「…ク、…マーク…ッ!!!」
大声で呼び掛けられて、マークははっと目を覚ました。全身に寝汗をびっしょりと掻いていて、心臓が早鐘のようにばくばくと脈打っている。目を見開いたまま呆然とするマークの顔を、同じベッドで一緒に寝ていた、一之瀬が心配そうに覗き込んでいた。
「マーク!ねぇ、大丈夫?」
「カズヤ…?」
一之瀬と目を合わせたマークは、エメラルドの瞳をぱちぱちと瞬かせた。今見ている世界が夢と現実どちらに属するものなのか、見定めるように。
「大丈夫?すごくうなされてたよ」
尋常でなく苦しんでいたマークを、一之瀬は純粋に心配していた。うんうんと唸りながら寝ているのが可哀相で、思わず揺り起こしてしまった。
暗いのではっきりしないが、マークは顔色が良くないような気がする。具合が悪いのだろうか。そんな心配を余所に、マークは起き上がって一之瀬に迫る。
「…本当にカズヤなのか?」
ベッドに身を起こしたマークは、一之瀬の肩に手を掛けた。そのまま前のめりに力を乗せていって、一之瀬をベッドに押し倒す。
「っ、うわっ…!」
押し倒された一之瀬は慌てながらも、マークの身体を受け止めた。一之瀬に馬乗りになったマークは、上体を屈めてその胸に縋り付く。一之瀬のパジャマを掴んで頬擦りをする。体調は悪くないようだが、どうにも様子が普通ではない。
「ああ、カズヤだ…オレの、カズヤ…」
パジャマの胸元を濡らす熱い感覚で、一之瀬はマークが泣いていることに気付いた。癇癪持ちのマークは時々こうして、一之瀬の前で感情を剥き出しにする。それには必ず何かの切っ掛けがある。震える身体を抱き締めた一之瀬は、マークの頭と背中をぽんぽんと撫でて落ち着かせた。
「怖い夢でも見たの?どんな夢?」
「話したく、ない…」
「それなら話さないでいいから。忘れちゃいなよ」
泣くほど怖い夢ならば、思い出さない方がいい。忘れてしまえるように自分が側にいるからと、一之瀬はマークに笑い掛けた。
「うん…カズヤ…」
一之瀬の言葉に素直に頷いたマークは、優しい腕の温もりに暫し身を預けた。
カズヤの優しさが、オレを弱くする。
――マークの見た夢の中で一之瀬が抱き締めていたのは、マークではない他の人間だった。マークもよく知っている、一之瀬の幼なじみの少女――いや、二十四になった今は、もう女性と言うべきか。白いタキシードを着た花婿と、白いウェディングドレスを着た花嫁。客観的に見ればお似合いの二人は、仲睦まじく手を取り合って笑い、光のようなフラワーシャワーを浴びて歩く。
マークには決して手の届かない幸福を一身に受けた若い男女の寄り添う姿、それを遠巻きに眺めることしかできない孤独な自分自身――祝福のために鳴らされる教会の鐘の音が、最後宣告のように響き渡る。自分ではない誰かに向けられた一之瀬の笑顔が、ナイフのように胸に突き刺さる。
オレを置いていかないでくれ、カズヤ――血を吐くようなマークの慟哭すら、晴れ渡る六月の青空に吸い込まれていくようで――。
「…〜ッ…!」
忘れてしまえと言われても、忘れられない。夢の内容を思い出したマークは、胸が苦しくて堪らなくなった。腕の中で煩悶するマークを、一之瀬が心配そうに抱き締めている。その顔に見える面影が、夢の中の花婿の笑顔と重なって、息が出来なくなる。マークは一之瀬に力一杯取り縋った。
「いやだ、カズヤ…お前に見放されたら、オレは生きていけない…!カズヤ…カズヤ…オレを離さないで…このまま、ずっと抱き締めていて…」
「マーク、落ち着いて…俺は何処にもいかないよ」
「オレにはカズヤしかいないんだ…いや、カズヤしか要らない…!他には何も要らない!カズヤがいないなら、生きている意味なんてないんだ…」
感情の高ぶったマークの耳に、一之瀬の言葉は届いていなかった。思考が焦燥と嫉妬に支配される。この腕が自分以外の誰かを抱き締める瞬間など、想像したくもない。そんな未来は許せるはずがなかった。
マークは一之瀬の両手を取って、自らの首を掴ませた。驚愕に目を見開いて、言葉を無くした一之瀬に向かって、マークは儚く微笑み掛ける。
「いつか捨てるならいっそ今、お前の手で、オレを殺して…」
愛の狂気に取り憑かれた男の笑い顔は、ぞっとするほど美しかった。
あなたの愛で死にたい
※24歳。一マクでくっついた世界のマークが、パラレルワールドのカズヤを見たら、という話。