稲妻11 | ナノ


 恋人を腕に抱いて気持ち良く眠っていた兵頭は、真夜中、ただならぬ怒鳴り声で叩き起こされた。
「馬鹿野郎!」
 恋人の南沢は普段滅多に声を荒げないひとなので、何事だろうと思って兵頭は飛び起きる。
「篤志?」
 ベッドに身を起こした南沢が、信じられないという顔つきをして、兵頭を睨んでいた。
「兵頭!お前にはゴールキーパーの自覚がないのか!?」
「…ぬぅ?」
「明日も試合があるのに、なんで俺に腕枕なんか、して…」
 南沢はひとしきり好き勝手に怒っていたが、暗闇に目が慣れて、兵頭の姿が見えるようになると、尻すぼみに黙ってしまった。光が足りないからわからないが、多分南沢は顔を真っ赤にさせている。
「お気遣い痛み入る…"南沢"?」
 事情を察した兵頭が、わざと昔の呼び方で呼んでやると、南沢はばつが悪そうに顔を顰めた。
「…起こしたことは謝るから、忘れろ司」
「寝ぼけたのか?珍しいな」
「…昔の夢を見ていたから…」
 そうなのだ。二人がサッカーをしていたのはもう十年も前のことで、今では部屋にサッカーボールすらない生活を送っている。あんなにも毎日触れていたものなのに、手放してみればひたすらに呆気ない。普通の大学を出て普通の企業に就職した、元サッカー少年の現在なんて、そんなものだ。
 自分がかつてゴールキーパーであったことも、兵頭は南沢に言われて久しぶりに思い出した。タコやマメだらけだった手のひらはすっかり綺麗になり、中指の第一関節に小さなペンダコができているくらいだ。
 南沢も似たようなものだった。走るための筋肉が落ちた脚は細くて長く、ブランド物の革靴がよく似合うことを、兵頭はよく知っている。
「…もう寝る。腕を貸せ」
 不機嫌な顔をしながらも、ちゃっかりと腕枕を強請る南沢が可愛くて、兵頭は気前よく左腕を差し出した。慣れた仕種で頭を乗せた南沢は、もぞもぞと身じろいで寝やすい位置を調節する。
「承知した。おやすみ篤志」
「ん…おやすみ、司…」
 南沢の寝起きは悪いが、寝付きは良い。寝ると宣言した後すぐに、規則的な寝息が聞こえてきた。お互いに朝はそれなりに早い。貴重な睡眠時間を無駄にはできない、が。
 恋人の見慣れた寝顔を見つめながら、兵頭は取り留めもなく考えた。思えば南沢が、素直に腕枕で寝るようになったのは、いつからだったろう。サッカーをしていた頃は、腕への負担になるからと、頑なに嫌がった。南沢の小さな頭の重みくらいで、己の腕がどうにかなるとも思えなかったが、サッカーを第一に考える姿勢は好ましかった。
 ――あれから十年、随分と遠いところまで来てしまったものだ。南沢はもうボールを蹴らないし、兵頭もボールを捕らない。しかしサッカーを通じて生まれた二人の誼は、今も違う形で続いている。
 すっかり社会人然とした南沢の痩躯を抱いて、兵頭は柄にもない感傷に浸った。少しだけ寂しくはあるが、これはこれで二人の巡り合わせなのだろう。願わくば、ずっとこのままでいたいと思った。




 おわり

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