稲妻11 | ナノ


 ――オレたちのキャプテンは忙しいひとだから、キャプテンがいない間はオレが代わりに、チームを纏めなければならない。キャプテンがチームに帰ってきたときに、気持ち良くサッカーができるように、オレがオルフェウスを守らなければいけないんだ――。



 FFIのヨーロッパ予選が始まる前にイタリアを後にしたキャプテンは、大会の会場がライオコット島に移ってもまだチームに戻っていない。今もまだ世界中の国々を旅して見聞を広めているらしい。キャプテンが帰ってくる目処は今のところ立っていない。
 キャプテンの放浪癖は天性の性分だから仕方がないと、フィディオもオルフェウスのメンバーも諦めて、そして個性として認めている。二ヶ月もチームを放置するキャプテンだなんて、皆から見放されそうなものだが、このキャプテンに限っては圧倒的なカリスマ性で不動の地位を守っていた。

 それにしてもキャプテンは、携帯電話すら持ち歩かずに旅をするから困る。いざという時の連絡手段がないのは、残された側としてはかなり心許ない。キャプテンが今何処で何をしているのか、フィディオたちに知る術はない。旅先からイタリア代表の宿舎に宛てて届く絵葉書だけが、自由気儘なキャプテンの足取りを確かめられる唯一の手段だった。
 キャプテンは世界中を転々と渡り歩いているようだ。前回は何やら砂漠らしき場所の絵葉書が届いた。見渡す限りの乾いた砂の丘にそれ以上の特徴はなく、サハラ砂漠かゴビ砂漠かとチーム内で軽く論争になった。
 キャプテンが元気にしているなら何処でもいいと、フィディオは思っている。キャプテンが自分らしく有りの儘に生きていることが、フィディオの喜びであり誇りでもあるからだ。

 …それでも寂しさや恋しさを、全く感じないかと言えば、嘘になるわけで。



 グループ予選の最中、フィディオに宛てて小包が届いた。小脇に抱えられるほどの大きさの段ボール箱に、差出人の記載はない。フィディオは不思議に思いながらも、箱を自室持ち帰り、梱包を解いていった。箱の蓋を開けてすぐに目に飛び込んできたのは無地の白い封筒である。表側には見慣れた筆跡で、フィディオの名前が記されていた。
「…キャプテンからだ!」
 フィディオの表情が目に見えて明るく綻んだ。キャプテンからの久しぶりの郵便である上に、誰かを名指しで送られてきたのは初めてだ。一人だけ選ばれたことの純粋な歓喜に浮かれながら、フィディオは嬉々として自分宛ての手紙の封を切った。


『久しぶりだなフィディオ、試合は見てるよ。君にはチームを任せきりですまないと思っている。その代わりというわけではないが、オレからのプレゼントだ。受け取ってくれ。きっと役に立つだろう。』


「プレゼント…?」
 この小包にはキャプテンからの贈り物が収まっているらしい。フィディオが箱の中身を更に探ると、白いタオルに包まれた細長い物体と、一枚の変哲のないDVDが同梱されていた。
 まず前者を手に取ったフィディオは、期待に胸を高鳴らせた。キャプテンは何を自分にプレゼントしてくれたのだろう。サッカーを誰よりも愛するキャプテンのことだから、サッカーに関するものであると思うけれど。
 しかし巻かれたタオルの中から現れたのは、フィディオの予想を遙かに超えるものだった。
「…ええっ…!?」
 フィディオは目を見張って驚いた。大きな目を瞬きさせて、手にしたものに思わず見入る。タオルに包まれて入っていたもの、それは勃起した男性器の形状を模した、卑猥なピンク色の玩具だった。所謂バイブレーターというアダルトグッズである。無論サッカーとは全く関係のないものだ。
 思いがけないものを手にしてしまったフィディオの顔は、瞬く間に真っ赤に茹で上がった。そういった道具の存在は知っていたが、触れたことも使ったこともない。初めて目にした実物のバイブは確かによく似せて作られていて、フィディオの想像よりもずっと、淫らな迫力に溢れていた。
「キャ…キャプテンは何を考えているんだ?」
 フィディオは狼狽を隠せない。バイブなどを自分に送り付けて何の意味があるのだろう。此の度の放浪を始め、キャプテンの行為には全て大切な意味があると信じているフィディオであるが、今回のプレゼントに関しては首を傾げざるを得ない。
「…こっちのDVDも観てみよう」
 こちらには何か、サッカーに関するヒントが収められているかも知れない。何とか気を取り直したフィディオは、無地のケースからディスクを取り出して、プレーヤーにセットした。期待と緊張に強張るフィディオが見つめる中、DVDの再生が始まった。

「う、うわっ…!」
 フルハイビジョンのテレビ一面に再生されたのは、見渡す限りの肌色だった。思わず叫んでしまったフィディオの脳裏に、無数の疑問符が浮かび上がる。
「な…何なんだ、これは…?」
 最初は何が何だかわからなかったフィディオだが、スピーカーから流れる湿った息遣いに嫌でも気付かされる。
『…っ…ん…あ、…はぁっ…ん…』
 浅くて早い呼吸音は、切羽詰まりながらも艶めいている。肌と肌のぶつかる打撃音に混じって、ぬかるみを掻き混ぜるような濡れた音も聞き取れた。元々勘の良いフィディオは、このDVDには性行為が録画されているのだとすぐに理解した。
 アダルトDVDというだけでも大層な衝撃だというのに、その後も続く映像は、フィディオを更に驚愕させた。目を覆いたくなる気持ちを堪えて、画面の中で絡み合う二人をよく観察すれば、あろうことかそれは…。

『…っあ…や、ぁん…キャプテン…』
『…フィディオ、もう降参か?』
 あまりに聞き覚えのある声と姿に、フィディオの心臓は止まりかけた。
「これはキャプテンと…オレ…!?」
 浅黒く逞しい体付きの男はキャプテンで、正常位で抱かれているのは女かと思いきやフィディオだった。カメラはちょうど二人の横の斜め上辺りに位置しているようで、キャプテンにしがみつきながら鳴かされる自分の表情が、殊更よく映っている。
「…なんてものを…いつの間に…」
 開いた口が塞がらないとは、まさにこの状況のことだ。信じられない光景にも程がある。見たところ映像が記録された場所は、イタリアにあるキャプテンの自宅のようだ。何度も呼ばれて抱かれた場所なので、いつの行為を録ったものなのかは特定できない。しかしこのDVDが本物であることは間違いない。

『っあ…!もう、無理ぃ…キャプテン…あぁん!あぁっ!』
『淫乱だなフィディオは…ココが好きなのか?』
『は、はぃ…好き…キャプテン大好き…っ!』
 恥ずかしげもなく脚を大きく開き、もっともっとと浅ましく快楽を強請る。女のような嬌声であんあんと喘ぎ、開きっぱなしの口からは涎すら垂らしている。大画面いっぱいに映された自身の恥態に、フィディオはすっかり赤くなってしまった。今までこんなにだらしの無い姿を晒して、キャプテンの腕に抱かれていただなんて、客観的に知ってしまうと居た堪れなくなる。
「…っ、こんな…いやらしい…」
 こんな映像は恥ずかしいと思うのに、一刻も早く再生を中止しないとと思うのに、プレーヤーのリモコンを握る手に力が入らない。画面上で繰り広げられるセックスに魅入られて、熱があるときのように頭がぼんやりする。
『ひ、いっ…ああっ!もっと、もっとくださ、いっ…あぁっ!』
 でもキャプテンに抱かれるときの方がもっと熱いとフィディオは知っている。テレビの液晶の中には、忘我としかいえない表情を浮かべて、キャプテンに縋り付く自分の姿がある。
 思えばもう二ヶ月近くキャプテンに抱いてもらっていない。ライオコット島に来てからは自慰もろくに行っていなかった。キャプテン不在のFFIをどう戦って勝ち抜いていくかということで、頭がいっぱいだったから。自分が如何に気負っていたか、今更ながら思い知らされる。

 それと同時にしばらく忘れていた性欲が、急に首を擡げてきた。フィディオは無意識に両脚をすり合わせていた。熱を持て余した身体が疼いて仕方がない。気まずい思いに駆られる中、フィディオはふと手紙に書かれていた『役に立つ』というキャプテンの言葉を思い出した。
「役に立つ…?」
 フィディオはテーブルに放り出したバイブに目を遣った。色こそ鮮やかなピンク色で可愛らしいが、太さや長さは立派なもので、フィディオの愛する肉棒を彷彿とさせた。反り方なども何処となく、キャプテンの雄に似ているような気がする。
「…キャプテン……」
 似ていると思うと心臓がドキリと大きく跳ねた。先程までの驚きや恥ずかしさとは違う、キャプテンへの純粋な恋しさで、フィディオの胸は沸き立った。フィディオはバイブを手に取って、うっとりと全体を眺めた。浅ましい形が愛しく見えてきた。
「これが…キャプテンの……」
 絶妙な弾力を持つ棒を両手で包んで頬擦りをしてみる。一度仮定して想像してしまうと堪らなくて、フィディオはバイブの先端に勢い良くかぶり付いた。勃起した雄の形を持つ玩具に、丁寧に舌を這わせて舐めしゃぶる。無機物なので脈動感には欠けるが、割れ目や雁首などのディテールは凝っていた。男の敏感な場所を普段するように舌で探ると、口淫の技巧を褒められた記憶がよみがえり、フィディオは幸せな気分になった。
「…んっ…キャプテン…オレ…も、あぁ…」
 バイブを肉棒に見立ててしゃぶることで、精神の高揚は得られても、肉体の満足は得られない。フィディオはズボンと下着を性急に脱ぎ捨てて、火照った下半身に躊躇いなく手を伸ばした。久しぶりに触れた自身の性器は、既に立ち上がり先走りを漏らしていた。
 そこは刺激に飢えていたようで、軽く握っただけでも相当気持ちがいい。更なる快感を求めるフィディオは、筒状にした手を上下に動かし始めた。
「…っあ…ん、はぁ…あっ…いい……」
 溢れる先走りを指に絡めて、本能の赴くまま張り詰めた性器を扱き続ける。しばらく自慰をしていなかったせいか、迎える絶頂は早かった。

「んぅ、ああっ…!ひぁあ…っ!」
 大して擦りもしない内に、フィディオは性器の先端から大量の白濁を噴き出して達した。手の平を汚した精液は、普段より濁っていてどろどろと濃い。濡れた指を口に含んでみると、案の定味も強かった。自分で出したものは自分で始末しろと、フィディオはキャプテンに教えられている。指の股に絡んだ残滓の一滴までも、フィディオは全て綺麗に舐め取った。
「っは、あ…あぁ、キャプテン…っ…」
 いやらしい行為に耽っていると、キャプテンのことを反射的に思い出してしまう。射精の後始末がきちんと済んだら、キャプテンは決まってフィディオにご褒美をくれる。更なる絶頂をフィディオに与えるために、丁寧に優しく後孔を慣らしてくれる。キャプテンに大切にされている気がするから、それはフィディオの大好きな時間の一つだった。
 しかし肝心のキャプテンはこの場にはいない。フィディオは唾液に濡れた指で、尻の間をぬるぬると探った。皺を少し撫でただけなのに、蕾がひくひくと感度良く引き攣るのがわかった。試しに一本くわえさせてみたが、危惧していたような痛みはない。物足りなさの赴くままに、フィディオは後孔に含ませる指の数を増やしていった。関節を曲げたり指で拡げたりしながら、自身の後ろを慣らしていく。
 キャプテンは指が何本入ったら挿入してくれていただろうか。確か三本だったと記憶しているが、フィディオとキャプテンでは元々の指の太さが違うから、もっと沢山入るようにしなければいけないのかも知れない。
 しかし異物に貫かれる悦びを思い出した肉孔は、これ以上は我慢がならないとでも主張するように、強烈に疼いてフィディオを身悶えさせた。フィディオの三本の指を締め付ける入り口が切ない。
「はぁ…もう、ほしい…早く…っ!」
 耐え兼ねたフィディオはもう一度バイブを舐めてよく濡らすと、飢え切った淫らな蕾に先端を押し付けて、一気に中へ挿入した。
「っう、はぁ!ああっ…!んはぁ…あっ!」
 狭い肉の壁を掻き分けて腸内に玩具を押し込んでいく。一から丁寧に開発された身体は、挿入の悦びをすぐに思い出し、久々の侵入者を情熱的に歓迎した。まるで本物の性器を入れられたときのように、フィディオの後孔は偽りの幹をきゅうきゅうと締め付けた。そのまま無理矢理出し入れすると、内壁が側面に貼り付くことがあって、生身の肉とは違った感覚にフィディオの下肢は甘く痺れた。
 バイブレーターなのだから張り形として使うだけでは勿体ない。好奇心に負けたフィディオは恐る恐るバイブのスイッチをオンにした。くわえたままの玩具が激しくうねり始める。
「ひ、あっ!あぁっ…!うぅっ、あぅ…!」 
 今までに経験したことのない人工の動きに身体の内部を刺激される。軸が回転するタイプのバイブだったらしく、まるで体内を拡張するように先端が蠢動した。ぐるぐると機械的に動く玩具は時に、人の手以上に苛烈にフィディオの性感を弄んだ。熟れた肉壁を疲れ知らずの機械に容赦なく抉られ続けて、後ろだけでも十分に感じることができるフィディオは、底無しの快楽地獄に突き落とされた。
「や、ぁっ!あぁっ…はぁ、ん…あ…っ…」
 フィディオが深々と飲み込んでいるのは、最早ただの玩具ではなかった。少なくともフィディオの瞼の裏では、時に甘く時に激しく、意地悪に優しくフィディオを責めてくれる愛しい男の肉棒に成り代わっていた。
「んぁっ…!キャプテン…!キャプテン…っ!」
 震えるバイブをそのままにフィディオは前を扱き始めた。ぎんぎんに屹立したそこを、尿道を中心に荒っぽく嬲ってやる。先走りを垂れ流す小さな窪みに爪を立て、背筋を走る自虐的な痛みに、フィディオは悦びの涙を浮かべた。全てを忘れさせるような圧倒的な快感に全身が支配されていく。
「キャプテンのおちんぽ、きもちいいよぉ…」
 自身の勃起を強く握り締めながら、バイブの先端を前立腺にぐりぐりと押し付ける。目の前が真っ白に塗り替えられる程の快楽が押し寄せて、忘我の瞬間に全てが弾け飛ぶ。
「っひ、あぁ…キャプテン…ああ…いくっ…!」
 愛しい男の姿を脳裏に浮かべながら、フィディオは最高の絶頂を迎えた。



「はぁ、あっ…キャプテン…はぁ…ん…」
 達したばかりの身体は火照ったままだったが、思考の方は急速に冷めていった。DVDの再生もいつの間にか終わっている。急に現実に引き戻されたようだった。
 余韻にひく付く後孔からフィディオはバイブを抜き去った。いくら形状や質感が似ていても、これはキャプテンのものではない。フィディオを愛してくれる男は、今この場にはいないのだ。
「…キャプテン……」
 フィディオは思わず涙ぐんだ。ずっと抑えて出さないようにしてきた感情が、関を切ったように溢れ出す。こんな女々しい姿は、誰にも見せられないけれど。

「プレゼントなんて要らないから…早く帰ってきて下さいよ…」

 遠い異国の地にいるキャプテンに向かって、フィディオが始めて零した本音だった。


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