***RAIN OF PAIN***
雨の降っている日はすることがない。ざあざあと音を立てて降り頻る雨を、自室の窓から眺めながら、白竜は不機嫌そうに顔を顰めた。
サッカーを生き甲斐にしている白竜にとって、悪天候は忌まわしい天敵だった。グラウンドが水浸しになってしまっては練習が行えない。ボールコントロールには自信があるが、狭い屋内でボールを蹴ることは憚られる。
現状に概ね満足している白竜だがこんな時ばかりは、宿舎からグラウンド、何から何まで建物の中にあった、全天候型の練習施設ゴッドエデンが懐かしくなる。四六時中サッカーをしていたい白竜にとっては、あの練習環境は理想的だった。もっとも今更戻りたいとも思えない場所ではあるが。
それからこんな雨降りの日は、決まって白竜の元を訪う人物がいるのだった。虫の知らせではないが、胸騒ぎを覚えた白竜は視線を空から地面に下ろした。
――いつの間に此処に来たのだろう。それまでの気配の無さにぞっとする。白竜が見下ろす家の前、雨に煙る遊歩道の真ん中。黒い傘を差して佇む少年は、暗い瞳で窓辺の白竜を見つめていた。
* * *
「はぁ、あ…ふぅ…んッ、あぁ…っ」
衣擦れの音と濡れた吐息に、余裕のない嬌声が混じり合う。カーテンを閉め切りドアには鍵を掛けて、白竜とシュウは白昼から延々とまぐわい続けている。室内の湿度が高くなったと感じるのは、気のせいではないだろう。閉じ切られた密室に二人分の体熱が篭って噎せ返るようだ。白竜は後背位の体勢でシュウに抱かれていた。意外なほど強い力で腰を掴まれて、雄に貫かれ揺さ振られている。
「…っ、白竜…っ」
「あっ…!はぁ、シュウ…ッん、あッ!」
汗に濡れた皺だらけのシーツが、腕や膝に張り付いて気持ち悪い。不快感と倦怠感から白竜は深い溜め息を吐いた。しかしそれすらも押し流すような快楽を与えられて、白竜はシュウの手の中に精を放ってしまった。
「っふ…あ…ッ、あぁ…ん…ッ」
それと同時に自身の体奥で、シュウの砲身が震えるのが分かった。避妊具は着けてもらっていたが、既に三回も中出しされて、シュウと同じ数だけ白竜もイかされている。白竜の下肢は後ろも前も、自身の体液でぐちゃぐちゃになっていた。行為の前に腰の下にバスタオルを敷いておいたのは正解だった。そう考えられる程度の理性を保ちつつ、流されるがままに白竜は貪られた。
「はぁ…ッ、はあ…ん…っ、はぁ…」
若くて健康な男といえど射精の回数には限界がある。ろくな休憩も挟まないまま続行した交接のために、三度目が終わる頃には二人とも息が上がり切っていた。達したばかりの白竜のものは勿論、後孔に挿したままのシュウの陰茎も萎えている。それでもシュウは腰を引く気配がなく、後ろから白竜を抱き締めて放さない。
「…おい、シュウ…終わったんだから、離れろ」
汗ばんだ身体同士で密着していると、また妙な気を催し兼ねない。惰性を危惧した白竜は、腕の中から抜け出ようと身じろいだが、シュウはそれを許さなかった。
「いやだ。白竜ともっとこうしていたい」
「馬鹿、もういいだろう…ッ、あぁ…!」
子供のような聞き分けの無さを振り翳しながら、シュウは白竜の前に手を這わせた。放った精液ごと、ぐちゃぐちゃと性器を揉みしだかれて、白竜は堪らず高い声で鳴いた。
「やっ、やめ…もッ、無理…っあ、うぁッ!」
「これも、邪魔だなぁ」
煩わしそうに吐き捨てて、自身のぺニスに被さる使用済のゴムを外したシュウは、軽く扱いて勃たせると白竜に生で突き入れた。
「ッく…はぁ!っあ…う…ッ!シュウ…ッ!」
抱かれ通しの白竜の中はシュウの形に広がっていて、熱い肉棒を容易く奥まで受け入れる。それでも締め付けは少しきついくらいで、乱れてなお処女のような具合がシュウを悦ばせた。
「ふふ…やっぱりこの方が、気持ちいい。白竜を直接感じられる」
うっとりとシュウは呟いて、白竜の勘所を亀頭でぐいっと突き上げた。前立腺を的確に擦られると頭が真っ白になる。弱いところばかりを責められる白竜は、滑らかな背中を反らせて感じ入った。体力と気力は底を尽いて、これ以上の情交は苦痛だと思うのに、漏れ出る声に滲む喜悦は隠せない。
「は…あッ!はぁっ、シュウッ!っあぁ…!」
視界は霞み声は掠れ、振り乱した長髪が汗ばんだ肌にしどけなく張り付く。整然とした白竜らしくないくたびれた様が妙な色気を伴って、シュウの劣情を煽り立てる。腰を打ち付けながら身を屈めて、白竜の耳元に唇を寄せたシュウは、獰猛な雄の一面を露わに囁いた。
「ねぇ、まだ全然足りないよ…僕を満たして…白竜……」
白竜を求める飢えたその声に、迷い子のような心許無さを含ませながら。
* * *
朝から降り続いた雨は、夜の時分分になっても遠ざかる様子を見せない。すっかり暗くなった外の様子を案じながらも、白竜は同衾の床から抜け出そうとしなかった。隣ではシュウが無防備な寝顔を晒して、深い眠りに就いている。申し訳程度に羽織った白竜のシャツの裾を、ぎゅっと掴む手が子供のようだった。
――いつか「雨は嫌いだな」と酷薄に言い放った横顔を覚えている。白竜はシュウ自身の口から、過去に起きた悲劇について聞かされていた。長年の罪悪から救済されて、人並みの現在を手に入れても、過去の全てを忘れられるわけではない。最愛の妹を犠牲にして降った雨、祈雨の儀式の結末がよみがえり、不安定になるのだと言う。
今日のように、一日中雨が降り続く日のシュウは、決まって白竜に救いを求める。白竜の身体と熱を掻き抱いて性に溺れることで、胸を掻き乱す不安から逃避しようとしているようだった。
「――お前は馬鹿だ、シュウ」
眠るシュウに白竜は語り掛ける。その寝顔はあどけない少年そのもので、つい先刻まで自身を激しく苛んでいた男とは思えない。シュウの内包する二面性に触れると、白竜は憐れみと共に深いかなしさを覚える。癖のないぬばたまの黒髪を手で梳いて、白竜は静かな声で呟いた。
「こんな風に繋ぎ留めなくても、俺はお前から離れたりしないというのに」
不器用な男の、子供じみた愚かさに憐憫を手向けながら、白竜はシュウの身体に寄り添った。シュウの捌け口になることを受容しながら、上手く諭してやれない自身がもどかしく、遣る瀬無かった。ただ側にいることしか、出来ない。
二人でいるのに生まれる寂寥は、孤独よりも切ないと知る雨の夜。
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