稲妻11 | ナノ


 徹底した管理教育が行われている王牙学園は、当然のことながら全寮制である。生徒たちは朝晩の食事を、基本的には食堂で一律に取っている。朝、寮中に響き渡る起床のベルで一斉に起き出した生徒たちは、最低限の身嗜みを素早く整えてから食堂に集まる。
 軍隊育ちの早飯食らいというだけあって、皆食事には五分と時間が掛からない。よく噛んで食べなさいなどと、お行儀の良い指導を行う存在は此処にはいない。王牙学園の生徒たちが将来赴くであろう、戦場での食事は得てしてそのようなものである。
 食卓におけるマナーよりも栄養を手早く摂取することの方が、一流の軍人を目指す彼らにとっては余程重要な話なのである。



 ある朝のことである。定刻どおりに食事にやって来たサンダユウは、食堂に一歩足を踏み入れた途端に、針のように鋭く突き刺さる無数の殺気に見舞われた。実戦訓練でも滅多に受けない明確な殺意にサンダユウは反射的に身構えたが、殺気を向けられたのは本当に一瞬の出来事で、後には異様な雰囲気が残り香のように漂うばかりだ。
 嫌な汗を拭いながらサンダユウは訝しんだ。何かおかしい。食堂に満ちる空気がいつになく重たい。生徒たちの視線がサンダユウにじろじろと纏わり付き、無言の圧力を掛けられているようだ。

 朝から何事かと警戒しながら進んだ先、食堂の一番奥のテーブルの前でサンダユウは立ち止まった。そこにはオーガの面々が席に着いていて、それは毎朝の光景なのだが、やはり様子が尋常ではない。皆一様に俯いて、これから死地へ赴くのかというような深刻な表情を浮かべている。そして何故かエスカバは制服の上に真っ白な割烹着を着用している。全く意味がわからない。
 唯一顔を上げたミストレが視線でサンダユウに着席を促した。縦に長いテーブルの上座と、下座に近い席の二つが空いていた。上座はオーガの隊長であるバダップが座るべき場所である。サンダユウはおそるおそる後者に腰掛けた。重苦しい雰囲気は拭えない。


「バダップ以外、皆揃ったね」
 美しい声で確認したミストレの合図でエスカバが立ち上がり、厨房の奥から何かを抱えて出て来た。それはエスカバの上体ほどもある巨大な鉄の釜であった。如何にも重たそうなそれをエスカバは難無く運び、テーブルの中央にドカリと乗せた。
 エスカバが運んできた釜の中身は、蓋を開けてびっくりの赤飯である。釜いっぱいに炊かれた小豆色に染まったもち米が、ほかほかと白い湯気を立てている。
 エスカバが作ったらしいということにも驚いたが、思いもよらない料理の登場にサンダユウは目を見開いた。赤飯なる料理の存在を文献では知っていたが、実物を目にするのは初めてだ。何でもかつてのこの国では、祝い事の際に振る舞われた品らしいが…。

 テーブルに着く他のメンバーの面持ちは変わらない。暗く沈んだ表情は、赤飯を振る舞う祝い事というよりも弔いの場のようである。先程向けられた殺気といいオーガのテンションの低さといい、今朝は本当に何かがおかしい。頭に疑問符を浮かべるサンダユウに構わず、杓文字を手にしたミストレによって、手際よく赤飯が盛られて配られていく。
 そしてサンダユウは自分の前に出された赤飯を見て言葉を無くした。

「これが、サンダユウの分」

 最早茶碗ではない。サンダユウだけ容器がどんぶりなのである。大きなどんぶりに高々と、炊き立ての赤飯がぎっしりどっしりと盛られている。一人前の量を無視して盛られた山のような飯の頂上に、二本揃えられた箸が突き刺さっている。
 赤飯に刺さる箸は一種の墓標のようにも、藁人形に打ち込まれる五寸釘のようにも見えた。


「さぁ、たんと召し上がれ」
 山盛りの赤飯を差し出すミストレの、天使の笑顔の恐ろしさといったらない。目が全く笑っていない。引き攣った笑いを浮かべながらサンダユウはどんぶりを受け取り、改めてオーガのテーブルを見渡した。
 見ればエスカバは割烹着姿のまま涙ぐみ、他のオーガのメンバーもまた、配膳された赤飯を前に肩を震わせたり歯軋りをしたりして、感情を堪えている。

 ――バレている、とサンダユウは確信した。全身に脂汗が滲み出るのを感じた。上座は相変わらず空いたままで、それは隊長のバダップが起きて来ていないことを表していた。

 それもそのはずである。恋人としてお付き合いをしていたサンダユウとバダップは、昨夜めでたく初夜を迎えたのだ。慣れない行為に疲れ果てたバダップは、未だサンダユウの部屋で眠っている。
 長年バダップに恋い焦がれてきたサンダユウにとっては、バダップとの初夜は夢のような時間だったが、幸福の代償は高く付きそうである。後で朝食を持っていくよと言って、バダップを置いて一人出て来たものの、これではこの食卓から生きて帰れるかどうか。

 つまりこの赤飯は、二人の事情を察したオーガのメンバーからサンダユウへの、手の込んだ嫌がらせなのだ。娘の初潮と初夜の翌日には赤飯を炊いて祝うもの――この国に伝わる旧い伝統を、このような形で使われるとは思っていなかった。
 この赤飯に込められた思いを言葉にするのなら「俺達のバダップに手を出しやがって、一人だけ抜け駆けしやがって、サンダユウてめぇコノヤロウ」であろうか。堆く盛られた赤飯は、積もりに積もった怨念の具現化した形であるのだ。

「あの、その、なんていうかすまん」
 誰へともなくサンダユウは謝罪した。
「一粒でも残したら承知しねーぞ」
 かつて聞いたこともない冷たい声で、ミストレが容赦なく一蹴した。


 皆で手を合わせて「いただきます」の挨拶をする。
 サンダユウが一口運んだ赤飯は、ごま塩もかけていないのに、ほんのりとしょっぱい塩の味がした。


 ――バダップは王牙学園の花である。時代の宝である。むしろ、この程度の贖罪で済んだことに、サンダユウは感謝すべきなのかも知れない。



終わり!

お粗末様でした!

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