稲妻11 | ナノ


 フィディオが部屋へ戻ると、いつの間にか布団が綺麗に敷かれていた。入浴している間に宿の人が準備してくれたのだろう。日本ではベッドのような器具を使わずに、床に直接マットを敷いてその上で眠るのが慣習なのだという。
 初めての敷き布団に慣れない感じは受けたが、イタリアからの長旅の疲労と湯上がり特有の倦怠感には逆らえず、フィディオは目の前の真っ白な寝具に倒れ込んだ。同室のルカもヒデも帰って来ていないが、寝床の誘惑に勝てなかった。
 きちんと皺を伸ばされた清潔な布団は、昼間の間によく日に干されていたようだ。空気を多分に含んでいて感触が柔らかく心地好い。日光を蓄えたふかふかの布団に、無条件に安堵する心は世界共通のものらしい。寝具に気持ち良く身を預けている内に、いつの間にかフィディオは浅い眠りに落ちていた。


 ――微睡みの中で夢を見た。とても鮮明な夢だった。フィディオの名前を優しく囁く男の低い声。この身体をかき抱く腕の強さと温かさ。理性を甘く溶かしていく熱の奔流こそが、フィディオがずっと求めていたものだった。
 夢の中でフィディオはヒデに抱かれていた。身体を貫く痛みにも喜びの涙を流した。たった一人の愛しい男の肉体に縋り付く。抱き返してくれる腕がある。吐息の他に紡げる言葉もなく、ただ目が眩むように幸せだった――。


「…キャプテン……」
 やけに肉感的で現実味が伴う夢だった。ずっと堪えていた感情が込み上げて、意識がゆるゆると浮上する。ゆっくりと目を開けたフィディオは、覚醒と同時に下肢に違和感を覚えた。脚の方で白っぽい塊が蠢いているのが見えた。何だろうと思って上体を起こしたフィディオと、丁度顔を上げた大きな瞳の視線がかち合った。フィディオはぎょっとして目を見開いた。
「あ、フィディオ起きちゃった」
 きょとんとした悪びれない表情のルカが、フィディオの足元に浴衣姿で蹲っている。いつ大浴場から戻って来たのかと考えられたのも束の間、ルカがしている行為はフィディオの理解の範疇を遙かに越えるものだった。
「な、あっ…!ルカ!?わぁあっ!?」
 浴衣の裾を豪快に割り開いて、フィディオの着衣の中にルカの手が侵入した。無防備な太股を撫で上げながら登る手の平は、そのままフィディオの下着の隙間に忍び込んだ。驚いたフィディオが息を呑むのと、ルカが下着の中で性器を握り締めたのは、ほぼ同時だった。
「おいっ…ルカ…!なにして…っ!」
 急所にいきなり触れられたフィディオは慌てて身を捩ったが、陰茎を掴まれては抵抗がしづらい。あれだけお喋りだったルカが、今は無言でフィディオの肉を擦り上げていた。勃起させるという明確な意図を持った、しっとりとした手つきに責め立てられて、フィディオの息が荒く早いものに変わり始める。
「…あっ…はぁっ、はぁ…っ!」
 掴まれた最初は柔らかかったそこも、根元をきつく戒められながら扱かれると、あっという間に芯を通して立ち上がる。上下に単調に擦られるだけの刺激なのに、フィディオは全身が痺れるように気持ち良くなっていた。
 湯上がりで体温が上がっていたせいなのか、それとも先ほど見た淫らな夢のせいなのか、フィディオの性器は完全に勃起してしまった。亀頭の窪みから溢れ出す先走りの蜜が、肉棒を扱くルカの手をしとどに濡らしていく。
「…ん…っく、あ…はぁ…あぁ…っ」
「イイ具合に感じてきたネ〜」
 薄い唇に獰猛な微笑みを浮かべながら、ルカはフィディオを攻め立てた。興奮するペニスをじろじろと眺め回しながら扱くので、襲い来る羞恥も半端ない。天を仰ぐフィディオの肉棒に顔を寄せて、ルカは挑発的に舌なめずりをした。
「もっと気持ち良くしてあげる」
「…っあ!…ル、ルカっ!」
 濡れた先端にちゅっと軽く口づけたルカは、そのままフィディオの雄を咥内に迎え入れた。同性の知人に一物をくわえられたというので、フィディオの顔には隠し切れない戸惑いの色が走る。フィディオは押し返そうと試みたが腕に力がまるで入らず、性器に吸い付いたルカも放してくれる様子がない。感じれば感じるほど頭が錯乱して思考が纏まらない。
「っく…やめ、ルカ…駄目だっ…!」
 ルカの施すフェラチオは巧みなものだった。きゅっと狭く絞られた唇が、張り詰めた幹を絶妙な圧力をもって扱き上げる。亀頭に絡み付く舌は雁首を舐め回したり鈴口を抉るようにほじくり返したりと、咥内での悪戯に余念がない。ルカが頭を動かす度に、たっぷりの唾液が泡立ってぬぽぬぽと卑猥な音を響かせる。それがまたいやらしくて、聴覚からフィディオを興奮させる材料になる。
 性の経験に乏しいフィディオにとっては、それらは実に堪らない刺激だった。自慰とは比べものにならない射精感が腰の奥から強烈に込み上げる。我慢を許さない激しさでルカはフィディオの勃起を攻め続けた。フィディオの絶頂は瞬く間に訪れた
「んぁ!ぁあっ…や…っ、ああ…ッ!」
 口淫を受けて間もなく、細い身体をのけ反らせたフィディオは、ルカの口の中で達してしまった。


「…はぁ…あ…す、まな……」
 他人の口内に射精したショックで、今にも泣きそうになっているフィディオに、萎えた性器から唇を離したルカが口づけた。フィディオの顎を掴んだルカは強制的に口を開けさせた。そのまま二人はディープキスを交わす。ルカはザーメンをフィディオ自身にも味わわせるつもりなのだ。
「ん、うっ!…ん、んっ…!」
 ルカの唾液が混ざる残滓を口移しで注ぎ込まれて、フィディオは苦しくなって喘いだ。初めて口にする精液は生臭くてしょっぱい味がした。何億もの精子が含まれているのだ思うと、気持ち悪くて吐き出したい気分に駆られたが、ルカの巧みな舌使いによって無理やりに飲み込まされてしまう。
「…っは…!…はぁっ…はぁ…っ!」
 ようやく離れた二人の舌の間で蕩けた唾液が白い糸を引く。熱の篭った息遣いが淫靡な雰囲気を助長させていた。そこはかとない罪悪感に苛まれるフィディオとは対照的に、薄い唇を白濁と唾液に濡らしたルカは、後ろめたさなど微塵もないような笑顔を浮かべていた。
「フィディオのどろどろのザーメン、たっぷり出たネ」
 真っ赤な舌を悪戯っぽく出したルカは、唇に付着した残滓をぺろりと舐め取った。ルカのはしたない仕草を見て、フィディオの顔は羞恥に高揚した。この男はなんてことを仕出かすんだと、理不尽な辱めに対する怒りが込み上げる。
「ルカ!幾ら何でも冗談が…!」
「冗談?ボクは本気だよ?」
 さらりと言ってのけたルカはフィディオの手を取って、布団に押し倒して俯せの格好にさせた。上半身を布団に押し付けて、下半身を高く掲げさせる。ルカは浴衣の薄い生地の上からフィディオの小ぶりな尻を撫で上げた。わざとらしい意味深な手つきで触れられて、フィディオの身体が硬く緊張する。
「…っ…な、何を…?」
「ふふ…こうするんだヨ」
 フィディオの下半身を隠す裾を暴いたルカは、露わになった尻の谷間に何やらとろみのある液体を垂らしていった。肌に触れた冷たさにフィディオが驚く間もなく、ルカは濡れた後孔に指をニ本差し込んだ。突然訪れた未知の違和感にフィディオが悲鳴を上げる。
「…っひ…!や、あぁ…っ!?」
「さすがにキツイね…」
 人工的なぬめりを纏った細い指が、隘路をこじ開けようと体内を掻き分けて進む。何物も受け入れたことのないフィディオにとっては、それは全く未知の体験だった。蠢く異物が腹の中で暴れ回っている。最初は嫌悪感に身体を強張らせていたフィディオだったが、ルカの指に丹念に内壁を広げられる内に、新たな感覚が湧き出してきた。それは快楽と呼んで差し支えないものだった。


 体温に溶け出した潤滑剤が馴染んだ後孔は広がりつつあり、耳を塞ぎたくなるような信じ難い水音を立てている。
「やっ、いやっ…あっ!はぁ…あっ!」
 肛門を弄られるという非日常的な行為に、確かな悦びを見出だしている事実に気付いたフィディオは、軽い混乱状態に陥った。こんないやらしい自分は知らない。信じられない。認めたくない。そう思って必死に否定してみても、性に目覚めた身体は快楽を貪欲に汲み取ってしまう。ルカの指先が体内のある一点を突いた瞬間に、全てを流し尽くすような、凄まじい衝撃の波がフィディオに押し寄せた。
「ひ、ぁあっ?!なに、そこ…?んあぁっ…!」
 布団に投げ出した四肢がぴんと伸びて、未知の感覚に背中が反り返る。味を占めたルカはここぞとばかりにそこを攻め立てた。フィディオが一層高い声で鳴く。
「ここは前立腺っていうんだよ、気持ちいいネ?」
 男でも体内に感じる場所がある。敏感な反応に気を良くしたルカは、直腸内からフィディオの前立腺を刺激し続けた。腹側にある膨らみを引っ掻くように執拗に擦り続ける。その度に泣いて身体を痙攣させるフィディオを、ルカは素直で可愛いと思った。思ったとおりフィディオには中で感じる才能がある。
「フィディオはエッチだね…お尻でこんなになっちゃうんだから」
「やっ、も…さわらないで…ひっ、う、ぁあ…っ」
 ルカの揶揄いの言葉はもうフィディオの耳には入っていなかった。強制的に与えられる快楽に鳴くだけの人形にフィディオはなっていた。男の快楽の元とも言える前立腺を責め立てられて我を失い、目の焦点も合っていないような乱れた表情のフィディオ一瞥してルカが笑う。
「フィディオは可愛いなぁ…ヒデが気に入るのもわかるヨ」
 ヒデ、という単語にフィディオがぴくりと反応した。自我を失くしても愛しい男の名前はわかるらしい。潤んだ瞳に物欲しげな色が混ざって見えた。本人にその自覚はなくてもフィディオの身体が熱を求めていることは明らかだった。
「ココ、物足りないんじゃない?」
「…っあ、ひっ…あぁ…あ…っ」
 ルカは前立腺を指し示しすように、曲げた指先でトントンと小突いた。大きな目から涙を流して喘ぐフィディオに顔を寄せて、淫らな誘惑を持ち掛ける。
「もっと太くて熱いの、欲しくない…?」
 フィディオの瞳が揺れるのを、ルカは見逃さなかった。





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