稲妻11 | ナノ


***Jewel of tears***



 白竜の涙は宝石になるという。

 そんなお伽話のような話を白竜本人の口から聞かされたシュウは、自身の秘密を語る少年の顔を見つめた。
「見せてよ」
 求められた白竜は表情を変えずに答える。
「何もないのに泣けない」
 切れ長の眦が美しい真紅の双眸は、太陽の光を受けて輝き、淵はからりと乾いている。
「なんだ、残念」
 と言ってみるものの、この気丈で誇り高い男の泣き顔はあまり見たいと思わなかったので、シュウはそれ以上の追求をしなかった。

 ――人の涙が宝石になる。一聴すれば眉唾物の話である。しかし白竜が嘘をつかないことは、短い付き合いの中でシュウも理解していた。それに上等な紅玉のように鮮やかな虹彩を見ていると、ここから零れ落ちた涙が貴石に変わったとしても、おかしなことではないと思えてくるから不思議だった。
 白竜の涙は何色だろうか。瞳と同じ真紅なのか、透き通った透明なのか、光のように眩しい黄色なのか、空の色を映した水色なのか…。
 きらきらと煌めく涙の宝石を想像しながら、シュウは月明かりに照らされた白竜の寝顔を眺めた。眩しいほどに清らかで美しく、愚かで儚いこの少年をシュウは愛していた。貝殻のような白い瞼に指先で触れて、願わくば君が泣くことのないようにと祈りながら、シュウも今宵の眠りに就くのだった。


 * * *

 妙な体質のせいで幼い頃は散々な目に遭った、と朧げながら白竜は記憶している。泣くと涙が石になる息子を持ってしまった両親は困り果てて、白竜を医者にも学者にも診せたらしいのだが、不可思議な現象の原因は分からず終いだった。
 涙から転じた綺麗な石が、宝石であると判明してからは、もっと大変だった。白竜の両親はたった一人の息子を愛していたので、聡明な両親の庇護の元で、白竜は普通の少年として大切に育てられた。
 子は親を選べないとよく言われるが、だとすると白竜はとても運が良かった。もしも自分の両親が、金に目が眩んで子供を売るような愚か者だったらと想像すると、身の毛のよだつ思いがする。
 成長して物心が付くと同時に、白竜は自身の稀有な体質を理解した。常人の生理現象では説明できないそれが、両親を悲しませていることにも気が付いた。故に白竜は泣かなくなった。意識的に泣かないように努めた。
 どんなに痛くても、苦しくても、悲しくても、唇を噛み締めて拳を握り締めて、込み上げる落涙をぐっと堪える。ここ数年は人前で涙を流した記憶がない。

 ――だからとんと忘れていたのだが、闇色の涙から化身を生み出す相棒を見ていたら、そんなことをふと思い出した。他人に教えることではないと思いながら、その思考とは裏腹に、白竜はシュウに己の秘密を語って聞かせていた。

「俺の涙は宝石になるのだ」と。


 * * *

「シュウ」
 凪いだ海に向かって白竜は呼び掛けた。響く潮騒に耳を傾けてみても返事はない。いないシュウを想って白竜が流す涙は、頬を伝う側から宝石に変わっていった。
「見ているか?シュウ…」
 悲しみや恋しさの深い分だけ、涙は澄み切った色の宝石となる。白竜の想いを孕んだ透明な石は、狂おしいほどに美しかった。
「俺は、今、泣いているぞ」
 はらはらと溢れる感情の欠片を、両手を器として受け止める。あっという間に積み上がった輝く宝石の山を、白竜は海に放ってばら撒いた。水面に音もなく降り注いだ光の粒は、押し寄せる波に浚われて見えなくなった。

 愛するひとを失くした少年の前には、物言わぬ青い海だけが横たわっている。


 * * *

(番外編)白竜だけでなくシュウの涙も宝石になったらいいよね。(それで二人とも幸せになったらいいよね…)


 互いの涙で指輪を作ろうと言い出したのはシュウだった。乗り気でない白竜をシュウは熱心に説得する。
「だって、こんなに綺麗なのに勿体ないよ」
 シュウが懐から取り出して、光に透かして見た大粒のダイヤモンドは、告白を受けたときに白竜が堪らず零したものだった。泣いた証拠なので白竜としては恥ずかしいものなのだが、シュウにとっては思い出ごと大切な宝物である。
「それに僕の涙が君の薬指を飾ると思うと、それはとても嬉しい気がする」
 シュウは白竜の右手を恭しく取り上げると、薬指の根元に軽く口づけた。
「ロマンチストな奴め」
 だが嫌いではないと微笑って、白竜はシュウの提案を受け入れた。


 * * *

 建物の外で鐘が荘厳な音を鳴り響かせている。二人だけの結婚式の日の天気は雲一つない晴れだった。窓に嵌め込まれたステンドグラスを透かして、七色の光が降り注ぐ。光のシャワーの中に佇む白竜は息を呑むほどに美しかった。敢えて純白の衣装を選んで正解だったとシュウは自賛した。シュウは白竜に歩み寄って、着飾った恋人を正面から抱き締める。神がシュウに与えた奇跡と幸福の形。ようやく手に入れたと思った。
「白竜…愛してるよ」
「俺もだシュウ、愛している」
 愛を囁かれる耳元で、すんと鼻の鳴る音がした。見てみれば驚いたことに白竜が涙ぐんでいる。こんな素敵な日にどうしたのと、シュウは白竜の背を撫でて慰めた。
「こんな日が来るなんて思っていなかった」
 シュウが拭ってやる間もなく溢れた白竜の涙は、頬を伝う側から宝石になった。波打つシルクの裾を滑り落ちて、光り輝くダイヤモンドが転がり落ちる。毛足の長い臙脂の絨毯の上に、幾つも幾つも散らばっていく。
「俺は、幸せ者だ」
 泣きながらも珍しく殊勝な態度で、強い力で抱き締め返してきた白竜に、シュウの心も強く揺さ振られた。今日という日に至るまでの長い道程を思い出して、目の奥に熱いものが込み上げる。
「僕もだよ…とても幸せだ」
 シュウの双眸から零れた涙は黒真珠になった。白銀の石と漆黒の珠がバージンロードに散り敷いて、光を受けてきらきらと輝いている。
「この幸福は、奇跡は…君がくれたものだ。命のある限り僕は、君と共に在ると誓うよ」
 神の加護の元で誓いのキスを交わす。祝福に彩られた二人の指には、互いの涙で出来た指輪が、幸せの証として嵌められていた。



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ゼロちゃん頼むから
幸せになっておくれよ…

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