稲妻11 | ナノ


 ホーリーロード全国大会の前に南沢篤志を迎えたことは、月山国光中にとって、またキャプテンの兵頭司にとって僥倖であった。プライドの多少の高さに目を瞑れば、南沢は非常に優秀なストライカーといえた。作戦遂行能力が高く、視野を広く持つ南沢のプレイスタイルは、月山国光が得手とする集団戦法に適している。
 月山国光は南沢の加入を歓迎した。雷門を見限って身一つで転校してきた南沢にとって、この手放しの好待遇は意外だったらしい。その結果、南沢は双方が思っていた以上に、月山国光に傾倒することになった。



 自尊心が高くて、依存度も高い転入生と接するに当たり、兵頭は幾つかの扱い方を心得た。南沢は一言でいうと、必要とされることに飢えた少年だった。裏を返せば南沢は、必要としてくれるものに弱かった。
 故に兵頭は事あるごとに、南沢を褒め称えた。お世辞を言うというわけではない。南沢のプレイは賞賛に値するものだったし、賛美したり期待を寄せることで、南沢の技はますます冴え渡る。これ程やる気の在り処が分かりやすい人間も中々いない。褒められて伸びるという南沢の明快さは兵頭にとって好ましく、また子供めいて可愛らしいと思える部分だった。


 兵頭は南沢を大切にした。お前が必要だと頼み込み、お前だけだと囁いた。率直な想いを些かの誇張で包んで渡すと、南沢は欲しかった玩具を与えられた子供のように、とても満足そうな表情をする。だから兵頭は幾らでも、南沢が望む言葉を掛けてやった。同じような言葉を繰り返す内に、重ねた誇張は本音になった。兵頭は今日も南沢に語り掛ける。
「お前が必要なのだ」
 そう告げる言葉以上に、南沢に入れ込んでいる自分自身に、兵頭はとうに気付いていた。


 そんなある日、南沢が兵頭に初めて聞き返した。
「それはサッカーに関してだけか?」
 見つめてくる南沢の求めている答えが、兵頭にはもうわかったから、そのまま腕を引っ張って人気のない物陰の倉庫に連れ込んでやった。


 大人並みに体格の良い兵頭は、標準体型の南沢をいつも見下ろしていた。南沢の特徴ある瞳が兵頭の顔を見上げて、じっと見つめている。
 無表情が作り出す、冷たい美しさに堪らなくなった兵頭は、軽く屈んで薄い唇に吸い付いた。思った以上に柔らかな感触に感動していると、更に深いキスを求めるように口が開く。望みどおり差し込んだ兵頭の舌に、南沢の舌が淫らに絡み付いてくる。
 色男然とした立ち居振る舞いの中に、雌臭い媚びが見え隠れしている。何と無く気付いてはいたが、南沢には男好きの気があるらしかった。少なからず色事の経験値を持つ兵頭でさえも、南沢の巧みな舌使いには翻弄されそうになる。どちらが今後の主導権を握るのか、勝負は既に始まっていた。

 息も吐かせぬ口づけがどれ程長く続いたものか。南沢は一見いつもと変わりがないが、酸欠のために瞳が微かに潤み、頬も赤く上気していた。自分もそんなものだろうと兵頭は思う。最初の勝負は引き分けで、その先に持ち越された形になる。
 さてどうしてくれようかと、肩を抱いたまま思案する兵頭に、南沢が言ってのけた。
「ちゃんと、言ってくれ。俺をどうしたいのか。お前の口から聞きたいんだ」
 言葉を求める南沢の口角が不適に吊り上がっていた。先手を取られたと兵頭は思った。こういうのは言わされた方が負けなのだ。だが南沢になら、勝ちを譲ってやってもいいと思った。


 兵頭は南沢を壁際に追い詰めて、両腕を壁に付くことで、南沢の逃げ道を物理的に無くした。兵頭の大きな身体に迫られて、並々ならぬ威圧感があるはずなのに、捕われた南沢は少しも動じない。何処か余裕のある表情は、壁に腕で縫い止められた状況を、楽しんでいるようですらある。もしかしたらこの状態さえも、南沢が望んで仕向けたものなのかも知れないと、兵頭は思った。仮にそうだったとしても、そのしたたかさが愛おしい。
 南沢の無防備な耳に口元を寄せた兵頭は、飛び切りの低い声を作って強請った。
「今すぐ抱きたい。お前が欲しい、南沢」



 したいと本能的に思ったときに、即座にできる気安さがある。南沢の身体は性急な行為に慣れていた。有り合わせのもので解した穴は、最初の方こそ兵頭をきつく拒んだものの、すぐに馴染んで質量を受け入れるようになる。南沢の後孔は入り口を目一杯に開いて、兵頭の逞しい陰茎をくわえ込んでいた。
「…ッあ、兵頭…はぁ、んッ…あァ…っ!」
 南沢の身体は見た目よりもずっと軽くて、兵頭は易々と持ち上げることが出来た。抱えた状態で繋がった南沢の背を壁に押し付けて、駅弁のような体位を取って腰を揺する。セックスが大好きな淫らな身体を、兵頭はガツガツと容赦なく犯した。
「はっ、あぁ…っ、ア、んっ…ン…ッ」
 肌が激しくぶつかり合う乾いた音が、薄暗い倉庫にパンパンと響く。中学生離れした体躯に見合った兵頭の巨根は、南沢のお気に召したらしい。ほっそりとした腕を伸ばして兵頭の首に縋り、もっとと貪欲に情けを強請る南沢の表情は、欲求に忠実で浅はかで美しかった。
「あッ…そこ、奥…もっと来て…っあ、ぁん…」
「本当に淫らな奴だな…幾らでもくれてやる、おらっ」
「ん…深いの、うれし…ァあッ!ん、アッ!」
 南沢は奥が好きなようだから、兵頭は深く突き入れた状態で腰を回して、張り出した雁首で内壁を抉ってやった。肉棒の根元を締め付ける括約筋がぎゅっと強く絞られたのがわかる。兵頭を包み込む肉筒もびくびくと蠢動していた。
「っ、きついな…だが、いいぞ…」
「兵頭…っん…あぁッ…!」
 白い首筋を艶めかしく晒して南沢が喘ぐ。どちらかというと冷たい雰囲気のある容貌を淫らに歪めて、快楽の熱気に染まって乱れる姿はそそるものだった。
 普段あまり感情の起伏を顔に表さない南沢だが、肉体の方はこんなにも素直なのかと軽い驚きが込み上げる。欲しい快感を得るためなら、媚びもするし甘えもする。これほど露骨に本心を露わにした南沢を、兵頭は初めて見た。
「南沢、どうだ?気持ちいいか?」
「ぅ、ん…いい、すごくいい…兵頭っ、あ、んッ…ひょうどぉ…ッ」
 気持ち良いと口にしたことに、南沢は更に感じてしまったらしい。抱き上げた身体がびくびくと痙攣して震えていた。触れてもいないのに勃起した性器は、透明なカウパー液を涎のように流している。後孔は兵頭を繰り返し締め付ける。兵頭に抱かれる南沢の肉体は、全身で気持ちいいことを訴えていた。
「あッ…やだ…ほんとに、きもちイ…っ!やぁあっ」
 がっしりとした兵頭の肩に縋り付いた南沢は、揺さ振られるリズムに身を任せた。深く抜き差しされる度に、ぞくぞくするような快感が背筋を駆け抜ける。硬い亀頭で中の前立腺を突かれると、頭が真っ白になるほど気持ち良かった。もっとはっきりしと兵頭を感じたい南沢は、後孔を意識的に引き絞り、肉棒の形を後ろで味わった。突然の強い締め付けに持っていかれそうになるのを、兵頭は本当によく堪えた。


「はぁッ…あッ…すごい、ッん…ぁあ…」
 性交に夢中になっている南沢の表情は、白痴美ともいうべき蕩け方をしている。気障な転入生の仮面を脱いだ南沢の素顔は、本当はこちら側なのかも知れない。男根を尻穴にくわえ込んで快楽に溺れる姿も、堪らなく嫌らしくて可愛いと思った。兵頭も大概南沢に溺れている。
 情緒も何もない、ただひたすら互いの身体と熱を喰らい合う獣のようなセックスに、兵頭の興奮も最高潮に達する。南沢の身体を揺さ振りながら、兵頭は獣のように叫んだ。
「南沢、お前は最高だ…このまま俺のものになれ、ずっと、可愛がってやるから…」
 最初はそのサッカーの才能に惚れた。冷めた性格を可愛いと思って、今その身体に今溺れている。兵頭は本気で南沢を自分のものにしてしまいたくなっていた。快楽のあまり涙を浮かべている瞳を見つめる。この状態の南沢に話が通じているか心配になったが、一先ずは杞憂だった。きょとんとした南沢は首を傾げた。
「…ずっと?」
 子供みたいな口ぶりで、南沢が聞き返す。兵頭は力強く頷いて答えた。
「ああ、ずっとだ。嫌がっても離さない。お前が欲しい、だから俺と一緒に来い」
 俺にはお前が必要なのだと言い聞かせる。兵頭は束縛を仄めかせて、南沢に詰め寄った。こうすれば南沢は頷いてくれるような気がしたから。
「俺と来てくれ、南沢…」
 そう頼み込む兵頭に、南沢は無垢に笑い掛けた。
「それもいいかも知れないな」




 ――それから暫くは本当に蜜月の日々だった。サッカーをして、勉強をして、セックスをする。互いの身体のことは忽ちに理解し尽くした。南沢が欲しがったら欲しがった分だけ、惜しみ無く兵頭は甘やかした。一たび心を許した南沢は素直で我が儘で可愛かった。
 前々から興味があった南沢を抱いてみて、思ったよりも破滅的な男だと兵頭は印象付けた。男好きなのもセックスが好きなのも、身体が淫らというよりは、依存症の一種なのだろう。今は兵頭がいるから良いものの、雷門ではどうしていたのかと疑問が湧いてくる。
 嫉妬かも知れないし、心配かも知れなかった。そんな強い依存の対象から離れて、南沢は息をしていられるのか。いや、忘れてしまいたいから、自分を嗾けたのかも知れない。南沢の心を想像すると胸の奥が切なく痛んだ。それでも兵頭は、あのプロポーズじみた問い掛けに頷いた南沢の笑顔だけは、嘘ではないと確信していた。




 ホーリーロードの全国大会が始まった。初戦の相手である雷門と電車で顔を合わせ、駅のホームを挟んで言葉を交わした後、南沢の様子がおかしいことに、兵頭だけが気づいていた。他のメンバーがいないところで、それとなく声を掛ける。
「南沢、大丈夫か?」
 兵頭が肩に置いた手に、南沢は自分の手を重ねた。南沢は振り返らずに兵頭に言う。
「必ず勝とう、兵頭。そのために俺は転校したんだから」
 言い聞かせる言葉尻が震えていた。
「ああ、南沢…必ず勝つぞ」
 南沢の静かな瞳に浮かぶ郷愁の悲しみを、兵頭は見て見ぬふりをした。




 おわり



 月は満ちたままではいられない。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -