稲妻11 | ナノ


 してやられた。策に嵌められたと気付いたとき、まず第一に抱いた感想がそれだった。ホーリーロード準決勝、雷門中との試合の後に龍崎たちを待ち受けていたのは、鬼道と佐久間の指示による厳しい取り調べだった。

 龍崎はフィフスセクターから派遣されたシードの一員である。帝国のサッカー部には龍崎の他にも、数人のシードが紛れ込み、レギュラーとして得点操作に関与していた。例えば現キャプテンの御門も、龍崎と長い付き合いのあるシードである。
 入学時から帝国サッカー部に潜入して、上手く振る舞ってきたのに、たった一試合で見事に炙り出されてしまった。思い通りにならない展開に熱くなって、冷静さを欠いた自分たちの落ち度だった。シードが自滅するように仕向けた鬼道たちの作戦が、龍崎たちより一枚も二枚も上手だったのだ。
 敵は陣中にあり。新たに着任した総帥とコーチの聡明さは、直接指導を受けてきた自分たちが一番よく知っている。取り調べは誘導尋問の形を取っていたが、シードの目星は彼らの中で既に付いているに違いなかった。
 これ以上しらを切っても意味がない。そう判断した御門の目配せを持って、龍崎たちはシードであることを白状した。


 その日の夜、御門、龍崎、逸見、飛鳥寺の四人は、揃って鬼道に呼び出された。それなりの覚悟を決めてから赴いたものの、鬼道と佐久間の前に立つと身体が緊張で竦んだ。横一列に並んで姿勢を正す。チームの中枢に位置していた四人と、こんな形で顔を合わせることになるなんて。溜め息をついた鬼道は重い口を開いた
「残念だ。お前たちは素晴らしい才能を持っていたのに…」
 そう言った鬼道が眉根を寄せて辛そうな顔をしたのが、龍崎には少し意外だった。自分たちは裏切り者として憎まれて疎まれて当然の存在なのに、避けられない別離を前にして、鬼道は惜しむようなことを言う。もっと露骨に糾弾すると思っていた佐久間が、鬼道と同じく痛ましい表情で自分たちを見ていたことも気になった。
「今まで隠してきたことを謝りはしません。それが俺たちシードの果たす役目ですから」
 精一杯胸を張って言う御門も何処か辛そうで、龍崎もまた不意に胸の奥が痛んだ。そうしてようやく自分が悲しんでいることに気付く。逸見と飛鳥寺も同じようだった。帝国学園で過ごした決して短くはない時間は、愛着として龍崎たちの身に伸し掛かっていた。
「わかった。お前たちの処遇については追って沙汰をする。今日はもう寮に帰れ。」
「はい。失礼します」
 丁寧に一礼をして踵を返す。正体がばれてしまった以上、退学は免れないだろう。仕方のないことだった。部屋を出ていく直前で、鬼道は四人を呼び止めた。
「…最後に一つだけ聞きたい。帝国でのサッカーは楽しかったか?」
 鬼道の言葉は聞こえていたけれど、その問い掛けに誰も答えることが出来なかった。


「明日ここを出ていく。本部には俺から連絡しておくから、荷物をまとめておけ」
 御門の指示に無言で頷く。それぞれが静かに自分の寮部屋へと戻っていった。今夜が帝国で過ごす最後の夜、いつか来る引き揚げのときが、ほんの少し早まっただけだ。そう自分に言い聞かせておかないと、柄にもない感傷に染まりそうになる。

 逸見や飛鳥寺と別れて二人きりになったところで、龍崎は御門に尋ねられた。
「ところでお前、アイツはどうするんだ」
 龍崎の表情が僅かに曇る。それは龍崎が敢えて考えないようにしていたことだった。…雅野とは試合が終わってから、言葉も交わしていない。
「遅かれ早かれこうなるとわかっていたのに、手を出した俺が悪い」
「何も言わずに出ていくつもりか?」
「…今更何を言ったって、言い訳にしかならないだろうからな」
 四人が取り調べに連れて行かれたとき、残された雅野が傷付いた目で自分たちを見ていたことに、龍崎も御門も気付いていた。雅野は純然たる帝国愛を備えた模範的生徒だ。気が強いので張り合うこともあったけれど、長い間チームメイトとして上手くやってきた。その信頼を手酷く裏切ってしまった感がある。
 そして何より龍崎と雅野の関係は、帝国で同じ季節を過ごす内に、より深いものになっていた。
「俺とアイツの話だ。放っておいてくれ」
 そう言って手を降る龍崎を、御門は何か言いたげな表情で見送った。



 夜半に龍崎の部屋を尋ねる者があった。あんなことがあった夜だし、誰が来てもおかしくはない。龍崎は警戒をしながらドアに近付き、外の様子を窺った。
「龍崎、俺だ。開けてくれ」
 それは龍崎が今一番会いたくないと思っていた雅野の声だった。龍崎は扉を開けないまま、低い声で向こう側を牽制する。機嫌が悪いのだと解釈して、怯えて帰ってくれたらいいと思った。
「何をしに来た」
「恋人に会いに来るのに理由が必要なのか?」
「……」
「頼む、入れてくれ。お前と話がしたい」
 普段の雅野は先程のような言い回しを好まない。ただ単に遊びに来たというわけではなさそうだった。龍崎が中に入れてくれるまで引き下がらないという強固な意志が、雅野の言葉の中に見え隠れしている。溜め息をひとつ吐いてから、龍崎は部屋のドアを開けた。きっちりと制服を着込んだ格好の雅野が立っている。
「入れよ」
 人の目から隠すように、龍崎は雅野を部屋に連れ込んだ。


 いつものようにベッドに腰掛けた雅野の横に龍崎も座る。スプリングが軋む微かな音も、静寂の中だと大きく聞こえる。沈黙を破って先に口を開いたのは雅野だった。
「御門から聞いた。明日、帝国を出て行くんだってな」
 案の定御門の差し金かと、此処にはいない旧知を龍崎は恨んだ。余計なお節介だと思ったが、雅野に八つ当たりするわけにもいかない。御門は雅野に粗方の事情を話したようだ。机の上に置かれたショルダーバッグを指差して雅野が尋ねる。
「荷物はそれだけ?」
「ああ、そうだ」
「随分と身軽なんだな…最初からいなくなるつもりだったから?」
「そういうことになる」
 シードの仕事は該当校の監視と内部からの操作である。割り振られた学校での役目が果たせないとなれば、長く留まるメリットはない。指示があればいつでもすぐに引き揚げることができるように、心構えも身支度も済ませておけと、シードは予め命じられている。
「俺はお前の手荷物にもなれないんだな」
「それは違う」
「違わないさ。置いていかれるんだから」
 精一杯の皮肉はそこまでだった。雅野は怒りもしなければ泣きもしない。不意に距離を詰めた雅野は、龍崎の顔を間近で覗き込んだ。
「なぁ龍崎、しよう」
 龍崎の手のひらを、一回り小さな手が包み込む。硬い豆の感触がするゴールキーパーの手のひらだ。真摯に見詰めてくる漆黒の眼差しの誘いに龍崎は狼狽えた。
「よせ雅野…そういう気分じゃない」
 雅野の手を龍崎は払い除けて目を逸らした。元から会う気もなかったのに、触れることはできない。龍崎に拒絶された手を雅野は見ていたが、特に傷付いた風もなく龍崎に迫り直した。
「じゃあ俺がその気にさせてやる」


「…んんっ…、ふ…ぅ…っ」
「…み、やびの…っ…」
 フェラチオをさせたことはあったけれど、雅野からしてくるのは初めてだ。小さな口いっぱいに雄芯を頬張って、その質量に苦戦しながらも必死に愛撫する。決して技巧に優れているわけではないのに、気持ち良いと感じる心情が不思議だった。龍崎の陰茎を口から出した雅野は、唾液に濡れたそれを愛おしげに撫で摩った。
「ほら、硬くなって勃ってきた…」
 先端まで血が漲った若い肉棒は、雅野の手の中で逞しく張り詰めている。
「…くっ…」
「…っ、はぁ…俺も、舐めてるだけなのに…もうこんなになってるっ…触ってもいい?」
「……」
「…何も言わないなら、勝手にするからな」
 自らの下半身へと伸びた雅野の手が、ごそごそと動いて前を寛げる仕草をする。自身の手で高ぶりを慰めるつもりのようだ。
「あっ…ん…っ、はぁっ…あ…っ」
 感じているらしい悩ましげな吐息が勃起に吹き掛かる。雅野は左手で自慰をしながら、右手と舌で龍崎の雄に触れて、その表面をたどたどしく愛撫した。どちらのものかもわからない水音が聞こえてる。
「ぁ、はぁ…ぁ、りゅうざきぃ…」
 幼い顔つきを淫らに変貌させて、切ない声で雅野が喘ぐ。龍崎からは一切触れていないというのにこの乱れ様だ。その気にさせてやるというのは本気らしい。
「雅野…っ」
 こうしている間にも刻一刻と、心が引き摺られていく心地がする。甘ったるい声で名前を呼ばれて、龍崎はもう限界だった。

「雅野っ!」
 股間に埋まっていた顔を、肩を掴んで上げさせる。唖然とする雅野を、龍崎は余裕なく怒鳴り付けた。
「いい加減にしろ!人の気も知らないで…俺はお前の顔なんて見たくなかった!」
 はっきりとした拒絶の言葉を受けて、露骨に傷付いた顔を見せる雅野に、龍崎の胸が痛みに軋んだ。大抵のことは容易く流せる質なのに、雅野のことになると上手く出来ない。顔を合わせたら無様な姿を見せてしまうと、わかっていたから会いたくなかった。頭に血を上らせた龍崎は、あるがままに心情を吐露した。
「別れ難くなるから、会いたくなかったのに…!」
 龍崎は雅野から顔を背けて赤面した。醜態を晒してしまった自覚がある。雅野は暫く呆然としていたが、気を取り直して龍崎に尋ねる。
「龍崎、それって…」
 雅野の表情には微かに喜色が浮かんでいた。龍崎が照れ臭そうに首を振る。
「馬鹿みたいだろ…笑っていいぜ」
「いや、すごく嬉しい」
 そっぽを向く龍崎の背中を、雅野は堪らず抱き締めた。灰白色の豊かな髪の毛に顔を埋めて頬擦りをする。龍崎が素直でない性格をしていることは、とっくの昔に知っていた。
「やっぱり会いに来て良かった」
「雅野…」
「このまま終わるなんて嫌だ…ちゃんと俺の顔を見ろ、龍崎…俺もお前の顔が見たい」
 雅野に促されて龍崎がそろそろと振り返る。目を合わせた雅野が笑ったから、龍崎も釣られて微笑んだ。どちらからともなく口づけ合った二人は、そのままベッドに身を沈めた。



 申し訳程度に着衣を乱して、対面座位の体勢で抱き合う。そろそろと腰を落とす雅野の中に、熱り立つ龍崎の雄が埋まっていく。
「くぅ、んっ…あぁ…っ!」
 指と舌でよく慣らされた後孔は、決して小さくはない質量を、口をいっぱいに広げて飲み込んだ。体内を埋め尽くす楔の熱さに、言葉を無くした雅野は身震いした。どくどくと脈打つ龍崎の興奮が、繋がったところからはっきりと伝わってくる。向き合う雅野に笑い掛ける龍崎は、獣じみた狂気と色気を孕んだ、艶っぽい男の顔をしていた。
「気持ちいいだろ?雅野はこの体位が好きだからな」
「う、ん…すき…りゅうざきの顔がよく見えるから、すき…っ」
「可愛い奴だ」
「はぁ、んっ!すき…っあ…ぁあ…っ!」
 膝に抱え上げた雅野の身体を、龍崎は下から突き上げて容赦無く揺さ振った。ほんの数ヶ月前まで何も知らなかった処女が今や、男根を淫らにくわえ込む娼婦のような一面を身に着けた。
 淡白そうな雅野の顔つきが情欲の炎に蕩け出す瞬間が龍崎は好きだった。激しい律動に振り落とされまいと、細い手足で精一杯しがみつく仕草も健気で可愛らしい。
「こっちも触ってやらないとな」
「っや、あぁっ…!」
 腹の間で震えていた雅野の性器を、龍崎は手の平で包み込んで扱いてやった。手を上下に動かす度に先走りが絡んで、くちゅくちゅといやらしい音が立つ。嬲る内に包皮が剥けて露出した亀頭を、指の腹で円を描くように擦ってやる。敏感なところを直接責められた雅野は、息も絶え絶えに喘いだ。
「あっ!っひ、んっ…そこ、つよすぎ…」
「っ…すげー締め付け…」
「や、あ…だって…とまんな…ぁあ…っ」
 前と後ろの両方で龍崎を感じさせられて、沸き上がる快感で頭がいっぱいになる。雅野は龍崎の身体にしがみついて、強すぎる快楽をやり過ごす。しかし無意識に痙攣を始める身体が、雅野の絶頂が近いことを物語っていた。
「りゅうざき、っあ…すき…龍崎が、好き…」

 好きと繰り返す口を龍崎はキスで塞いでしまった。聞いているのも辛いし、このままだと自分も、雅野を困らせる情けない言葉を吐いてしまいそうだったから。
「…もういくから、お前もいけ」
「ぅん、あっ…はぁっ…あぁ…っ!」
 一際深いところまで貫いて、雅野の中で龍崎は果てた。体内を濡らす龍崎の熱を感じながら、雅野もまた気をやった。脱力する雅野の身体を龍崎が両腕で支える。…こんなに力強く抱き締められたのは初めてだった。



 ささめくような雨脚の音が窓の外からひっそりと聞こえる。夜が更けていつの間にか降り出したものらしい。まるで遣らずの雨だ。ひとり目覚めてしまった龍崎は、ベッドに身を起こして感傷に浸った。
 ――この帝国で雅野と出会い四季を過ごし恋をして、どうしても欲しくなって手を伸ばした。戸惑いながらも雅野は龍崎の想いに応えてくれた。二人でいた季節は幸せで楽しかった。たとえその幸福な日々が仮初めのもので、手酷い裏切りの上に築かれていたとしても。
「出来ることなら、このまま此処でサッカーをしたかったよ。お前と一緒に居たかった。でも駄目なんだ。俺はシードだから、戻らないといけない。もう帝国にいることは出来ない…」
 雅野は龍崎を責めなかった。言い訳も求めなかった。雅野の芯の強さを垣間見た気がして、それが龍崎は嬉しかった。
「ありがとう雅野」
 そしてさよならと、眠る雅野に告げた龍崎の双眸には、微かに光るものがあった。




 おわり


 またいつか会えたらいいな。



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