稲妻11 | ナノ


 仰ぎ見たとき目に飛び込んできたのは、明るく光り輝く天井だった。見慣れた自分の部屋の何の変哲もない景色である。皓皓と付いたままの白熱灯の光が眼球を刺して痛いと感じた。目が眩んだ。
 源田の戸惑いの原因は仰向けの腹の上に乗った生き物にあった。胴体を跨いで座った生き物が、上体を屈めて源田に口づける。細くも力強い指で源田の両頬を捕らえて、言葉を失くした唇を繰り返し繰り返し貪り暴いた。重力に従って垂れ下がる長い金髪の毛先が、源田の肌を柔らかく擽っていた。
「ア、フロディ…」
 源田は動揺して掠れる声で、身体に跨がる生き物の名前を呼んだ。深い紅の瞳に見つめられて源田は畏縮した。何故だろう、普段と照美の様子が違う気がする。
 源田と照美は恋人関係にあり性交渉も済ませている。性に早熟な照美に、こんな風に積極的に迫られるのも吝かではない。しかし今回、照美に伸し掛かられた源田はたじろいでいた。誘われているというよりも、これではまるで襲われているようだと感じる。
 相手の主導を恐れる源田の心を見透かして、逆光のシルエットの中で照美が笑った。しなやかな指先で精悍な輪郭を辿り、よく鍛えられた首筋に触れる。急所を掴まれたことで竦み上がる源田を見下ろして、花の美貌に挑発的な笑みを浮かべる。
「そんなに不安そうな顔をしないでよ…何も君を、取って食べようってわけじゃないんだから」
 シャツの襟元に手を掛けた照美は、巧みな手付きで源田の着衣を暴いていった。深く窪んだ鎖骨から厚い筋肉に覆われた胸板、しっかりと割れた腹筋まで白日の下に晒し出す。肉体美を賛美するに相応しい身体を舐めるように見つめながら、照美は源田に穏やかに語りかけた。
「僕はね。君をより深く愛したいんだ」
「…愛したい?」
「君に抱かれるのは幸せだよ。それこそ眩暈がするくらい。でも、足りない。僕は君をもっと知りたい」
 源田に跨がったまま、照美もまた自身の上着を肌蹴させていく。皮下に走る血管が透き通るように白い滑らかな肌。体型こそ細身だが必要な筋肉はしっかりと付いている。照美が見せ付ける美しい身体のラインを見上げて源田は息を呑んだ。
 この腕に何度も抱いたことのある身体だ。深いところまで探り合って、知らない場所など既にない。感じやすい肉体が甘く切ない吐息を零す瞬間を、貪欲に愛を求めて締め付ける熱情を、源田は肌で知っている。
 しかし、こんな表情を向ける照美を源田は知らない。目の前の存在に縋るのではなく、骨身まで奪い尽くしたがっているような、一介の男の飢えた顔だ。照美はそのまま源田の身体に覆い被さった。素肌と素肌が直接擦れ合って、重なる温もりが源田を煽る。
「僕はこんな見た目だから、それもおかしいと思っていたんだけどね。もう良いかなと思って。我慢するのも、飽きちゃった」
「…どういう、ことだ?」
「今日は僕が、君を抱く」



 体内を指で直接探られて、違和感に目の前がぐらついた。
「…っ、う…ん…、くっ……」
 源田は口元を手で抑えたが、堪え切れない声が嗚咽となって喉を突いた。照美の細い指が肛門に入れられていると思うと、羞恥で頭が沸騰しそうになる。自分も知らない場所を晒されて暴かれる。血が上った顔は真っ赤になっていた。
「締まりがいいね。鍛えてあるからかな」
 潤滑剤を用いられた源田の後孔は、本人の気持ちに反して過剰なほど潤っていた。照美の言うように締まりの良いそこは、挿入された異物を引っ切りなしに締め付ける。生理的な反射とはいえ反応の良さに照美は満足した。十分に濡れているのをいいことに指の抜き差しを試みる。
「…うっ、う…ぁ…ん、うっ…」
 与えられたぬめりのせいで、自分の身体が原因とは思えないような、ぐちゃぐちゃとはしたない音がした。照美の指が何本挿入されているのかは分からないが、一本や二本では済まないことが、体内を満たす圧迫感から想像できる。痛みはないが腹の中を弄られることには強烈な違和感が伴った。出来ることなら抜いて欲しい。しかし源田の悲痛な願いは前戯を施す照美には届かない。
「…っひ、う…っ…、く…ぅ…」
 束にした複数の指がぐるりと内壁を掻き混ぜた。未通の直腸を拡張するための動きに、照美が本気で挿入する気なのだと思い知る。途端に怖くなった源田は、覆い被さる照美の身体を、震える両手で押し返していた。
「どうしたの?痛かった?」
「…すま、ない……こわくて…」
 これまで散々男の立場で照美を抱いておいて何を今更と思ったが、自分が抱かれる側に回ると思うと、源田は恐ろしくて仕方なかった。たとえ愛する照美にでも、男に身を委ねることには抵抗があった。理性ではどうにもならないところで、精神が受諾を拒否していた。
「こわい…アフロディ…」
 源田の男らしい顔付きは今や完全に陥落していた。凛々しい眉尻を下げて小さく鼻を啜り、あらゆる点で恐怖を訴える。震える源田の手を取って、照美は強張る指先に口づけた。押し寄せる不安に揺れる双眸を優しく見つめて、指を絡めて大きな手を握った。
「大丈夫だよ。今は怖くても、すぐ気持ち良くなるよ…僕みたいにね」



 真昼のような明かりの中で、二つの身体が重なっている。肉と肉がぶつかる生々しい音が、部屋に断続的に響いていた。
「っく、あぁ…っん、はぁっ、あっ…!」
「…ああ、あったかい…」
 照美は恍惚と呟いて、源田の中を深く浚った。包まれているのは身体のほんの一部なのに、下肢から生まれた快楽が全身を包み込むようだった。普段のセックスとは真逆の立場で貪る源田の身体は、普段以上に熱く感じられた。
「あ…アフロディ…っあ!ん、はぁ…あ!」
「源田くん…」
 逞しい両脚を抱え直して、奥まった場所を照美は突いた。きついくらいにペニスを締め付ける入り口が頑なで、源田が処女であったことを照美に強く実感させる。何度も何度も抱かれた身体を抱くというのには、倒錯的な興奮が伴った。男らしい顔を戸惑いと快楽に歪める源田の様子が、正常位の体位からは一望できる。この光景が見たかったのだと感動すらした。
「ずっと君に抱かれながら、君を抱くことばかり考えていた」
 照美だけが知っている情欲に塗れた源田の顔は、見ただけで濡れるほど色っぽくて性的だ。いつからか、見ているだけでは飽き足りなくなってしまった。自分の手でそういう表情をさせてみたくなった。幸いにも二人は男同士だった。照美が源田を愛することもできる。
「想像以上に、君はいいね…」
 焼き切れてしまうのではないかというほど、源田の中はきつくて熱かった。照美の肉棒を情熱的にくわえ込んで離さない。受け入れる側での初めての性交なのに出血もしないところを見ると、元々受け身の素質があったのではないかとも思う。事実源田の中は最高に気持ちが良かった。
「お腹の中が熱くて、溶けちゃいそうだよ」
「…ん、あっ…や、ぁ…うっ…く…」
 愛しい男の体内を隈なく探っていく。源田の性器ほどの太さや長さはないが、照美のものも男として恥ずかしくないだけの質量があった。少女めいた可憐な美貌の中で、そこだけが強烈に男の風格を讃えている。唯一の明確な雄の部分で組み敷いた源田を犯す。どうしようもないくらい興奮した。源田に挿入している性器が一回り大きく膨らんだ。
「ひっ、ぁ、アフロディ…?…うぁ、あぁっ…!」
 質量の増加を感じ取った源田が悲鳴じみた声で鳴く。そのままずるずると内壁を擦られては、意味のない喘ぎ声しか零せなくなる。照美に揺さ振られるがままの存在になって、限界まで熱された思考が白く弾け飛ぶ。二人の身体の境目も分からなくなるほど、ぐちゃぐちゃになって溶けていく。涙に塗れた源田の顔に照美は愛おしげに口づけた。塩辛い頬を舐めながら、存外に可愛らしい泣き顔を堪能する。
「可愛いなぁ…癖になったらどうしようか?」
「あ、ぁ…っん、くぁ……あっ…」
「今まで沢山抱いてもらったから、今度は僕が沢山気持ち良くしてあげる」
 照美は腹の間で物欲しげに揺れていた源田の勃起を扱き上げた。それと同時に敢えて避けていた前立腺に狙いを定めて突き上げる。射精に結び付く直接的な快感をいっぺん与えられて、源田の下肢が大きく跳ねた。照美が見せたのは底無しの快楽地獄だった。
 両脚をびくびくと痙攣させて、見開いた瞳から大粒の涙を零す。源田は気が遠くなる中で、最後に照美の声を聞いた。

「…大好きだよ、源田くん」


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