稲妻11 | ナノ


「源田くん、三十一日の夜は暇かい?」
 用事がないなら僕の家に泊まりに来なよ、とアフロディに誘われた時点で、源田は穿った見解をして方策を練るべきだったのだ。



「トリックオアトリート!」
 クラッカーの弾ける高い破裂音に驚く源田の上に、色とりどりのテープとキラキラとした花吹雪が降り注ぐ。オレンジと紫と黒という、通常なら有り得ない配色のドレスを着たアフロディが、自宅の玄関口でテンション高く源田を出迎えた。アフロディのトレードマークともいえる金色の長髪がツインテールに括られているのは、恋人である源田も初めて見た。
「…なんだその格好は」
「魔女っ子さ、可愛いだろう?」
 極めて短いスカートの裾を摘んでアフロディはその場で軽やかに一回転してみせた。大胆に晒け出された肩と背中、二の腕の白さがあらゆる意味で眩しい。何とも言い難い表情で強張る源田に、アフロディは無邪気な微笑みを投げ掛ける。
「ハロウィンの夜だからね。仮装をしてみたよ」
 似合うかい?と首を傾げる姿は文句なしに愛らしかったが、どんなに可憐でもアフロディの性別は生物学上は男なのである。つまり今のアフロディの格好は潔い程に女装である。しなやかに伸びる華奢な手足といい、ニーハイが生み出す絶妙な範囲の絶対領域といい、全てのパーツが本気で少女めいているから困る。一先ず源田は着ていたジャケットを脱いでアフロディの肩に掛けた。
「あまり肌を出す格好をするんじゃない…風邪をひいたらどうするんだ」
 すぐに屋内に入ると言っても世話を焼かずにはいられない。もう季節は冬に近い。こんな薄着をしたアフロディが風邪をひかないか、源田はどうしても心配に思ってしまう。
「源田くんは紳士だね」
 掛けられたジャケットを握り締めてアフロディはくすりと面白そうに笑った。源田を誘惑するためにわざと肌を見せているのに、かえって心配されてしまうとは。下心の一つや二つ抱いてくれることを期待していたのに、この色気のない対応である。野暮ったいというよりは心底真面目な性格なのだろうと思う。もっとも源田のそういう愚直さは、アフロディは嫌ではなかった
「安心してよ。こんな服装は君の前でしかしないから」
 しかし色仕掛けをする側のアフロディとしては、もう少し色々と催してくれた方が遣り甲斐があるのに…と思わないでもない。


 かぼちゃスープにかぼちゃコロッケにかぼちゃの煮付けと、アフロディ手作りのかぼちゃのフルコースを振る舞われた源田は、程よい満腹感に充たされていた。あれでいてアフロディは料理が上手い。今夜のように両親が不在になることが多い家庭に育ったから、料理の腕が必然的に身についたのだろう。
 微笑ましい気持ちに胸を温めながら、源田は夕食の片付けをするアフロディを眺めた。折角の仮装を脱ぐ気はないのか、ハロウィン仕様の奇抜なドレス姿のまま皿洗いに勤しむアフロディの後ろ姿は、なかなかシュールな図である。
「源田くん」
 後片付けを終えたアフロディはソファに腰掛けている源田の膝に飛び乗った。揺れる髪の毛からいい匂いがふわりと香る。擦り寄って甘える仕草は猫のようだ。可愛らしい戯れ方に誘われた源田はアフロディの腰を抱き寄せた。両腕の中にすっぽりと収まってしまう存在が愛おしい。
「トリックオアトリート?」
 今日がハロウィンだなんて、此処に来るまで思い出しもしなかった源田だが、アフロディを真似てお決まりのフレーズを囁いてみる。お菓子かそれとも悪戯か。海外には面白い文化が存在するものだと感心してしまう。
「ふふっ、まずはお菓子かな?」
 アフロディは何処からか、一際派手なラッピングを取り出した。華奢な指先で原色のリボンを器用にほどいていく。
「ユニコーンのディランくんに、珍しいお菓子をもらったんだ。一粒しかないから是非君に」
「ディラン?」
「最近、仲良くさせてもらってるんだ」
 一方的に知っているだけだが、ディランと言えば名の知れたアメリカの得点王ではないか。知り合いだったとは初耳である。アフロディの交遊網はさほど広くない、しかし予想もしない繋がりがあることを知る度に、源田は地味に驚かされる。
「はい召し上がれ」
 顔を上げたアフロディを見て源田は面食らってしまった。その唇には可愛らしいハート型のチョコレートが挟まれているではないか。期待に満ちた深紅の瞳が訴え掛けるように源田を見つめている。ベタベタな誘惑を面映ゆく思いながら、しかし満更でもない様子で、源田はチョコレートごとアフロディの唇を奪った。
「っ…ふ…源田くん…」
 まさかチョコレートを受け取るだけでキスが終わるはずがない。小さな唇を覆い尽くすように深く口づけて、舌を差し入れながら優しく吸い上げる。熱に溶け出したチョコレートと互いの唾液が絡み合って、二人の咥内は大変な有様になった。甘すぎて味覚がおかしくなりそうだ。何度も繰り返し触れ合う柔らかな舌先がじんと痺れた。頬をほんのりと上気させたアフロディが口づけの狭間に尋ねる。
「美味しい?」
「…甘い」
「それはそうだよ…チョコレートだもん」
「もっと欲しい」
「…ん…」
 一粒だけでは物足りない、と言わんばかりに源田はアフロディの唇に噛み付いた。薔薇色の柔らかな肉を食んで艶やかな皮膚を舐めていく。間近で重なり合う視線の強さにアフロディの身体が震えた。源田に求められているのだと、ぞくぞくした悦びが背筋を駆け抜ける。抱き締められていなければ、腰が砕けていたかも知れない。
「僕が用意したのも、ちゃんとあるんだ…取ってくるから、ちょっと待っててね」



 手製のチョコレートを手に戻ってきたアフロディは、源田を一目見て噴き出してしまった。
「コスプレ早着替え?」
「…?…何がだ?」
「君の冗談にしては気が利いてるね…その耳、可愛いよ?」
 それというのも、リビングで待つ源田の頭には、獣っぽい耳が生えていたからだ。カチューシャかクリップか何かで付けたのだろう。髪の毛の色とマッチした獣の耳は源田に似合っていて可愛らしかった。気のない素振りをして、きちんとハロウィンに備えていたんじゃないか、とアフロディは嬉しく思った。こういった行事に疎い源田がわざわざ行動を起こしている、それは即ち自分を喜ばせるためだとアフロディは解釈している。
「耳…?…えっ…?」
 しかしアフロディが手放しで喜べたのも束の間だった。源田の様子がどうにもおかしい。まるで今初めて気付いたように頭に生えた耳に触れて、本気で驚いた顔をする。源田があまりにも動揺して見えるので、アフロディもちょっと妙だなと思い始める。
「その耳は君が自分で付けたものじゃないのかい?」
「違う!こんなものは知らない…これは何なんだ?感覚があるぞ」
 感覚があると源田に言われて、アフロディも問題の耳に触ってみた。源田の獣耳は割と大きく、艶やかな毛並みをしていてほんのりと温かかった。強く引っ張っても取れない上に源田に痛いと怒られる。頭皮から直接生えたとしか思えないその耳は、源田の禁断の必殺技ビーストファングの際に出てくる獣のそれによく似ていた。そういえば髪の毛も伸びて、まるで真帝国学園にいた頃のようになっている。
「不思議なことも起こるものだね」
 人の姿はこの短時間でこうも変化できるものなのだろうか。流石のアフロディも疑問に感じたが、何せ今夜はハロウィンの夜である。異界との距離が最も近くなる夜には、非日常的なことの一つや二つ、起こってもおかしくないのかも知れない。
「それともディランくんが原因かな?」
 非日常の鍵はもう一つ思い当たる。例のチョコレートを渡されたときに、ディランは何か意味深なことを早口の英語で言っていた気がする。あれは独り言だったか、それとも忠告だったのか。聞き流した自分にも責任はあるが、急にディランに問い詰める必要がありそうだ。
 ふむふむと頷いて思考するアフロディの服の裾を、源田が遠慮がちに引っ張った。ちょっとドキリとするような、色っぽい表情をしてアフロディを見つめていた。
「どうしたの?顔が赤いよ」
 伸びた前髪を掻き上げて額に触れるとはっきりと熱があった。まさか自分にジャケットを貸したりしたせいで、風邪をひいてしまったのだろうか。アフロディは心配に思ったのだが、風邪とは様子が異なるようである。
「もしかして君…興奮してる?」
 両脚を落ち着きなく擦り合わせる源田は、明らかに性的に催していた。アフロディを見つめる眼差しにも燃え盛る欲情の色がありありと見て取れた。
「催淫剤でも入ってたのかなぁ」
 僕は大丈夫だけど…とアフロディは、先程二人で味わったチョコレートの甘さを思い返す。同じものを口にしたが、アフロディ自身に源田のような症状は出ていない。
 ディランはあのチョコレートに一体何を仕込んでくれたのか。ディランの茶目っ気に溢れた性格からして、冗談として片付けられる一過性のものだとは思うが。つまり時間が経てば自然と収まる症状と推測できる。
「我慢できる?…って見ればわかるね」
 源田のズボンの前は見るからに窮屈そうに張っていた。あからさまな肉体の反応を指摘されて、恥じらう源田の頬に触れて、アフロディは優しく微笑んだ。
「取り敢えず、すっきりして落ち着いてから考えようか?」
 源田が頷いたのは言うまでもない。



「わっ、すごい…」
 下着の中から源田自身を取り出したアフロディは、思わず感嘆の声を上げてしまった。既に固く勃ち上がっているそれは、アフロディが目を丸くしてしまうほど顕著な興奮を見せている。赤黒い雄芯に浮き出た血管がびくびくと強く脈打っていて、源田を苛む情欲の激しさを如実に物語っている。
「いつもより太くて、大きいね…」
 たくましい砲身に触れてうっとりと呟いたアフロディは、剥き出しの先端に軽く口づけてから全体を口内に招き入れた。嘔吐かないように気をつけて喉の奥まで飲み込んでいく。口腔を余すところなく使って猛る肉棒を愛撫していく。
 性器そのものも凄かったが、陰嚢の方もぱんぱんに膨らんでいた。この中に大好きな源田の子種がたっぷり詰まっているのかと思うと堪らない気持ちになる。重たげな二つの袋をやわやわと揉みながら、アフロディは上目遣いで源田を見た。凛々しい眉の間に皺を寄せて苦しそうにしながらも、アフロディの奉仕から目が離せないでいるらしい。
「ねぇ、もう出していいよ?」
「…っ、あ…」
 肉棒全体を両手で扱きながら、亀頭を舌で舐め回す。先走りを吸い上げたら源田が掠れた声を上げる。感度の高まった身体には堪らない刺激になったことだろう。張り出た雁首を舌で擽りつつ裏筋を爪で引っ掻いた瞬間、勢いよく発射した白濁がアフロディの顔面に降り懸かった。



→後編に続く

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