稲妻11 | ナノ


 雅野は同級生よりも少しだけ、身体の成長が遅れている子供だった。早生まれであることも、その一因といえる。
 内面は大人びているくらいなのだが、如何せん小柄で華奢である。ゴールキーパーを務めるにしては、些か心許ない体付きの少年だった。その辺の不利を持ち前の運動能力で補って、だからこそ雅野は今、帝国の一番を背負っている。

 最も雅野も男子なので人並みに、高い身長や恵まれた体格というものに憧れはある。しかし今は成長期の真っ最中であるし、平均以上の身長を備えた両親を持っているので、焦ることはないと雅野は思っていた。
 所詮は背丈、所詮は体重。しかし雅野の成長の遅れは、こんな部分にも現れていた。



 部活動の時間が終わった後も、自主的に居残って必殺技の練習をしていた雅野は、チームメイトの龍崎と更衣室で偶然居合わせた。
 龍崎もまた自主練習を終えて、戻ってきたところのようだ。雅野は龍崎と一年と少しの付き合いになるが、思えばこうして二人っきりになることは初めてである。
 整った顔立ちと大人びた雰囲気を持つ龍崎は、他の同級生に比べると少し近寄りにくい存在だった。龍崎が化身を出せることに対しても、雅野はライバル心を燃やさずにはいられない。
 つまるところ雅野と龍崎は、チームメイトとして普通に接しはするものの、仲が良いというわけでもなかった。
 どんな話をすればいいのかわからないので、雅野は自然と無言になる。龍崎もまたむやみやたらと話し掛けてくるタイプではないので、更衣室には妙な沈黙が生まれていた。


 互いに向く意識に気付かないふりをしながら着替えている途中、雅野は龍崎の裸をたまたま見てしまった。男の上半身を見たってどうということはないが、この時雅野が目にしたのは下半身の方だった。
 そこに信じられないものを認めた雅野は、先程まで感じていた気まずさも何処へやら、驚きのあまり変な声を上げてしまった。
「龍崎…なんだよ、それっ…!?」
「ん?」
「だから、その…お前の股に生えてるの…」
 ちらりと見えた龍崎の股間には、見間違いでも何でもなく、髪の毛と同じ色の毛が沢山生えていた。人間の毛というと、髪の毛と眉毛と睫毛、それから大人の髭しか知らなかった雅野にとって、このことは晴天の霹靂だった。
 対して尋ねられた龍崎は、着替えを続けながらさらりと答える。
「ああ、チン毛のことか」
「チン毛…!?」
「陰毛って言った方がいいか?」
「いんもう…??」
 初めて聞く名称の数々に、雅野の思考回路はショート寸前にまで追い込まれた。ぐるぐるしている雅野を見て、龍崎がニヤリと意地悪く笑う。
「俺たちくらいの年になると、生えてくるものだろう?…もしかして雅野、お前まだ…」
 龍崎に含みたっぷりに問い詰められて、雅野がびくりと肩を揺らしたとき、不意に更衣室の扉が開いた。



「あれっ…二人ともまだ着替え終わってねぇのか?」
 入ってきたのはキャプテンの御門だった。シュートの特訓を終えて帰ってきたは良いものの、更衣室にいる二人の様子がおかしいことに気が付く。ほぼ制服に着替え終わった龍崎を、ユニフォーム姿のままの雅野が、顔を真っ赤にして睨み付けている不思議な構図だ。
 二人の間に何があったかと訝る間もなかった。雅野の標的が龍崎から御門へと移ったからだ。いきなり睨まれて驚く御門に向かって、雅野は思いっ切り叫んだ。
「御門!パンツ脱げ!」
「…はぁッ?!」
 その直後、雅野は御門に向かって突進した。雅野のタックルは小さいのに物凄いパワーがあり、全身で突っ込まれた御門は体勢を崩しかける。
「パ・ン・ツ!ぬ・げ・よ!」
「うああああああっ!!?」
 下半身にしがみ付き、ハーフパンツを下ろそうとする雅野を、御門は全力で振り払った。咄嗟のことで力の加減ができなくて、雅野を吹っ飛ばしてしまった。
 しかし難無く受け身を取って、すぐに体勢を整えた雅野は、流石は帝国のゴールキーパーといったところか。御門はつい感心してしまったが、呑気にしている場合ではないと思い直した。先の雅野の発言を、御門は全くもって理解することができない。

「御門っ!何するんだよ!」
「それは俺の台詞だ!なんで俺が脱がねーとならねぇんだ!」
 御門は雅野を怒鳴り付けた。パンツを脱げと突然言われて、はいわかりましたと応じる奴がいたら、それはただの変態だ。御門は変態ではないから、雅野の命令には従えない。
 そもそも雅野の言うことは無茶苦茶すぎる。誰が聞いてもそう思うはずなのに、天は御門に味方してくれなかった。
「減るもんじゃないんだからいいだろ?!」
「そういう問題じゃねぇ!」
 おかしな屁理屈を捏ねる雅野に対して、負けじと御門が応戦する。不毛な言い争いをしていた矢先、先程から傍観に徹していた龍崎が口を開いた。
「春馬くんのは、人に見せられないようなモノなのか?」
「ち・が・う!!!」
 下世話な揶揄を全力で否定した御門は、その後の龍崎の意味深な微笑みを見て、上手く乗せられたことに気が付いた。しかし後の祭りである。龍崎は頭の回転が良いから、悪知恵もよく働くのだ。
「それなら脱げよ。減るものでもないんだから…な?」
 こう切り替えされたら、何も言い返せない。
「そうだ!龍崎の言うとおりだ!」
 御門が怯んだ隙を突いて、雅野が龍崎の弁に便乗した。雅野に肩入れする龍崎の笑みは、そこはかとない悪意を孕んでいる。気紛れで御門を陥れるつもりなのか、龍崎の真意は推し量れないが、何か厄介な出来事が起きていて、御門が不利な立場で巻き込まれたのは間違いない。
「…龍崎…覚えてろよ…ッ」
 涼しげに笑う龍崎を力一杯睨み付けた御門は、悔しげに唇を噛み締めた。



 興味津々に見詰めてくる雅野も面倒だが何よりも、その後ろでニヤニヤしている龍崎に腹が立つ。雅野は本気で見たがっているようだったが、龍崎は絶対に面白がっているだけだ。
 何が悲しくて中学生にもなって、同級生の見ている前で、己の陰部を晒さなければならないのか。御門は頭を抱えて嘆きたい気分になった。
 だが此処で見せるのを躊躇って、粗チンの噂を振り撒かれては敵わない。龍崎の性格ならやりかねないと思った御門は、嫌々ながらも決心を固めた。どうせ同い年の同性相手なのだからと、恥じらいたがる自分に言い聞かせる。
 御門は実に不本意ながらも、男らしく一息に下着を脱ぎ捨てた。


「これでいいのかぁ?」
 下半身を露わにして仁王立ちになった御門は、半ば自棄になりながら怒鳴った。ちなみに御門の一物は、中学生とは思えない程でかい。見せ付けられた龍崎は、茶化すようにひゅうと口笛を吹いた。当然御門には睨まれたが、龍崎に悪びれた様子はない。
 そして御門の股間には立派な陰茎に相応しく、豊かな陰毛が雄々しく生い茂っていた。龍崎よりもずっと多くて濃い。御門の有り余る男らしさに、雅野は受けた衝撃を隠せない。
「生えてる…!御門にも生えてる…!」
 事情を知らない御門は首を傾げた。生えている、というのは陰毛のことだろうか。もう十四なのだ。生え揃っているに決まっている。同い年の雅野が衝撃を受けるようなことでも、ないような気がするが。
「そうなのか…みんな、生えてるものなのか…」
 囚われたような表情でぶつぶつと呟く雅野は、中央に置かれたベンチにへたり込んで、膝を抱えて丸くなってしまった。


「…で、これはどういう経緯なんだ?」
 傷心の雅野は使い物にならなそうなので、着衣を正した御門は仕方なく龍崎に尋ねた。勢いに乗せられるがままに陰部を晒したりしたが、よくよく考えれば意味がわからない。事の経緯を聞かれた龍崎は気怠そうに、ベンチの上で落ち込んでいる雅野を、顎でしゃくって指し示した。
「こいつ、陰毛の存在を知らなかったんだよ」
「おい、それって…」
「着替え中に俺のを見て驚いて、お前にもあるのかどうか、確認したがったわけ」
「そうじゃなくて…つーことは、よぉ…」
 ないから、知らないのだ。それが指すところは、つまり…。雅野が打ちひしがれた理由に思い至った御門は、他人事ながらも頬を高揚させてしまった。事実だとしたら恥ずかしいなんてものではない。思春期の心は繊細で傷付きやすいものだ。
「…確かめてみるか?」
 御門の思考を読み取ったかのように、龍崎が恐ろしい提案を持ち掛ける。唖然とする御門を余所に、龍崎は雅野のいるベンチに歩み寄った。
「おい、雅野」
 蹲る雅野の肩を叩いて顔を上げさせる。泣いてこそいないが、雅野は情けない表情をしていた。
「ほら、俺の言ったとおりだろ」
「…うん……俺のが違うのか…なんかショックだ…」
 はぁと溜め息をつく雅野の横顔には、先程の動揺が色濃く残っている。龍崎はそこに付け込むことにした。正常な判断が出来ないことを見越して、敢えてこの提案を雅野に持ち掛ける。
「それなら、雅野のも見せてもらおうか」
「…えっ、俺も?」
「俺たちだけ見せて、お前だけ見せないのはアンフェアだろう?」
「うっ…確かにそうだな…」
 そもそも前提からして横暴な要求だったが、筋は通っているように聞こえる。公平かどうかという問題を持ち出されて雅野も納得していた。こんなどうしようもない話でも、龍崎の自信ありげな口ぶりで説かれると、正論に聞こえてくるから不思議だ。
「それに、俺たちと違うっていうお前のがおかしくないか、見て確かめてやるよ」
 龍崎が雅野を説得して篭絡する様子を、上手く丸め込むものだと思い、御門は感心しながら見ていた。

 しかしこれは、自分たち以外に人のいない密室で繰り広げるには、あまりにも危うい提案ではないか。




 つづく

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -