例えば在校中だったとしても、何かの拍子に唐突に催してしまうことがある。互いの同意があれば人気のないところで致すのも、サンダユウとバダップにとっては吝かではない。
王牙学園の有する広大な敷地の中には、監視カメラの目の届かない死角が探せば幾らでもある。観察眼に取り分け優れた二人にとっては、人目を盗んでの逢い引きなど容易いことだった。
とはいえいつ何時不測の事態が起こるかわからないので、これも職業病に近いのだが、校内で及ぶときは上半身の着衣はそのままに最低限の着衣のみ乱して、性急に交接するのが常である。
端から見たらとんでもない状態だと思う。そんな間抜けな格好を晒してまで致したいのかと問われると、情けなくて申し訳の言葉もないが、時折どうしようもなく相手の身体が欲しくなる。ひとたび興奮を覚えてしまうと形振り構っていられなかった。学園では大人びた振る舞いを見せる二人も所詮は、年相応の性欲と興味を有する子供に過ぎない。
性交の回数を重ねるにつれて、前戯に要する時間も短くなった。全くの未通だったバダップの身体が、自分に慣れた証拠だと思うと感慨深いものがある。だからといって粗雑に扱うつもりは毛頭なく、寧ろサンダユウは過保護な程に丁寧で慎重だ。
出来る限りの解す努力をすれば、バダップの身体は大人しく綻び始める。それに伴って心も開かれていく気がする。サンダユウだけが知っていて独占している、バダップの艶姿は誰よりも愛らしい。
しかし今、サンダユウが見下ろしているのは、濃緑色の制服に覆われる背中のみだった。四つん這いの姿勢で腰を掲げたバダップを、サンダユウは相手にしているのである。
どうやらバダップには、セックスはバックでするもの、と刷り込まれているようだ。
――初めてのとき、本当ならば正常位で抱いてやりたかったのだが、男同士の身体の都合上どうにも上手くいかなかった。これは致し方ないと、後背位の形を取って何とか繋がることが出来たのだが、それ以来いざセックスとなると、バダップが勝手に四つん這いになるのである。気になるが敢えて注意するべきことでもないのかも知れないと、ずっとサンダユウは悩み続けている。
一抹のほろ苦さを抱えながら、サンダユウはバダップと付き合っている。とにかくバダップが傷付かないように、大事に大事に愛でている。
「…っあ、ぁ…はぁ…っ…」
バダップは最近ようやく声の出し方を覚えた。小さな唇から控え目に漏れる嬌声は、情欲を煽る切なげな響きを孕んでいる。しかしサンダユウとしては声だけでなく、バダップの良い表情をじっくりと見詰めながら抱いてみたい。
背後からバダップに挑むこの体勢で、垣間見ることが出来るのは、精々上気した横顔程度である。薄く涙を乗せて震える睫毛は確かに色っぽいのだが、サンダユウは今ひとつ物足りなく感じている。
後背位は犯しているという感じがするから好きだ、という知り合いがいる。しかし恋愛に関して支配欲というものを然ほど感じないサンダユウには、背後から突くこの体勢の魅力がよくわからない。愛するひとと正面から抱き合いたいという願望の方が強くある。深く口づけて吐息を貪りながら、身体の一番深いところで繋がりたい。サンダユウはそんな夢を抱いている。
しかしながら、愛するバダップとの交合は、バックであろうと問答無用に気持ちがいいし、行為の充足という点からみたら問題も不満もない。男に抱かれるということに恐怖や嫌悪も少なからずあった筈なのに、同性の自分に身体を許してくれたバダップのことを思うと、サンダユウは申し訳なさと愛しさとで胸がいっぱいになる。たかだか体位程度で不平を零すことは我が儘である気がして、結局サンダユウはバダップに何も言えないのである。
サンダユウは挿入したまま、バダップの背中に覆い被さった。髪の毛と詰め襟を掻き分けて、無防備になった首筋に噛み付いた。首回りのしなやかな筋肉を強弱を付けて食むと、呼吸を詰まらせたバダップが切なく身を震わせる。バダップが急所らしい急所に性的に弱いと知ったのも、身体を重ねてからのことだ。
頸部を覆う薄い皮膚の下には、脈打つ血管が幾つも走っている。その中でも一番太い頸動脈を探り当てて、血液の流れに沿って舌を這わせる。小さな小さな悲鳴と共に、バダップの口から熱い溜息が漏れた。バダップは大きな目をきつく瞑って、サンダユウの施す愛撫に震えている。
「気持ちいいのか?」
「…っ、…ふ……」
「ここと、ここ…か?」
「…ん、っあ…ぁ、やっ…」
綺麗な項をねっとりと舐め上げながら、耳の後ろをあやすように擽った。バダップはこの戯れに相当感じてしまうらしく、身体が痙攣すると同時に後孔がきゅうっと収縮する。不意打ちで性器を絞られたサンダユウも、思わず呻き声を上げてしまった。バダップよりも先に、一人で持っていかれるのだけは勘弁願いたい。
「…っく、バダップ…」
きゅうきゅうと情熱的に締め付けてくる後孔が、根元まで飲み込んだ肉棒を甘く淫らに攻め立てる。無意識の初心な状態でこうなのだから、このままバダップの身体を開発していった先のことを考えると、サンダユウは生唾を飲み込まずにはいられない。バダップに触れることは、サンダユウにだけ許された特権である。
「…ふ…ぅん……ん……」
固い床に直接バダップを這わせるのには抵抗があった。バダップに掛かる負担が少しでも減るようにと、自身の制服の上着を敷いた上で、サンダユウはバダップを抱いている。白い手袋を嵌めているバダップの手が、縋り付く物を求めて、敷布代わりの制服を強く握り締めている。
「…っ…ん……っ…」
自らが皺だらけにした布地に頬を擦り付けて、バダップははぁはぁと荒い息を吐いている。それを見てサンダユウはバダップは余程辛いのかと思った。大変な挿入の苦痛を凌ぐために、必死になって突っ伏しているのだろうかと。しかしそれは違った。
「…っ…サ…サンダユウ……」
床に敷いたサンダユウの制服に縋りながら、バダップが切なげに名前を呼ぶものだから、サンダユウは胸を衝かれた。自惚れかと疑おうとしたが、濃緑色の布地に顔を寄せたバダップの、如何にも幸せそうに蕩けた瞳を見てしまっては、サンダユウも悟らざるを得ない。サンダユウの匂いの残る制服に、バダップは欲情しているのだ。
気付いてしまうともう駄目だった。サンダユウは布地を掴むバダップの手を上から握り締めて、押し潰さない程度に身体を密着させた。バダップの豊かな髪の毛に顔を埋める。微かに篭る汗の匂いを感じて、信じられないくらい気持ちが高ぶった。
性器が抜けるか抜けないか、というところまで腰を引いてから、サンダユウは一気にバダップの身体を貫いた。熱くて狭い内壁を割り開いて、奥へ奥へと突き進む。
「あ!ぁっ…ん…んあっ…!」
突然荒々しさを増した挿入に、バダップは背筋を仰け反らせた。反射的に逃げを打つ身体を、サンダユウが上から押さえ付ける。バダップの自由を力で制して、引き締まった小さな尻に荒ぶる熱の塊を打ち付ける。
「…ひ、ぁ…あぁ…っ…あ…っ」
バダップの引っ切り無しの嬌声を耳にしながら、サンダユウは異常な興奮状態を持て余していた。長い間バダップは、サンダユウにとって雲の上のひとだった。手に入れたからには真綿で包み込むように、ひたすら手厚く愛そうと決めていたのに、どうしてだか今日は優しくできない。自分が自分ではないようだった。バダップの身も心も貪り尽くしてしまいたい衝動があった。
「あっ…ん……やぁ、は…あぁっ…」
溢れた体液が混ざり合って、結合部で下品な水音を立てていた。抜き差しの度にひくつく体内が淫らだった。濡れた粘膜が肉棒に絡み付いて、堪らなく気持ちが良い。
探り当てた前立腺を先端で突いてやると、一際高くバダップが鳴いた。繰り返し繰り返し攻め立てて、互いの性感を高めていく。掠れる声が、湿った体温が、何よりも強烈にサンダユウを追い詰める。
無意識に煽るバダップが悪いのだ、とサンダユウは思った。人の温もりが欲しいなら、そんな布切れ如きに縋らずに、自分に直接求めてくれたら良いのに…。
「うっ、あ、ぁあ…サンダユウ…っ!」
どくりと吐き出されたバダップの熱を、サンダユウは余さず手の中に受け止めた。絶頂の余韻に引き攣るバダップの後孔が、サンダユウの性器を引き絞る。中に出したら不味いと思ったサンダユウは、達する直前にバダップから自身を引き抜いた。だらし無く開いたままの穴を見下ろしながら、限界を訴える性器を手で扱き、バダップの尻に向かってサンダユウも射精した。若い張りのある褐色の肌には、とろりと滴る白濁がよく映える。あまりに性的な情感を煽る構図に、サンダユウは更なる眩暈を覚えた。
行為の余熱が落ち着いた頃に、サンダユウは意を決して言ってみた。性交に用いる体勢は後背位だけではないと。それとも殊更拘りがあるのかと。それは了承していると返事をした上で、バダップはこう切り出した。
「他の体位は嫌だ」
「どうしてだ?」
初耳である。疑問に思ったサンダユウが追及すると、バダップはサンダユウの顔を焦れったそうに見詰めてから、極まりが悪そうに呟いた。
「君を、真正面から見るのは、恥ずかしい」
そう言ってバダップは外方を向いてしまう。照れ臭いのは本当らしく、頬が幼気に紅潮している。至極真面目なバダップの答えがサンダユウには面映ゆくて仕方がない。余程無理をしたらしいバダップの肩を抱いたまま、サンダユウはそれ以上何も言えなくなってしまった。
不器用かも知れないけれど、この人が心から愛おしい。