稲妻11 | ナノ


『思春期ですから。』番外編




▼龍崎皇児の場合


 手を洗うといって更衣室を後にした龍崎は、汚れた右手を握り締めながらトイレへ向かった。

 たった一回きりの射精で雅野は気絶してしまった。
 未経験の相手に対して、ちょっと虐め過ぎたと思っているが、龍崎は反省も後悔もしていない。そもそも罪悪感を抱くような玉ならば、最初からやろうとは思わない。
 己の持つ嗜虐癖を自覚した頃から、そういう美学が龍崎の中に生まれていた。自制はしながら真情に従い、思うがままに振る舞うことを良しとする。それが龍崎のポリシーだった。

 それなので、最中は夢中になっていたくせに、我に返った途端に正義漢ぶる御門の態度が、龍崎は気に食わなかった。
 御門は本質的に真面目で優しい男だから、自身の矛盾を恥じるし、雅野を労ろうとするのだろう。長い付き合いの龍崎には、御門の思考回路が手に取るようにわかる。その無自覚に為される偽善に腹が立つ。

 自覚がない分、自分よりも御門の方が余程質が悪いと龍崎は思った。嬲られる雅野を見詰める御門の眼差しには、興奮がありありと浮かんでいた。
 腕に抱いたか弱い生き物を、触りたくて鳴かせたくて、貪りたくてたまらない。あのときの御門の目は、そんな男の欲望を映し出していた。

 御門は恐らく雅野に惚れている。本人は気付いていなかったが、前々から御門が雅野を、よく見ていることを龍崎は知っていた。今回の一件で、御門は自分の気持ちに気付いたに違いない。
 好意を自覚するための絶好の機会を、むざむざ御門に与えてしまったのは、龍崎の手落ちという他ない。思えば自分も機会を得て舞い上がり、上手くあしらう余裕を失くしていた。

 何を隠そう龍崎も、雅野のことが気になっていた。怖がられているのか、構おうとすると逃げるので絡んだことはなかったが、白くて小さい雅野を見ているのは、それだけで割と楽しかった。
 フィフスセクターから派遣されている自分とは異なり、純粋に帝国学園を愛してサッカーをしている雅野は、少し眩しくて羨ましい存在でもあった。
 いずれは進む道を分かつ仲とわかっていたから、それらしいアプローチをしてこなかったが、幸か不幸か千載一遇の逃し難い機会が訪れた。我慢がならずに龍崎はやらかしてしまった。不本意ながら、居合わせた御門と一緒に。

 今頃御門は気を失っている雅野の身繕いに励んでいることだろう。手洗いを言い訳にして、密室に二人きりという間違いが起き兼ねない状況を与えたのは、御門の自制心を試すためで、龍崎自身の平常心を取り戻すためだった。
 据え膳食わぬは男の恥。武士は食わねど高楊枝。今の御門ならばどちらも有り得るような気がした。わざと少し遅く戻ってやろうと龍崎は思う。

 手の平に絡み付いた白濁を水に流す。雅野が初めて吐き出した快楽の証が、流水と共に排水溝に吸い込まれていく。何はともあれ、雅野の「初体験」を奪ったのは自分なのだというほの暗い自負が、龍崎の心に湧き上がる。
 この手で絶頂に追い詰めた、未知の感覚に戸惑いながら喘ぐ雅野は可愛かった。舐め回して噛み付いて、全部食べ尽くしてしまいたい。そんな欲求を起こさせる魅力があった。

 一度手を出した相手には愛着が湧く。気に入った獲物をむざむざ他の男に渡すような龍崎ではなかった。想像していた以上に雅野はいい。御門に譲ることはできない。
 鏡に映る顔を見て、龍崎は自分が笑っていることに気がついた。

 三つ巴の楽しいゲームの始まりである。





▼御門春馬の場合


 雅野を寮の部屋まで送り届けた後、龍崎と別れた御門は自室へ真っ直ぐに戻った。荷物を床に放り出してベッドへ倒れ込む。激しい居残り練習による肉体の疲れが、思い出したようにどっと押し寄せた。
 この時まで実際に、御門は疲れを忘れていた。練習を終えて戻ってきて更衣室の扉を開けてから今まで、怒涛のように色々なことがありすぎて、疲労を感じる余裕もなかった。

 龍崎の悪趣味な遊びの片棒を担いで、雅野を辱めてしまった。直接は手を出していないとはいえ、一部始終を黙って見ていたのだから、御門は立派な共犯者である。
 雅野が目覚めるのを待たずに、足早に自分の部屋へ帰ってきた理由は、偏にその罪悪感による。
 出来るなら目覚めるまで側に居たかったが、起きたときに自分たちが枕元に居たとしたら、雅野はどんな反応をするだろう。その瞬間のことを思うと御門は、とてもその場には居られなかった。

 質の悪い悪戯をしてしまった自覚がある。御門の心に後悔と反省が込み上げる。何よりも良くないのは、龍崎に悪戯をされる雅野の姿に、御門が興奮を覚えてしまったということだ。
 同性の、それこそ幼い見た目の同級生にときめくなんて、どうかしていると自分でも思うが、御門はすっかり雅野に惚れ込んでしまっていた。

 皮を被ったままの陰茎を擦られて、声変わり前の高い声で喘ぐ雅野は、普段のつれない態度が嘘のように、快楽に素直で可愛かった。跳ねっ返りの雅野が自分に縋り付いてくるなんて、夢でも見たのかと疑ってしまうくらいだ。それでいてそれが御門は嫌ではない。むしろ嬉しくて、いつまでも目が離せなかった。

 脳裏に焼き付いた光景は、なかなか忘れられるものではない。部屋に一人きりになったことで、余計に気になって思い出してしまう。この悶々とした気持ちを如何に発散すべきかと、御門は考えを巡らせた。ふと、床に放り投げたままのバッグが目に入った。

 ――先程の更衣室でのことだ。龍崎は気絶した雅野を御門に押し付けて、身繕いをしておけと命じて去ってしまった。あんな姿を見せられた直後に半裸の雅野と二人きりにさせられた御門は、当然ながら狼狽えた。
 無抵抗の白い肢体は人形のように脱力している。今なら何をしても…と思わなかったといえば嘘になるが、そこは御門の良心が競り勝った。開きっぱなしだった雅野のロッカーから、制服を取り出して着替えさせる。
 その前に濡れた下半身をどうにかしなければ、下着を穿かせることもできない。御門は少し考えた後、私物のタオルで雅野の体を拭き清めた。

 あの時に使ったタオルは、御門のバッグに無造作に入っていた。しっとりとした湿気がまだ布地に残っている。雅野の体液が染み込んだそれを、御門はぐっと握り締めた。御門は我慢がならずに、タオルを顔に押し付けた。
 湿っぽい布地からは汗と先走りの匂いが微かにする。他人の分泌物など気持ち悪いだけのはずなのに、雅野が出したものだと思うと御門は興奮した。
 タオルに鼻先を埋めて匂いを嗅ぎながら、御門は自身の下肢に手を伸ばした。男の身体は即物的である。既に勃起している男根に少し触れただけで、かなりの気持ち良さが押し寄せる。
 そのまま自分に良いように、根元から先端にかけてごしごしと扱く。雅野の痴態を脳裏に浮かべる度に性感が高まった。同い年のチームメイトをおかずにしているという背徳感が、御門の快楽を強烈に後押しした。

「…くっ、う……あ…っ!」
 込み上げる射精感に身を委ねた御門は、自身の手の中に熱い飛沫を吐き出した。今までにしたどの自慰よりも気持ち良かったことに、御門は絶望した。

 明日からどんな顔をして、雅野と会えばいいのかわからない。




 番外編 おわり

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