稲妻11 | ナノ


「もう、我慢できぬ…」
「え、あぁっ…!」
 アフロディに再び飛び掛かったセインの目の色は、先程までとは明らかに違っていた。ぎらついた眼光は天使とは名ばかりの飢えた獣にそっくりだった。
 セインはアフロディの両脚を抱え上げて身体の方へ折り畳んだ。その時ドレスの豊かなスカートも一緒に捲れたので、何も身に着けていない裸の下半身が露わになる。赤子がおむつを交換されるときのような、セインに向かって秘部を曝け出す恥辱的な体勢を取らされて、アフロディの白皙の顔に朱が上る。他人に最も見られたくない部分をセインに余すところなく見られている。
「ゃ、嫌だ…っ!やめてくれ…!」
「…ああ…白くて綺麗な身体だ…」
 戻りたがる脚を押し返す力は存外に強く抵抗ができない。アフロディの悲痛な声は興奮に眩んだセインには聞こえていないようだった。セインはアフロディの形の良い尻を鷲掴みおもむろに左右に割り開いた。そして双丘の谷間に顔面を押し付けて、奥に秘められた蕾を舌で熱心に解し始めた。
「ひ、あっ!ゃあっ…!?」
 いきなりの行動に驚いたアフロディは、下肢に蹲るセインを力一杯蹴飛ばした。小さな呻き声と共にセインが後ろに倒れる。こちらもまた目を丸くして、睨み付けるアフロディを見た。

「痛いではないか、何をする」
「それは僕の台詞だよ!」
 アフロディは頭に血が上るほど動揺していた。仮にも排泄器官である場所に口を付けるだなんて、セインのような気高そうな男が施す愛撫とは到底思えず、信じられなかった。それにセインは仕出かしたことこそ強引であるが、その辺の野蛮な暴漢とは同類にしたらいけない存在だと思う。
「君は仮にも天界の長だろう?そんな犬みたいなことをしたら駄目だよ…」
 アフロディは世宇子中でキャプテンを務めていた頃に、影山に上に立つ者の在るべき姿について説かれたことがある。一つの集団を率いて成功するためには、下に示しが付くような人格者である必要があると。トップの地位に留まりたいのなら才能の研鑽を怠らず、高尚なカリスマ性を保つように努めよと、そう教授された。影山の論理は一理あると納得し、今でもアフロディは信じている。
 だからこそアフロディはセインの取った行動が許せなかった。男の尻を必死に舐めずるリーダーの姿は、とてもではないが見られたものではない。二人きりの場とはいえ、天界の長たるセインが、みっともない真似をするのはやめて欲しかった。

 アフロディに全力で拒絶されたセインは困り果ててしまった。蹴られた肩を撫で摩りながら、苛つき始めているアフロディに言い訳する。
「しかし…処女の穴は頑なだから、よく濡らして慣らせと…」
「はぁ?」
「だから…私は……」
 一体誰の入れ知恵なのか、当たり前のことをしたまでと言いたげなセインに、アフロディは頭を痛めた。巧みな愛撫を施す割に、女の臨機応変な扱いは知らないとみえる。素人童貞というやつかも知れない。
 深呼吸をして心を落ち着かせてから、アフロディはセインに向き直った。薄々察してはいたがセインは随分と夢見がちなようだ。この男は大きな勘違いをしている。これ以上話をややこしくしたくなかったので、アフロディは真実を突き付けた。
「それは女の子の話だろう?僕は男だし、非処女だよ」
 アフロディの告白が余程衝撃的だったらしく、セインは目を大きく見開いて唇を戦慄かせた。
「…な、なんだって!」
「純潔の花嫁だなんて笑ってしまうよ…」
 実のところアフロディの性経験は、同年代の者とは比較にならないくらい豊富だった。男の悦ばせ方も、女の悦ばせ方も心得ている。処女も童貞もとっくに無くした自分が、純真無垢な花嫁である筈がないのに、純白のウエディングドレスを着せるセインも、着ている自分を見るのも滑稽だ。《伝承の鍵》もセインも、本当に見る目がない。いや、セインが純粋すぎるのか。
「君みたいなひとには、もっと相応しい女の子がいるから…僕のことは諦めなよ」
 それは保身ではなくセインのためを思っての言葉だった。アフロディは人を見る力に長けていた。思い込みが激しくて空気の読めないところはあるが、天使と名乗るだけあってセインは悪い男ではない。上から目線で高飛車な奴だが、基本的には真面目で優しい男なのだろうと思う。
 だからこそアフロディ自身のことも含めた今の状況は宜しくない。セインが本気で花嫁を娶るというのなら、然るべき女性を選んで添わせるべきだ。男である上に素性も不安定な自分などに構っていたらいけない。アフロディはそう考えて、セインにやんわりと拒否の姿勢を示したのだが。

 アフロディの気遣いとは裏腹の行動にセインは出た。
「だ、だが私はお前が気に入った!」
 気を抜いた隙にアフロディはセインに力一杯抱き締められていた。不意打ちの接触に抵抗も忘れてしまった。呆然と見上げれば目の前には、セインの真っ直ぐな瞳があった。切れ長の翠緑色の双眸は、瞬きもせずにアフロディだけを一途に見詰めていた。
「亜風炉、照美…アフロディだったか…?」
「…な、なんだい?」
 セインは極度の緊張と興奮を綯い交ぜにしたような、切羽詰まった表情をしていた。抱擁から逃れようと身を捩るアフロディを、しっかりと抱き留めて離さない。アフロディに縋り付いて、セインは強く懇願した。
「女でなくとも、処女でなくてもいい!私の花嫁になってくれ…!」
 最早熱烈なプロポーズとしか言いようがない。アフロディは自身の顔面が見る間に火照っていくのを感じた。それと同時に自分を抱くセインの身体が、やたらと熱っぽいことに気がついた。よく見ればセインの白皙の頬も濃い桃色に色づいている。あんな大声で愛の告白をしておきながら、セインは照れているのだ。
「…馬鹿だな…君は…」
 セインの初心さ、素直さとが可愛らしくて、不覚にもアフロディはときめいてしまった。必死の告白に絆されたといえばそれまでなのだが、とにかくアフロディの心は動き、セインに抱かれてもいいと腹を括ったのだ。
「そこまで想われたら、突き放せないじゃないか」
 アフロディの微笑みは許容を表していた。セインの顔に歓喜が沸き上がった。
「わ…私の花嫁になってくれるのか?」
「…花嫁とか、肩書はいいから…今は君のものになってあげる」



「手荒な真似をして、すまなかった」
 拘束を解いたばかりの手首に残る痣を撫でながらセインが謝罪する。いいんだよと答えたアフロディは、自由になった両手を早速セインの首に回して囁いた。
「はやく、挿れて?」
 こんな風に愛らしく強請られてはセインも堪らない。硬い先端が蕾にぴたりと押し付けられたかと思うと、焦らすだけの余裕もなく挿入が始まった。
「…ん……ふ、あ…あぁっ…!」
 狭い内壁を割り開いて進む熱の塊が、アフロディの身体を一気に貫いた。嫌と言うほど丁寧に慣らされたお陰で、全てを受け入れても恐れていたほどの痛みはない。ただ不可避の圧迫感を伴いながら、セインの熱が身体の奥にまで届く。覆い被さるセインの背中に腕を回して抱き締めると、汗ばんだ身体同士が密着して精神的な快感が増す気がした
「動くぞ…?いいか?」
「うん、いいよ…たくさん頂戴…」
 貧相ではないが特別太くも長くもないセインの男根は、それでも確実にアフロディの身体を蕩けさせていった。隘路を探りながら味わう緩やかな抜き差しは、受け入れるアフロディにも深い陶酔を与えた。
「あぁっ、ふ…っ…ん…あぁん…」
 激しいセックスばかり経験してきたアフロディにしたら、物足りないとでも感じそうなゆっくりとした腰使いなのに、擦られたところから快楽が沸き上がるではないか。余波を孕んでますます大きくなる悦びは、アフロディも知らない未知の感覚だった。
 こんなセックスもあるのかとアフロディは素直に感心した。深い海の底に沈んでいくような、全身を預けてしまいたくなる何かがそこにはあった。

「…アフロディ…かわいい…」
「っや!…ぁ、あっ…んっ!」
 アフロディの耳元に口を寄せてセインは囁き、白くて柔らかな耳たぶを唇を使って優しく食んだ。挿入の快楽に溺れていたアフロディの身体を、ぞくぞくとした鋭い刺激が駆け抜ける。それは穏やかな交合とは正反対の暴力的なまでの性感だった。耳から項にかけての愛撫にアフロディは滅法弱かった。
「っ…耳は、だめ…はぁん…あぁ…っ!」
 切羽詰まった嬌声は興奮を煽るための材料に過ぎず、味を占めたセインはアフロディの耳元を貪るように舐め回した。熱い息を吹き掛けながら尖らせた舌先で耳の溝をなぞり、鼓膜に通じる小さな穴まで余すところなく舐め尽くす。
「っあ…!や、あ…っ!はあっ!あぁ…」
 何度されても刺激に慣れることのない、敏感すぎる性感帯をしつこく責められたアフロディは、息も絶え絶えになりながら喘ぎ続けた。
「ひ、あぁっ!やぁ、だめっ…!だめぇ、っああ、ぁあっ…!」
「…可愛い…私の花嫁…」
「やぁ、あぁっ…やっ…おかしくなるぅ…」
 首筋を弄られながら前立腺を突かれて、訳がわからなくなるほど感じた。自分が底無しの悦楽に溺れていくのがアフロディにはわかった。上も下もセインに犯されて、涎を垂らしながらはしたなく喘ぐことしかできない。勝手に収縮し始めた後孔が、飲み込んだ肉棒を貪欲に締め付ける。頭が真っ白になるほど気持ちが良くて、このまま溶けて消えてしまいそうだと思った。
「っあ、ぁっ!いく、はぁ、あぁっ…!」
 セインの腰に両脚を巻き付けて、アフロディは更に深い挿入を求めた。粘膜いっぱいに雄を頬張って満たされたと同時に、アフロディは後ろの刺激だけで達していた。セインの性器を後孔で絞りながら、濃い精液をたっぷりと吐き出す。感極まったアフロディはセインにしがみつきながら切ない溜め息をついた。凄まじく艶めいた吐息にセインの理性も焼き切れた。
「っ、ん…アフロディ…っ…」
 脱力したアフロディを胸に抱きながら、セインはその身体の奥に熱を注いだ。



 終わってみるととてつもなく恥ずかしい気持ちに襲われた。拉致同然に攫われて来た場所で、初対面の男に抱かれて乱れ切った自分が情けない。後悔と自己嫌悪に苛まれるアフロディを抱き締めて、反対にセインは素晴らしく上機嫌である。セインは歯の浮くような甘い声で、私の花嫁、としきりに囁いて嬉しそうにしている。
「今日は素晴らしい日だ。こんなに愛らしい花嫁を手に入れた。私は天界一の果報者だ。」
 アフロディはすぐにでも逃げ出したい気持ちでいたが、心底幸せそうなセインの笑顔を見ていると、どうにも実行できない気がした。悔しいことにセインに対して妙な愛着が湧いている。無邪気な笑顔を可愛いとすら思う。セインには負けたと思った。

 情に棹を差して流された。人の世でも天界でも、生きにくいことに変わりはないらしい。

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