稲妻11 | ナノ


 ライオコット病院を無事退院して帰国した一之瀬に「手術を頑張ったご褒美が欲しい」と言われたマークは、一之瀬に向かって黙って目を閉じた。なんて愛らしいOKのサインだろう。その仕草に催した一之瀬は、キスを待つマークの唇に容赦なく口付けた。
 愛しい恋人との久々のキスとあって、一之瀬は容易くマークを放すつもりはなかった。可憐なマークの唇を赤く腫れるまで散々に吸い倒す。音を上げたマークが一之瀬の髪を引っ張るまで、二人の濃厚なキスは続いた。
「久しぶりだからって、がっつきすぎだ…」
 唇を濡らす唾液を拭いながら、なおも迫る一之瀬をマークは宥める。奪われるような激しいキスもやぶさかではないが、息継ぎくらいはさせて欲しい。
「ごめん、でも…マークがいるのに、落ち着いてなんかいられないよ」
「…もう…っ…」
 一之瀬はマークを抱き締めて、ブロンドから覗く柔らかな耳たぶを唇で食んだ。噛み付かれた部分から湧き上がるぞくぞくとした感覚が、マークの背筋を駆け抜ける。マークは耳への刺激に弱い。尖らせた舌を穴にねじ込まれと、腰が砕けてどうしようもなくなってしまう。
「…っひ、んあ…カズヤ…ぁ…」
 それにしても今日の一之瀬は性急だ。普段は指先から甘やかすようにじわじわとしつこく責めるのに、今日はいきなり飛びかかってくる感じだ。躾のなっていない犬に様子が似ている。目の前のご馳走を食べたくて仕方がない、そんな眼をしていた。紳士でも野獣でも、大好きな一之瀬に求められるのは嬉しい。堪え性のない一之瀬も新鮮で興奮する。
「今すぐ君が欲しいよ…マーク…」
 その上とびっきりの美声を間近で聞かされて、マークは完全に煽られてしまった。耳まで真っ赤に染めながら「好きにして」と頷くのが精一杯だった。


 ズボンと下着を脱ぎ捨てたマークは、思い切って一之瀬の身体に跨った。所謂シックスナインという体勢である。いきり立つ一之瀬の肉棒が目と鼻の先にあり、且つ自身の恥部を余すところなく晒け出すこの体位は、それだけでマークの熱を一気に高めた。下半身に感じる刺すような羞恥を振り払うように、マークは目の前の性器にしゃぶり付いた。露出した先端部を丹念に舐めて、徐々に深く銜えていく。
 やはり久しぶりだからなのか、一之瀬の男根は血管も露わに張り詰めていて、感度も普段より敏感になっていた。口腔を暴力的に満たす肉の熱さと硬さにマークの頭の奥はじんと痺れた。一之瀬にもっと気持ち良くなって欲しくて、マークは必死に頭部を動かす。
「ん…っ…いいよ、上手だね…」
 興奮したような熱い吐息を太腿に感じる。一之瀬が教えてくれた口淫にはそれなりの自信があった。褒めてもらえると嬉しくなって全身が熱く火照り出す。それに気が付いた一之瀬は、感嘆の溜め息をつきながらマークに語り掛けた。
「マーク…すごい、絶景なんだけど…」
「…ん……ふ、ぅん…」
 一之瀬が見上げたところにはちょうどマークの股間があった。慎ましく閉じられた窄まりもブロンドの柔らかな陰毛も、マークの恥ずかしいところを余すところなく、間近で観察することができた。一之瀬の視線を受けて反応した性器の先端に、透明な液体が滲み出る。マークの勃起から滴り落ちたカウパー液は、一之瀬の寝間着をしとどに濡らしていった。
「触ってないのに、こんなに濡らして…俺の身体にポタポタ垂れてくるんだけど?フェラチオだけで興奮してるんだ」
「…っ…ごめん、なさ……」
「謝らないでいいよ。オレも舐めてあげるから、身体近づけて」
 病み上がりの一之瀬に愛撫をさせるのは躊躇われたが、どうしてもと言われてマークは提案に従った。寝ながらでもやりやすいように、一之瀬の顔の上に自ら腰を落とす。
「…ン、あっ…や…カズヤ…ぁ…」
 一之瀬はマークの亀頭を指で擦りながら、裏筋や陰嚢を舌で舐め回した。マークの弱いところを知り尽くし、性感帯ばかりを集中して責める一之瀬の技巧に、マークはすぐに溺れてしまった。奉仕せねばならない立場だということも忘れ、一之瀬にいいように鳴かされてしまう。
「ふ、ぁん…!…はぁ、あぁ…ん…」
「こっちはどうかな…?」
「…ッ、ひ…っ!」
 唾液と先走りに濡れた親指が、後孔にぐりぐりとねじ込まれる。性急な挿入にひき攣れる入り口の痛みすら、快楽に飲み込まれた身体は悦びに変えてしまう。中を掻き回されながら縁をなぞられると堪らなくて、マークはくわえた指を何度も締め付けた。その感度の良さに一之瀬も息を飲む。
「やっ…ぁ!ンっ…ぁあっ…」
「こっちも使わせてくれるよね?」
 今更聞かれるまでもないことだ。マークの蕾は一之瀬によってすっかり性器として調教されている。男に貫かれる悦びを覚えた身体は、指程度の質量では到底満たされるはずもない。
「ア、ん…いいぞ…挿れて、カズヤ…」
 片手で尻朶を持ち上げて露骨に誘えば、それを見た一之瀬が笑うのがわかった。
「マークなら、そう言ってくれると思ったよ」


「…ふ、あっ…カズヤぁ…!」
 腰を掴んでの激しい突き上げに、四つん這いの体勢もまともに保てない。マークはシーツに上半身を崩しながら、一之瀬の荒々しい熱を受け止めた。雄を受け入れた入り口が焼けるように熱い。
「ひあああ…っ!」
 熟れ切った内壁を肉棒に擦られる度に、自分のものとは思えないような、情け無い声で喘いでしまう。声を上げるのは恥ずかしいけれど、一度許してしまうともう我慢ができなかった。一之瀬の切っ先が与える快感に夢中になって、何も考えられなくなる。
「ア、っあ…はぁっ…あぁ…!」
「…マーク、顔見たい…こっち向いて…」
 マークの身体をひっくり返した一之瀬は、太腿を掴んで脚を開かせて、正常位で再び繋がった。当然のように押し入る肉棒を、後孔が嬉しそうに締め上げる。挿入の角度が変わって新たな快感がそこに生まれる。
「はァ…あっ…!…ン…アァ…ん…」
「やらしい顔だね…」
 感じるがままに喘ぐマークには、ハンサムと評判の凛々しさは見る影もない。男に貫かれている表情は、厭らしく蕩け切っていた。ファンの女の子が見たら卒倒せずにはいられないような、マークの淫らな一面は、一之瀬だけのものだった。抜き差しの度に仰け反る首筋が艶めかしくて、一之瀬は吸い寄せられるように何度もそこに口付けた。
「…っ、マーク…」
「や…あ…ァ…あァん……」
「ねぇマーク…どんな感じ?」
 ゆるゆると中を擦りながら、吐息混じりの声で一之瀬が尋ねる。意地悪をされているとわかっても、熱を上げずにはいられない。自らの内部に息づく質量を強く意識すると、それだけで気持ち良さが増すから不思議だ。
「…カズヤの、熱くって…硬くて…ああ…びくびくしてる…っ」
「マークはこれが好きだろ?」
「うん、好き…はぁ、ン…気持ちいい…」
 マークは一之瀬の腰に絡めた脚を交差させ、ぎゅっと締め付けた。情熱的なおねだりに一之瀬が驚いた顔をする。ただ繋がるだけでは満足できそうにない。マークはもっと深いところで、一之瀬の熱を感じていたかった。
「カズヤ、もっと…もっと突いて…」
「こんなはしたない煽り方…一体どこで覚えて来たんだ?」
 大胆なマークに困り果てながらも、一之瀬も求められて悪い気はしない。脚で腰を拘束されているから大きな抜き差しはできないが、深く貫きながら腰を回して内壁を擦る。指などでは決して届かない身体の奥を、張り詰めた亀頭が掻き回す。
「ン、やぁっ…あン…ああ…ッ!」
 それだけでマークは軽い絶頂を迎えた。吐精にこそ至らなかったが、全身が緊張したかと思うと、次の瞬間には弛緩していた。生き物のように蠢動する壁に包まれた一之瀬は一溜まりもない。思わずもっていかれそうになるのを間一髪のところで堪え切る。射精を我慢する一之瀬の切羽詰まった顔を見てマークの胸は高鳴った。
「…オレのからだ…気持ちいい…?」
「ああ、勿論さ…熱くて、いやらしく絡み付いてきて最高だよ」
「良かった…ァ、あぁ…っ!」
 それ以上は言葉にならなかった。一之瀬の手がマークの性器を包んで扱き始めたからだ。
「こっちも触ったら、もっと良くなるね?」
 鈴口を指先で刺激しながら、一之瀬は腰を巧みに揺らす。手淫に合わせて締まる孔は一之瀬の雄を大いに悦ばせた。肉棒と肉筒を同時に責められて、途方もない快楽がマークを襲う。
「…っひ、はぁン!あああっ…!」
 セックスが久しぶりなのは一之瀬だけではない。マークの身体も長らく一之瀬に飢えていたのだった。前からも後ろからも欲しかった刺激を与えられて、頭が真っ白になる。これではどちらの「ご褒美」なのかわからない。揺さぶられ、朦朧としながら、マークは一之瀬の背中に腕を回した。引き寄せた頬に擦り寄って囁く。
「手術、成功おめでとう…カズヤ」
 心の底から祝福する気持ちを込めて、マークは一之瀬に口付けた。
「君がいてくれたお陰だよ」
 ありがとう。縋り付くマークをしっかりと抱き締めながら、一之瀬はマークの身体の奥で絶頂を極めた。
「マーク…ッ…」
「…ン、あぁっ…!」
 奥に広がる一之瀬の熱にどうしようもなく感じて、体内の男を締め付けながらマークも白濁を吐き出していた。当然、一回だけでは熱が冷めそうにない。目配せをし合った二人は、そのまま次に向けて動き始めた。



 散々に求め合った後、シーツの中で引っ付きながら、事後の甘い雰囲気に浸っていた。
「いい匂いだなぁ」
「…そうか?」
 セックスの後でそれはないと思うが、一之瀬にはそう思えるらしい。マークの髪に顔を埋めてすんすんと匂いを嗅いでいる。マークとしては恥ずかしいのでやめて欲しいのだが、しっかりと抱き締められているから抵抗もできない。
 マークの匂いをひとしきり堪能した一之瀬は、閃いたようにこう言った。
「マークからはお日様の匂いがするんだ」
「…干した後の布団の匂いか?」
「違うよ。もっとあったかい…外の空気の匂い、サッカーをしてるときの匂い…」
 自分ではわからないけれど、一之瀬が言うならそうかも知れないとマークは思う。
「ああ、早くサッカーがしたいなぁ…」
 うずうずと身体を揺らす一之瀬が子供みたいで、マークは思わず笑ってしまった。先程まであんなに激しく自分を抱いていた男とは思えない。しかしどの一之瀬も同じように愛しかった。一之瀬が無事戻ってきてくれたことが、マークは本当に嬉しいのだ。
 手術に成功した一之瀬は、まだスタート地点に戻ってきたばかりだ。元のように「フィールドの魔術師」と呼ばれるまでに天才的なプレイをするには、血の滲むような努力が必要だろう。決して楽な道のりではないことは、誰の目にも明らかだった。それでも一之瀬は必ずやり遂げてみせるだろうと、マークは確信していた。

「グラウンドで待ってるぞ、カズヤ」

 何と言っても一之瀬は、フェニックスと呼ばれた男なのだから。

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