稲妻11 | ナノ


 ひとたび理想の恋人に巡り逢えたなら、男として何としても実現したい夢がある。オレの場合、それはいわゆる顔射だった。見た目が可愛い彼女にはコスプレをさせてみたいように、オレはマークの整った美しい顔を、自身の吐き出した精液で思い切り汚してみたい。マークに一目惚れをしたときから、ずっと思い描き続けてきたオレの夢だ。
 身体の関係を持って久しい。マークはフェラチオをするのもされるのも嫌がらない。寧ろ好きな愛撫の一つと見受けられる。オレの夢は容易に叶うかと思えたが、行為を重ねる内に分かってきたことがある。マークは必ずと言って良いほど、フェラチオの最後に飲みたがるのだ。
 こちらが射精の兆しを見せるや否や、マークの目付きは捕食者のそれに変わる。情熱的に肉棒に食らい付き、男の精を求める貪欲な獣になる。清廉な容貌からは想像も出来ないような技巧で射精を促し、口内に受けた白濁は喉を鳴らして美味しそうに飲み下す。みっともなく零したことなど一度もない。
 精液なんてえげつないものを、それでも一片の躊躇いもなく飲まれるのは、男としては確かに興奮する行為だ。しかしオレはマークの顔に向かって射精したいのだ。飲まれてしまったら顔射はできない。だからオレに与えられた課題は、如何にして絶頂直前の性器からマークを引き離すか、ということだ。
 単純かつ明快だが、これはかなりの難題である。


 柔らかなブロンドの頭がオレの股ぐらに埋まっている。口淫に勤しむマークはわざと音を立てて肉棒を吸い、聴覚からもオレの劣情を盛んに煽る。下手な穴に挿入するよりも、マークの唇に扱いてもらった方が余程気持ちがいい。誰もが見惚れる凛々しい容貌が、同性の性器を口にしている倒錯的な姿に、オレは酷く興奮した。
 その滑らかな白い頬に、高く通った鼻梁に、形の良い薔薇色の唇に…オレは精液をぶち撒けてみたい。射精の瞬間に腰を引けば、オレの望みは叶うはずだ。はぁはぁと弾み始めたオレの息使いに、マークは直感的に何かを悟ったらしい。尖らせた舌先でいきなり鈴口を穿り出した。痛いくらいの強い快感に腰がぶるりと震えた。急激な射精感の高まりを感じる。
「っく、はぁっ…ああっ…!」
 マークは愛撫の緩急の付け方が恐ろしく上手い。尿道責めの次は剥き出しの亀頭を標的にされた。頬の内側の柔らかな肉に、先端をごりごりと擦り付けられる。温かな粘膜に包まれて、とても堪えきれそうにない。
「…っん…あ、ぁあっ!…マーク…!」
 結局オレは為す術もなく、口の中でマークにイかされてしまった。恐らくは舌へ向けて欲望を吐き出す。唇に付着した白濁を舌で舐め取るマークは、ご馳走様とでも言うような目をしていた。大好きな精液で喉を潤して満足げに笑うマークを前に、オレの胸には敗北感が込み上げる。
 また顔に出せなかった。思うにマークの口淫は上手すぎるのだ。巧みな舌使いに間断なく責められて、自身に我慢を強いる間もなく達してしまう。どうしようもない。
「フィディオ、可愛い…」
 黙りこくるオレが恥ずかしがっているとでも思ったのだろう。積極的に身を寄せるマークが頬にキスを仕掛けてくる。太股に不意に触れた下肢の硬さは、マークが高ぶっている証拠だった。尻を鷲掴みにする手からオレはマークの今宵の要求を理解する。今日は挿入れたい気分なのだろう。やりやすいようにそれとなく脚を左右に開くと、ぎらついた目をしたマークが飛び掛かってきた。
「フィディオ…かわいい…フィディオ…」
 まるで尻尾を降って甘える犬のようだ。存外にマークは力があって、軽く押し倒されてしまう。肌をまさぐる手が性急だ。ほんのり朱に染まった顔と官能的に蕩けた瞳。興奮したマークは余裕がなくて可愛い。
「マーク…がっつくなよ…」
 そのときオレはふと気がついた。顔に射精するのが目標なら、何もフェラチオの際でなくても良いではないか。舌すら使って本格的に後ろを慣らしに掛かるマークの頭を、撫でてやりながらオレは考えた。この展開の先に、マークの口の中以外でオレが達する瞬間が、まだもう一度あるではないか。
「フィディオ…いれていいか…?」
「ん…あ、ちょっと待って…」
「フィディオ?」
 覆い被さるマークの手を捕らえて、逆にベッドに押し倒す。ぽかんと呆けた表情を、鳩が豆鉄砲を食らったようだと微笑ましく思いながら、仰向けに寝かせたマークの身体にオレは跨がった。がちがちに勃起して天を仰ぐ肉棒を、後ろ手にするりと撫で上げて煽る。マークの喉が小さく上下する。オレは挑むように笑い掛けた。
「今日はオレが動くから…」
「積極的だな」
「こういうの嫌いだっけ?」
「いや、お前がするなら結構好きだ」
 ふわりと綻んだマークの素敵な笑顔をオカズに、オレは肉棒を目掛けて腰を下ろした。散々唾液を注がれてふやけた後孔に、いきり立つ性器を飲み込ませていく。
「い、ぁっ…ああっ…マーク…」
 狭い肉壁をこじ開けていく楔の熱さに焦がされて、背筋がぞくぞくと変な感じに痺れた。何度も交わる内に痛みは感じなくなったけれど、挿入の瞬間だけはいつまで経っても慣れない。一旦全てを収めてしまうまでは、身体の内側を羽根箒で擽られるような、不可思議な違和感に苛まれる。
 しかしそれすらも通り過ぎてしまえば、繋がった深い部分は悦びしか生み出さなくなる。マークの腹筋に手をついて、オレは自分の良いところを狙って腰を上下させた。
「はぁ…あっ、きもちいい…ああ…!」
「っあ、フィディオ…あ…はァ…」
 オレを呼ぶマークの掠れ声は色っぽくて大好きだ。スムーズに出し入れが出来るようになったオレの後孔は、女の子の膣以上に淫らに男根に感じることができる。硬い肉棒に粘膜を擦り上げられると目の前がちかちかと弾けてくる。我を忘れてしまうほど気持ちが良かった。
「マークすごいっ…あつい…もっと…」
 セックスはそれ自体が理性を失わせる麻薬みたいなものだ。マークに抱かれている最中のオレは、フィディオ・アルデナではない。自らはしたなく腰を揺らし、更なる快楽を強請ることにも恥を感じない。マークの上で性交の悦びを貪るオレが、ヨーロッパリーグの得点王だなんて、そんな不謹慎な話が在って良いはずない。今だけオレはマークだけの女になる。
「ぁあ…フィディオ、いい…あァ…あん…」
 それにしても挿れているマークの方が、抱かれているような顔をして喘いでいるから困る。試しに乳首を摘んでやったら、びっくりするくらい良さそうな声が上がった。マークには少し被虐嗜好がある。どちらかと言えばオレは好きな子は虐めたいタイプだから、オレたちの相性はピッタリと言えよう。
「マークも気持ちいい?…いいよ、いつでもイってよ…」
 オレは後ろに銜えた肉を思い切り締め付けた。入り口を絞ったままマークの性器を体内に押し込んだ。見下ろしたマークの表情が一際淫らに崩れたかと思うと、次の瞬間には腹の奥で性器がどくりと弾けていた。オレの中にマークが出した熱がじわりと染みていく。
 マークとしてはもう少し余韻に包まれていたいところだろうが、そうはいかない。オレは後孔からマークを引き抜いて、すかさず腰を浮かせた。はぁはぁと浅く息を吐きながら汗ばむ頬を薄く高揚させたマークは、唾を飲み込まずにはいられないほど色っぽい。
 オレはマークの胸の辺りに膝立ちになって、限界に近い性器を手早く扱いた。艶めいたマークの顔が目の前にあるだけで、腰の奥から射精感が込み上げる。絶頂はもうすぐそこにあった。
「…っん、マーク…ごめんっ…」
 緩んだ後孔から残滓を滴らせながら、オレは大好きなマークに向かって、念願の顔射を果たしたのだった。


 理想の美形を劣情で汚した気分は最高だった。
「すごい…マーク、やらしいね…」
 もしこの場にカメラがあったら、フィルムが無くなるまでシャッターを切っていることだろう。何かに焼き付けずにはいられないくらい、精液に塗れたマークの姿は素敵だった。オレの精子がマークにべったり張り付いている。その事実だけでこの先一週間は自慰のネタには困らない、そう思えるほどだ。
「顔射が…したかったのか?」
 呆然とした様子でマークが尋ねる。オレは素直に頷いた。反省はしているが後悔はしていない。夢は叶ったのだから、怒られる覚悟も泣かれる覚悟もできている。さてマークは次にどんな顔をするだろう。ドキドキしながら見ていたら、マークは顔に付いた白濁を手で拭い、おもむろに匂いを嗅ぎ始めた。
「フィディオのザーメンの匂い…」
 うっとりと嬉しそうにマークは呟いて、手に付いた残滓を美味しそうに舐め取った。この姿にはオレの方が面食らってしまった。その反応は反則だろう。一気に頭に血が上ったオレは、かっとなってマークを押し倒した。
「マークの馬鹿!可愛すぎるよ!」
 未だオレの精子に濡れたままの唇に乱暴に口づけて蹂躙する。二回目に持ち込むための抵抗はない。夢は叶った。マークは可愛い。ああ、今夜はなんていい夜なんだろう!

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