稲妻11 | ナノ


 練習以外のプライベートな時間にも、シュウはカイの元を頻繁に訪れる。漆黒の眼を細めたシュウは「眠い」と言って、ひと時の枕を借りに来るのだった。温かな午後の昼下がりだったり、風の出てきた夜更けだったり、訪問の時間帯は定まらない。シュウの気紛れにカイが付き合わされている状況だった。しかし自分の暇を割いて付き合ってもいいと思う程度には、カイはシュウのことを許容していた。
 シュウはカイの側に来ると、背中や肩に寄り掛かったり、膝の近くに蹲ったりして、猫のように身体を丸めて目を閉じる。この状態で、寝ているときもあるし、起きていることもある。カイが頭や背中を撫でても嫌がらない。もっとしてくれと甘えてもくる。

 この日もシュウはカイの自室へやって来た。床に直接座って本を読んでいるカイに近づいて、肩に擦り寄ってうとうと眠たそうに船を漕いでいる。気紛れでマイペースなシュウの様子は、本当に猫みたいだった。こんなときばかり人懐っこい。珍しく殊勝で素直なシュウを、カイは可愛いと思うと同時に、不安定になっていると分かって心配する。
 ――この男はとうにこの世のものではないのに、人恋しいと感じるときには、人肌の触れ合いを求めたがるのだ。眠いと言うのは寝床という居場所を得るための言い訳に過ぎない。逃げ道の一つにされているのかも知れないと思うが、複雑な感情が渦巻くシュウの心中は、幾らカイと謂えども推し量れるものではなかった。この程度の弱みを見せてくれた方が、現実味が増して良いのかも知れない。
 誰かに側にいて欲しいという、シュウの求めに応じるのも吝かではないが、はいそうですかと叶えてやるのも今となっては憚られた。カイはやれやれと苦笑しながら、肩に頭を擦り付けて来るシュウに言ってやった。
「恋人を放って俺のところに来るのは感心しないぜ」
 シュウには最近になって、想いを通じ合わせた恋人がいる。透き通るように色が白くて、横顔の大層美しい男だ。シュウと男が出逢った瞬間から、二人が恋に落ちることは、カイは何となく分かっていた。寄り添う白と黒の番いは仲睦まじく見えた。今のカイの言葉は厄介払いをしたいわけではなく、好き合っている二人の行く末を思っての提言だった。
 ――甘やかしてもらいたいなら、人の温もりが欲しいなら、自分ではなく愛しい恋人の元を訪れたらいい。そうして膝枕の一つでも強請れば良いのだ。あの男なら苦言を呈しながらも、シュウの訪問を受け入れてくれるに違いない。やれやれと呆れ返りながら、それでもとても優しい目をして、望みどおりの温もりをシュウに与えるだろう。
「大切なんだろ?だったら今のうちに、甘えておけよ」
 どうせ、二人で過ごせるかけがえのない時間は、そんなに多くは残されていないのだから――そんなカイの気遣いを正しく解しながらも、シュウは躊躇いがちに呟いた。
「…あれは眩し過ぎるんだ」
「まぶしい?」
「あれは、綺麗で清らかで素敵だと思う。大好きだよ。でもつらい。特に、こんな気持ちのときには…あの光に、すべてを明らかにされてしまそうで、怖いんだ。まだ今は言いたくない。僕のことを見透かされたくない」
 薄弱な独白を終えたシュウは、頭をカイの膝に預けた。膝枕をしろというサインだった。膝に乗ったシュウの頭を、カイは撫でてやる。癖のないぬばたまの黒髪が、カイの指をするすると擦り抜けていく。頭を撫でられる感覚を心地良く受け入れながら、シュウは小さく溜め息をついた。安堵した身体の力が抜けて無防備になる。隙だらけの姿を目の当たりにすると、自分はシュウに信頼されているのだと、カイは実感する。カイはシュウに纏わる秘密を知っている唯一の人間だった。
「…やっぱり、お前の側が一番安心する」
「そうかい」
「よく眠れるような気がするんだ」
「それなら、寝ていいぜ」
「うん。側にいておくれよ、カイ」
 シュウの手がカイの手を掴んだ。迷い子のような心許無さを、カイはぎゅっと握り返してやる。ひんやりと冷たい体温にも慣れてしまったと、カイは曖昧な微笑みを口元に浮かべた。ふと湧き上がった感傷を悟られないように俯いて、シュウに向かって穏やかに囁き掛ける。
「ああ、シュウ。おやすみ、良い夢を」




 *fin*  



 ***君の眠りを守る者***


*本来眠りを必要としないはずのシュウが「眠い」と言うときは、不安なとき。誰にも、白竜にすら見せられない弱さや甘えを、シュウはカイにだけ見せていたら良いなぁという話。安心して眠れる場所。カイは見守る人。シュウの行く末を見届けるために、今ここにいる。
 

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