稲妻11 | ナノ


 付き合っている照美がバレンタインのプレゼントをくれると電話で言うので、呼び出された源田は意気込んで照美の家へ向かった。チョコレートは毎年山ほどもらっているが、恋人からもらうのは初めてのことなので、胸の高鳴り方が桁違いだ。
 空っ風の吹く冬の道を歩きながら、源田は想像する。照美がくれるという贈り物は、トリュフだろうか。ブラウニーだろうか。生チョコかも知れないし、ガトーショコラかも知れない。
 照美は料理が得意なのでお菓子作りの方も期待できる。もっとも調理の腕云々は然したる問題ではなく、愛する照美から心の篭った贈り物を貰えることの方が、源田には何よりも嬉しいことだった。
 あわよくば「あーん」をしてもらい、手ずから照美に食わせてもらいたい。そうしたら自分は世界一幸せな男になれるだろうと、通い慣れた道程を急ぐ源田は夢を見ていた。


 ――あの時のうきうきとした気分は、まさか本当に夢だったのだろうか。それともこちらが夢なのか。そうだとしたら悪夢に近い。
 自身の置かれた状況を顧みて、源田は額に脂汗を浮かべていた。何食わぬ顔で傍らに佇む照美に、頭だけ向けておそるおそる問い掛ける。
「これは一体どういうことなんだ?」
 それというのも今、源田は万歳の形で両手を拘束されて、更にベッドに縛り付けられた状態でいる。縛られる前に上着を脱がされたので、逞しい上半身が露わになっている。下半身も下着だけにされてしまった。暖房の付いた室内とはいえ、冬の真っ只中なので少し寒い。
 恋人の部屋までやって来て、脱がされて縛られて、恥ずかしい姿を晒していると自分でも思うがどうしようもない。こんな状況を作り出した張本人の、照美の意図が全く読めない。源田は戸惑いを隠すことができない。

 ――バレンタインデーのプレゼントはこれだよと、照美が源田に差し出したのは、大皿いっぱいに盛られたシュークリームの山だった。照美曰く、シュー生地もカスタードクリームも、一から手作りしたものらしい。見た目からしてかなり美味しそうに出来ていたので、それを貰えるとなった源田のテンションは一気に高まった。

 それがどうして身体の自由を奪われて、SMプレイのような状態に追いやられているのか。照美の癇に障るようなこともしていないというのに。凛々しい眉をハの形にして、源田は照美に訴えた。
「シュークリームを食べさせてくれるんじゃなかったのか?」
 バレンタインのプレゼントを楽しみに来たというのに、縛られてお預けとはあんまりである。恨めしげに見上げる源田の質問に、照美は笑顔で答えた。
「後できちんと食べさせてあげるよ」
「でも…」
「普通のバレンタインデーではつまらないだろう?」
「いや、俺は…」
 普通のバレンタインデーが良いのだが、と源田は言おうとしたが、照美に鋭く睨まれては黙らざるを得ない。惚れた弱みで源田は照美に逆らえない。そういう風に身体の反射ができている。

「僕の作ったシュークリームはね…」
 皿に盛られたシュークリームを一つ手に取って、照美は源田の方を向いた。そこはかとなく黒さを孕んだ笑顔に源田は慄くが、こうも頑丈に縛り付けられては逃げる術もない。シュークリームを手にした照美が発する威圧感に、源田は泣きそうになった。
「こう使うんだよっ!」
「ウワアアアアアア!!!」
 照美は大きく振りかぶり、源田にシュークリームを投げ付けた。力一杯投げられたそれは源田の腹部の真ん中に命中した。ふわふわとした洋菓子と鍛え上げた逞しい腹筋。勝負の行方は明らかで、叩き付ける衝撃に耐え切れなかったシュークリームは、腹筋の上でパァンと破裂した。柔らかなシュー生地は跡形もなく弾け飛んで、滑らかなカスタードクリームが腹筋にぶち撒けられた。
「…え?…えぇっ?」
 驚愕に身を強張らせた源田は、辛うじて目を瞬かせた。腹の上がひやひやと冷たいことは分かったが、一体どんなことが起きたのかまでは、この一瞬では理解できていない。
「…あ、アフロディ…?」
「もう一個!」
「う、わああ…っ!」
「まだまだ行くよ」
「や、やめ…あっ!ああっ!」
 照美の高笑いと共に、パァンパァンとテンポ良くシュークリームが投げ付けられる。最早一種のいじめのようだった。砂糖とバニラビーンズの甘ったるい香りが部屋に充満した頃に、照美の暴挙がようやく止んだ。散々標的にされた源田の身体は、破けたシュー生地とカスタードクリームまみれになっていた。


「何で泣いてるのさ」
 男らしい顔を情けなく歪めてしゃくり上げる源田を見下して、照美がぴしゃりと申し付ける。トレードマークのフェイスペイントは、涙でぐちゃぐちゃに滲んでいた。ぐずぐずと鼻を啜りながら源田はぽつりと呟いた。
「も…勿体ない…」
 あんなに綺麗な仕上がりをしていたのに。かのパイ投げのように粗雑に扱われて、無残に破裂したシュークリームが悲しくて、源田は泣いているらしい。また意味の解らない行為の的にされてショックを受けて、涙腺が緩んでしまっているようでもある。
 勿体なくないよ、と照美は溜息を付いた。源田の胸にべったりと付着したクリームを指でくるりと掻き回す。
「だって今から、僕が全部舐めるんだから」
 源田を縛り付けたベッドに、照美も軽やかに乗り上げた。二人分の体重を受けてたスプリングがぎしりと軋んだ音を立てる。前屈みになった照美は垂れ下がる前髪を抑えながら、クリームごと源田の身体を舐め始めた。
「あぁ…っ!?」
 素肌を這うざらりとした舌の感触に、源田が変な声を出した。
「うん美味しい…さすが僕が作ったカスタードクリームだよ」
「あ、ぁ…あぁっ…!」
 照美がクリームを一舐めする度に、土台となっている源田の身体は敏感に跳ねた。甘い物が好きな照美は自身の製菓の腕に感嘆しながら、シュークリームの残骸を綺麗に咀嚼、嚥下していった。
 全身を組まなく舌で辿られて、源田は堪ったものではない。クリームに塗れた乳首を執拗に食まれたり、臍に溜まったクリームまで舌で穿られたりして、肌を徹底的に舐め尽くされる。照美の施す味見を称した全身リップに、源田はくたくたにやられてしまった。

「ア、フロディ…」
 息も絶え絶えに呟いた呼び名は、何処かいやらしく物欲しげな響きを孕んでいた。這いつくばっていた照美は顔を上げて尋ねた。
「源田くんも食べたいの?」
 申し訳なさそうに目線を逸らした源田の耳が赤いこと、それが肯定の合図になった。残るクリームを舐め取って舌の上に乗せた照美は、そのまま源田に口づけた。舌から舌へクリームを受け渡すために、自ら舌を差し出してディープキスを仕掛ける。源田がクリームを飲み下したのを確認して、照美は味の感想を求めた。
「味はどう?」
「すごく美味しい」
「でしょ?」
「もっと、食べたい…」
 源田はとろんとした目をしていて子供のようだった。おかわりのおねだりに気を良くした照美は、男らしく上着を脱ぎ捨てた。更に残っていたシュークリームを一つ手に取って、自分の裸の胸に押し付けて潰した。
 シュー生地を破って溢れた滑らかなクリームが、染み一つない白磁の肌をとろりと垂れ落ちる。あまりに淫靡な光景を前に、照美の一挙一動から源田は目を離せない。
「全部、綺麗に食べるんだよ?」
 にこりと微笑んで拘束を解いてくれた照美を、源田は堪らず押し倒した。細身の肢体を両手でベッドに縫い留めて、曝け出された胸元をクリームごと夢中で舐め尽くす。香り高いバニラビーンズと滑らかな舌触りのカスタードの味わいが口の中にいっぱいに広がって、照美の言うとおり絶品の出来だった。しつこくないのにコクがあり、いつまでも舐めていたくなるものだった。
「おいしい…アフロディ…」
「やぁ、ん…もう…付いてないよ、っあ…ぁん…」
 胸元のクリームを綺麗に食べ尽くした後も、一度火が付いた食欲は治まらない。濃い桃色に色付く突起を口に含んで優しく吸い上げる。舌の上で転がす内に乳首はぷっくりと官能的に膨らみ始めた。敏感な反応が嬉しくてしつこく舐め続けると、鼻にかかったような甘い声が、照美の口から引っ切りなしに上がるようになる。
「ふぁ…源田くん、だめ…あっ…はぁ、ん…」
「駄目?こんなに気持ち良さそうなのにか?」
「んんっ…はぁ、ぁ、あっ!」
 片方の乳首を甘噛みされながらもう片方をきつく摘まれると、胸から電流を流されたように全身がぴりぴりと痺れた。丹念に吸われたり舐められたりした後で、ほんの少し痛くされるのが照美は好きだった。源田の施す胸への愛撫に照美の身体は火照り始めた。疼く下半身を誤魔化す度に、両脚がもじもじと動き出す。
「源田くん…」
 照美はか細く源田を呼んだ。髪豊かなの毛を愛おしげに掻き混ぜながら、上目遣いで源田を誘惑した。
「…僕を食べて?」



 度重なる交接により慣れた後孔は、源田の大きな肉棒をも容易く飲み込んだ。覆い被さる源田が腰を深く進める度に、背中に回った照美の腕の力が強くなる。正常位で正面から抱き合って、お互いの熱を貪り合う。
「…っあ、はぁん…すご、い…ぁあ…」
 熟れた内壁をずりずりと擦られて、照美が歓喜の嬌声を上げる。源田の性器は太さも長さも申し分なく、若さの賜物か大変力強かった。源田はその立派な一物で獣のように激しく攻め立てる。犯されていると勘違いしてしまうような野蛮さも、照美は結構好きだった。
「源田くんの大きくて…奥まで届くよぉ…」
 照美の赤裸々な告白に源田は煽られた。照美の後孔は締まりが良くて、源田の男根をきつく締め上げる。湿った内壁は熱くて抜き差しの度に肉棒に絡み付く。まさに名器と言える穴に、源田は何度も搾り取られそうになった。これに慣れたら女はおろか、男ですら満足できなくなるだろう。
「アフロディ…アフロディ…!」
「っあ!んっ…いいよぉ…そこ、もっとついて…あぁあ…っ!」
 それに何よりも照美は美しい。愛らしい顔と淫らな身体。これ以上理想の恋人がいるだろうか。
「…アフロディ、いく…いってもいいか?」
「出してっ!僕の中に…源田くんのいっぱい出して…」
 射精に至った源田の腰を、照美が足でぎゅうっと引き寄せた。照美の中に白濁を注ぎ込む。とろみのある白い体液は何処かクリームを連想させるものだった。
「源田くん、おかわりは?」
 悪戯っぽく質問した照美はまだ達していないし、源田も一回だけでは熱は冷めそうにない。こんなに甘美な時間なら、幾らでもおかわりができそうだと思った。


 事後、照美が源田に問い掛ける。
「で、なんで君はまだ泣いてるの」
「アフロディの…手作りシュークリームが…」
 山盛りのシュークリームは跡形もなくなくなっていた。そしてシーツにはクリームだか精液だか正体のわからない染みが、惨劇の跡として残っている。
「折角あんなに…綺麗で美味しそうだったのに…」
 大きな身体を丸めてさめざめと涙を零す源田の背中を、照美は優しく撫でさすった。つい先程まで荒々しく自分を抱いていた男とは思えない、女々しくて少し情けない姿だ。もっとも照美はそんな源田を可愛いと思って付き合っているので、どんな態度を取られても不満はないのだが。
 そんなにバレンタインデーが楽しみだったのかと。食べ物を粗末にして悪かったと思いながら、源田の耳元に唇を寄せて照美は囁いた。
「君に食べてもらう分は、冷蔵庫にきちんと取ってあるから、泣かないでよ」
 ぱっと顔を跳ね上げた源田の顔には、満面の笑みが咲いていた。





 Happy Valentine's Day!

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