「マーク、これなーんだ?」
一之瀬が掲げて見せたのは、先日解禁されたばかりの、今年度のボジョレーヌーボーだった。
「ボジョレーじゃないか。どうしたんだ?」
「うちに沢山あったのを、一本くすねて来たんだよ」
小さな悪戯を自慢するように一之瀬は答えて、ワインボトルの側面に恭しく口づけた。キスのときのような伏し目がはっとするほど色っぽくて、マークは少し狼狽える。
「い…悪戯っ子だな、カズヤは…」
一之瀬は聞き分けの良い優等生のようでいて、こういった悪いことも平気でしてみせる。要領が良い一之瀬のすることは、いつだってスマートでしたたかだ。
「初物は試してみたくなる性質なんだ」
ラベルを撫でて艶やかに微笑んだ一之瀬は、瓶のくびれをぺろりと舐め上げた。その仕草は別のいやらしい行為をマークに連想させた。マークの胸が熱くなる。果たして確信犯なのだろうか。天然だとしたら、とてつもない魔性の性質を持っている。
「グラスはある?一緒に飲もうよ」
一之瀬はコルクを抜くための栓抜きも持って来ていた。上出来と評判の今年のボジョレーヌーボーを味わう準備に抜かりはない。しかし試飲に誘われたマークは怖い顔をして、一之瀬の手からボジョレーを取り上げた。
「オレたちが幾つだと思ってるんだ?アルコールは飲んだら駄目だ」
「…マークは真面目だなぁ…」
華やかな見た目に反してマークは大変な堅物である。ボジョレーヌーボーのような記念の意味合いが強い品であっても、世間の決まりに反するのは許せないらしい。規律に厳しい恋人に苦笑を漏らしつつ、マークの隙を突いて一之瀬はボジョレーを奪取した。
「でもオレは飲んじゃうからね」
「あっ、こら…!カズヤ!」
マークの制止も聞かずに、一之瀬はボジョレーの栓を開けて口を付けた。ラッパを吹くような格好で、瓶の口から直接ワインを飲み下す。こうなってしまっては咎めるにも遅い。一之瀬の喉がこくこくと動くのを、マークは呆然と見つめるしかなかった。
「うん、美味しい」
「カズヤ!飲み過ぎだぞ!」
さほど大きくはない瓶だが、それでも中身は半分ほどになっていた。アルコールの摂取だけでも良くないのに、更には一気飲みとは。マークはほとほと呆れてしまった。一之瀬は割とアルコールに耐性があるのか、普段どおりの表情でマークを見ている。
「マークも一口飲んでみなよ」
一之瀬はボトルを差し出して勧めるが、マークは頑なに首を振って拒否する。
「いい、オレは…そういうのは口にしないと決めたんだ」
「…経口摂取じゃなければいいの?」
「えっ?」
強い力で腕を引かれた次の瞬間には、どのようなテクニックを駆使されたのかもわからぬまま、マークの身体はフローリングの床へと崩されていた。一之瀬はマークの上半身をソファへ押し付けると、恐るべき手際の良さで下肢の着衣を剥ぎ取った。
日に焼けていない形の良い尻が、一之瀬の前に無防備に晒される。マークは羞恥に息を飲んだ。
「カ、カズヤ!」
「いつ見ても綺麗なお尻だね」
「ゃ、あっ…!」
一之瀬はマークの張りのある肌にキスをして、緊張を解すように丸い双丘を揉みしだいた。一之瀬の器用な手つきは優しかったが、普段とは違う強引さを秘めていた。
目的も分からぬまま、ただ恥ずかしい格好を取らされるマークは戸惑った。おそるおそる背後を振り返り、一之瀬に不安げに尋ねる。
「カズヤ、何をするつもりなんだ…?」
「…少しだけじっとしててね」
有無を言わさぬ一之瀬の物言いに、マークは黙らざるを得ない。妙な迫力といい羞恥を煽る体勢といい、マークの脳裏に嫌な予感が過ぎる。そしてその予感は的中した。ひやりとした硬いものがマークの後孔に押し付けられた。
「え、あっ、カズヤ…?」
一之瀬の意図を確認する暇もなく、冷たい液体を体内に流れ込んでくる。マークは目を見開いて背筋をのけ反らせた。何が起きたのかすぐには理解出来なかった。
「っあ!や、ぅあ、んあぁあっ…?!」
一之瀬から与えられた驚愕の仕打ちに、マークは叫び声を抑えられない。逃げようとして反射的に腰が上擦るものの、手足を巧みに押さえられていて適わない。
ワインボトルの注ぎ口を尻に突き立てられて、直腸にワインを含まされている。信じがたい倒錯的な状況に、マークはパニック状態に陥った。
「…っひ…や、はぁ…あん…っ」
「全部飲めたね…零さないように栓もしないとね」
ボトルに残っていたワインを全て注いだ後に、コルクの栓でマークの身体に蓋をする。一之瀬はソファに片肘を付いて、未知の感覚に悶絶するマークの表情を覗き込んだ。ソファに突っ伏したマークは、びっしょりと汗をかいて真っ赤な顔色をして震えていた。
「どう?今年のボジョレーの味は…」
「や、ぁあっ…わからな…は、ぁん、あっ…」
「下の口から飲むワインも、なかなか乙だろ?」
「…ひっ!や、あぁっ…!」
コルクで栓をされているとはいえ、力を入れて締めないと、注がれたワインは漏れてしまう。それなのに意地悪な一之瀬は。マークの腹部を押してみたり後孔の周りを撫でてみたりする。
「ぁあっ…だめ、カズヤ…だめっ…」
弱い部分に触れられると、尻の穴を緩めてしまいそうになる。一之瀬の目の前で粗相など死んでもしたくない。体内を犯す異物感に耐えれば耐えるほど身体が熱くなった。
「ん…っひ…はぁ、あ…あん…」
酷いことをしている自覚はあったが、醜態を晒すまいと必死に堪えるマークの姿に、一之瀬は強い興奮を覚えていた。エメラルドグリーンの瞳が涙に潤んで、憐憫に塗れた姿がいじらしい。
「マーク…美味しそう…」
「ふ、ぁあっ!」
一之瀬は突き出されたマークの臀部を、舌と唇で巧みに愛撫した。性感を煽るようにいやらしく舐めてやれば、汗ばんだ肌は更に火照ってしっとりと濡れてくる。程よく肉の付いた極上の太股に噛み付くと、コルクに塞がれた後孔がひくひくと引き攣った。マーク本人に自覚がなくとも、この淫らな反応は男を誘っているとしか思えない。
「や、あぁん…カズヤ…見ないでぇ…」
後孔に注がれる視線を感じ取り、マークは羞恥に身悶えた。健気で憐れな姿に煽られてた一之瀬は、獣のようにマークに伸し掛かった。
「オレにも味見させてよ」
「っん!う、あぁん…あぁっ!」
引き抜かれたコルクの栓の代わりに、一之瀬の剛直がマークを貫いた。ただでさえ一杯で苦しい腹の中に、更に太い質量を受け入れるのだから、マークは堪ったものではない。はぁはぁと喘ぐ声は啜り泣きのようだった。
「ぁひ、あっ…ん、あぁ…ぅあっ…」
「マークの中、すごい…海を泳いでるみたいだ…」
一之瀬が腰を動かす度に、泡立ったワインが結合部からとろとろと溢れ出す。赤っぽい液体はマークの太股を伝い落ちて、フローリングの床に水溜まりを作った。発酵した葡萄の芳醇な香りが部屋に充満する。
「すっごい匂い…酔っ払っちゃうね」
「あぁ…ん、カズヤぁ…はぁっ、あぁっ!」
「…もうすっかり酔っちゃったかな?」
体内を掻き混ぜる肉棒で、内壁にワインを擦り込まれる。抱かれた身体ごと揺さぶられると、頭がくらくらして目眩がした。全身が気怠くて思考も正常に働かない。マークは一之瀬にされるがままになる。結合部が発するぐちゃぐちゃというはしたない音も気にならない。お互いがお互いに夢中になっていた。
「ふぁあ…っ、やぁ、ん…はぁっ…」
「ふふ、俺も酔ってるよ…」
「ん、ふぅ…んうっ…」
振り向いて一之瀬と口づける。一之瀬の口の中は甘いようなアルコールの味がした。荒い吐息に一之瀬も感じてくれているのだと嬉しくなる。
「マーク、中でいくよ…」
「ぅん、カズヤぁ…いっぱい出して…っ!」
「…っ、ん…っ」
「はぁっ…んっ、あぁ…ッ!」
ぐっと絞った孔の中で一之瀬の熱がどくりと弾け、ほぼ同時にマークも射精した。
「ああ…気持ち良かったぁ…」
絶頂の余韻に震えるマークを抱き締めながら、一之瀬が性器を引き抜いた。楔を無くしだらし無く開いた後孔から、残滓がたらたらと溢れ出す。それを見た一之瀬はくすくすと愉しそうに笑った。
「すごいよマーク…オレの精液と一緒にワインが溢れて…」
尻を伝う赤い液体に、時々白濁が絡んでいるのがいやらしい。一之瀬はそれを指で掬うと、マークの唇に塗り付けた。
「まるで処女の破瓜の血みたいだね」
にこりと無邪気に微笑んだ一之瀬を見て、初物扱いされたのはワインだけでないことに、マークはようやく気がついた。