をぽろりも漏らさせるほどに。

「好きな者が男に襲われているのを見て、落ち着いていられるか!」
 その台詞を言い切ってからガゼルはハッとした。バーンへの攻撃の手を止めて、わなわなと身体を震わせながら、その場に立ち尽くす。「好きな者?」とアフロディが首を傾げる仕草を見せると、ガゼルは怯えたようにびくりと反応した。あまりのもどかしさにバーンは溜め息を付いた。本当に不器用な男である。
「いい加減、素直になりやがれ」
 火に油を注ぐようなバーンの横やりに、ガゼルのプライドの最後の砦が決壊した。つまるところなりふり構わず開き直ったのだった。

「そうだ!わたしはアフロディが好きだ!だから貴様が目障りなんだ!即刻帰れ!」
 ガゼルは稀に見る真っ赤な顔と激しい剣幕で怒鳴り散らし、おもむろにアフロディを抱き締めた。冷静なガゼルとは思えない大胆な告白の仕方である。裏を返せばそれ程までに、アフロディを想っていたという証かも知れない。ガゼルの腕の中でアフロディは、バーンに押し倒されたときと同様に大人しくしている。
 三十分前のバーンならば、はいはいそうですかごゆっくりと、悪態を付きながらも部屋を後にすることができただろう。ホモのラブシーンには興味がない。しかし先程組み敷いた際のアフロディの姿に、確かな情欲と愛しさを覚えてしまった後では、ガゼルとアフロディを二人きりにして、すごすごと自室に帰ることなどできそうになかった。
 不可抗力で押し倒して気付いたが、自分は相当アフロディのことが好きらしい。少なくとも、大人しくガゼルに渡したくはないと思うほどには。
「やなこった、俺だってアフロディが好きなんだからな!」
 バーンはガゼルからアフロディを強引に奪い取り、背中側から華奢な身体を抱き締めた。合宿所に備え付けの同じシャンプーを使っているはずなのに、アフロディの髪からは何とも言えない良い匂いがする。その甘やかさにバーンは頭がくらくらした。こんなに魅力的なものはやはり手放せそうにない。顔をニヤつかせるバーンを見て、ガゼルの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様、ふざけるな…!」
「やるか?この野郎…!」
 二人は額を突き合わせて激しく睨み合った。そんな一瞬触発の雰囲気を、良くも悪くも打ち崩したのはアフロディだった。
「僕の部屋で喧嘩しないでよ…」
 まるで他人事めいたアフロディの態度に、誰を巡っての争いだと思っているんだ、と二人は思った。しかし口でも手でも決着が付かない以上、誰かに勝負の判定を下してもらわねばならない。
「わたしはアフロディが好きだ」
「俺もアフロディが好きだ」
 二人はアフロディの手を片方ずつ取ると、その手の甲に恭しく口付けた。

「選びたまえ!アフロディ!」
「選びやがれ!アフロディ!」

 そして脅すような勢いで選択を迫る。
「僕は…」
 アフロディは言い淀んだ。
「二人とも好きだから選べないよ…」
 バーンとガゼルには、昔は色々と浅からぬ因縁があったが、今ではかけがえのない大切な仲間だ。二人から揃って告白されたことには驚いたけれど、そこまで自分を想ってくれていると思うと嬉しい。だからどちらか一方を選んで、もう片方を蔑ろにすることなど、アフロディにはできない。
 しかしそんな曖昧な態度を二人が許すはずもなく。困り果てたアフロディが思い付いた名案はとんでもないものだった。

「わかった、セックスして試せばいいんだ」

 恋愛に身体の相性は大切だよ、と力強く説くアフロディに面食らいながらも、バーンとガゼルはその案に乗ってしまったのだった。




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