稲妻11-Thanks! | ナノ


 予選大会ぶりに再会したエドガーが、殊更美しく映ったのは、きっとフィディオの目の錯覚などではない。

 エドガー・バルチナスは実に煌びやかな男だった。長身美髪、容姿端麗は勿論、そこに居るだけで場を華やかにする圧倒的な存在感があった。世界各国のスター選手が集う開会式の場でも、エドガーの類い希なカリスマ性は遺憾なく発揮されて、会場かの歓心を買っていた。
 流石はイギリスの至宝とまで呼ばれている人間なだけある。エドガーの凛とした立ち居振る舞いに、誰もが目を奪われずにはいられない。それは同じく選手として参加しているフィディオも例外ではなく、自信に満ち溢れたその横顔に一目で魅入られてしまった。
 不思議なことも起こるものだ。今フィディオが目にしているエドガーは、フィディオの知っているエドガーよりも、一層輝いているように思える。元から美しい男だと思っていたが、果たしてこれほどまでに魅力的だっただろうか?
 ここへ来てエドガーはとみに綺麗になったような気がする。ひと月そこらでここまで劇的に変わるものかとフィディオは考えて、怪しまれない程度にエドガーの姿を盗み見ることにした。
 そしてフィディオは気が付いてしまった。エドガーの視線を辿った先には、常にある誰かの姿があることを。
 ――恋をした女性は美しくなるというのは恋愛の定説だが、エドガーのそれも恋心から生み出されているのではないか。
 その仮説に思い至り、同時に確信を深めたフィディオは、人知れず唇を噛み締めた。先程まで感じていた胸のときめきに、仄暗い影が差し込んだ瞬間だった。



 キャプテンという生き物には、チームメイトに黙って一人で練習したがる習性があるのか、それはエドガーであれ例外ではなかった。
 日も暮れかけたイギリス街を見当を付けて少し探せば、人気のない作りかけの公園に、フィディオは目当ての姿を見つけることができた。シュート軌道から逸れて飛んできたサッカーボールを拾い上げ、フィディオは何食わぬ顔をしてエドガーの前に出ていった。
「久しぶり、エドガー」
「…フィディオ、どうしてここに?」
 そこは驚くところではなく怪しむところだと、胸の内でフィディオは思ったが口にすることでもない。他人に警戒心を抱かせにくい、大人しげに見える自身の容姿の使い方を、フィディオはよく心得ていた。
「たまたま君の姿を見つけてね…どう?オレとも少し練習しない?」
 ボールを手渡しながらにこやかに提案すれば、エドガーはあっさりと頷いた。
 ――ああ、なんて他愛ない。
 フィディオの笑顔が孕む嘘にエドガーは気付こうともしない。


「腕を上げたな…フィディオ」
「君もね、エドガー」
 二人でボールの競り合いをしてみたが、流石はエドガーである。強烈な必殺シュートばかりが高名になりがちだが、ボールコントロールも非常に上手い。エドガーの持つテクニックの高さに、彼はトッププレイヤーの一人なのだと改めて強く実感する。無論サッカーの技術に関しては、フィディオもエドガーに引けを取る気はない。競り合いは互角だった。
 ――これもやはり不思議なもので、才能に恵まれた者の周りには、同等の力を有する者が集まるのが世の習いらしい。立場をひけらかすつもりはないが、各国代表のキャプテン勢が皆顔見知りであることを踏まえると、一概に自惚れとも言えない気がする。
 木に凭れて一休みをする最中、フィディオはエドガーに語りかけた。
「この間、ジャパンの円堂守とミニゲームをしたんだ…君のところで夜会を開いた日にね」
「ああ、その話は聞いている…」
 顛末の既知を窺わせるエドガーの口振りを、フィディオは明快に遮った。
「それはマークから聞いたの?」
 思いがけない名前を出されたエドガーが息を飲む。何故それを知っているのだと言いたげな、驚きの表情でフィディオを凝視する。嘘を付くのが下手なひとだとフィディオはエドガーの性格を判じた。あんなに恋しげな眼差しでマークを見詰めておいて、それを見た誰かが二人の只ならぬ関係に気付かないはずがないのに。動揺を露わにしたエドガーを更に追い詰めるように、フィディオは言及していく。
「エドガーはマークが好きなんだよね?」 
「な…何を根拠に、いきなり…」
「いい男だよね、マークは…ハンサムだし真面目だし、頼りがいもある」
 フィディオもマークのことはよく知っている。いつも一緒に行動しているディランと共に語られることが多いが、マークは個人技にも長けたアメリカのトッププレイヤーの一人である。サッカーの高い技術もさることながら、目鼻立ちのはっきりした凛々しい容姿に魅せられるファンも少なくない。そして何よりマークは清廉で真摯な性格をしていた。マークに限って後ろ暗いところなど想像ができない。
「マークは恋人を幸せにしてやれる男だと思うよ」
 マークはエドガーとも釣り合いが取れる、貴重な相手だとフィディオは思っている。彼ならばエドガーを泣かせるようなことはするまいとまで、マークを信頼して評価している。

 しかしそれとこれとは話が別だ。不意打ちの賞賛に照れて俯くエドガーに向かって、フィディオはハッキリと言い放った。
「そんなマークが、オレは大嫌いだけどね」
「……え…?」
「君の関心を独り占めするなんて、憎らしいじゃないか」
「フィディオ…?」
 フィディオの表情は変わらなかったが、言葉には凄みが籠もっていた。笑顔を貼り付けて歩み寄るフィディオに慄いて、思わずエドガーは一歩後退る。しかしフィディオに素早く手首を掴まれてそれも適わなくなる。
「痛い、フィディオ…離せ…!」
意外すぎる力で手を引かれて茂みの奥へ連れ込まれる。街灯の明かりも届かない場所。エドガーは本能的な恐怖に怯えた。
「しっ…騒いだら誰かが来るかもしれないよ…この辺の地理はオレより君の方が詳しいだろう?」
「…っ…」
 抵抗がやんだ一瞬の隙に、フィディオはエドガーを無造作に生えた雑草の上に押し倒した。上背だけが目立つ薄い身体は、いとも簡単にフィディオの支配下に置かれる。突然の横暴と転倒の衝撃に混乱していたエドガーだが、フィディオの手がユニフォームの中に入り込むと、表情を強張らせて暴れ始めた。しかし関節を巧みに押さえ込まれているために、抵抗すれどものし掛かるフィディオはびくともしない。脇腹をゆるゆると撫でる冷たい手の感触に全身が粟立った。
「フィディオ…やめろ…やめてくれっ…」
「ごめんね。いくらエドガーのお願いでも、それは聞いてあげられない」
 手のひらは更にハーフパンツの中へ侵入する。フィディオの目的を悟ったエドガーは一気に青ざめた。


「っあ…、いや…ぁ…っ…」
 大きく開かされたエドガーの股の間をフィディオの指が蹂躙する。最初は一本もまともに飲み込めなかった穴は、今や三本の指をくわえるまでに柔らかくなり、中を掻き回す度にぐちょぐちょと聞き難い卑猥な音を立てるようになっている。
「もう少し足してあげるね…」
「ひっ…あぁ……あっ、ひん…っ」
 指で広げた穴にローションを垂らしながら、媚薬入りの潤滑剤にして正解だったとフィディオは自身の機転を褒めた。問い詰めたところエドガーの身体は未通なのだという。マークの手が付いていると決め付けていたフィディオにとっては嬉しい誤算だった。マークの澄まし顔を出し抜いて、エドガーの処女を奪うのは自分なのだ。
「っあ…、ひ…っ…あぁ…」
 敏感になった粘膜を指で引っ掻く度に、エドガーの喉から悲鳴じみた泣き声が上がる。エドガーに良いようにはしているものの、まだ気持ち良さよりも恐ろしさが上回るらしい。艶やかな髪と同じ色をした蒼い瞳から、大粒の涙をぼろぼろと止め処なく零して、エドガーはフィディオの愛撫を拒絶する。
 強姦の恐怖に怯える姿を可哀想だとは思うけれど、今更開放してやる気にはならなかった。芽生えた罪悪感を踏みにじる方法をフィディオに選ばせるほどに、目の前にしたエドガーは美しく魅力的だった。
「ぁ、あぁ…いや…あぁあ…」
 フィールドに立てば惜しみない賞賛と名声を浴びるエドガーが、今まさに男に手込めにされんとする、哀れな存在に成り下がっている。
 今ではもう詮無い話だが、フィディオは自身がエドガーに、知己の一人としてそれなりに好かれている自覚があった。その信頼は今や粉々に打ち砕かれてしまっているものなのだが。
 好感を抱いた知り合いに手酷く裏切られて、肉体を陵辱される絶望はどれ程のものだろう。エドガーの心を推し量れど、フィディオの胸には後ろめたい悦びしか湧き上がらない。
「そろそろ、いいかな…」
 頃合いだと判断したフィディオは、エドガーの後孔から指を抜き去ると、口を開いたままのそこへ欲望の切っ先をあてがった。
「ひっ、や…やめ…っ!頼む、フィディオ…」
 有り得ないところに熱を感じて、思い出したように暴れるエドガーの頭を、フィディオは力任せに押さえ付けた。息を詰まらせたような嗚咽が直接手のひらに伝わってくる。哀れなほど見開いた目から涙をぼろぼろと零して、エドガーは此処にはいない想い人に最後の助けを求めた。
「マーク…ぁあ…マーク、助けて…っ」
「オレがいるのに、他の男の名前を呼んだら駄目だろ?」
「や、嫌だ…あぁっ!フィディオ、ぁあ…っ!」
 断末魔を思わせる悲鳴の中で、フィディオはエドガーの身体を一気に貫いた。
「エドガー、君は綺麗だね…」
 底無しの絶望に塗られたエドガーの瞳が、自分だけを映した瞬間の果てしない愉悦を、フィディオは一生忘れないだろう。



「…っく、うぅ……う…っ…」
「エドガー?泣いているの…」
 乱れた髪の毛を撫でようとフィディオが手を翳しただけで、エドガーは大袈裟に身体をびくつかせた。可哀想なくらいに泣き腫らした目が、わたしに触れるなと言わんばかりにフィディオを厳しく睨み付けた。短時間で随分と嫌われてしまったものだとフィディオは苦笑した。
 人として一番最悪な方法で、目一杯エドガーを傷付けた自覚はある。しかし犯したことを後悔する気持ちは全く無く、むしろ胸が空くような不思議な高揚感があった。
「大丈夫だよエドガー…君は女の子じゃないんだ。処女膜だってあるわけじゃない…言わなければ分からないさ。君が黙ってさえいれば、マークにはバレないよ…」
 強張った瞳から、また涙がぼろりと零れた。乾いた唇が誰かの名前を力無く形作るのを、フィディオは冷めた目で見つめた。この宵をマークは知らなくていい。エドガーと自分だけが覚えていればいい出来事だ。

「二人だけの秘密だね」

 この先誰かがエドガーを幸せにしたとしても、フィディオ・アルデナという男が居たことを、エドガーは絶対に忘れられない。刻み付けた記憶に伴う感情がどんなものであれ、エドガーが自分にだけ抱く激情が存在することが、フィディオには嬉しくて堪らなかった。

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