源田がアフロディと正式にお付き合いを始めたという。他でもない源田自身の口からその報告を受けた俺は思わず「お前マゾだったのか」と真顔で源田に聞いてしまった。
現在でこそ雷門サッカー部の仲間として交遊を親しくしているアフロディだが、元々は帝国サッカー部をぼろぼろにしてくれた世宇子中のキャプテンである。圧倒的な力の差の前に敗北し、肉体も精神もずたずたに引き裂かれた試合は、今思い出しても悪夢のような出来事である。敗北当時の俺たち帝国学園にとって、世宇子中、取り分けアフロディは忌まわしき存在だったのだ。
後にそこには影山元総帥が絡んでいて、世宇子中のサッカー部員たちも影山の復讐劇に利用されていたに過ぎないことが判明するのだが、だからといって彼らにされたこと全てを即座に快く許せるほど、中学生の心は単純にはできていない。
俺はアフロディと打ち解けるのに二週間かかった。引き抜かれた先の雷門で再会したアフロディはしおらしく、先の試合について謝罪してくれたのだが、俺はそんなときでさえアフロディに対する警戒を解くことができなかった。俺には件の試合の際に、アフロディにかなり乱暴に蹴飛ばされた経験がある。幸いにも骨折には至らなかったが、酷い内出血を伴う打撲傷になって、長い間痛みを伴う痣ができた。
そのためかアフロディを見ると、まず身体の方が反応して身構えてしまうのだ。その反射を克服するのに二週間かかったというわけだ。
蹴られた程度の俺ですら、軽いとは言い難い後遺症に苦しめられたのだ。それならあっゴッドノウズとかいう恐ろしいシュートを、真正面から10回も食らった源田は、アフロディを見る度に更に酷い反射に苦しめられたのではないだろうか。
それよりむしろ不可抗力かも知れないとはいえ、それほどまで滅茶苦茶に痛めつけてくれた奴と、過去を清算して付き合う神経が理解できない。実は源田は真性のマゾヒストで、痛めつけられるほど興奮する性癖だったのだろうか。常識外れの超次元シュートが炸裂するこの世界で、ゴールキーパーというポジションはマゾの天職である。
「やっぱりお前マゾなのか」
「いや、俺はノーマルのつもりだが」
「いーや、絶対マゾヒストだ!あのアフロディだぞ?怖くないのかよ、ゴッドノウズにボコボコにされて入院したのは何処のどいつだ」
「……。」
過去をほじくりかえすと源田は困ったような苦い顔をした。なす術もなく点を奪われたあの試合が脳裏によみがえっているのだろう。
「確かにアフロディは最初はちょっと怖かったが、今は大丈夫だ」
「強がってんじゃねーよ、顔真っ青だぞ」
「問題ない。愛があればこれしきのトラウマ…!」
ああやっぱりトラウマになっているのか。あれだけボコられたら嫌でも染み付いてしまうよな。ということは源田はトラウマの原因と付き合っていることになる。源田は否定するけどマゾ決定だな。
「アフロディのどこに惚れたんだ?やっぱり顔か?」
源田はメンクイなので美形に弱い。人のことは言えないが色素の薄い美人なんて源田の好みにどストライクのはずだ。
「顔も可愛いし性格も可愛い。アフロディを構成する全てが好きだ。降りかかる災厄から一生守っていきたい」
確かにアフロディは可愛い。でも相当難有りの性格をしていると見受けられる。あの我が儘で自信家な人格面も引っくるめて、源田はアフロディを愛そうというのである。若干引いている俺に構わず魅力を語り始めるあたり、源田はアフロディに相当惚れ込んでいるようだ。
「それにな、俺は強くなったんだ」
「なんか真帝国みたいなセリフだぞそれ…」
「今の俺ならあのシュートも止められる、このビーストファングG5でな」
「G5ゥゥゥゥゥ!?いつの間に?何その無駄な努力!?」
「無駄じゃない!俺がアフロディを真正面から愛するためには必要不可欠なことなんだ」
源田曰く、付き合う条件としてアフロディに提示されたのが、技を全て真及びG5にしてこいとの指令だったらしい。「僕強いひとが好きなんだ」…馬鹿正直なこの男は、アフロディ好みの強い男になるべく、血の滲むような特訓に励んだ。ここ最近源田が練習後にふらりといなくなるのはそのせいだったのか。そしてこの馬鹿は遂にやり遂げたらしい。
改めて源田に告白されたアフロディは、源田の手をボロボロになったグローブごと愛おしそうに取り、花の微笑みで頷いてくれたのだそうだ。
何やら良さげなラブストーリーではないか。俺は柄にもなく目頭が熱くなる思いがした。打っても響かない鈍感イケメンが恋を自覚しただけでも進歩だというのに、猛アプローチの末に成就したとなれば、俺は二人を素直に祝福したくなった。
「俺、源田のこと尊敬した」
「ありがとう」
「アフロディと幸せにな」
満面の笑みで源田は頷いた。
そんなこんなで付き合い始めた超次元カップルの二人は、今のところ喧嘩らしい喧嘩もせずにサッカーも恋愛も仲良くやっている。