稲妻11 | ナノ


 マサキは年若い野良猫である。父親の顔は勿論、母親の顔すらも知らない。気づいたら猫としてこの世に生を受けていて、その瞬間から独りぼっちだった。天涯孤独の身であることについて、悲しみや憤りといった感情をマサキは持っていない。これからどうやって生きていけば良いかと、そればかりが小さな頭の中を占めていた。
 マサキは生きていくために、手っ取り早く人間に媚びを売ることを覚えた。女子供に近付いて甘えるような仕種を見せれば、食べ物に困ることはない。生まれつき賢くて器用なマサキは、必要である限り幼気な子猫を演じ続けた。マサキは見た目が愛らしいので、稀に飼おうとする人間が現れるが、彼らの手からマサキは逃げている。首輪で拘束されるような、愛玩動物になる気はこれっぽっちもない。自分には気ままな野良猫暮らしが性に合っていると、幼くしてマサキは悟っていた。



 近頃マサキが居着いている閑静な住宅街は、他の野良猫や野良犬が少ない分、縄張り争いに巻き込まれ難くて過ごしやすい。綺麗に見えるよう念入りに毛繕いをして、放し飼いの家猫を装って人間に擦り寄れば、上等な餌を簡単に戴くことができた。
 マサキはこの場所を気に入っていた。ひとところに長く居座ると、放浪生活をしているときには、気にも留めないような様々な物事が見えてくる。最近見つけた蘭丸も、その中の一つである。

 蘭丸は何処かの家の飼い猫らしいのだが、これがまたえらく美しい顔立ちの猫で、蘭丸の姿を初めて見たときマサキは二度見してしまった。ピンク色の毛並みに明るい水色の瞳が映える、珍しい見た目をした愛らしい猫だった。だからこそマサキの目にも留まったのだと言える。
 とても可愛いので雌のように見えるが、蘭丸は立派な雄猫である。マサキは蘭丸との初対面のときに、この性別に関して一悶着起こしてしまったので、二匹の仲は未だに険悪な状態にある。それは酷い喧嘩だったので、修復の見込みは今のところない。


 蘭丸に関してマサキには、非常に気に食わない点があった。この住宅街で一番の豪邸に飼われている犬の拓人と、蘭丸が非常に親しいことである。飼い主同士の仲が良く、子猫と子犬の頃から兄弟のように育った二匹は、種族の違いを越えて親友なのだという。
 ――猫のくせに犬と仲良くするなんて。犬猿の仲ならぬ犬猫の仲を信じるマサキは、蘭丸が拓人の前で見せる無防備さが信じられず、仲睦まじく寄り添う二匹の姿を見掛ける度に舌打ちしていた。



 ある日、いつものように町内を散歩していたマサキは、神童家の豪奢な門の前に座る蘭丸の姿を発見した。鮮やかなピンク色の毛並みは、何処にいても花が咲いたように目立つ。蘭丸は神妙な表情で屋敷を見つめていたが、何も起こらないとみると立ち上がって踵を返し、何処か覚束ない足取りでその場を後にした。一連の様子を観察していたマサキは、何やら面白いことになりそうだと期待して、蘭丸の後をこっそりと付けていった。

「蘭丸さん」
 肩を落とした後ろ姿に向かって、マサキは猫撫で声で呼び掛けた。作り笑顔の裏では如何に揶揄ってやろうかと考えを巡らせている。蘭丸に対するあらゆる嫌がらせは、最早マサキの日課になっていた。
「独りだなんて珍しいですね。いつも一緒にいる拓人さんはどうしたんですか?」
 嫌みのつもりでマサキは言ったのだが、いつものように睨まれるだろうという予測に反して、振り返った蘭丸の反応は味気ないものだった。マサキの顔を感慨もなく一瞥した蘭丸は、疲れたような窶れた表情で溜め息をつく。マサキの嫌みを気に留める余裕もないくらい、蘭丸は他の事柄に心を奪われているようだ。当然ながらマサキは面白くない。
「…拓人は今日は来ない。家でお見合いがあるんだそうだ」
「お見合い?誰の?」
「拓人のに決まってるだろ!」
 気落ちしていた蘭丸が急に声を荒げたので、マサキは驚いて面食らってしまった。こんなに必死な蘭丸の姿は初めて見たかも知れない。大人気なく怒鳴ってしまった蘭丸も、自身の軽挙を省みて、気まずそうに顔を背けた。八つ当たりをされたことに気づいたマサキは、思わず噴き出して笑ってしまった。
「あははっ!成る程…拓人さんを何処ぞの雌犬に奪られたから、独りぼっちなんですね」
「……っ…」
 マサキに指摘された蘭丸の顔が、朱を散らしたようにカッと赤くなる。殊更拓人に関する事柄となると、嘘がつけない蘭丸である。その不器用さをマサキは鼻で失笑した。
「図星ですか?蘭丸さんは分かりやすいですね」
「お前には関係ないだろう」
 突き放されたマサキの顔から、表情が一瞬にして消え失せた。細めた眼で蘭丸を冷たく睨み付けて、辛辣な言葉を言い浴びせる。
「目障りなんですよ。お見合いってだけで切なそうな顔しちゃって、そんなに拓人さんが好きですか?」
 わざと煽り立てるようなマサキの問い掛けに、蘭丸は顔を背けて答えない。しかし何かを耐えるように小刻みに震える肩が、答え以上の全てを詳らかに物語っていた。吐き捨てるような冷笑の後に込み上げたのは、蘭丸に対する激しい苛立ちだった。馬鹿馬鹿しいことだ。猫が犬に恋をして、報われるとでも思っているのだろうか。
「蘭丸さんには呆れました。女々しいのは見た目だけにして下さいよ!」
「うるさい!もう、放っておいてくれ!」
 蘭丸が暴言の内容を否定しないので、マサキは更に苛々を募らせた。これでは拓人への好意を認めているのと同様ではないか。見目だけでなく心まで雌じみているようだ。腹の内で渦巻く不快感にマサキは顔を顰めた。

「…いっそのこと、本当に雌にしてあげましょうか?」
 良いことを思い付いたと言わんばかりに、にやりと笑ったマサキは蘭丸に飛び掛かった。咄嗟のことに反応が遅れた身体を、丈の高い草むらへと押し倒す。すかさずマウントポジションを取ったマサキは、俯せに倒れる蘭丸の手足を押さえ付けた。生まれたときからの野良猫生活の中で身に着けた、同格程度の相手との喧嘩に勝つための知恵だった。
 この体勢を取られた蘭丸は思うように動けなくなり、マサキの下から逃げ出せない。暴力を振るわれると思って抵抗していた蘭丸だが、下肢をまさぐられた途端に顔色を失った。信じたくないような悪い予感が脳裏を過ぎる。
「おい…マサキ!お前、何するつもりだ…?やめろ…ッ!」
 マサキの手は蘭丸の太股や小振りな尻を、品定めするように撫で回している。蒼褪める蘭丸の耳元に口を寄せて、いけしゃあしゃあとマサキは囁いた。
「何って…交尾ですよ。今頃拓人さんも雌犬に種付けしてるんじゃないですか?」
「……っ…」
「だから蘭丸さんには、同じ猫の俺が種付けしてあげますね」
 実のところ、若い雄猫であるマサキに性交の経験はない。しかし既に兆しを見せているマサキの雄は、本能的に納まるべき鞘を求めていた。そしてそれは今マサキの目の前で、据え膳と言わんばかりに四つん這いの格好になっている。マサキが取らんとする行動は一つしかなかった。
「ふざけるな!や、めろ…ッ!放せっ!」
「此処に突っ込めばいいのかな?」
 マサキは熱り立つ肉棒を、蘭丸の後孔に突き付けた。慎ましく閉じた蕾を先端でこじ開けて、蘭丸の肉体に滾る欲望を突き立てる。ばたつく四肢を抑え込みながら、マサキは蘭丸の中へ無理矢理に押し入った。

「っうあ、ああああ…ッ!」
 挿入の瞬間に発せられた、断末魔にも似た蘭丸の叫び声に、マサキの興奮は一層沸き立った。異物の侵入を拒む肉体の抵抗などものともせず、マサキは強引に腰を押し進める。締め付けのあまりの強さに呆れたマサキは、蘭丸の真っ白な尻たぶを平手でパシッと叩いた。
「キツ…っ、もっと緩めて下さいよ」
「っ…いたぁ…あっ!んうっ…ひああ…ッ!」
 暴れる蘭丸の頭を押さえ付けて、マサキは夢中になって腰を動かした。きついと文句を垂れているものの、心身共に蘭丸に拒絶されているという事実が、マサキの心をこの上なく悦ばせていた。バックで交わるこの体勢では、苦痛に歪む蘭丸の表情が見られないから、残念だとマサキは思った。
 動きやすくなったと思ったら、乱暴に押し入った結合部から出血していた。どちらのものとも知れない粘液の中に滲む赤い色彩が、白すぎる太股を伝い落ちる様が美しい。興奮したマサキはここぞとばかりに、意地悪く蘭丸に詰め寄った。
「あれっ、蘭丸さん処女だったんですか?可愛いから、もう誰かに犯されてると思いました」
「…っふ、う…ッ、だま…れ…っ!」
「貴重な処女を大嫌いな俺に奪われて、可哀想な蘭丸さん!」
「…ちくしょ…う…ッふざけん、な…っ!死ね、マサキ…っあ、んああッ!」
 蘭丸が純潔だったという証を、マサキは指で掬って舐め取った。破瓜の血はかくも甘美な味がするものかと、感動してしまうほど美味しいと感じた。


 ぐちゃぐちゃと一方的に犯す内に、強姦紛いの行為であるとはいえ、蘭丸の中もマサキの質量に馴染んでくる。最初に較べたら律動もかなりし易くなった。熱くて狭い肉壁に包まれているだけでも気持ち良いのに、強めに締め付けてくるのだから堪らない。
 肉棒を後孔深く挿入しながら、マサキは恍惚の溜め息を吐いた。こんなに気持ち良い行為がこの世に存在するなんて初めて知った。世の中の雄雌が挙って交尾をしたがるはずだ。たとえその軽率な行為の結果として、マサキのような孤児ができてしまっても…。


「…っ、あ…そろそろイきそう…」
 掠れ声で呟いたマサキは、高まる絶頂の予感にぞくぞくと身体を震わせた。
「だったら、早く抜け…っ!」
「それはできません。全部蘭丸さんの中に出すので、しっかり孕んで下さいね…っ」
 マサキは肝心な瞬間に抜けないように、蘭丸の腰を掴んで力強く引き寄せた。元より一旦挿入を果たした雄猫の性器は、射精を済ませるまで相手の身体から引き抜けないようになっている。年嵩の蘭丸が生殖の仕組みを知らないはずはないのに、射精を直前にして抜けと命じるなんて、どうしてそんな愚かなことを言うのだろうか。
「おいっ駄目だ!中は、やめてくれ…いやだ、あっ、マサキ…ッ!」
「っく、イきますよ蘭丸さん…っあ、んんっ…!」
「…っ!あ、あぁ…っ、やああああッ…!」
 悲鳴を上げる身体の最奥に向かって、マサキは有りったけの欲望をぶち撒けた。若くて勢いのある大量の精液は、痙攣する蘭丸の内壁をしとどに白く染め上げた。


「種付け完了…っと」
 ぐったりと脱力する蘭丸の身体から、マサキは精を出し終えて萎えた性器を抜き出した。ぽっかりと雄の形に口を開けた穴から、マサキが吐き出したばかりの濃い精液が、とろとろとだらし無く溢れ出す。マサキはそれらを再び中に掻き込んで、開きっぱなしの蘭丸の後孔に手で詮をした。たっぷりと注ぎ込んだ折角の子種を、無駄にするようなことは出来ない。蘭丸には確実に妊娠してもらわないといけないからだ。
「ああ、気持ち良かった!精子すっごい出ましたよ。これは絶対に孕みましたね。蘭丸さん、元気な赤ちゃん産んで下さいね?」
 マサキに汚された身体を青臭い草むらに横たえて、放心する蘭丸の頬を一筋の涙が伝い落ちていった。




 おわり

 多分もう一本続きます

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